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ノート:古楽器

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エンシェント室内管弦楽団(海外の古楽アンサンブル)について

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既に「エンシェント室内管弦楽団」で項目が出来ていますし、アルファベットで“Academy of Ancient Music”と併記されているので、このページではエンシェント室内管弦楽団と記載する方が適当だと思います--Tak1701d 2008年3月19日 (水) 11:20 (UTC)[返信]

古典派ピッチについて

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現状の記述では古典派ピッチと古楽器の関係が不明瞭です。どのような場合にどのくらいの頻度で古楽器の調律に使われているかの加筆をお願いいたします。

仮に古楽器での使用が明確でない場合は、古典調律あるいは音高のページに記述を移動することを提案します。--HIw 2009年9月10日 (木) 14:30 (UTC)[返信]

これについては、見出しが「古楽器で用いられる主なピッチ」となっており、節の末尾に「ただし、ここで記したピッチの数値は現代の古楽器演奏で用いられる例である。」と記述されている一方、各例の部分では現代の古楽器演奏で用いられる例とは限らない歴史的な演奏ピッチの例が加筆されたために、全体として矛盾が生じたことが問題となっているかと思います。見出しを「歴史的な演奏ピッチの例」とし、歴史的な例と現代の古楽器に用いられる例の区別を図れば、矛盾は解消できるかも知れません。検討してみます。また、「歴史的な演奏ピッチの例」以下サブセクションを設けても良いかも知れません。
そうした場合、そのサブセクション全体が音高の方へ移してもよい内容ともなりますが、まずは現状の修正を行えば良いでしょう。(もし移動するとしたら古典調律よりは音高の方が妥当かと思います。)
歴史的復元楽器を除いた19世紀中盤以降の楽器を「古楽器」と呼び得るのか?という問題もあるでしょう。「古典派ピッチ」という呼称も、実際にはロマン派期の作品にも同様に用いられることがあるので問題がありますが、この名で普及している観があるので改めがたいです。見出しを「近代の演奏ピッチ」として、430Hzに関する文中に「古典派ピッチ」と呼ばれることが多い旨を記すのが良いかも知れません。--Obendorf 2009年9月12日 (土) 02:23 (UTC)[返信]

a'=432Hz のピッチ(古楽器の調律)について

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ここで紹介した説の真偽については未検証のうえ、確たる出典も不詳であり、その説自体を事実として記述する意図はありません。ただ、そのような説が一部で提唱・推奨されている動向があるという事実を客観的に記述することが編集意図です。今回の編集では、極力客観的事実といえる事柄のみを記すように修正しました。--Obendorf 2009年9月10日 (木) 02:35 (UTC)[返信]

まず「知覚心理学的に人間にとって最も心地よい周波数であるという説が提唱されており」という心理学的に奇妙で極めて疑わしい記述が削除されたことを評価します。
さて、もし本当に「ここで紹介した説の真偽については未検証のうえ、確たる出典も不詳であり、その説自体を事実として記述する意図はありません。」であるならばWikipediaに記載してはいけない、または記載する価値がない説だということになります。おっしゃりたいのはそうではなく、「この説は(第三者による)客観的評価は不明」だということでしょう。
出典は不明なわけではなく、Shiller Instituteのホームページによると論拠のひとつにJonathan Tennenbaumによる講演をあげていますが、その内容はこの団体が発行しているFidelio誌に掲載されたJonathan Tennenbaumによる論文になっているようです。この論文の客観的評価については不明です。
ただ、Shiller Instituteのページを読んでも古楽器との関連はよくわかりません。したがって「米国の Schiller Institute (en)によって、これが「科学的ピッチ」であるという説が提唱されており」全体を脚注にすべきだとは思いましたが、上記の古典派ピッチの全体の記述の問題との関係もあるので、少し様子をみようと思います。
なお余計なことながら「極力客観的事実といえる事柄のみを記す」はWikipediaにおいては当然の態度です。これについて不明な点があるならばWikipedia:独自研究は載せないWikipedia:出典を明記するを参照することをお勧めします。またWikipedia:同じ記事への連続投稿を減らすもぜひ御覧ください。--HIw 2009年9月10日 (木) 14:30 (UTC)[返信]

根拠となる説そのものについて客観的評価は不明であるものの、それが一定の影響力を持っているという実例については、記載に値する事実と言えるかと思います。ただその場合、「根拠となっている不確かな説」についての記述は極力減らし、「事実」であるところの「一定の影響力を持っているという実例」を、誤解を与えないよう客観的に記す努力がもっと必要だったかも知れません。これは大変腐心するところでもあります。「極力客観的事実といえる事柄のみを記すように修正」という文で言いたかったのは、そのような趣旨です。ご理解いただければ幸いです。

「人間にとって最も心地よい周波数であるという説」は、Schiller Institute の説から少々離れて、一部の音楽界、楽器業者等で拡大解釈的に言われている風説です。出典として挙げるに相応しい記述は見つけられませんでした。

個人的見解としては、そのような説について「奇妙で疑わしい」というご指摘に同感です。心理学界において提唱されたわけではない説を安易に「知覚心理学的」と記述したことは問題でした。「~という説が提唱されており」という当方の手による記述まで含めて、「奇妙で疑わしい」と思われたかも知れません。お詫びいたします。

連続投稿については、ひとえに当方の反省事項です。プレビューを利用し、推敲を重ねているのですが、投稿後に不備を発見することが少なくありません。極力連続投稿を減らすよう今後も心がけます。--Obendorf 2009年9月12日 (土) 02:23 (UTC)[返信]


2009年10月18日 (日) 18:08 差し戻しについて

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2009年10月18日 (日) 18:08 の編集において、予告なき記事の差し戻しが行われましたが、 2009年4月10日 (金) 10:11以降 2009年10月18日 (日) 10:08 までの一連の投稿を「改悪」であると一方的に断定しており、その根拠がノート等で示されていません。少なくとも、Wikipedia:荒らしに示された例に類するような、「改悪」すなわち悪意を持った編集行為と断定しうる明白な客観的根拠はないと考えます。

差し戻しを行うときは、例えば記事が乱暴に破壊されたり、不適切に改変されてしまった場合などです。一般に、差し戻しは荒らし行為への対処として推奨される行為です。通常の投稿者が記事に対して寄与すると確信して行った編集への対処としては、推奨される行為ではありません。編集された内容に疑問がある場合は、まずノートページなどで議論を提起してください。問題や偏見や誤りがあるとあなたが考える編集を誰かが行ったからといって、それだけで差し戻してはいけません。差し戻すのではなく、その内容を改善しましょう。Help:以前の版にページを戻す方法

差し戻しを行った編集者は「連続投稿」を1つの根拠とされているようですが、その間で同日中に連続投稿が行われたケースは3件、同日中の投稿回数は2回以内であり、いずれも些細なミス修正等です。この件について、投稿者はノートで弁明済みであり、悪意がないことは明白です。差し戻し対象とされた期間、確かに同一投稿者が連続して執筆を加えているものの、6ヵ月の長期にわたって大きく分けて8回の修正が行われている程度の編集行為を、悪質な「連続投稿」と断じて差し戻しの理由とするのは果たして適切でしょうか。そもそも、連続投稿そのものは差し戻しの理由としては不十分と考えます。(Wikipedia:同じ記事への連続投稿を減らすは極力推奨であって、禁止事項ではありません)

いずれにしても、2009年10月18日 (日) 10:08 の投稿はノートを踏まえた上での編集であり、一方で 2009年10月18日 (日) 18:08 の差し戻しは、それまでの議論の経緯を無視した一方的行為と見なされます。現在までのノートを踏まえて未解決の問題があると判断するならば、さらにノートでの議論を進めるべきであり、今回の差し戻しは不適当であると考えます。よって、2009年10月18日 (日) 10:08 への復旧を提案します。この提案に異存がある場合は、当ノートにおいて見解を求めます。--Obendorf 2009年10月19日 (月) 08:00 (UTC)[返信]

あきれました.私のノートでの提案を無視して,Obendorfさん自身が先に「それまでの議論の経緯を無視した一方的行為」をしたにもかかわらず,自分が反撃されたら大騒ぎですか.そういうのを卑怯というのではないですか.まあそれはともかく,こんなに長文の非難を書く時間と能力があるのなら,なぜこれまでご自分が加筆した内容の真偽を謙虚に文献に当って確認しないのでしょうか.そもそもの原因はObendorfさんの投稿内容が独自研究を疑われていることにあるのですから.以下とりあえず私の名誉のためにもう少し詳しく反論しておきます.なお当然のことながら随所に独自研究が疑われる記述がある「2009年10月18日 (日) 10:08 への復旧」には断固反対します.(以下は追って投稿します.)--HIw 2009年10月19日 (月) 16:18 (UTC)[返信]
Obendorfさんが引用されたWikipedia:荒らしに,「百科事典を改良するためになされた誠実な努力が感じられるような編集は、見当違いや不適切なものでも、荒らしとは捉えません。」とあります.私はObendorfさんの投稿を「荒らし」だとまでは思っていませんが,かといって一見誠実な対応とは裏腹に,百科事典を改良するための誠実さは全く感じていません.なぜなら,以前私が添付した「要出典」に対して,Obendorfさんは指摘箇所の内容が含まれない出典を添付して対応されました(私が「要出典」を再添付したので,結局その文は削除された: 上の「a'=432Hz のピッチ(古楽器の調律)について」のセクション参照).これはWikipediaの信頼性を揺るがしかねない行為だと思います.今回の件の引き金となった「古典派ピッチについて」でも,「古楽器」のページで古楽器との関係が明瞭でない記述を取り除く(読者の混乱を避け,記述の明瞭さを向上させるための)提案に対して,セクションのタイトルを変えてまでその部分を残すことを提案をしています.(私が調べたところa'=430Hzの使用例(テレマン室内管弦楽団など)はすぐに見つかりました.これは私が差し戻した版,つまりObendorfさんの投稿以前からあったものです.他の2つはネット上の検索では使用例が見つかっていませんが,まさにこれらはObendorfさんが加筆したものです.)Obendorfさんの編集態度は理解に苦しむもので,単にご自分が加筆したものを温存しようとしているだけのように見えます.そして,「現在までのノートを踏まえて未解決の問題があると判断するならば、さらにノートでの議論を進めるべき」といっておられるObendorfさんこそ,高々1か月余り返事がなかっただけで(私が返信しなかったのは確認作業に手間取っていたため),"解決し",自分の提案が通ったことにして修正を行動に移してしまいました.さらにご丁寧に「ノートを踏まえた上での編集」だと自分を正当化までしています.こんなのが「百科事典を改良するためになされた誠実な努力」だとは到底思えません.ですから,「荒らし」ではないにしても,Wikipediaの編集者として極めて不誠実で信用できない方だと思っています.
また,被害者を装ったり,開き直ったりすれば連続投稿や独自研究の投稿が容認されるわけではありません.Obendorfさんの連続投稿は単に無計画な編集の結果にしか見えません.いくら連続投稿は禁止事項ではないとはいえ,他の利用者が加筆したわけでもないのに,まるで盆栽を時おり眺めてあちこち弄るのにも似た一種場当たり的な編集を繰り返すだけの連続投稿が果して認められるのでしょうか.私は連続投稿を一律に咎めているわけでもなければ,どのくらいの期間に何回以上はいけないというような形式的なことを言っている訳ではないのです.
すでに触れたように,Obendorfさんの対応を見ていると,自分で投稿した文章を他人に編集されたくない,あるいは他人の指摘で削除したくないという意図を感じます.もしそういう意図があるのならばObendorfさんはWikipediaに投稿すべきではありません.編集画面の投稿ボタンの下に「もしあなたが自身の文章を勝手に編集や再配布してほしくないのなら、ここに投稿しないでください。」とあるようにWikipediaに投稿することは他の利用者による編集,つまり改変や削除の可能性に同意していることになるからです.
なお2008年11月25日 (火) 06:39の版への差し戻しは急な思い付きではありません.ノートの「古典派ピッチについて」に投稿した後,改めて「古楽器」本文の全体を読み直したところ,「古楽器の調律」のセクションだけでなく随所に,独自研究を含むと思われる疑問箇所や矛盾した記述があることに気づきました.しかし10箇所も20箇所も「要出典」を添付し,さらに10箇所以上の表現についてノートで議論し,それでも修正しきれないような編集の方法は私の能力を超えるものです.そこでノートに差し戻しの提案をすることを計画していたのです.履歴を辿ったところ,今回差し戻した版(Obendorfさんが編集を始める前の版)では(音楽愛好家ではあるが古楽器には詳しくない私から見て)疑問箇所も誤解を与える表現もないことが確認できました.差し戻しの理由として「連続投稿による改悪」としてありますが,私が特に意図したのは「連続投稿」を咎めること以上に,「改悪」つまり(編集者の悪意かどうかはともかく)独自研究を含むような疑問箇所や矛盾した記述などの一掃にあるのです.(Obendorfさんは「「改悪」すなわち悪意を持った編集行為」としていますが,これは誤解であり,一般的な解釈とも思えません.)しかしObendorfさんの「それまでの議論の経緯を無視した一方的」な投稿があったため,結局,予定していたノート上で差し戻しの提案は省略する結果となってしまいました.それにしても,私もObendorfさんのやり方のように,差し戻しの前にノートに「Obendorfさんの加筆部分には独自研究や疑問箇所,矛盾した記述などが多く含まれているので差し戻します」と一言書いてから(Obendorfさんの反論を待たずに)差し戻していれば,"予告し,ノートを踏まえた"差し戻しとしてObendorfさんは納得されたのでしょうか.
独自研究については1箇所例示して補足しておきます.Obendorfさんが復旧を求めている(1つ前の)版で古典派ピッチのa'=430Hzの説明にある「1939年に…… a'=440Hz が国際標準と定められるまで、……、平均すれば概ねこの前後のピッチであった」の部分です.Dolmetsch onlineの'History of Musical Pitch'の表から古典派期(1760-1825年:「古典派音楽」のページの区分を参考)と1825年以降の19世紀のピッチを単純に拾い上げれば,古典派期はa'=378.8~433.0Hz,それ以降はa'=425.5~484.1Hzで,まず時代によってピッチの範囲が大きく変わっているし,範囲も広い.このようなピッチを誰がどのように平均すればa'=430Hzになるのか.「概ねこの前後」とはどのくらいの範囲を指すのか.直後にa'=435Hzとa'=432HzをObendorfさんが別に掲げてあることを考えれば,せいぜいa'=430±5Hzぐらいを意図したかとも思えるが,古典派期以降全体ではa'=378.8~484.1Hzにもなるのでa'=430±50Hzでも収まらない……などと考察すれば「平均すれば概ねこの前後のピッチであった」という記述が(おそらく文献に基づいていない)独自研究であると結論されます.すでに述べたように他にもあやしい箇所はたくさんあるのですが,まだ十分確認できていないため例示は控えます.
以上の経緯や議論は大半の利用者の方には興味のないことと思います.ここで賛否を表明したい方は,私が差し戻した現在の版とObendorfさんが復旧を要求している一つ前の版を読み較べて,ご自分が理解しやすく,信頼性が高いと思われた方の版を推奨していただければと思います.とにかく私は「2009年10月18日 (日) 10:08 への復旧」には断固反対します.--HIw 2009年10月22日 (木) 15:43 (UTC)[返信]

外国語記事とのリンクに関する質問

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当記事では「古楽器」について扱っていますが、そこに紐づいている英語版記事では「Historically informed performance」であり、これは音楽史上の歴史的な演奏法に基づくパフォーマンスを表しており、それが当記事の「古楽器」に紐付くのは誤りではないかと思うのですがどうでしょうか?

また相当する英語記事として「List of period instruments」がありますが、そこに紐づけられる方が妥当ではないかと考えられます。


参考までに中国語記事では「歷史考證演奏」、韓国語版記事でも「時代演奏」などと訳されており、「Historically informed performance」が「古楽器」となるのはやはりおかしいかと思われます。

--Robert Swann de Schumann会話2023年1月27日 (金) 04:15 (UTC)[返信]

Simple English Wikipediaにsimple:Period instrumentsの記事がありましたので、とりあえずウィキデータで連結しておきました。--Lmkjgmo会話2023年1月27日 (金) 11:14 (UTC)[返信]
ありがとうございます。
--Robert Swann de Schumann会話2023年1月28日 (土) 04:41 (UTC)[返信]
Lmkjgmoさんが作成されたd:Q116450522ですが、d:Q75044936と重複していたので、後者に統合しました。念のため報告します。--本日晴天会話2023年2月5日 (日) 09:50 (UTC)[返信]
ウィキデータの統合を確認しました。ありがとうございました。--Lmkjgmo会話2023年2月5日 (日) 10:00 (UTC)[返信]