ノート:反日感情/過去ログ1
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中国版の記事の機械訳
とりあえず、中国版の記事の機械訳をここにおく。
反対日気分 反対日気分の普遍的な存在は中国と韓国などアジア国家の国民中に、指さすのは 日本の政府と人民と其れの文化の反感に対してですひいては憎む。 これは主には実施侵略と戦後日本ためこれらの地区に対して国家と態度とその他の 歴史の原因を侵略することに対してがなしとげたです。 ==反対日の歴史の根源== ===世界第二次大戦の前=== 1869年日本の明の維新後、急速にアジアを発展する軍事の強権の、しかもだんだんと 対外の拡張の政策をとる、其れの発展の需要を満足するとして。 日本の歴史のうえに第一回重要な対外の戦争発生は 1894年の中日の日清戦争です、 軍事の上に急速な日本を発展する、中国を打ち破った北洋の水上作戦の軍隊の、清い朝廷は 強いられて台湾とはるかに遠い東半島 ((後として三千両銀うけ出す ))を割譲する、 しかも大量の現金に両憶両を銀を償う。 1904年、日本とロシアはのために満州の利益に(で)あるそして戦争に爆発する、 しかも最後勝つ。 これはアジアの軍事が強権が一つヨーロッパの大国を初めて打ち破るです。 1910年、日本は正式朝鮮を併呑した。 1927年、田中の正義は日本の首相を担任すると、しかも"東方会議"を主管した、討論は 中国の仕事事務などを侵す。 1929年、有名な"田中の上奏文"は披露される、これが天皇の秘密奏疏を呈することの中に、 田中は日本たとえばが世界を覇を称えようと思う、先に中国を征服しなければならない、 まだ具体企画したのものは中国の基本戦略を侵す。 果たして 1931年 9月 18日に(で)いる、日本が中国東北三を暴力で占有したのは (いっぱいむかしの行政区)をかえりみる、中国の第一つ段取りを侵すを実現した。 日本のない制限の対外の拡張はっきりと国家を侵略される人民の強烈な反感を引き起こした。 中日"下関条約"は締結する後、台湾の紳士の丘がきのえに会う朝廷を上書するについ言えばは 表すこと不満です、台北の民衆は非売同盟をどらを鳴らす、(最後のから組軍隊 )、 "台湾の民主国"に成立する、反抗する。 (日本の最後の強いられて派遣する軍隊 )、武力を使ってする強引台湾を占領した。 韓国に(で)、反対日気分は同様高揚する。 1905年韓国は日本の保護国に落ちぶれる、翌年の日本は朝鮮に(で)"いつも役所を監視する" を設ける、(彼女藤学識の豊か放任する初めて任ぜられる全体を統計して監視する )、全部 結果の韓国は全て(皆)激烈な反対の日の運動に爆発した。 1907年、韓国の皇帝李は人の往来がにぎやか秘密がハークを参加する世界が平和が会議を 人を派遣する、西方を頼む国家が韓国を助け回復が独立する、しかし交換のの日本の更高圧の統治。 1909年 3月 26日、古代の国名の国人の安らかで重い根はハルピンの駅に(で)彼女藤を 暗殺したこと学識の豊かでした、まもなく韓国の親しい日は総理もを使ってする李がとげを 傷を受けるもの差し向ける。 1911年 3月 1日は三一運動に爆発した、ソウルの市民と学生は塔のあなの公園に(で)"宣言に 独立する"を宣どくした、しかもデモ行進を行った、1920年全部の事件の余勢は ばかりまったく静まるずっと。 三十年代は起きる、金日がなど共産党人となるのはまた抗日のゲリア部隊を組織した、 中国の東北と朝鮮の辺境の地区に(で)活動する、武力を使ってする日本を抵抗して反撃を 加えるを企む。 このほか祖国の清末の革命的政治結社と祖国が団など多くの抗日団体を解放するがまだある、 上海に(で)また大きい古代の国名の民国の亡命政府を設立した。 九一八事変後、中国の東北三は日本を侵略されるものかえりみる。 中国の国民の政府がとるの政策に抵抗しない、しかし民間に(で)たいへん多い個を構成したのは 武装を日本を抵抗する、(主な含む義勇軍。「救国する軍隊と自衛する軍隊などの )、現在"東北は 義勇軍を日本を抵抗する"に(ために)総称する、全部で 30多い万人に達した、しかも極大が 破壊することをもたらす、当時アメリカの媒体の報道に基づいて、"満州は事実上不意打ちの 地方をないことはない"、都市と鉄道、意外に探すのは一緒に来る出ない。 日 1933年に(で) これらの武装力を軍隊はもう一度始められる、しかしこれから東北に(で)依然株金払込証書の 抗日のゲリア部隊の力がある、(そのうちとして中国共産党指導する東北人民革命する軍隊主とする )。
あの、「反日感情」と言った場合、主要なものだけで、東アジアとアメリカが挙げられ、東アジアのものも韓国、北朝鮮、中華人民共和国、台湾でそれぞれ性質が違うので、日本語版においてそれを区別せずに書くのはどうかと思いますが、特に東アジアのそれとアメリカのそれを同一記事で扱うのがいいかと考えた場合に、タイトルが単に「反日感情」だけでいいのか、という疑問があります。 Kozawa 02:52 2003年11月30日 (UTC)
- とりあえず、日本人が素の感情で書くとバイアスがかかるであろうから、訳文を記しました。本文への以降と編集は各参加者自由にどうぞ。QJ 03:11 2003年11月30日 (UTC)
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/zh/8/89/Shanghai1931post1.jpg
これはっきり反日ですが。バイアスどころじゃないですね。(羅生門:未ログイン)2006-10-19 18:13--以上の署名のないコメントは、211.14.233.55(会話・投稿記録)さんが 2006-10-19 09:11:16 (UTC) に投稿したものです。偽署名につき履歴より補完。--ikedat76 2006年10月19日 (木) 09:44 (UTC))
「反日」は中国共産党にとって栄光の歴史であって、決して彼らにとって「隠すべき、恥ずべき歴史」ではないだろう。つまらない遠慮をせず、民国・中共の「抗日」「反日」の歴史を陳述しておけばよい。ここ数年の「反日デモ」などだけに知識を得てセンセーショナルに描きたい粗忽者だけが不勉強ぶりをさらけ出し恥をかけば良いのである。なお「反日感情」なる客観的に評価しにくい名称で項目を立てるのには問題がある。各国版との整合性の問題もあろうが、具体的な現象や事件の羅列が容易なように「反日」と統合することを提案したい。--125.201.147.59 2006年11月27日 (月) 08:30 (UTC)
特定版削除?
ジャパンバッシングから韓国関連の記載を移動されましたが、要約欄に版が明記されていないため、ルール違反になってしまいます。ルール違反の場合のやり直しの方法は、いまのところ、特定版削除しかないのです。こまっちゃったな--っ [Café] [Album] 2005年3月15日 (火) 05:34 (UTC)
保護中
「保護中」であるならテンプレを出して下さい!--
そもそも何で保護になってるんですか?Hermeneus (talk) 2005年6月20日 (月) 10:55 (UTC)
- 4月下旬に編集合戦が起きてます。その為ですね(3連続revert)。--61.125.192.44 2005年10月14日 (金) 05:31 (UTC)
NPOVテンプレも必要ですね。--211.13.148.91 2005年10月14日 (金) 05:09 (UTC)
保護を解除しました。KMT 2005年12月9日 (金) 22:33 (UTC)
近代以後第2次大戦以前の反日感情
例えばアメリカにおいては明治期の移民問題を巡る反日感情、中国においては対華21か条要求から日中全面戦争に至る時期の反日感情の問題もあると思われるのですが。--125.28.188.45 2006年11月17日 (金) 17:41 (UTC)
保護
記述を黙って消すIPの人がいるので保護が適当かと思う。しつこく続くようだったら要請してみる。--shikine 2007年2月22日 (木) 23:29 (UTC)
Sikineさんの言ってる部分は、言うならば人種間同士の闘争です。また警戒する理由である経済的な力の増幅というのも、どこの国でも同じことです。反日感情というのには繋がりません。削除が妥当と思われます。
- 書いた部分を残すことにはあまりこだわないが、日本側の理由によって生じた反日感情というのはごく一部に過ぎない現象と思われる。--shikine 2007年2月23日 (金) 10:27 (UTC)
「日本に対しての歴史的に根深い人種差別意識」を記述しなければ、何故朝鮮半島や中華圏の国々で反日感情が激しいのか説明が付かないです。反日感情という名を借りた人種差別に他なりません。
- 削除ではなく、前後の文脈から編集により投稿場所を変更していたのですが。元投稿者の再編集により、当方の編集を一旦戻します。--125.205.189.66 2008年1月18日 (金) 05:42 (UTC)
その他
朝鮮や韓国に関して、金大中以前の反日について、異常に行数が少ないと思うのですが、過去に削除編集合戦などがあったのでしょうか。太陽政策以降北よりになり、反日が薄らいだ面がありましたが、韓国はある時期ポリシーとして反日掲げていたと記憶しています。-221.191.49.68 2007年8月5日 (日) 02:19 (UTC)
- 李承晩時代がが反日、朴正熙時代は日本にかなり依存していた。全斗煥は克日(日本を克服する。)それ以降は明確ではない。太陽政策と反日の因果関係は検証不可。--hyolee2/H.L.LEE 2007年8月5日 (日) 02:27 (UTC)
反日感情の意味を個人的見解から勝手に狭めないでください。
- 反日感情には、大雑把に分けて二種類あります。
- 一つは、中国人や朝鮮半島の人々がしばしば示して来た、極めて強烈でイデオロギー的で悪感情そのものみたいな、キチガイ地味た反日感情。
- もう一つは、同じ人間として日本人自身十分理解できる自然な反日感情です。これには外国人労働者たちが不幸にして持つ羽目になってしまう日本企業や日本人に対する恨み・苦情・問題意識も当然含まれております。
後者のほうの反日感情でさえ、国際機関に訴えられ、国際機関で正式に取り上げられ、日本国は公的に批判されております。
というより、実際には、前者の、明らかに病的な反日感情よりは、後者の、人間として当然の反日感情のほうが遥かに日本国民の名誉や信用性を左右している問題であります。
- また、日本政府・日本企業・日本国民が外国人労働者をどういうふうに受け入れているかという問題は、それが国内の場合であれ外国の場合であれ、反日感情を生々しく生じさせかねない問題であることは余りにも明らかです。
- 後者の自然な反日感情の場合は、日本人全員をイデオロギー的に憎んでいるのではなく、ある日本人たちによる現実の仕打ちによって実体験として反日感情を持たざるを得なくされているのであり、個人的な抗議や労働組合による交渉や集会やデモまでの段階で解決せず国際機関や裁判に訴えざるを得なくなったという段階で、彼らの反日感情は現実体験として既に確固たるものになっていると考えざるを得ません。(説明そのものが複雑になるので避けてますが、出稼ぎ中国人・出稼ぎ韓国人の場合を他の外国人労働者の場合とは区別して別個に論じたほうが、問題が厳密に分かりやすくなっていいのかもしれません。)
- この、現実的で自然な実体験としての反日感情が、中国人や朝鮮人たちのイデオロギー的な反日感情(日本人差別主義・日本人侮蔑主義・日本人愚弄主義)とは様相を異にしているのは極めて当然でありしょう。
- また、日本人で、同じ「反日感情」という言葉を使っていても(他に言葉がない)、この二つの全く性質・原因の異なる「反日感情」を混同している人は、私は見たことがありません。
- そもそも、日本語としても英語としても、「反日感情( Anti-Japanese Sentiment )」という言葉は、本来、後者の現実体験に裏打ちされた自然な感情によるものにこそ当て嵌(は)まります。
- 中国人や朝鮮人たちのイデオロギー的な日本人差別主義・日本人侮蔑主義・日本人愚弄主義のようなものにまで「反日感情( Anti-Japanese Sentiment )」などという穏やか過ぎる言葉を使っていることのほうに、そもそもの大問題があります。
- この問題は、中国人や朝鮮人が、善意好き・人権大好きのアメリカ人を日本人に敵対させようと画策し続けて、アメリカ人の反日感情(後者の現実的・自然な反日感情)と同じ性質の反日感情を、中華思想・日本人差別主義・日本人侮蔑主義・日本人愚弄主義の中国人・朝鮮人も持っているかのように同じ言葉「反日感情( Anti-Japanese Sentiment )」を故意に誤用し続けて来たことに原因があることは明らかです。
そういうことですので、User:隠者さんの以下のような主張 [1]
外国人受け入れ問題は反日感情とは関係のない投稿テーマです。もう一度推敲してください。rv
は、本文テキストさえ読んでいない、論外の主張として却下させていただきました。 SpacePirates 2008年3月2日 (日) 19:36 (UTC)、追加部分 SpacePirates 2008年3月2日 (日) 21:17 (UTC)
内容への評価はしない(この見解への賛同を意味しない)が、誤記、誤用(民度はあるなしではなく高い低いでありここには不適切)、意味の理解しにくい言い回し(できるだけ意味が通るように補足)、句読点の違いなどを修正。「責任分け」という言葉だけは不明(検索でも調べたが)なので文章上修正できず削除しました。58.89.27.85 2010年5月29日 (土) 19:39 (UTC)
リバートする前には必ず本文テキストをよく読んで、よく確認してください。
記事本文は反日感情という極めてセンシティブな(刺激的な)問題を取り扱っております。したがって、明らかにイタヅラと一瞬で分かるような場合以外は、リバートなどしないでください。リバートされても、記事が記事ですので、そのリバート自体が悪質なイタヅラにしか見えません。リバートする前に必ず本文テキストをよく読んで、よく確認してください。そして、リバートではなく推敲で対応してください。そういう意味でも、User:隠者さんのリバートをリバートさせていただきました。 SpacePirates 2008年3月2日 (日) 20:00 (UTC)
- 出典にもとづき投稿される姿勢に敬意を払いますが、投稿された内容は「日本における不法滞在外国人の人権問題」に関する記事であって、それらが「反日感情の原因となっている」かどうか疑義があり独自研究の懸念を持った次第です。人権問題に関する海外からの批判を「これが反日感情の原因となっている」と直接記述して良いものかどうか。--隠者 2008年3月4日 (火) 08:12 (UTC)
- 以上の観点から要出典を付加しておりますが、おそらく出典はそれなりに見つかると思いますので情報提供を広く求めます。また「話題の中心が反日感情とズレているのではないか?」との疑念についてはそのまま表明させて頂いておきます。日本政府や日本人を個人的に嫌悪するというのと「反日感情」は百科事典であるWikipediaの上では区別されるべきものです。--隠者 2008年3月5日 (水) 03:11 (UTC)
戦後の政策としての東アジア国の反日
戦前や2005年の中国の反日、また時代に点在して現われる反日感情の記述はありますが、戦後意図的政治的に反日をはじめた中国とそれにつづいて反日を政策的にはじめた韓国の記述は、どこかにされているのでしょうか。逆にいうと、戦後からある一定期間(日中国交回復とその後しばらく)は、「政策としての反日や日本攻撃はなかった」記述、がどこかにほしいとおもいました。すでにあるか探したので、ちょっと見あたりませんでした。-220.111.65.156 2008年4月23日 (水) 00:58 (UTC)
日本人の外国人に対する意識
これと反日感情がどう関係するのか。--Brackcandy 2008年11月11日 (火) 00:54 (UTC)
点線の下線
出来事に対していろんな見識がある以上、一部の文を下線等、目立たせて書くのは禁止されるべきだと思う。--220.146.72.73 2008年12月14日 (日) 20:39 (UTC)kok-h
日韓関係の反日感情の原因について
独自研究が連投されています。記述の根拠となる引用元を提示してください。--大和屋敷 2009年5月20日 (水) 09:24 (UTC)
「朝鮮半島における「反日」感情」節の分割
他の節と比べ分量が多く、WP:MM#分割すべき場合の「ページ中で特定の説明だけの分量が多く、明らかにバランスを失している場合」に該当するので、w:Anti-Japanese sentiment in Koreaにならい朝鮮半島における反日感情というページに分割したいと思います。節をまるごと新ページに写し、元の節にはw:Anti-Japanese sentiment#Koreaを翻訳して補おうかと考えています。
異議がなければ1週間後に分割作業に入ります。--kiku_b(talk/work) 2010年1月15日 (金) 11:21 (UTC)
反対 頭記の節の分量が過多となっているのは事実ですが、分割により対処するよりは、先ずは現在の記述内容の整理・短縮が試みられるべきです。 現在の記述は、その大部分が独自研究的であるうえに、他の記事「日朝関係史」「日韓問題」「嫌韓」などに書かれるべき(書かれている)内容との重複が殆どだと思われます。--Lakebuel 2010年1月16日 (土) 00:23 (UTC)
- 仮に整理・短縮されたとしても他の地域のように一節で収まる内容にはならないと考えています。他の記事に書かれるべき(書かれている)内容というものがどれなのが把握できてませんが、それらが反日感情について説明されているものなのであれば、むしろ他の記事に分散されているものをまとめて統合する必要があるものと考えます。--kiku_b(talk/work) 2010年1月16日 (土) 01:21 (UTC)
- 反対。そもそも品質として高くない(引用元が不明な文節が多い)ので分割するのも「なんだかな~」という印象。--大和屋敷 2010年1月16日 (土) 10:15 (UTC)
- 記述されている内容については分割後でも改善可能であると考えます。とりあえずは現時点のアンバランスを改善したいと考えています。--kiku_b(talk/work) 2010年1月16日 (土) 13:12 (UTC)
コメント最後の投稿から1週間が過ぎ、以降反論が出ておりませんが、提案者がウィキブレイクに入っているため一旦取り下げさせていただきます。復帰後に改善が見られないようでしたら再度分割提案等させていただきますのでよろしくお願いします。--kiku_b(talk/work) 2010年1月25日 (月) 11:41 (UTC)
台湾における「反日」感情
大量に「いかに親日派が多いか」を例証するデータを紹介して頂いているようですが、どうも投稿場所が違う(親日あたり?)ような気がします。--大和屋敷 2010年3月24日 (水) 09:01 (UTC)
2010年4月7日(水)12:59時点版
フィリピンにおける米軍爆撃についての市民の証言は引用元がありませんので一旦もどしました。それ以外についてはIPさんによる「評論」ですので削除いたしました。「評論」については信頼できる引用元から確認できる形で導入して頂くようお願いいたします。さすがに無名のIPアドレス投稿者さんの「評論」をもとに論文執筆の材料にはできませんので。--大和屋敷 2010年4月7日 (水) 13:26 (UTC)米軍爆撃についてマニラ市街戦にありましたので追記しました。民間人の保護義務は両軍にあるわけですから、市街地から退出するなり民間人を退去させるなりする義務はあったわけには違いないのですが。「米軍が撃ったから米軍が悪い」じゃ南京虐殺事件で日本がやられてるのとおんなじ論理ですよ。--大和屋敷 2010年4月7日 (水) 13:41 (UTC)
官製かどうか
デモにおいて市民が自主的に行っているか国家が主導的に行っているかはきわめて重要なファクターかとおもいます。--しょぉ 2010年10月20日 (水) 22:40 (UTC)
- 確定情報ではないので確定的に書かないほうが宜しい。報道でそのような記述・分析があるのなら、そのような報道がある旨として記述するのが宜しいでしょう。--大和屋敷 2010年10月21日 (木) 02:54 (UTC)
- ソースがある情報なのに確定情報ではないというのはどういうことですか??もし文句があるならば反証すべきです。--しょぉ 2010年10月21日 (木) 09:57 (UTC)
- 保護されましたので「棚上げ」で。--大和屋敷 2010年10月21日 (木) 10:49 (UTC)
2010年BBC調査の独自解釈
2010年のBBCの「日本が世界に与えている影響」についての調査について、「反日感情」として記述されておりましたが、出典[2]は、「日本が世界に与えている影響」で、答えは「ポジティブ/ネガティブ」です。つまり、これは「反日感情」のデータ(Like or not?)ではありません。あくまで、「影響力」についてのものです。データの独自解釈につき、表はコメントアウトしました。議論があれば、こちらでお願いします。反論がない場合は、いずれ削除します。--西方 2012年2月10日 (金) 17:21 (UTC)
2012年11月28日(水)19:42からの2版について
大量に投稿がありましたが出典がありません。こういう繊細な話題を取り扱う記事では執筆者の「知っていること」を投稿するのではなく、信頼できる情報源から引用する体裁で記述して頂くようお願いいたします。--大和屋敷(会話) 2012年11月29日 (木) 17:26 (UTC)
出典は出している。出典が不備であるというのなら、具体的に指摘すべき。
以下が「信頼できる情報源」でないとあなたはは主張されるのか?
- 河宇鳳『朝鮮王朝時代の世界観と日本認識』明石書店、2008年
- 村井章介 『中世倭人伝』 岩波新書、1993年.
- 山内弘一 『朝鮮からみた華夷思想』 山川出版社〈世界史リブレット 67〉、2003年
- [3] 古田博司 『「相互認識」 東アジア・イデオロギーと日本のアジア主義
- 金仁謙『日東壮遊歌』平凡社東洋文庫662、1999年
それとも、あなたが指摘しているのは、韓国光復軍から転記した箇所のことか?そうであれば、その箇所について出典タグをつけるなり、元記事の韓国光復軍で出典の明記を呼びかけたらいかがか?
出典を表示している箇所まで削除するのは、荒らし。
そもそも[4]での編集の差分をよく読まれよ。それ以前の記載は不十分な出典表示であった。そのため、私は出典が貧弱であったことを補おうとしたのである。--宿禰(会話) 2012年11月30日 (金) 23:29 (UTC)
- 単純コピーペーストと理解していましたが確認いたしました。--大和屋敷(会話) 2012年12月1日 (土) 00:02 (UTC)
「嫌日」じゃないのはどうして?
嫌韓というネット造語は記事に有るのに、 どうして「嫌日」は無いのでしょうか?
この反日感情という記事は「嫌日」に成るべきでは?