ノート:医学部
就職難の有無
[編集]こんにちは、Tanadesukaと申します。2004年10月5日 (火) 05:26に219.160.224.10さんは「また医学部は、医師となるのが目的なので、一般にほかの学部にみられるような「就職難」という概念はない。」と書かれましたが、これは医学科に限った事では御座いませんでしょうか?保健学科の知人は就職難に悩んでおりましたので。それとも以前は保健学科もオールパスだったのでしょうか?--Tanadesuka 2004年10月19日 (火) 10:18 (UTC)
- まあ、医学科と看護学科で通じる話でしょうね。就職難と無縁なのは医師・看護師が不足して売り手市場であることと、母校の大学病院という受け皿が存在することでしょうか。さんぽ (ノート) 2004年10月21日 (木) 18:33 (UTC)
- では就職難が無かったのは医学科・看護学科だけだと改めてもよろしいでしょうか?--Tanadesuka 2004年10月23日 (土) 01:31 (UTC)
×須く
[編集]こんにちは、Tanadesukaです。2004年10月21日 (木) 02:23にSampoさんが御指摘くださいました(×須く) と言うのは、どちらのガイドラインによるものでしょうか?ご教授願えましたら幸いに存じます。どうぞよろしくお願い致します。--Tanadesuka 2004年10月20日 (水) 22:03 (UTC)
- ガイドラインも何も、言葉の意味を間違ってるということでしょう。「すべからく」は「全て」という意味ではなく「当然」という意味ですから、あの文面で用いてあるのはおかしいわけです。--61.195.111.83 2004年10月20日 (水) 22:42 (UTC)
- お返事ありがとう御座います。なるほど、これはとんだ醜態を晒してしまいました。御指摘ありがとう御座いました。--Tanadesuka 2004年10月20日 (水) 22:45 (UTC)
一般教養時代
[編集]私が書いた一般時代の項
- 一般教養時代
- 教育学
- 1, 2年次での一般教養では、教育学が全校必修となっていない。これは将来大学で教育者になる場合に問題がある。また例え大学に勤務しないで開業医になったとしても、患者教育は医師の必須課業であるので、やはり問題がある。医師の教育能力の底上げを図る意味では必修化すべきではないかとの意見もある。
- 心理学
- また同様に、心理学が全校必修となっていない。これは患者の心のサポートをするために必要な能力の底上げを図る上で問題がある。「病気を観て人を診ず」になりがちな西洋医師の傾向を改善するためには、必修化すべきではないかとの意見もある。
- コミュニケーション学
- また同様に、コミュニケーション学が全校必修となっていない。これは日常診察で行われる医療面接(昔の言葉で言う問診・アナムネの事)の能力の底上げを図る上で問題がある。しかし必修化するにはまだ日本のコミュニケーションの専門家の数が足りないなどの問題もある。
を2004年11月2日 (火) 12:40 210.159.190.142さんは削除してらっしゃいますが、何かおかしな所や至らぬ点は御座いましたでしょうか?できましたらおかしい点などを具体的に指摘して頂き、今後の参考とさせて頂けましたら幸に存じます。どうぞよろしくお願い致します。--Tanadesuka 2004年11月2日 (火) 12:55 (UTC)
- こんにちは、Tanadesukaです。もし手違いで削除されたようでしたら私が復刻致します。あと一週間程御返事を待って、御返事が無ければ復刻させて頂きたいと存じます。--Tanadesuka 2004年11月10日 (水) 02:32 (UTC)
削除したのは私ではありませんが、上の教育学や心理学の記述には学問内容についての誤解に基く誤った期待が含まれているように思います。Diogenesis 2004年11月16日 (火) 07:24 (UTC)
- 御返事ありがとう御座います。私は教育学も心理学も専門では御座いませんのでお伺いしても宜しいでしょうか。上記の記述が学問に対してどのような誤解をしていて、上記の記述がどのように誤った期待をしていると、Diogenesisさんはお考えでしょうか。ご教授願えましたら幸に存じます。--Tanadesuka 2004年11月16日 (火) 12:11 (UTC)
教育学とは何か、心理学とは何かについてはWikipediaの各項目を参照していただくとして(正直、どちらもまだ悲惨な状態ですが)、一般教養で概論レベルの教育学を学ぶことが大学教員になったときに役立つとか患者教育のうえで役立つとか考えるのは幻想です。教育学は教育技術を伝授してくれるわけではありません。同様に心理学を学ぶことが患者の心のサポートに必要な能力を高めるというのも幻想でしょう。般教で心理学を学ぶことに効用があるとすれば自分もサルであるとの自覚をもたらすことだと思っています。
いずれにせよ価値判断を含む冗長な記述ですので、削除もやむなしと考えます。書き直すならごく手短に。
ひょっとすると1、2年次は医学進学課程であって、医学部は3年次からだという感覚を持つ年配の方が削除なさったのかもしれませんが。Diogenesis 2004年11月16日 (火) 13:50 (UTC)
- 御返事ありがとう御座います。教養を身に付けて行く上で踏むステップは大雑把に申しまして
- 概論すら学ばない
- 概論のみ学ぶ
- 医学への応用まで学ぶ
- と言う流れなのではないかと存じます。このとき、確かに、2だけで応用力が身に付くと思うのは間違いだ、と私も存じます。2をどう医療に当てはめてゆくのか、医療に当てはめるのに不足している学習はどの様な物か、等の3は学生が自分で考えて学んでゆく必要があるかもしれません。しかし現状では1である上に、普通の医学部に入ってくる学生は他学にはあまり興味が無い事も多いのではないでしょうか。すると2を全校必修にする事でコンピテンスを萌芽させれば、その後の3に繋がるので、上記記述の意見にも一理あるのではないかと存じます。
- 御返事を拝見いたします限り、Diogenesisさんも「2では不十分だ」と仰っているように伺えますので、現状の理解は私と相違ないのでは無いかと存じます。もしそうだと致しますと、3→2→1方向ではなく1→2→3方向への努力を促す意見は積極的に記述してゆくべきでは無いのかと存じますが、なぜDiogenesisさんは記述を減らす方向を検討されていらっしゃるのでしょうか?-- 2004年11月17日 (水) 00:08 (UTC)
Tanadesukaさんの書き込みには、この項目に対する並々ならぬ思い入れが感じられますし、おっしゃることには頷ける部分も多々あります。しかしながら「・・・との意見もある」と一見中立的な書き方をなさっていても、やはりそこには価値判断が見て取れます。上の書き方では「大学で教育者になる場合に備えて教育学を必修にすべき」と主張しているように読めます。さらに言うなら、なぜ教育学と心理学とコミュニケーション学だけ取り上げるのか。社会学や文化人類学を学ぶ機会があっていいし、語学教育をもっと充実させるべきだし・・・と、理想を述べるならいくらでも長々述べられます。ですが、ここは一般教養科目のあるべき姿を論じる場ではありません。百科事典の記事という性質、他の記述とのバランスなどを考慮するなら、この部分はできるだけコンパクトにまとめたほうが良いと思うわけです。
この項目に関して、私は細部の訂正以外で介入するつもりはないので、以後の発言は差し控えたいと思います。がんばって良い記事にしていってください。Diogenesis 2004年11月18日 (木) 09:59 (UTC)
- 丁寧な御返事を頂きましてありがとう御座います。百科事典に価値判断を入れるべきではないと言う御指摘はご尤もです。既に確定している事実のみに徹するべきだと私も存じます。ここで、患者や家族が被害に遭われたと言う事実を元に形成された世論、つまり事実に基づいた批判があるのは事実です。医学や医療に対する世間の批判がある事は事実です。そして医学教育に対しても同様です。これらの批判とそれを受けて改善の努力をしてきた医療者サイドの歴史的経緯を記述することは百科事典として相応しい内容なのではないかと存じます。ですからそれらの批判は中立的な観点に立ちさえすれば事実として記述しても問題ないのではないでしょうか。問題は私の記述が中立的な記述であったかどうかですが、Diogenesisさんの仰るとおり、中立性に欠けておりましたかも知れません。医学を批判する立場と批判を受けて医学を改善する立場の双方にとって中立的な観点に立つならば、「~との批判もある。これを受けて~の様な改善が試みられている」と言った表現にすべきだったかも知れません。申し訳御座いませんでした。医療教育への批判に関しましては、改善の歴史まで勉強してから記述すべきかもしれません。しかし私の存じます限りでは、全国一律で医学生に対する一般教養改善の努力がなされた事はございません。どなたかご存知の方がいらっしゃれば、ご加筆頂ければ幸いに存じます。
- また、教育学と心理学とコミュニケーション学だけを取り上げるのは偏って居るのではないかとの御指摘ですが、これはもう少し長い目で見て頂けませんでしょうか?確かに現状ではこの3点だけの記述しか御座いませんので偏っておりますが、もっと多くの視点・論点からの記述がなされて行く内に偏りは無くなって行くのではないかと存じます。
- 他の記述とのバランスに関する御指摘に対しましても同上です。Wikipediaは紙の文書と違い、特定の項目が大きくなりすぎたら記事を分割することが出来ます。これによって「紙面の都合」が存在しないので、我々は紙面の都合を気にすることなく加筆できます。勿論冗長な文章は良くないと言う御指摘もご尤もです。大項目主義に陥った記事は適切なバランスで分割・統合されなければなりません。しかし記事「医学部」はまだまだ発展途上であり、記事が不足しています。書ける記事から書いてゆけば当然書けない記事は放置され、記事のバランスに問題が出ます。しかし多くの目さえあればそれらは本質的な問題ではないのです。多くの視点からの記述によって各項目が充実してきて、大項目主義になってきたら適切に分割・シェイプアップすれば良いのではないでしょうか。Diogenesisも細部の訂正だけでなく、どうぞ大胆な加筆をお願い致します。--Tanadesuka 2004年11月19日 (金) 00:15 (UTC)
1週間ほど他の御指摘なども頂けませんでした。もうあと1週間程待たせていただきまして、特に御意見など御座いませんでしたら復刻させて頂きたいと存じます。--Tanadesuka 2004年11月27日 (土) 02:30 (UTC)
- 計2週間以上御返事を頂けませんでしたので、復刻させて頂きました。--Tanadesuka 2004年12月6日 (月) 00:48 (UTC)
医師国家試験
[編集]歯科医師国家試験や薬剤師国家試験については独立した記事があるので、医師国家試験についても独立した記事を作成するべきではないでしょうか。2004年11月3日 (水) 08:08 210.161.12.3
- ご指摘ありがとう御座います。まず、お返事の前に署名をつける事をお願い致します。ご指摘に関してですが、そうですね、医学科の部分も少し充実してきましたので、医師国家試験に関する部分を独立の記事にしても良いかも知れません。ただ、他学科の部分に関する記事がまだ充実して居りませんので、そのあたりがもう少し充実してからでも良いのではないかと存じます。また、医師国家試験は現在法改正などが行われている所ですので、作ってもスタブに留まる可能性があります。--Tanadesuka 2004年11月4日 (木) 23:33 (UTC)
学士(医学)の扱い
[編集]こんにちは、Tanadesukaです。A-keitaさん、いつも活発なご加筆ありがとうございます。A-keitaさんは2005年1月26日 (水) 18:38の版で
- 「など修士の学位に準じた扱いも受ける。」は誤りです。学位規則上「学士(医学)」は学士です。また6年制課程卒業者は博士後期課程(3年制)に進学できません。大学院設置基準では4年制博士課程は前期後期の区別がない課程であるだけです。4年制博士課程の入学資格が「修士の学位を有すること」とあるのは、学校教育法67条の裁量で変えられるからであり、学位の優劣ではありません。
と書かれていらっしゃいます。私も学位に優劣があるとは考えておりませんので、どう記述したものか悩んでおりました。しかし少なくとも2005年度入学では6年制課程卒業者は博士後期課程(3年制)に進学できました。この「裁量で変えられる」辺りを法律に明るくない方にも分かりやすく記述するために「準じた扱いも」と表現したのですが、如何でしょうか。Tanadesuka 2005年6月10日 (金) 12:03 (UTC)
- 返事が遅れて済みません。よいと思います。--a-keita 2006年7月29日 (土) 15:23 (UTC)
医学部は農学部から派生した
[編集]というのは事実ですか? 知り合いから聞きました。Hykw-a4 2006年7月25日 (火) 08:30 (UTC)
- 日本最初の大学である東京大学をみると医学部が出来たのが1877年、帝国大学(1886年に東京大学から改称)に農科大学が出来たのが1890年。東大医学部の前身の東京医学校(1874年以前に設立)と東大農学部の前身の東京農林学校(1874年設立)の間にはなんの継承関係もありません。
- ヨーロッパでも神学部法学部医学部は早い時期から形になっていますが、農学を専門にする学部ができるのは割りと最近のことです。少なくとも医学部を持った中世の大学には農学部はありません。Setomanko 2006年8月6日 (日) 02:30 (UTC)
出典について
[編集]医学部の現状の項の出典不明の記述(要出典のテンプレを付した部分)を一旦コメントアウトとした。さらに期間をおき、こちらのノートページに出典が明記されなかった場合、完全削除とする。--58.3.100.62 2007年8月13日 (月) 13:44 (UTC)
- 出典不明の記述を完全削除。復活させる場合はノートページに出典を明記の上行うこと。--58.3.103.37 2007年9月13日 (木) 03:27 (UTC)58.3.100.62からIP変更