コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

ノート:創価学会/過去ログ5

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。
過去ログ4 過去ログ5 過去ログ6

過去ログ化

ファイルサイズが肥大化しており議論停止中のコメントを過去ログ化したいですがいかがでしょうか?問題なければ分割します。--Colocolo 2010年12月7日 (火) 22:29 (UTC)

報告 問題がなかったので議論を停止した『御本仏、御本尊、御書』の節まで過去ログ化しました。--Colocolo 2010年12月13日 (月) 22:54 (UTC)

2011年1月18日 (火) 16:46の記事について

失礼します。

さて、どうして私が一連の記事を削除したのか。その理由を削除した本文の下に添付します。

「なお他説として、藤原は自著『池田大作の素顔』の中で、池田が戸田の死後、遺族に対して行ったことが香典泥棒説の発端と指摘している。同書では「戸田の死後池田が戸田の所有していた絵画骨董品を遺族の許可なく学会の所有物にした事。戸田の葬儀の際集められた4000万円(現在にしておよそ8億円)の香典を遺族に渡さず再三にわたる返還要求にも池田は応じなかったがようやく香典の一部を返還」とされている。その後戸田の遺族は長く真相を語らなかったが、後年に文藝春秋の取材にて、未亡人戸田イクが池田の次男の早逝を「池田は罰を受けた」と評するなど、軋轢を示唆。その後の戸田家の葬儀が日蓮正宗で行われたこともあり、池田と戸田の遺族との間で何らかのトラブルが生じていた可能性は高いが、詳細は不明である。 」

の本分ですが、この内容は別項目の池田大作のページで載せないことで合意が達しているはずです。そのページで明確な反論がなされていない以上このページでも載せる必要はないと考えたのですがいかがでしょうか。

「本部壮年長や教学部教授を務めた元幹部は 「昔は選ばれた限られた人だけしか財務のできる財務部員(応布部員)になれなかった。今のように何でも金、金、金、になってしまったのは、池田が3代会長に就任して1965年に池田が行った大石寺の正本堂建立御供養という資金集めで、学会は目標の10倍以上の355億円現在の価値にするとおよそ3000億円を集めたことに味をしめたことが原因。池田は、全国規模の供養について、「将来は一切、いたしません″と言っていたのに、以後次々と金集めを行うようになったんです。正本堂完成の2年後には、特別財務をやり、やがて会員のことごとくが財務部員になることができるようになり、「財務をやれば福運がつく″と会員は煽られ、各支部で集金を競いました。私も経済的に余裕が出てからは毎年100万円単位の財務をやるようになりました。座談会などでは財務が多いほど、功徳があり、福運がつくと説かれ、体験談や決意が発表されます。財務の時はお金を出し、額収書をもらうためとても少額を出せる雰囲気ではありません。今財務は金額は1口一万円で銀行振込ですが、銀行に振り込む浄財なんてあるんでしょうか。私には、創価学会がただお金を集めるのが目的という団体になってしまったような気がします」と話している山田直樹著『新・創価学会を斬る』より。毎年1月2日に新年勤行会があり、各地域の創価文化会館で広布基金の場所が設置されている。寄付額は決まっておらず、各個人が許容額を寄付している。だが強制ではなく、あくまで任意の寄付なので払わない人もいる。また、週刊実話では最近の経済事情が財務にも影響しているとし学会員の大半が財務自体に対して良い印象を持っていないとしている週刊実話2010年12月30日号。 」

週刊誌の内容をソースとするのは問題はありません。しかし、だからと言って5W1Hが記載されていない記事をそのまま載せるのはどうかと思います。元幹部の匿名という書き方では事実を捏造することも可能ですから。

1958年(昭和33年)4月2日、戸田は東京・駿河台の日大病院で急死し58年の生涯を閉じた。当時、戸田は後継者を選定していなかったため学会内は混乱したが、実質ナンバー2だった理事長小泉隆の力では一枚岩にまとめきれず、一部で後継者と目されていた石田次男も、誠実だが病弱ということもあり、トップに立とうとする欲望が無かった週刊文春2010年12月2日号。他の幹部も組織を支えることで手一杯となり、学会は空中分解寸前となる。小泉は最善策として戸田の長男を会長に据えようとするが、本人が固辞したため会長選びは白紙に戻る。石田次男 人物 と記されている。まず、池田が会長に就任した直後、石田次男を支持する創価教育学会時代からの幹部が、分派、顕徳会を結成創価学会に内乱起る・鉄の団結にいどむ顕徳会」そんな中、序列37位だった池田が突如浮上する。戸田が亡くなった時点での池田の学会内序列を考えると週刊文春2010年12月2日号43ページ会長になれる可能性は0だったとされている。しかし、池田は自身が実質経営していた大蔵商事(現オークラ)で活躍し稼いだ金銭を青年幹部に分配し支持を獲得週刊文春2010年12月2日号44ページ。また他の幹部から信頼を寄せられていた原島宏冶(後に初代公明党中央執行委員長)が池田支持を表明週刊文春2010年12月2日号44ページ。牧口の薫陶を受けた壮年幹部、理事からの反発はあったが、戦後に戸田の薫陶を受けた青年幹部を中心に、大蔵商事を支えた池田の豪腕に学会再建を期待する声が高まり、会長就任を後押しされるようになった。これが会長就任の真実である。」

当時の状況を記した文章のソースをお願いします。伝聞・憶測など~から聞いたという内容ではイマイチ信用できません。

以上の理由で削除しました。反論があれば記載をお願いします。

失礼しました。最果て 2011年1月20日 (木) 07:53 (UTC)

今回の件ですが、議論も無しに削除を行い事後報告とした点に疑問を感じ編集を戻しました。 荒らしであれば即時削除は可能ですが、創価学会の項目では逐一荒らしの内容がロボットや管理者によって削除されています。しかし、上記内容は削除されておらず、その点から荒らしと認定されていないため、即時削除の対象になりません。 それでは本題ですが私の意見を述べる前にめんどくさいので香典泥棒を①、金銭の問題を②、最後の内容を③と表記して話をします。

①ですが、貴殿はこの内容は別項目の池田大作のページで載せないことで合意が達していると主張していますがそれは池田大作の『評価』について同文章を使用しないということであり、ここ(創価学会)では適用外です。『ところ変われば・・・という格言もあります』そして、元々ここは題名が示す通り『創価学会へのデマ』がメインのため①の内容がデマである以上、掲載することに何の問題はありません。しかし度重なる編集でデマの部分が抜けているため「なお他説として」→「類説のデマ」などと修正すればなおよしと考えます。

次に②ですがこれはあなたの意見も取り入れたいと考えます。金、P献金と二つ類似で項目があり項目を統合してわかりやすくしても良いかと思います。氏名不詳の人間の意見は掲載して良いか周りに確認をすべきと思います。

最後に③ですが、内容を確認しましたが文章が昨年の12月に週刊文春が2週にわたり記事にした内容がメインであるため、その部分を追記して週刊誌からの引用がメインと記載済みです。再度週刊文春を確認しましたがほとんど内容が合致していました。これがソースであり、伝聞・憶測など~から聞いたという内容ではないことも確認できました。③は現状のままで良いと考えます。

追伸として、他の方のご意見も伺った後、該当項目の削除、追加修正を決定したいと思います。今回の削除については私と最果て氏2氏の合意形成では行わない。ということです。改めて別ログを立てて意見を伺いたいと思います。。--ノーザン123 2011年1月20日 (木) 21:54 (UTC)

ノーザン123さん返信をありがとうございます。

①についてですが、それなら下記にこのような文章を追加するというのはどうですか。

なお、もし実際に池田氏が上記のような内容をしていた場合、窃盗罪に当たり刑事事件に発展するはずなのだが実際は刑事どころか民事さえも訴訟されていない。

②についてですが、このような内容はどうでしょう。できる限り事実のみを記し、感情や憶測を排除してみました。添削をお願いします。

創価学会は昔、財務を出来るのは選ばれた限られた人だけしか出来なく、その人たちは財務部員と呼ばれて学会の羨望の的だったが、1965年に池田氏が行った大石寺の正本堂建立御供養を募り、そして正本堂完成の2年後から誰でも財務出来るようになり財務部員は廃止された。昔は座談会の会場で寄付が行われており、寄付が多いほど功徳や福運がつくと宣伝されて財務に対しての発表や経験談が行われた。現在は金の管理や安全上の理由から座談会で寄付を募る制度が廃止され12月に1度だけ行われる1口1万円からの振り込みに変更された。この変更が偏見や憶測を生み、「創価学会がただお金を集めるのが目的という団体になってしまったような気がします」等批判の声が寄せられた。なお財務は強制ではなく、払っていない学会員も多数いる。

③についてなのですが、私が主張していることはその情報源が週刊誌だけだということが問題と考えています。wikiもそうですが、情報源のソースを示すのは重要なことです。しかし、今回の③は「元幹部は石田氏がそのように発言をしたのを聞いた」となる二次情報となる週刊誌ですので、私は1次情報となるソースがほしいです。石田氏が公式にそのような発言をした書類があれば文句がなく、そこまでいかなくてもせめて信憑性を高めるために発言者の実名を記してほしいというのが願いです。

後、これは余計なのですがもうそろそろ「ミートパペットとみなされたGuarneri氏、せんとくん氏、Pass Lab氏」の削除依頼を取り下げてはいかがでしょうか。内容を見る限り書き込みは芳しくなく、箱物となっているのが私の感想です。それに過去ログ3を読む限りこの3氏がミートパペットだとは言い難く、逆に名誉を傷つけていると思います。ノーザン123さんはどうして3氏がミートパペットと判断されたのか、出来れば元となるページを教えてくれれば幸いにと考えます。

失礼しました。最果て 2011年1月21日 (金) 09:04 (UTC)

失礼します。

ノーザン123さんが仰る「今回の削除については私と最果て氏2氏の合意形成では行わない。ということです。」についての意見ですが、私とノーザン123さん以外が意見を述べなければ一年経とうが二年経とうが追加・修正が出来ないという事態が生じていしまいます。ゆえに提案として最後の意見から2週間ほどの猶予期間を設け、その間に他の人からの意見が出なければ合意したものとみなしてよろしいですか。

失礼しました。最果て 2011年1月21日 (金) 15:11 (UTC)

最果てさん、なぜ「ミートパペットとみなされたGuarneri氏、せんとくん氏、Pass Lab氏」の削除依頼をあなたが私に依頼するのですか?筋違いも良いところです。 見ず知らずの方たちですよね?まさかご存知なんですか?そうなるとあなたも当時、仲間としてミートパペットに加担していたのかと疑います。 詳しい内容は不明ですが、経緯は 昨年、『池田大作レイプ訴訟』の掲載可否を巡り議論が行われ時におこりました。議論の中でGuarneri氏、せんとくん氏、Pass Lab氏の3氏が同一のIPアドレスから複数のアカウント取得しを使い分けていたことが管理者によって発覚しました。3氏は『多重アカウントの不正使用による議論撹乱の疑い』というルール違反から意見の削除、無期限のブロックの判断が管理者より下されています。

その後、ブロックを解除するための議論も行われたようですが、ブロック継続との判断が管理者より下されています。 貴殿が『3氏がミートパペットだとは言い難く、逆に名誉を傷つけていると思います』としているのはあくまであなた自身の判断であり詳細は実際に3氏をブロックをした管理者へ確認するのが筋ではないですか? 今回の件(ミートパペットとみなされたGuarneri氏、せんとくん氏、Pass Lab氏のブロック)については私は全くの無関係であり、これ以上は全く知りません。終了致します。--ノーザン123 2011年1月21日 (金) 23:14 (UTC)

尚、私があげたのは『ノート創価学会の削除依頼』であり、ミートパペットとみなされたGuarneri氏、せんとくん氏、Pass Lab氏3氏の削除依頼ではありませんので勘違いをなさらないように『ノート創価学会の削除依頼』の取り下げは検討いたしますがGuarneri氏、せんとくん氏、Pass Lab氏のブロックについては関与していないためなにもできません--ノーザン123 2011年1月22日 (土) 00:56 (UTC)

上記、貴殿の提案は却下します。この項目の編集は私のみが行ったものではないため、いろいろな人の意見は必要であり期間は最低でも3ケ月、経過した段階で再度議論が必要か確認すべきであります。(ノート議論中にも修正されていました) 前回も申しましたが別ログとして私が立ち上げ貴殿の修正内容を議論致します。①、②、③の項目に対し意見が分散しないよう答えをA原文のまま掲載、B本文を修正し掲載、Cその他に出典を求めたうえで掲載、D文章を削除とするの4つに分類し原案を、1.2日中に掲示、そこから別ログを経てまずは3カ月間の議論といたします。もちろん議論の終息が早ければ切り上げもあります。 --ノーザン123 2011年1月21日 (金) 23:27 (UTC) 若干修正しました--ノーザン123 2011年1月21日 (金) 23:46 (UTC)


ノーザン123さん、私はこれまであなたの言動に対して目をつむっていました。ここで感情的になっても誰も得しないと考えていたからです。しかし、私はもう限界です。これ以上我慢できません。

何と言いましょうか……一つの素朴な提案をここまで責め立てる文章を咎めるべきか勝手に俺流ルールを作り上げる行為を呆れますか、全く己を顧みない態度に怒りを覚えるといいますか。

とりあえず一言、ノーザン123さんもう少し大人になって下さい。どうしてあえてたった4行の余計な一つの提案を14行もの文章で反論するのですか。こういう時はたった一言「管理人からブロックされました」とだけ付け加えれば良いのです。画面の向こう側にいるのはあなたと同じ人間だということを自覚してください。前々から思っていたのですが、あなたのその自分は正義だと言いたげな断定口調と議論を途中で投げ出す無責任さといいwikiのルールを常時振りかざすくせに今回のように俺流三か月猶予を出すと態度といいこちらはかなり辟易しているのです。正直な話、あなたと議論してもこちらは楽しくありません。それは何故なのかよく考えてみてください。いつもwikiのルールや社会的マナーを断定口調の長文で振りかざしているのに都合が悪くなると合意の代わりに逃げる。そのくせこちらがまた議題を出すと何事もなかったかの様にしゃしゃり出て来る。これほど腹の立つ相手はいませんよ。わかってますか? ノーザン123さん。最後にこれだけは覚えて下さい画面の向こう側にいるのは人間です

3氏をミートパペットを判断したのは管理人さんだということは分かりました。あなたのその無駄に長い長文から判断できたのはこれだけです。

ここで出てきた池田氏のレイプ事件での判断を何故ここで取り上げるのか疑問がわきます。そのページでの事実を他のページでも記載し、ユーザーの名誉を棄損し、さらに議論を「何故このページで上げる必要があるのか」から「ミートパペットだと判断したのは管理人」と論点を巧妙にずらすのは見事ですね。まあ、その焦点となった部分もすでに過去ログに収納されていますので議論の価値もありませんから早く議題を削除して下さい。

後、話題の個所を3ヶ月保留と意見してますがwikiにおける合意形成期間は約1週間ですよ。まさかいつもルールを振りかざしているあなたが知らないわけではありませんよね。しかし、ここは私が一歩譲り、3ヶ月の猶予を持たせることにしましょう。もちろんその間はその箇所を保留として本文から削除させてもらいますからそのつもりで。

どうですか、ノーザン123さん。私にむかつきましたか、怒りを覚えていますか。もし持っているのならその感情を忘れないで下さい、書きこんだ文章によっては人を不快にさせることもあるということを心に刻んで下さい。何度も言いますが画面の向こう側にいるのは人間です。間違いを犯す可能性のある不完全な人間です。あなたも誰かから「自分は正しいんだ」と振る舞われると嫌悪感を覚えるでしょう。今後は己を顧みて自重してください。それがあなたにとってもwikiにとっても好ましい未来が作られます。

他のユーザの方々には謝罪を。私個人の感情を爆発させてしまい、本当に申し訳ありません。

失礼しました。最果て 2011年1月22日 (土) 15:18 (UTC)

最果てさん、私もこれまであなたの言動に対してどうでもよいと感じていました。しかし、あなたの意見を見て私も限界です。これ以上我慢できません。

ただ、小生や他のユーザーが以前Pass Lab氏に指摘した内容「書きこんだ文章によっては人を不快にさせることもあるということを心に刻んで下さい」をそのまま最果てさんに返されていたことは小生も反省すべきところであると思います。

wikiにおける合意形成期間は約1週間というのは知っていますよ。ただ他のページにおいてもそのルールが実際に守られたケースはほとんどないのも実情です・・・。(中には合意形成後に合意を反故にして再編集されたもの、合意形成にいたらないようわざと〆切り前に投稿し議論延長を図ったユーザーもいました) WIKIをはじめてわかったことですが基本、ユーザーはあなたや私を含めみんなわがままということです。 しかしあなたも池田大作のページでは合意形成は1カ月、ここでは最終投稿から2週間とはじめ言っていましたよね。あなた自身も俺流ルールを作り上げていることを忘れないでください。 また、合意もなく勝手に編集しないでください。編集した場合は最果てさんの編集を合意なき編集=荒らしとみなし元に戻します。当項目を編集しているのは私一人ではありません。ノートにも出ず気ままに編集している人間の事はお構いなしなのでしょうか? (ノートスタート後に5件の編集が確認できましたが私は彼らにも議論の参加をしていただきたいと考えています) はっきり言えば人の振り見てわが振り見直せと返しておきます。もちろん私も自重するところは自重しますがあなたも自重するところは自重して下さい。

これ以上は言いません。議論を再開しましょう

P.S.あなたの会話ページに入れたかったのですが・・・ページが作られていなかったためここに入れます。

先日依頼のあった貴殿の議論について私の意見をお返しします。 ①『なお、もし実際に池田氏が上記のような内容をしていた場合、窃盗罪に当たり刑事事件に発展するはずなのだが実際は刑事どころか民事さえも訴訟されていない。』という内容ですが

『しかし、この著書の内容については刑事、民事の訴訟すら起きていない。』これくらいの内容にとどめ、小生が前述した文頭に『類説のデマとして』を組みいれ、議題として提出することでどうでしょうか。『窃盗罪に当たり刑事事件に発展するはずなのだが』の部分は後に出典を促される可能性があります(○○なのだがという文章は入れないのがベター)ので今回は外します。

②創価学会は昔、財務を出来るのは選ばれた限られた人だけしか出来なく、その人たちは財務部員と呼ばれて学会の羨望の的だったが、1965年に池田氏が行った大石寺の正本堂建立御供養を募り、そして正本堂完成の2年後から誰でも財務出来るようになり財務部員は廃止された。昔は座談会の会場で寄付が行われており、寄付が多いほど功徳や福運がつくと宣伝されて財務に対しての発表や経験談が行われた。現在は金の管理や安全上の理由から座談会で寄付を募る制度が廃止され12月に1度だけ行われる1口1万円からの振り込みに変更された。この変更が偏見や憶測を生み、「創価学会がただお金を集めるのが目的という団体になってしまったような気がします」等批判の声が寄せられた。なお財務は強制ではなく、払っていない学会員も多数いる。 を以下のに編集します。

修正内容(全文を記載) 『池田が会長に就任して間もない1962年、池田は聖教新聞の中で「永久に皆さん方から、ただの一銭も寄付を願ったり、供養を願うようなことはいたしません」と発言。しかし現在は年に1回行われる「財務」と呼ばれる寄付と、新年勤行会などの主要行事の際に各会館で集められる「広布基金」という2つの寄付が行われている。創価学会は昔、寄付(財務)を出来るのは限られた人間しかできず、その人たちは財務部員と呼ばれていた。1965年、池田氏が行った大石寺の正本堂建立御供養では一般信者からの寄付も可能にしたところ学会が予想した以上の寄付金を集めた。そして正本堂完成の2年後、財務部員は廃止され誰でも寄付が可能になった。当初寄付は座談会の会場で行われた。財務に対しての発表や経験談が行われ、寄付が多いほど功徳や福運がつくと宣伝された。現在は安全上の理由から毎年12月、1口1万円からの銀行振込みに変更された。しかし、池田発言との食い違いや寄付方法の変更が偏見や憶測を生み、学会員から「創価学会がただお金を集めるのが目的という団体になってしまったような気がします」等批判の声が寄せられたり、財務は強制的に行われるというデマが流れた。なお、財務は強制ではないため払っていない学会員もいる。また、週刊実話では最近の経済事情が財務にも影響しているとし、学会員の大半が財務制度自体に対して良い印象を持っていないとしている。』

主な変更としては『学会の羨望の的』は削除、『選ばれた限られた人だけしか出来なく』、『現在は金の管理や安全上の理由から座談会で寄付を募る制度が廃止され12月に1度だけ行われる1口1万円からの振り込みに変更された』の2箇所はわかりにくいため校正。『大石寺の正本堂建立御供養』は一般信者から寄付が出来る様になった部分を記載しました。

またP献金疑惑も金銭にからんだ問題なので項目を合併することも議論したいと思います。

③石田氏へのソースですが『一部で後継者と目されていた石田次男も、誠実だが病弱ということもあり、トップに立とうとする欲望が無かった』これは週刊文春に掲載された原文のままです。記事の中に出典ソースは確認できず、現時点では週刊文春以外のソースを探すのは非常に難しいかと思います。 ただ、今まで荒らしとして削除されていなかったことや、一応週刊文春のソースがあるため原文をそのまま掲載しても良いと考えます。それと同時進行で別ソースを探すべきと考えます。

これらを踏まえ、別ログを立ち上げます。 できましたら最果てさんの会話ページの作成をお願い致します。 長文、失礼しました--ノーザン123 2011年1月23日 (日) 00:06 (UTC)文章訂正しました--ノーザン123 2011年1月23日 (日) 01:54 (UTC)


ノーザン123さん。怒らせた原因である私が言うのもなんですがもう少し頭を冷やしてから書き込んだ方が良いですよ。感情的になりすぎてあなたの文章は突っ込みどころがあります。今からその個所を述べましょう。

「私もこれまであなたの言動に対してどうでもよいと感じていました」

「あなたの意見を見て私も限界です。これ以上我慢できません。」

前後の文との食い違いがありますね。あなたの怒りの沸点がよほど低いのかそれともあなたの意識では格下の私が抗議することが許せないという意思表示なのか判断が分かれるところです。私としましてはどちらでもなく単なる文法ミスだと思いたいです。

「しかしあなたも池田大作のページでは合意形成は1カ月、ここでは最終投稿から2週間とはじめ言っていましたよね。」

ひどく心外ですね。ノーザン123さんはもう一度その個所を確認してみてはどうですか。私は「~とします」の決定でなく「~してはいかがでしょうか」という意見・提案をしたのです。いうなればグループでの会議中にAという人が「~という案はいかがでしょうか」と皆に合意を求めたわけです。つまり俺流ルールを作り上げたわけではありません。しかし、この会議に出席していない第3者が異を唱える権利はありますが少なくとも共犯であるあなたが異を唱える権利はありません。さらに言わせてもらいますと私が1カ月の猶予期間を提案したのはその前の記述である「ただ一週間での削除は早過ぎる。最低2週間から一カ月は要すべきであったと言いたい」から来ています。そこのところをお間違えなく。

「合意もなく勝手に編集しないでください」

その言葉をそっくりあなたにお返しします。本文履歴を見るとあなたと他ユーザーと比較しての編集事実はどちらが多いのでしょうか。

では、議題に移りましょうか。

①はノーザン123さんが出した事例に賛成します。

②ですが、最後の週刊誌の文章は要らないでしょう。一般論として誰でもお金は払いたくないものです。むしろ喜んで払う方が少数派なわけで、いちいち載せる必要はないと考えますがいかがでしょうか。

③、ですから私は週刊誌以外のソースを出して欲しいのです。単に「週刊誌に載っていたから」の理由だけでは貧弱すぎると申しています。これが通るなら過去ログ3のフランスセクト関係も「週刊誌に載っていたから」の理由が適用されてしまいます。確たるソースがない以上載せるべきではないと考えているのですがいかがでしょうか。

と、まあ意見を述べさせてもらいましたが最後に何故私が記事を合意なく削除したかについて述べましょう。

「事実を摘示することによって、ある人の社会的評価を低下させるならば、名誉毀損による不法行為に基づく損害賠償等の責任を負う可能性があります」の名誉棄損・侮辱罪に当たると考えていたからです。つまり私は「名誉毀損的な素材は、確認された時点で削除するのがウィキペディアの方針です」という方針に従って削除したわけです。ノーザン123さん、wikipediaは事実ならば何でも載せていいわけではなく事例を好意的に書く必要があるのです。

その観点からみると創価学会にとって不利な事柄は載せるべきではないでしょう。また、載せるにしても裁判所の判決等信頼性の高い事実のみを載せ、今回私が削除した個所は公的でも何でもない娯楽の類に入る雑誌からの事例ですので削除しても問題はないと考えるのですがいかがでしょうか。

そして、私はこの方針にのっとり公的な機関以外のソースからなる事柄の削除を行う予定ですが、いきなりそれをしてしまうと記事が混乱してしまうので削除対象になるべき事柄はこのノートで挙げて審議してから削除します。

希望通りノートページを作成しました。

失礼しました。最果て 2011年1月24日 (月) 08:52 (UTC)

最果てさん。③についてですがソースの出典も増えています。ここはひとつ暫定的な提案として

  1. 要出典とする範囲をまずノートに提示、検討後本文に表示して広く一般に出典を求める。
  2. 要出典とする範囲は大きくまとめず細かく一文ごとにわけて出典とする。
  3. 要出典と提示された範囲の掲示はノートで議論後2月上旬をめどに本文に掲示、出典の〆切りは本文掲示後1カ月から2カ月と決める。それまで本文は削除しない。期間経過後ソースが提示できないものを削除、ソースが提示してあるものは表示継続ということでどうでしょうか?

通常のルールでは要出典を経て削除されます。今回の件、いろいろな意見はあると思いますが、本文が完全な荒らしと管理者に認定されていない以上、時間はかかっても要出典を経て削除ということでどうでしょうか?これであれば後々、文句や避難を受けることは無いと考えますが--ノーザン123 2011年1月26日 (水) 15:38 (UTC)

ノーザン123さん、wikiは真実を記す場ではありません。記事の内容は肯定的に記すべきであり、よほどの証拠がない限り批判的な事実は載せないというのがルールです。

創価学会のページのように批判的な事実が載っていることは例外だということを認識してください。

そして、この③の内容は肯定的でなく、内部分裂の可能性もあったという批判的な事実になると考えますので貧弱なソースでは載せられません。公共の文章など確たるソースがない以上削除すべきと考えるのですがいかがでしょうか。

失礼しました。最果て 2011年1月28日 (金) 13:50 (UTC)


荒らしとは心外な・・・折伏大行進が専門用語で難読であるとの意見を受け(しゃくぶつだいこうしん)と読み仮名を振った。そのことに関しColocolo氏より記事の削除、荒らしなどと指摘され、このような行為を繰り返すなら投稿ブロックをするとまで言われた。私は記事の削除など行っていない。読み仮名を付け加えただけだ。記事を削除したのはウィキにアカウントを持っていないIPアドレスの者(119.171.132.79)だ!Colocolo氏の指摘には納得がいかない。これいかに?! --Mikkabie 2011年1月28日 (金) 13:25 (UTC)

「折伏」の読みは「しゃくぶく」です。「しゃくぶつ」ではありません。したがって、「折伏大行進」は「しゃくぶくだいこうしん」となります。--Amyupa cider 2011年1月29日 (土) 02:31 (UTC)


編集履歴や編集後のキロバイト数からあなたが削除編集を行ったことは明白です。投稿ブロック云々はわかりませんが、ウソはつかないように。私も創価学会は嫌いですが・・・一個人が持つ信仰心をwikiには掲載しないでください--ノーザン123 2011年1月28日 (金) 15:27 (UTC)

最果てさん。Supportasiasterさんが別のソースを提供した以上、この項目は妥当と考えます。Supportasiasterさんが提示したソース『大白蓮華2010年4月号』は単なる週刊誌ではないため信頼できるソースであると考えるのが妥当です。かつてあなたは池田大作のノートで機関紙の内容は5W1Hが記載されており信用できると発言しています。Supportasiasterさんの意見がないのは残念ですがあなたがこのソースに意義がある場合はSupportasiasterさんに会話ページ等で直接伝えるのも一つかと思います。ソースの出典が第三者より行われた以上、今回は即時削除ではなく要出典を経て本文削除とする方向で行くべきではないでしょうか?--ノーザン123 2011年1月28日 (金) 15:19 (UTC)

今回は、最果てさんあなたが「荒らしと認定されていない文章」の削除をノートでの合意形成も無しに独断で大量に行い、詳細を事後報告としたことが発端であることを念頭に入れて下さい。尚、私は③の部分が要出典を経て削除になるのであれば了承いたします。--ノーザン123 2011年1月28日 (金) 23:51 (UTC)


なるほどなるほど……つまりノーザン123さんは聖教新聞や大白蓮華など宗教系機関紙がソースに値することをお認めになるわけですね。ありがとうございます。私はこの回答が欲しかったです。最果て 2011年1月29日 (土) 15:13 (UTC)

最果てさん。【創価学会のノートで決まったことはあくまで『創価学会』のみで有効である。】というのが私の意見であり、創価学会のノートで合意した内容や発言を『池田大作』や『公明党』などの創価学会関連のwikiへ流用、転用してはならないと考えます。ましては人の評価など使うなどはもってのほかです。勘違いはしないように--ノーザン123 2011年1月31日 (月) 21:58 (UTC)

嘘は明白などど言われ確認してみたが--Mikkabieの版と(119.171.132.79)の版を比べてみた。確かに(しゃくぶくだいこうしん)と書いただけだ。「しゃくぶつ」は、このノートでのただのタイプミス。 明白な記事の削除は(119.171.132.79)が行っていることを真面目に再確認して貰いたい--利用者:MikkabieMikkabie 2011年1月29日 (土) 04:47 (UTC)

創価学会に関するデマ、風説、疑惑、真実が伏せられた話について

この項目の削除を提案します。

名誉毀損の関係からすると、デマ等の風説については掲載に慎重であるべきです。名誉毀損では「被害者が反論することにより、第三者に被害者の名誉を毀損する表現の存在を知らせてしまう」ということも考慮されているので、このような表現がWikipediaに記載されていること自体がデマ等に加担することになってしまいかねません。それでもなお掲載するのであれば、以下に留意すべきでしょう。

らあめん花月の名誉毀損事件の判決でも確認されたように、真実性の対象はデマ等の存在自体ではなく、その内容の真実性です。

内容の真実性を個人的に保証できないのであれば、記載は控えるべきでしょう。特に週刊誌を出典とするのであれば、その内容が真実か少なくとも真実相当性が認められる程度の裏付けも必要ではないでしょうか。

反対に、創価学会の機関紙や関連出版社のものであれば、その中にある否定的記載は、自己に不利益な内容を自認するものですから、争いのない事実として承認できるでしょう。

このような視点から、少なくともこの項目を一度本文から削除した上で、再掲載するのであれば、ノートで合意を形成したものに限定すべきではないでしょうか?--Amyupa cider 2011年1月29日 (土) 05:04 (UTC)

元々、この項目はPassLab氏が香典泥棒という項目に対しノート上で議論を始めたのがきっかけです。当初は、IPの投稿も含め創価学会に有利な内容のみが記載されていたが、PassLab氏やIPによる投稿者は軒並み管理者によってブロックされた経緯があります 私個人の意見を言わせてもらえれば、この項目を扱うのには十分な議論が必要だと思います。ネット上で流れるさまざまなデマに百科事典としていかに対応するかだと思います。作成後、管理者やロボットによる削除が行われなかったことから荒らしではないと判断されていることもご理解ください。 しかし創価学会に有利にはたらく記述や不利な記述はソースを必要とします。 また、段落の中には香典泥棒を含め伊丹氏の件や、創価学会が裁判で敗訴した真実を信者に伏せている問題、以前、フランス政府にセクト指定された際の真実など、中立的立場から十分な証拠があり記載に問題のないものも存在します。 それに出典が揃っているものもあり、今ある項目をすべて削除するのではなく段落ことに内容を吟味していき、必要な項目、不要な項目と分けることが大事であると思います。 また、創価学会関連のwikiでは一部ユーザーによる議論のかく乱やミートパペット行為が行われた経緯もあります。慎重を期すことは大事であるとともに、Amyupa ciderさんも会話ノートの準備だけは行っていただきたいと思います。また今回、削除後の事後申告ではなくノートに議題を提示したことは個人的に一定の評価をいたします--ノーザン123 2011年1月29日 (土) 05:54 (UTC)

消したつもりなどないのだが。訳がわからん、浅学非才を恥じるのみ。創価学会好きでも嫌いでもなく興味がないとだけ述べておきましょう--MikkabieMikkabie 2011年1月29日 (土) 07:31 (UTC)

ノーザン123さん、「管理人やロボットなどから削除されなければ何を書いても良い」と勘違いしていませんか。彼らは最後の守護神であり、いわば憲法の番人です。日本国内において憲法を犯さなければ何をやっても良いという道理は通じないでしょう。

現実問題としてセクト認定や自殺関連は社会的に見てマイナスイメージが付くのは当たり前です。ゆえに例え事実であってもそれを公表することが社会的信頼を落とす行為として名誉棄損が制定されているわけです。しかし、ノーザン123さんは「管理人から消されていないから」の一点張りであり名誉毀損に対する見解を示されていません。そこが問題なのだと申しているのに耳を傾けてくれませんね。

ノーザン123さんは事実と名誉毀損の関係について見解を示して下さい。先に忠告しておきますが管理人が削除していないからという理由は通りませんよ。もし通すのならこれまであなたが過去に管理人が削除していない記事を何故削除したのか述べてもらいましょう。私が削除された箇所も管理人によって削除されていなかったはずなんですけどね。

それと、実験的意味合いを兼ねて問題の個所を一旦削除します。もしこの行為が荒らしなら管理人によって差し戻されるでしょう。

最後に諫言を「ノートに議題を提示したことは個人的に一定の評価をいたします」

個人的に一定の評価? あなた何様ですか?

失礼しました。最果て 2011年1月29日 (土) 15:13 (UTC)

いったん、記事は差し戻しました。私もパチンコの項目で事後申告した際にかなり非難されその時にユーザーからルールは「原文に問題があるなら削除せずそのままの状態で議論しその後に問題点の削除や修正が行う」それがwikiのルールだと教わったものです。 他の方もこの内容を見ていただき削除が妥当か、修正の必要性があるのかを議論していただければと考えます。議論の中でそこから問題となる所だけ削除すればよいと思います。他のwikiでは原文はそのままで議論後に問題点の削除や修正が行われています(例:パチンコ、有名人のwiki等)。故に削除せずノートに記載したことを評価しただけです。項目や段落は数か所あり、最果てさんもとの数日間の一連の議論の中で、『香典泥棒』、『金に対する疑惑』、『池田会長就任の真実』の指摘はありましたが、それ以外の箇所の指摘はありませんでした。故に最果てさんも他の項目の掲載は認めていると考えています。

内容を削除して議論することは内容を秘匿し議論する事になるため宜しくないと考えます。故に掲載sている内容に対し議論したいと提案します。


名誉棄損の問題については段落毎に見解を述べます。

①香典泥棒・・・文章が創価学会の名誉を傷つけているとは言えない。逆に創価学会の名誉を守っていると言えます。問題のあった藤原氏の記述は変更することで先日決まっています。掲載も問題なしと考えます。

②P献金・・・本当に問題であればP献金のwikiが削除されます。P献金のwikiは削除依頼がおこった経緯がありますが掲載継続が決まりました。文章の内容も長い文章が羅列しておらず出典は問題なしと考えます。下記、金に関する疑惑との統合も検討したいです

③池田大作の重病死亡説・・・創価学会の名誉会長だが本来なら『池田大作』のwikiに掲載すべき内容。内容を縮小し『池田大作』のwikiに掲載するか別途議論をすべきと考えます。

④人の不審死にまつわる風説、疑惑はネット上で流れていたデマや政治的意図で流されたデマが裁判で創価学会は無関係とあきらかになっています。百科事典として見解を示すのは当然であり、これも逆に創価学会の名誉を守っていると言えます。もちろん掲載も問題なしと考えます。

⑤池田大作朝鮮人説・・・ネット上で流れているデマとしては有名な物。文章上ではその起源や理由が異様なまでに細かく記載されており、削除は議論の上決定すべき思います。ただ一個人の内容のため掲載の際には池田大作のwikiに移動を検討するべきです。補足として『これはデマである』という内容を掲載すべきと思います。

⑥金に関する疑惑・・・先日、最果てさんと文章の修正で議論を進めています。私の意見はP献金との統合を考え内容は大幅な修正を必要とします。

⑦学会常勝不敗説・・・問題にすべきは敗訴の内容を勝訴と偽ったり、敗訴の内容を掲載しない創価学会側にあるわけで、内容にウソは無く全て真実が記載されている。またこの内容が創価学会の名誉を傷つけているとは言えない。掲載も問題は無い

⑧池田会長就任の真実、一般信者へ伏せられた内部対立・・・第三者によるソースが増えてきており創価学会の機関誌のソースもあります。文章に問題のあるところは要出典とするべきで修正は必要かと思いますが削除まではいかないと思います。

⑨創価学会カルト指定の真実・・・フランス政府の公式文書から内容が掲載されておりソースに問題は無い。内容も創価学会に偏っておらず、事実のみが記載されている事、同様にセクト指定された他宗派の内容や確かな出典も記載されており中立的な内容と考えます。この内容が名誉棄損に当たるとは考えにくい。文章の修正は必要かもしれないが削除までは不要と考えます

こう考えます。--ノーザン123 2011年1月30日 (日) 00:56 (UTC)


まずは、具体的な各論に入る前に総論の議論に決着をつけるべきでしょう。

ノーザン123さんが例示されたパチンコや有名人と創価学会のような法人格を有する団体とでは、否定的な表現に対するリアクションに大きな違いがあります。

パチンコは、ゲームの名称であり、人権享有主体性がないので、どのような否定的な表現をしても、パチンコ店や具体的なパチンコ愛好者への誹謗にならない限り、法的リスクは生じません。

有名人の場合は、スキャンダルを広告代わりにしている一面もあるので、人格的な誹謗が相当強度でなければ、刑事告発はおろか、民事争訟に至ることもまれです。

しかし、創価学会等では、スラップと評されることもある程、否定的表現に対する訴訟リスクが高いといえます。 創価学会については、近時の例でも故永田寿康元衆議院議員に対する刑事告発を経て罰金刑となったケースもあります。

従って、Wikipediaの一般的ルールを他の項目と同様に適用することには疑問があります。個人的には、ローカルルールに、削除等だけでなく、加筆する際もノート上での議論を経るべきであると加えた方がよいのではと考えているくらいです。ここでは、これ以上議論しませんが。

百科事典であるWikipediaの創価学会の項目を充実させたいというお二人の情熱には頭が下がりますが、デマ等の類はまとめサイト等の他の検証サイトに委ね、創価学会に関する事象すなわち「事実」のみの記載にとどめるべきではないでしょうか。「真実」は観測者の評価を伴うものですし、科学のように実験や数式によって証明できるものではないでしょう。もし、「真実」として記載するなら、ソースの真実性から議論して確定していく作業が不可欠ではないでしょうか。創価学会のような新興宗教団体は、日本においてただでさえ偏見を持たれているものです。そのような土壌があるということを踏まえなければ、客観性や中立性などというものは担保できません。--Amyupa cider 2011年1月31日 (月) 10:45 (UTC)

こんにちは。私も創価学会のWikipediaの編集をしたものです。この項目はさまざまな人が編集し内容を構築してきました。そのことはお分かりでしょうか?わたしもこの項目を編集した一人として見解を述べたいと思います。

内容に問題なし①②④⑦⑨ ソースの再検討や修正が必要③⑧ 削除⑤⑥

最後に一言。最初から目を通しましたが今回のこの騒動は文章を独断で勝手に削除した最果て、他人の言うことに逐一反論するノーザン123双方の責任である。それが原因であると双方肝に銘じていただきたい。以上--122.214.119.146 2011年1月31日 (月) 13:17 (UTC)

Amyupa ciderさんお疲れ様です。私も個人的には、ローカルルールに、削除等だけでなく、加筆する際もノート上での議論を経るべきであると考えています。しかし現状は加筆は議論を経て、削除は自由に行われるのがほとんどです。

まずは、ソースの真実性から議論していきましょう。できれば混乱させたくないので1つずつ行いたいと思います。それと同時進行でAmyupa ciderさんには各項目についての見解を伺いたいと思います。最果てさんもブロック処分解除後に各項目の見解を伺えればと考えます。 最果てさんは機関紙の内容はソースとして正当性があると主張しています。 まずは

  1. 創価学会関連の機関紙がソースとして信用性があるのか(中立性が担保されているのか)。これから議論していきましょう--ノーザン123 2011年1月31日 (月) 14:40 (UTC)

Amyupa ciderさん。まずは、私の考えから述べたいと思います。本来創価学会関連(宗教団体の)の機関紙をwikiとして使用する場合は使用する項目に対して機関紙自体の中立性が担保されているのかその都度十分な検討をするべきであると考えます。それは

  • 機関紙自体の中立性が担保されているか全く不明であること
  • 使われる項目によっては掲載することで特定の宗教団体に対するプロパガンダとなる恐れがあること

を挙げておきます。

元来過去ログでも創価学会は編集に中立ではないという意見が多数寄せられました。その原因として機関紙による創価学会寄りの意見の掲載、週刊誌による創価学会に批判的な意見の掲載がその都度行われた経緯が伺えました。 私は創価学会関連(宗教団体の)の機関紙をwikiの出典ソースとして使用する場合は内容に信頼性のあるものあっても

  • 他のソースの補助としての利用
  • 過去の既成事実や固定的な内容

に対して使用を限定する。

  • 個人の評価など一定ではなく流動的なもの

に対しては内容に信頼性のあるものあっても掲載することで評価が変動するため使用は控える。

とルールを決めたいと思います。 また、ルールの補足として創価学会のノートで決まったことはあくまで『創価学会』のみで有効である。創価学会のノートで合意した内容や発言を『池田大作』や『公明党』などの創価学会関連のwikiへ流用してはならないと考えます。逆もまた然りと考えます。

ご意見をお待ちします--ノーザン123 2011年1月31日 (月) 21:54 (UTC)


ノーザン123さん、まず総論として項目自体の掲載自体の是非を検討すべきだと申し上げています。あなたのご提案は、掲載が是となった後の話です。今のところ、積極的に非を唱えているのは私だけですが、それなりに説得的な是とする論拠を改めて示していただきたいものです。

私が掲載を非とする理由を改めてまとめますと、

  • 百科事典として事柄や事象である「事実」の記載を超えて、評価である「真実」に踏み込むべきでない。
  • スラップのおそれありと一部で評価される程度に法的措置に積極的な団体に関する項目であるということ。元代議士が在職時の発言で処罰されたケースもある。
  • 内容の真実性を個人的に保証できる裏付けができないなら、「触らぬ神に祟りなし」として触れるべきでない。

といったものになります。最低でもこの3点の懸念に反論していただけないなら、Wikipedia:名誉毀損にあるように、名誉毀損的な素材は、確認された時点で削除するのがウィキペディアの方針に従うべきであるとしてなされた最果てさんの処置を支持します。

ソースとしての機関紙の取扱いについては、一応お答えしておきます。

そもそも機関紙というのは、発行元の主張を掲載する媒体であるので、発行元団体寄りとなるのが当然のものです。 したがって、抽象的にはノーザン123さんのおっしゃるとおりでしょう。ただ、事象である「事実」そのものは、あったことをなかったことにしたり、なかったことをあったことにしていない限り、用いることは可能ではないでしょうか。

例えば、池田大作名誉会長が授与された名誉学術称号が300となったという「事実」があります。これについて創価学会は聖教新聞上で「創価の師弟の勝利を寿ぐ栄冠」と評価し報道しています。他方で、産経新聞では、このように報道しています。このように、修飾された評価をそぎ落とし、生の事実のみを記載するのであれば、機関紙のみでしか確認できないことも使用可能でしょう。

ノーザン123さんの「過去の既成事実や固定的な内容」というのも同じ趣旨ではあるのでしょうが、念のため詳述しました。

そして、付け加えるならば、ソースとして当事者および利害関係人の著述によるものは、極力排除すべきではないでしょうか。当事者や利害関係人には利害関係が介在している以上、機関紙と同視すべきでしょう。この点、出版社系週刊誌の多くは、訴訟の相手方となってますから利害関係人に当たるのではないでしょうか。--Amyupa cider 2011年2月1日 (火) 02:50 (UTC)


Amyupa ciderさん。お疲れ様です。私が全削除に否定的であるのは

  1. 記載されている文章全てが名誉棄損とはいえないこと。(詳細は後述)
  2. 裁判や国家など公共の物によって明らかになったものであり真実が掲載されているケースです。これは掲載しても十二分に証拠が担保されており名誉棄損には当たりません。
  3. 当事者、利害関係者が共に認めているケースの存在
  4. wikiでは加筆や削除は必要最小限度にとどめるとあること

からになります。

記述の内容については

  1. 記載のソースがの公共性が高く名誉棄損とならないケース
  2. 当事者、利害関係者が共に認めており名誉棄損に当たらないケース
  3. 時効成立により掲載しても問題が発生しないケース

があります。 1については裁判国家など公共の物によって明らかになったものであり真実が掲載されているケースです。これは掲載しても十二分に証拠が担保されており名誉棄損には当たりません。項目では①②④⑦⑨が今回のケースにあたります。

2についてはAさんが「Bさんは○○」と発言した内容に対し当事者のBさんが認めているケースです。これはもちろん名誉棄損にはあたりません。今回の例では⑧の一部にあたります。(週刊誌のソースと創価学会側が機関紙で事実と認めている内容が同一である。)

3は時効の問題です。民事訴訟法では本人が不法行為の事実を知って3年以内に訴訟を起こさなかった場合、本人が不法行為をであった事を知らずに発覚から20年が経過した時は名誉棄損の時効が成立します。記載されている内容のソースが20年以上経過した名誉棄損と認定されません。掲載には問題はありません(しかし道徳的にはどうかと思います)今回のケースは①の香典泥棒のケースや⑨のケースなどにあたります。

それ以外のものであれば、Amyupa ciderさんがこの部分は名誉棄損と指摘すればノート上で検討の上、削除対象か否か議論します。まずはこの部分が名誉棄損にあたるのではと申告して下さい。漠然と名誉棄損と言われても全く理解できません。名誉棄損という理由をいいことに余計な物まで削除しようとすることはあってはなりません。122.214.119.146さんもこの項目はさまざまな人が編集し内容を構築してきたと言っています。この項目を編集し内容を構築した人すべてが名誉棄損の不法行為を行ったとは考えられません。私は掲載内容全てが名誉棄損とは言えないと判断いたします。掲載の中には名誉棄損にあたるかも知れないケースも存在しますが、それはこれから議論すればよくwikiにおいても加筆や削除は必要最小限度にとどめるとあります。このルールや具体的な名誉棄損の位置を示さない限りや全削除は100%認められません。

少し先に進みたいのでまずは、Amyupa ciderさんが名誉棄損と考える部分を具体的に教えていただきたいと思います。さすがに記載されている文章全てが名誉棄損ではないでしょうから--ノーザン123 2011年2月1日 (火) 14:52 (UTC) 記述を修正しました--ノーザン123 2011年2月1日 (火) 15:04 (UTC)


ノーザン123さん、名誉毀損の成立や損害賠償責任の発生の有無だけを問題にしているのではありません。そもそも、

  • 百科事典として事柄や事象である「事実」の記載を超えて、評価である「真実」に踏み込むべきでない。

のではないか?という根本的疑問を提起しているのです。

にも、「真実」と断定するのは抵触するのではないでしょうか?

名誉毀損が成立するかどうかは、その先にある話です。あなたはこれに答えていません。

また、裁判によって認定された事実というのは、あくまでも具体的争訟の解決に必要な範囲でなされるものであり、裁判官の自由心証に基づいて高度の蓋然性があるという程度にとどまるもので、「真実」と言い切ることはできないものです。そして、原則的に判決理由中で示された判断には判決の効力が及びませんので、別の裁判で異なる認定や矛盾する認定がなされることもあります。さらに、客観的事実に反していても、当事者間でその事実に争いがなければ、裁判所はそのまま判決の基礎にしなければなりません。したがって、判決内容によって「真実」は担保されません。

なお、ノーザン123さんは、時効の成立を名誉毀損非該当の根拠としていますが、これは被害者の不法行為に基づく損害賠償請求権を制限するにとどまり、名誉毀損的表現でなくなることを意味しません。そして、Wikipediaに書かれた名誉毀損的表現の時効の起算点は、その記載がなされた時からです。つまり、Wikipediaに記載されて20年が経過するか、被害者が記載を知ってから3年以内であれば、時効は成立していないことになります(民法724条)。

いずれにせよ、まず冒頭の根本的疑問にお答えいただかない限りは、その先の議論に進むことはできません。--Amyupa cider 2011年2月2日 (水) 02:09 (UTC)


Amyupa ciderさん。百科事典として事柄や事象である「事実」の記載を超えて、評価である「真実」に踏み込むべきでない。といいますが事実以上の部分にあるもの(文章)はこれだと提示して下さい。 また、裁判によって認定された事実というのはノート等で議論されPassLab氏が「判決内容は真実を担保できる。掲載に問題ない」と判断して了承された記憶があります。 内容の真実性を個人的に保証できる裏付けができないなら、「触らぬ神に祟りなし」として触れるべきでない。裏付けの取れているものは100%掲載して良いと考えます

なお時効の件は私の勘違いであったと認めます。

どちらにせよ言えることはこの項目についてAmyupa ciderさんが「全削除後の再掲載」、私が「不必要な部分の削除」としており最終的なゴールは同じ位置もしくは極めて近い位置にいるかと思います。これ以上この位置で論戦する予定はありませんので、今回は譲歩としてAmyupa ciderさんが以下の4つの条件を全て承諾できるのであれば保護解除後の全削除に同意します。

条件

  1. 文章削除の際、他の人間にもわかるように名誉棄損にあたるところ、事実以上の部分にあるもの(文章)部分の提示を香典泥棒やP献金疑惑といった項目ごとにノートに具体的に説明すること
  2. あくまで再掲載ありきの一時的削除であるということ
  3. 文章削除後、1週間以内に再掲載についての議論をノートに提示すること
  4. この削除についてノートに問い合わせがあった際はAmyupa ciderさんが必ず理由を説明すること

以上の4点になります。ただし、この4点のうち上の3点について不履行が発生した場合は元々の同意を撤回します。

まずはAmyupa ciderさんがこの譲歩案に賛同してくれることを期待します--ノーザン123 2011年2月3日 (木) 21:58 (UTC)


“PassLab氏が「判決内容は真実を担保できる。掲載に問題ない」と判断して了承された”とのことですが、これは金科玉条で不変のものですか?

あと、“事実以上の部分にあるもの(文章)はこれだと提示して下さい。”とのことですが、「真実」と評価すること自体です。このことに疑問を投げかけているのです。幸福の科学なんかと比較しても詳細過ぎるのではないかということも疑問です。

そして各論に少し入りますが、項目の冒頭に“また情報や事実が伏せられている逸話の中で有名なものを記載する。”とありますが、それなら項目のタイトルも「真実が伏せられた」ではなく、「事実が伏せられた」とすべきでしょう。このような「真実」と「事実」の無造作な混同も項目全体に対する疑問につながってます。

なお、呈示された条件についてですが、特に2について受け入れられると考えているなら、自己中心的にもほどがあるでしょう。--Amyupa cider 2011年2月4日 (金) 03:05 (UTC)

Amyupa ciderさん自己中心的とは失礼にもほどがあるが円滑な議論を進めたいためここは触れずに先に行きましょう。

タイトルは当初【創価学会へのデマ】だけでした。その後いくつかのユーザーによる編集を経て現在の形になっています。タイトルについても原案を出して変更すればよろしいかと。

幸福の科学なんかと比較しても詳細過ぎるのではないかという疑問には納得します。別例として冨士大石寺顕正会をあげます。最初に『動向』という項目が記載されている点に私は編集したユーザーの意図的編集を感じ場所を移動しました。また山崎正友や乙骨正夫など創価学会と対立する人間のwikiには以前創価学会が勝訴した裁判の判決文が延々とつづられていたり、判決内容が詳細に入っていたりとあなたが指摘した百科事典として事柄や事象である「事実」の記載を超えて、評価である「真実」に踏み込むべきでないという意見に反する意図的な編集が多数見受けられました。私は編集するのは人間ですから完全に中立の立場でwikiを編集することは100%できないと考えます。しかしどれだけ100%中立に近づけられるかだと考えています。

創価学会や関連項目についても創価学会側、反創価学会側ともに『プロパガンダ』としての利用していたのではないかという記述が多数見受けられます。過去ログでもPassLab氏が他ユーザーから創価学会関連だけを編集していたことにプロパガンダではないかと編集に疑問を投げられたことがありました。あなたは創価学会関連の記事のみを編集しているわけではないので意見は問題ないと考えます。 --ノーザン123 2011年2月5日 (土) 00:21 (UTC)

上記の件は同意が得られなかったため次の意見として、『創価学会に関するデマ、風説、疑惑、真実が伏せられた話』の削除依頼を行い他ユーザーに意見を訴えるのはどうでしょうか?この項目はさまざまなユーザーによって編集されています。仮に名誉棄損にあたる部分があっても2者合意、3者合意で削除するのではなく他ユーザーの意見を聞いてから削除しも遅くは無いと思います。あなたは『創価学会に関するデマ、風説、疑惑、真実が伏せられた話』の削除依頼に賛成ですか反対ですか?率直な意見をお願い致します。--ノーザン123 2011年2月5日 (土) 01:14 (UTC)

できるだけ多くの方の意見を伺いたいので、削除依頼には賛成です。具体的な内容についての意見は、存続となった後に折々に表明させていただくこととします。削除となれば、必要のないことですから。また、不快な思いをさせてしまったことについては申し訳ありませんでした。プロパガンダとして利用されることのないよう留意するということについては、まったく異論がありませんし、私の提案もそこへと帰着するものです。--Amyupa cider 2011年2月5日 (土) 13:49 (UTC)

Amyupa ciderさん。『創価学会に関するデマ、風説、疑惑、真実が伏せられた話』の削除依頼を行うことで決定しましょう。 私は文章が苦手の為作成はAmyupa ciderさんにお任せして宜しいでしょうか?後でもめることがないように今回の削除依頼は私のように部分削除を希望する場合は『存続』、項目の全削除は『削除』とするなどルールを決めていきたいです。--ノーザン123 2011年2月5日 (土) 23:35 (UTC)

了解しました。連休明けくらいを目途に草案を提示できるようにします。その間に他の方からの依頼に関する意見も伺いたいですし。--Amyupa cider 2011年2月10日 (木) 04:31 (UTC)
事情により、私が作成するのは困難になりました。ノーザン123さん、あるいは他の方にお願いいたします。申し訳ありませんが、よろしくお願いします。--Amyupa cider 2011年2月16日 (水) 13:40 (UTC)
コメント依頼で来ましたので、ワンコメントだけで失礼します。 結局のところデマや風説などについても、記載するほどの特筆性があるかないかの判断です。創価学会の屋台骨を揺るがすほどのものや、風説によって日本国中が騒然となった風説であれば出典とともに残すべきだが、大したものでなければ削除が妥当でしょう。 ざっと見たところ、冷静になってみればほとんど騒ぐほどのないものばかりと感じました。特に人の不審死にまつわる風説、疑惑金に関する疑惑、一般信者へ伏せられた内部対立は要らないと思うし、残りを再掲載するにしても風説の概略程度の程々にしておいた方が良いだろう。--Gyulfox 2011年2月19日 (土) 22:07 (UTC)

お疲れ様です。そういう事情であれば言い出しっぺの私が草案を出したいと思います。数日お時間下さい--ノーザン123 2011年2月21日 (月) 21:52 (UTC)

失礼します。草創の一つの意見ですが、フランスのセクト認定はすでに2007年4月の時点で切れています。ゆえに創価学会のセクト認定は載せる必要がないと判断しますがいかがでしょうか。

ソースはこちらhttp://who-who.freehostia.com/webnavigation/supplement/whowho.cgi?mode=res&no=9

そしてこれからは私の意見ですがフランスのセクト認定は全部で174の宗教が指定されています。何故それらを取り上げず創価のみを取り上げるのかが疑問です。それに本来ならセクト認定はSGIのページに載せるべきなのですけどね。

失礼しました。最果て 2011年2月25日 (金) 17:08 (UTC)

最果てさん、それであれば文中に「フランスのセクト認定は全部で174の宗教、宗教団体へわたっていること」、および「創価学会のフランスのセクト認定はすでに2007年4月に切れていること」この2点を追記すればよいだけですね。過去にセクト指定されたという事実やそこまでに至る経緯は当然掲載すべきでしょうし、それに対する国内の反応も少なからず必要でしょう。項目の削除は不要と考えます。--ノーザン123 2011年2月25日 (金) 17:24 (UTC)

ノーザン氏の考え方を支持します。 過去フランスよりセクトの認定を受けて、現在は切れたというこの情報は両方とも重要です。--Gyulfox 2011年2月25日 (金) 17:31 (UTC)

分かりました、従います。

そしてこれは意見なのですが見出しはカルトでなくセクトと記入を願います。最果て 2011年2月25日 (金) 17:59 (UTC)

セクト指定について修正しました。ご確認を--ノーザン123 2011年2月25日 (金) 23:00 (UTC)


創価学会の資産について

失礼します。新たに加えたい内容がありましたのでここで定義します。

創価学会の財務システム

創価学会は年に1度12月中に財務という形で銀行口座から1口1万円個人で振り込む。なお、振り込むか振り込まないかは個人の自由であり、更に誰がいくら振り込んだかは個人情報の守秘義務から分からなくなっている。

創価学会の職員は総務や事務などの仕事の対価として職員の給料は貰えるが地方指導や選挙の応援など学会幹部として動く分の手当ては出ない。ゆえに学会幹部は交通費や宿泊費などの諸経費は自腹で賄わなければならず、必然的にお金を使わざるを得ない仕組みとなっている。

財務省発表によると2002年から2004年までの創価学会の収益額は平均160億円前後である。

創価学会の不動産資産

創価学会の施設は全国に約1200存在するが、信濃町にある施設の不動産合計は地価約479億2412万9千円。 しかし、信濃町には70もの施設があることを考えると一つ当たり6億9千万円あたりが妥当。そして地方にある施設の地価が都心の新宿区より高いことは考えられないので仮に地方の地価が都心の地価と同等と見積もっても不動産資産は8280億円ほどである 。

参照 島田裕已著「新宗教ビジネスモデル」p70~p80

以上の項目を載せたいと考えています。期限は1週間です。よろしくお願いします。

失礼しました最果て 2011年3月7日 (月) 12:48 (UTC)

出典に大体そういう風にかかれていれば、財務システムはOKでしょう。 不動産評価額については、一般人が教団の規模を知る目安として、あってもよさそうに思います、ただ不動産価格は社会情勢にあわせて変動が激しいので「すぐ古くなる情報」に抵触するかもしれません。 たたし抵触してもそれなりの賛成が得られれば記載は可能と思います。 私は一応賛成にしておきます。--Gyulfox 2011年3月7日 (月) 19:38 (UTC)

私はこの創価学会の資産を誰が試算したものであるのかが明確であれば掲載してもよいと思う。また文章は『信濃町には70もの施設があることを考えると一つ当たり6億9千万円あたりが妥当。そして地方にある施設の地価が都心の新宿区より高いことは考えられない』の部分はGyulfoxさんが指摘する『すぐ古くなる情報』抵触する可能性がありますので削除し

『創価学会の施設は全国に約1200箇所存在する。島田裕已氏の試算によれば本部がある新宿区信濃町の施設の不動産合計は地価約479億2412万9千円。 全国の不動産資産は8280億円ほどという計算がでている。』でも十分に通用すると思いますがどうでしょうか--ノーザン123 2011年3月9日 (水) 20:28 (UTC)

掲載が遅れました、申し訳ありません。最果て 2011年4月1日 (金) 13:34 (UTC)

出典がなく、しかも独自研究にしかなっていない情報

出典がなく、しかも独自研究にしかなっていない情報をノート上に移動しました。 戻すためには、とにかく出典を見つけて下さい。 それから天理教や、指定暴力団に関する補足は該当ページ上にあればよく、ここのページにはの必要ないことです。--Gyulfox 2011年3月7日 (月) 22:48 (UTC)


阪神・淡路大震災時において報道されなかった内容

1:1995年に発生した阪神・淡路大震災では政府の対応の遅さをよそに創価学会が被災者への対応を行ったというもの。主に海外メディアが報じているが日本のマスメディアでは創価学会の宣伝行為につながりかねないとの懸念があり放送されなかった。

2:なお、補足として阪神・淡路大震災では天理教など在阪にある創価学会と反目する宗教法人や神戸に総本部を置く指定暴力団山口組も政府の対応の遅さをよそに被災者への対応を行っていた。この内容も創価学会と同様に海外メディアが報じているが、日本のマスメディアでは宣伝行為につながりかねないとの懸念から大まかな放送しかされなかった事実があることも追記しておく。


私の考えでは、以上の文章は、何年何月~何月まで、創価学会は被災者への対応を行った(出典)。の一行だけで十分と思われます。 「メディアに報道されなかったのは不思議だ。」 では百科事典に載せようがありません。--Gyulfox 2011年3月7日 (月) 23:00 (UTC)

独自編集ではありません。出典先はありますので追記しました。同様に事実関係もありましたので文章も訂正しました。--ノーザン123 2011年3月9日 (水) 12:44 (UTC)

もしそれ以上の出典をを望むのであれば阪神淡路大震災における創価学会の対応(日本語)で十分対応可能でしょう--ノーザン123 2011年3月9日 (水) 20:28 (UTC)

たびたびですが独自研究を勝手に書き込まないようにお願いします。 

1については出典がないし、2については指定暴力団の節に書くべき内容ですし、そもそもこんな事を書くひつようもありません。--Gyulfox 2011年3月9日 (水) 21:12 (UTC) 何年何月~何月まで、創価学会は被災者への対応を行った(出典)。で十分です。 それ以上を望むなら、合成でなく直に『創価学会はという名指し』で被災者への対応を行ったが報道されなかった、と書いてある出典が必要だと言っているのです。 --Gyulfox 2011年3月9日 (水) 21:26 (UTC)

私がノーザン123さんにお伝えしている内容がまだ納得できないのであれば、やんわりと井戸端にでも相談されてはいかがでしょうか? こちらはそれほど問題と思いませんが、ついでに資産内容が書けるのかについても聞いてみることをお勧めします。--Gyulfox 2011年3月9日 (水) 21:40 (UTC)

マスコミの偏向報道という内容の特筆性からして記載の必要がないというのはおかしいと私は思うが今回は出典情報を用意できていなかったことから一時的な削除に同意します。しかし、内容は創価学会を侮辱、侮蔑したものではないため出典情報が用意でき次第掲載の方向で考えます。 またこれとは別ですが昨日の地震で私は被災しましたがGyulfoxさんが何事もなく無事であることを願っております。また敬称はさん付でお願いします。--ノーザン123 2011年3月11日 (金) 23:38 (UTC)

ノーザン123さん敬称がぬけてしまいすみませんでした。 この記述は創価学会を侮辱、侮蔑したものではないことには勿論異論はありません。 どうにも納得できないようであれば、本当にやんわりとぼかして井戸端にでも相談されることをお勧めします。 被災の件、ご自愛ください。--Gyulfox 2011年3月12日 (土) 01:19 (UTC)

創価学会に関するデマ、風説、疑惑、事実が伏せられた話

失礼します。先程記事を拝読していた所、下記に示す 「人の不審死にまつわる風説、疑惑金に関する疑惑、一般信者へ伏せられた内部対立は要らないと思うし、残りを再掲載するにしても風説の概略程度の程々にしておいた方が良いだろう。--Gyulfox 2011年2月19日 (土) 22:07 (UTC)」

の効果が発揮されていないようでしたので不要と記載されていた箇所を削除しました。そして、これからはそのテーマに書かれた内容を風説の概略程度まで削除したいと考えているのですがいかがでしょうか。 失礼しました。最果て 2011年4月1日 (金) 14:23 (UTC)

ある程度文章は簡略化し再掲載しました。P献金疑惑や裁判の判例が出ている内容までがなぜ消されていたのかは不明ですが一応国会でも話題になりましたので掲載は問題ないと考えます。--ノーザン123 2011年4月1日 (金) 15:39 (UTC)

私は下記の文章に従い削除しました。 「コメント依頼で来ましたので、ワンコメントだけで失礼します。結局のところデマや風説などについても、記載するほどの特筆性があるかないかの判断です。創価学会の屋台骨を揺るがすほどのものや、風説によって日本国中が騒然となった風説であれば出典とともに残すべきだが、大したものでなければ削除が妥当でしょう。 ざっと見たところ、冷静になってみればほとんど騒ぐほどのないものばかりと感じました。特に人の不審死にまつわる風説、疑惑金に関する疑惑、一般信者へ伏せられた内部対立は要らないと思うし、残りを再掲載するにしても風説の概略程度の程々にしておいた方が良いだろう。--Gyulfox 2011年2月19日 (土) 22:07 (UTC)

P献金疑惑は「疑惑金に関する疑惑」により削除し、裁判の判例に出ている内容も「記載するほどの特筆性があるかないかの判断です。創価学会の屋台骨を揺るがすほどのものや、風説によって日本国中が騒然となった風説であれば出典とともに残すべきだが、大したものでなければ削除が妥当」の根拠からです。ですので議論の決着がつくまで創価学会に関するデマ、風説、疑惑、事実が伏せられた話の内容は記事から一旦削除するというのはいかがでしょうか。

失礼しました最果て 2011年4月1日 (金) 16:49 (UTC)

最果てさんの言っていることに矛盾点を感じます。 「風説(デマ)によって日本国中が騒然となった風説であれば出典とともに残すべき」という主張であれば、なぜ、「東村山市議の件」「伊丹十三の件」が削除されるのでしょうか?この件はデマ、風説の中では最大限に大きいものであり私は学会員ではありませんので屋台骨が揺らいだかはわかりませんが前者はこの事件を自民党が政局に利用、他宗派や一部マスコミも同調し創価学会の謀略説を立てたくらいです。後者も裁判で創価学会の関与がデマと認定されたがのジャーナリストの取材で暴力団による他殺説が報じられ(目撃証言もある)その暴力団元組長が著書で創価学会との関係を赤裸々に語っている以上、削除には矛盾を感じます。実際に沢たまき以下は昨日復活させませんでした。また藤原行正の件も掲載には表現を軟らかくしておりその点の配慮はしております。故に削除は不要と考えます。もし、「東村山市議の件」を勝手に削除するのであれば学会員によるプロパガンダの疑いとして再掲載します。文章の削除は議論の決着後なら了承します。それではまた--ノーザン123 2011年4月1日 (金) 22:42 (UTC)

ノートページを確認しました。色々思う所がありますが私のためにわざわざ時間と労力を使って頂いたと感謝します。

では、議論に移ります。

ノーザン123さんは上記の記録を拝見してもGyulfoxさんの意見に対して目立った反論をしていません。 そのことから私はGyulfoxさんの意見――特に人の不審死にまつわる風説、疑惑金に関する疑惑、一般信者へ伏せられた内部対立の類を削除するという意見に賛同していると考えていました。

しかし、後日記事を確認してもそれらの記事の削除が行われていなかったため代わりに私が削除をしたというのが私の言い分です。

結局のところGyulfoxさんの意見の認識の違いから今回の出来事に発展したと考えています。

私はGyulfoxさんの意見を根本と考えていたのに対し、ノーザン123さんは一つの意見と捉えていたと推測するのですが如何でしょうか。

失礼しました。

最果て 2011年4月3日 (日) 13:42 (UTC)

全く持ってその通りです。私はノートに出る内容は全て根本的な意見ではなく一つの提案、意見として考えています。今回のGyulfox氏の件も一意見として考えていました。意見を述べた後だれも意見を述べずそのままにしておいたことは問題だが内容は個人的感想を述べているだけでしかない。例えば先日私が削除に同意した阪神・淡路大震災の記述のようにともかく出典がないとか、選挙の記述のように明らかないたずら、荒らしであるなど明確であるなら削除もやむなしと思います。しかし、あきらかな出典や証拠材料があるのに一個人のいらないと思うという根拠のない意見だけで削除してよいものではないと考えます。--ノーザン123 2011年4月3日 (日) 21:06 (UTC)

ノーザン123さん意見をありがとうございます。

上記の文から私はノーザン123さんがGyulfoxさんの意見を一つの意見として捉えていたと考えます。

しかし、そこで一つの疑問がわいてきます。 それは、何故ノーザン123さんはGyulfoxさんの意見に対して肯定的な見解を示したのかです。そこで明確な反論があったのなら問題は無かったのですが、当時の文章を読む限りそういった記述は見られませんし、後の文章にもありません。ですので私はノーザン123さんはGyulfoxさんの意見を全面的に賛同したと考えました。

しかし、この事の発端はノーザン123さんとAmyupa ciderさんが意見の言い合いでお互い一歩も譲らなかったためだと考えています。そして泥沼の様相を示してきたのでGyulfoxさんが仲介役として現われて約束事を取り決めました。それをお互いが納得したと私は判断しています。そして、ノーザン123さんも私もそうですが個人によって価値観の基準点が違います。そのためどこかで妥協しなければなりません。今回の顛末はノーザン123さんとAmyupa ciderさんとの話し合いに決着が着かなかったためGyulfoxさんに全権を委譲したと捉えています。

ゆえにノーザン123さんがもし今からGyulfoxさんの意見に異議を唱えるならばあの時の取り決めを交わしたGyulfoxさんとAmyupa ciderさんの二人から了承されなければならないと考えています。そして、その二人から返事がもらえない以上、上記の取り決めは執行されると考えるのですが如何でしょうか。

失礼しました。最果て 2011年4月4日 (月) 08:26 (UTC)

削除を執行することはないと思います。理由は1にGyulfoxさんの文章が「コメント依頼で来ましたので、ワンコメントだけで失礼します」となっており内容は単なるコメントでありその後の「人の不審死にまつわる風説、疑惑金に関する疑惑、一般信者へ伏せられた内部対立は要らないと思うし、残りを再掲載するにしても風説の概略程度の程々にしておいた方が良いだろう」という内容も具体性がなく個人的感想が強くにじみ出ており、中立的理由からの削除等に対する提案ではないと見受けられる点、2にすでに少しずつではあるが文章内の余計なものや問題点はは削除や修正が施されており中立的な内容になりつつある点、3に掲載されている本文が荒らしや出典のないいたずらではなく全てにしっかりとした出典がある点。以上3点から掲載に問題はなくその内容が削除されていないのであればここにいる編集者や傍観者全てが項目の全文削除ではなく文章の修正で了承したとみなすのが常道でしょう。それは最果てさんあなたも文章の修正で了承したも同じことです。もしだれも了承していないのであれば削除→復元→削除といった編集合戦に発展し再び半保護や保護状態へ突入してもおかしくはなかったと思います。

それにこの議論が始まった際、元々どの部分が是でどの部分が否であるのか私が問いただしても全く主張されていなかったこともあります。その後ようやくGyulfoxさんが一部を出してきましたが内容は出典のある部分や非常に有名なものであり上記理由も含め削除には同意できないものです。

このままでは平行線のため一つ提案として「P献金疑惑」は国会でも問題視され、議事録にもしっかり掲載されている以上、本文からの削除はできないが項目を独立するのではなく「金に関する疑惑」と統合するという事でどうでしょう

また特に人の不審死にまつわる風説は政局にまで利用され有名になった「東村山市議の件」「伊丹十三の件」は掲載しそれ以外はすでに削除済なのでこれ以上の修正は不要と考えます。 「一般信者へ伏せられた内部対立」は創価学会出版物が出典資料のため修正は必要であっても削除は不要ではないかと思います


上記とは別でもし、時間のリミットを問題視するのであれば別項目で面白いものを見つけました。 下は、以前私と最果てさんとで同意の上、削除した内容ですが再び掲載されています。 「その他、日本国内の創価学会と関係ない民間の団体から顕彰された例としては、2010年9月11日にweb専門紙の「やや日刊カルト新聞」から学術称号「ドクター・アウェー」を授与されたことがあげられる。しかし、理由は不明だが聖教新聞などの創価学会系のメディアでは一切報じられることはなかった。」 これは一カ月前3月4日に濃い中にさんが再掲載したものであり濃い中にさんは「自分が記述した一文は、出典のあり信用できる情報であると自分は考えます。なので特筆性、その他の理由で本文を削除したい場合はノートで議論しましょう。」とコメントしています。 これについてもコメントいただければと思います 長文失礼しました。--ノーザン123 2011年4月5日 (火) 16:06 (UTC)


ノーザン123さん……本当に優しくない文章を書きますね。これを読んで理解しなければならない者の身にもなってほしいものです。

泣き言はここまで。

ただ、あまりに文章が長すぎるので今回はノーザン123さんが仰りたいことを確認するだけにします。

つまりノーザン123さんはGyulfoxさんの意見は中立的とは言い難いので仲介人としては不適合として取り決め事を守る必要はない。そして本文も中立的に近づいてきているのでこのままで問題は無いと。もし異議があるならばノートページで議題を挙げて議論するべきだと仰りたいわけですね。

返信を願います。

そして、私宛のコメントに返信しておきましょう。

私は記事の掲載・削除は権利だと考えています。私達はwikipediaに記事の掲載・削除の権利を持つ代わりにそれが根拠のある内容であるのを義務付けられます。

そして、その権利を持つ者同士が議論しあい、勝った者がその類に関する権利を持つことが出来ます。

この場合、私は日刊カルト云々についての記事を掲載・削除する権利を持っていますが、それは必ず執行しなければならない義務ではありません。つまり、権利を使わないことも許されるのです。

今振り返って考えるとそんなに目くじら立てる内容ではなかったなと反省しています。よって私は日刊カルト云々についての記事を掲載・削除する権利を放棄しました。

こんな感じでよろしいでしょうか。

失礼しました。最果て 2011年4月6日 (水) 12:24 (UTC)

IPユーザーによる話題の削除について

昨日、IPによる投稿がありましたが内容は他者の信仰心などを記載しているため掲載には不適切と判断し削除しました。ご意見のある方はお願い致します--ノーザン123 2011年4月7日 (木) 22:02 (UTC)

幸福の科学との関係について

創価学会のページを確認しましたところ、上記の様な記事が確認できました。

しかし、私はこの記事を載せる必要があるのか疑問が浮かびます。

それは創価学会は幸福の科学に対して何のリアクションも取っていないと考えるからです。

この事件は創価学会に社会的影響与えておらず、また、創価学会側は相手にしていないため、向こうが勝手に騒いだだけの記事をわざわざ載せる必要があるのか疑問が浮かびます。そして、このページよりも幸福の科学のページに載せる方が適切だと考えるのですが如何でしょうか。

失礼しました。最果て 2011年6月12日 (日) 15:27 (UTC)

最果てさん。お久しぶりです。まずは記事を載せる必要性についてです。私もこの内容は初めて見ましたが内容は出典リンクや5W1Hを踏まえており問題なしと考えます。最果てさんから「何のリアクションも取っていない」という情報の証拠や出典が欲しいですが100%無理です(悪魔の証明になるため)から最善として「創価学会側は幸福の科学に対しては相手にしていない」という文言を文末に入れることをお勧めします。文章を削除するならもっと強い証拠(出典なし、内容が事実と相違、独自編集、B-2に抵触等)が必要と考えます。

次に最果てさんの認識違いについてお話します。創価学会側が幸福の科学を相手にしていないというのは全くの認識違いです。実際、日蓮正宗(宗門)や顕正会ほどではありませんがリアクションをとっていた事は数回あります。 一つ、大川隆法氏の著書に対して 二つ、景山民夫氏の死に対してです。 ともに創価学会の総会の場で壇上に立った代表者が発言した内容。前者は「学会を邪教とののしる幸福の科学には必ず天罰が下る」後者は「(学会批判をするから)天罰が下った」と発言しているのです。しかし聖教新聞などの機関紙、公式文章やWEB上で確認ができないため出典が必要なwikipediaには載せられないでしょう。 最果てさんあなたも学会員ならこれくらいの情報は知っていても・・・--ノーザン123 2011年6月16日 (木) 16:49 (UTC)

ノーザン123さんへ

私からは一言質問します。


それははたして幸福の科学についての内容は創価学会を語る上で必要なのかです。


返答をお待ちしています。

失礼しました。最果て 2011年6月17日 (金) 13:28 (UTC)

最果てさん!幸福の科学との関係については私が前に編集しました。ノーザン123さんの考えは知りませんが私自身は必要と考え編集しましたから責任を持って移動します。最果てさんもノーザン123さんの薀蓄は聞きたくないでしょうからこれで終了でよいですか?--125.103.251.226 2011年6月18日 (土) 11:20 (UTC)

125.103.251.226さんへ

私としましては、幸福の科学の記事が移動されればそれでよろしいですから、125.103.251.226さんが移動して頂けるなら何も言いません。ゆえに、これで終了としても大丈夫です。

失礼しました。最果て 2011年6月18日 (土) 13:40 (UTC)

すでに議論が終了しているようなので質問の答えだけ回答します。 幸福の科学についての内容は創価学会を語る上で必要なのか→私は必要と考えている。だから掲載されていると思う--ノーザン123 2011年6月18日 (土) 16:04 (UTC)

125.103.251.226さんへ

先ほど確認しましたが、幸福の科学についての記事が移動されていません。今日から1週間経ってもなお残っていた場合、私が削除しますがよろしいでしょうか。

失礼しました。最果て 2011年7月17日 (日) 05:18 (UTC)

ノーザンです。現段階で幸福の科学について削除の必要性はないと思う。前回IPユーザーの方があなたへ何を言ったかは知らないが最果てさんの『それは創価学会は幸福の科学に対して何のリアクションも取っていないと考えるから』や『不必要である』という意見は最果てさんの独自研究や単なる感想であり記事を削除できる正当な理由にはならないです。また最果てさんが提示した『はたして幸福の科学についての内容は創価学会を語る上で必要なのか』の質問は125.103.251.226さんと私が『必要』と考えています。 もし削除するのであればノートに

  • 掲載内容がB-2に抵触していること
  • 内容が事実と相違であること
  • 記事を掲載した125.103.251.226さんの独自編集である証明
  • 出典内容の信頼性が欠けていること

などの正当な理由や文章の場所を掲示してください。提示後に再度判定しましょうそれでは--ノーザン123 2011年7月23日 (土) 16:12 (UTC)

上記掲載から一週間経過しましたが意見や証拠の掲示がないため証拠の提示待ちにします。またこのログは凍結とし証拠の提示や意見は改めて別ログを立ち上げて頂きますようよろしくお願い致します--ノーザン123 2011年7月31日 (日) 03:09 (UTC)

沿革について

沿革について見直しを行い編集しました。主な編集点は

  • 無駄な接続詞を削除
  • 表現を読みやすいように修正しバラバラだった文言を統一。
  • プロパガンダと取れる内容(過去地名や会員数など)を削除

例としては 秋谷会長再選についての文言が複数あったため「秋谷氏○選」と統一。 池田が創設者となって○○設立→○○設立に改める

もちろん完璧ではありませんが異議のある方はノートへ--ノーザン123 2011年7月16日 (土) 15:15 (UTC)

ノーザン123さんへ

ノーザン123さんの意見を拝聴しました。そこで疑問が湧きましたので回答を望みます。

三番の「 プロパガンダと取れる内容(過去地名や会員数など)を削除」ですが、過去地名や過去の会員数がどうしてプロパガンダになると判断したのか教えてください。

失礼しました。最果て 2011年7月17日 (日) 05:18 (UTC)


最果てさん、文章の組み立てが悪く申し訳ない。 過去の会員数を削除した理由は

  • 1960年代(1960~1969)のみ毎年掲載がありその後の掲載はないこと。
  • 現在(2010年)の会員数は【教勢】に記載があり、過去の会員数は【沿革】に記載があるため他人が見て分かりにくいため。
  • 他宗派のwikiに過去の会員数の記載がないことである。

削除理由の3番目は個人差はありますがプロパガンダになると判断されても仕方のない部分と考えます。

私個人の意見として会員数の掲載は賛成ですが行き過ぎることでプロパガンダになることは避けるべきと考えます。もし、過去分まで遡り掲載するのであれば【沿革ではなく教勢などに『会員数の推移』などとして追加】したほうがよいと思う また、掲載の一例として

  • 1960年○万人
  • 1970年○万人
  • 1980年○万人

のように5年や10年を1区切りとして掲載し現在(2010年)まで移行するのがベターかと思います。是非ご一考を また地名は現在の○○で十二分に通用します。そのために削除しました。これはプロパガンダというよりは無駄な接続詞の削除にあたります。--ノーザン123 2011年7月17日 (日) 12:41 (UTC)


ノーザン123さんへ

「のように5年や10年を1区切りとして掲載し現在(2010年)まで移行するのがベターかと思います。是非ご一考を」

その意見も良案かと思いますが、創価学会の場合は過去に戸田氏が75万世帯の折伏を掲げ、さらに池田氏に会長が移っても300万世帯の達成などの数を目標にしていました。ゆえに、過去にこういった目標を掲げ、それに伴う過程と結果を載せるの沿革に反していないと思えます。ですので、学会が公式に発表しているのをそのまま掲載すべきだと考えるのですが如何でしょうか。

失礼しました。最果て 2011年7月19日 (火) 10:54 (UTC)

お疲れ様です。まず、最果てさんあなたの意見を却下します。今回のあなたの『それに伴う過程と結果を載せるの沿革に反していない』この意見こそが創価学会のプロバガンダと言えるからです。やはり最果てさんは学会に都合のよい意見や文言しか出せないのではと疑います。

他の団体に掲載のない学会の過去の会員数を掲載するにはあくまで学会が掲げている目標への過程や結果とは≠(無関係)であることが必須です。前回も述べましたが会員数の掲載は賛成ですが行き過ぎることでプロパガンダになることは避けるべきです。最果てさんの意見をそのまま掲載すれば学会員は喜ぶかもしれませんが学会員でない方が沿革を見たときに私と同じく学会の宣伝、プロバガンダではないかという印象をもたれる方もいるでしょう。それではダメなんです。

私の掲載可否の見解は中立的に見て次の通りです

  • 戸田会長や池田が掲げた目標・・・掲載可
  • 目標の達成結果や目標への過程・・・掲載不可
  • 掲載場所は【教勢】一か所とする

修正案としてもしお時間や参考資料を提示頂けるのであれば私が中立的に作成し【教勢】へ掲載します。もしくは最果てさんの原案をノートへ頂ければ一度検討し修正案を出します。これで納得頂けないなら過去会員数は掲載しないという事で決定したいと思います。まずはこういうところで--ノーザン123 2011年7月19日 (火) 21:40 (UTC)


ノーザン123さんへ

「私の掲載可否の見解は中立的に見て次の通りです

  • 戸田会長や池田が掲げた目標・・・掲載可(すでに沿革にあります)
  • 目標の達成結果や目標への過程・・・掲載不可
  • 掲載場所は【教勢】一か所とする」

まあ、そのような内容でしたら少なくとも私からは異存はありません。

失礼しました。最果て 2011年7月20日 (水) 04:50 (UTC)

最果てさん。それでは掲載するときの注意点として

  • 参考資料を必ず出典明記する事
  • 創価教育学会の時代から現在(2010年)に至るまでの会員数の経緯を掲載する事(もし創価教育学会の時代の資料がない場合はその旨を本文へ記載する事)
  • あくまで数字のみを掲載し余分な接続詞などは付けない事
  • 学会が掲げた目標数や目標の達成結果や目標への過程・会員数の掲載を極力しない(リンクさせない)

この4点を基本ベースに進めたいと思います。差し支えなければ最果てさんの原案を提示願いたい。また会員数がわかるような参考資料を提示いただければ私の原案も出したいと思います。--ノーザン123 2011年7月20日 (水) 21:50 (UTC)

ノーザン123さんへ

私が原案を出す条件としてノーザン123さんは以下の点を守ってもらいます。

  • 「お疲れ様です。まず、最果てさんあなたの意見を却下します。」人を馬鹿にしないこと。
  • 「やはり最果てさんは以前の言動も含め学会員だから学会に都合のよい意見や文言しか出せず中立的な意見を出すことができないのではと疑います。」レッテル貼り、印象操作を行わないこと。
  • 「最果てさんの意見をそのまま掲載すれば学会員は喜ぶかもしれませんが」推測によって全てを決めつけないこと。

以上を厳守すると誓えるのなら私は原案を出します。

失礼しました。最果て 2011年7月22日 (金) 05:54 (UTC)


最果てさん。まずは行き過ぎた表現や至らない文章については陳謝しますがあなたのあげた条件を受け入れるつもりはありません。また「却下します=馬鹿にしている」というのはあなたの勝手な決めつけや妄想ではないのですか?

私は常日頃から中立的立場からモノを申し上げている。私はあなたの依頼した削除依頼にも同意した事もあります。意見を何から何まで否定してはいないですよ。

最果てさんの言動をノートで確認しましたが削除依頼に同意など自分の意見が通った時は『ありがとうございます』反論すると立腹するではわがままとしか言えません。私もわがままかもしれませんがそれ以上です。 最果てさん。あなた自分に不都合なことが起きた時だけ立腹してはいませんか?私は過去にあなたからいわれのない中傷を受けているんです。

その時の内容がこれです。

ネットが現実の世界に影響を及ぼす。 子供は親から離れられない。 この二つの事実を知ってほしい。

私は創価学会員の2世。生まれた時から学会員。昔あるきっかけから友人に私が創価学会員だと知られた。仲の良い友人だった。しかし、その友人は私の前から永遠に去った。

そして、その日から苛めが始まった。黒板に大きく「あいつは学会員」と書かれたこともあった。地獄だった。どうしてこんなに責められなければならないのか。

自問する毎日だった。そしてネットを見た。驚いた。その情報が嘘か本当なのかどうでもいい。しかし、それによって実際に被害を受けている。

だから私はノーザン123さんが嫌いだ。真実を追求するというお題目を振りかざし、それによって被害を受ける者がいるということを考えていない。

どれだけそこから離れたくとも離れられない立場の者もいる。そこを理解してほしい。 最果て 2011年4月2日 (土) 15:25 (UTC)

見事にあなたの署名まで入っている。当時は公共のノートに個人攻撃を書いてくれたと思いました。私があなたのノートへ意見を入れたこと覚えていますよね。

当時は聞く予定もありませんでしたが当時この文章(斜文体の文章)をどうして入れたのか理由を伺いたいです。これは必ずノートに入れて下さい

今回、会員数の推移は他宗派のwikipediaとの兼ね合いもあるので表と数字のみ入力し行う予定でした。あなたの原案を楽しみにしていましたがこの状態で原案は難しいでしょう。この件は協力者が欲しいので少し先延ばしにします

最後に最果てさんは見識を広げるためにも創価学会関連以外のwikipediaの編集もぜひ行って頂きたいと思います。--ノーザン123 2011年7月22日 (金) 16:19 (UTC)

ノーザン123さんへ

これはまた懐かしい物を出してきましたね。

まあ、それを打ち込んだのは私ですから自分に対する戒めとして残しておきましょう。

「当時は聞く予定もありませんでしたが当時この文章(斜文体の文章)をどうして入れたのか理由を伺いたいです。これは必ずノートに入れて下さい」

注意喚起ですよ。

ノーザン123さんは事実であれば全てを載せるスタンスを取っていますので、それに対する戒めの意味を込めた文です。

ノーザン123さんは真実を追求することによって傷つく人のことを考えていないと判断して私は戒めの意味を込めて上記の文を書き込んだわけです。

wikipediaもとい百科事典は物事を肯定的かつ客観的に記すのが一般的で、ノーザン123さんは「肯定的に書く」というのを疎かにしていると私が感じました。

ノーザン123さんはwikiがどうして客観的に書かなければならないのか、どうして肯定的に書かなければならないのか。その意味を深く考えてほしいです。

「最後に最果てさんは見識を広げるためにも創価学会関連以外のwikipediaの編集もぜひ行って頂きたいと思います。」

逆に聞きますが、仕事じゃあるまいし興味もない記事を何故編集しなければならないのか教えて頂きたいです。

後、元々この議題を提起したのはノーザン123さんですよ。ですから、まずはノーザン123さんが原案を出すのが筋です。そして、私達がその原案に対して質問や意見を述べるのが議論の基本的な流れのはずですが。

その過程をすっ飛ばしていきなり相手に対案を出せと迫る。少なくとも私は現在の記事で満足しているのですから、対案など出す必要はないのです。

人の意見を募る前にまず自らが原案を出してからにして下さい。

失礼しました。最果て 2011年7月22日 (金) 22:17 (UTC)

横槍ですが、最果てさんの「百科事典は物事を肯定的かつ客観的に記す」と言う認識をWikipediaで持ち出すのはWikipediaへの理解が足りないと思いますよ。Wikipediaは肯定的・否定的の両論併記で中立的且つ客観的に記述されるべき場所です。記述者には「敵の為に書く」事が望まれ、出来うる限り肯定的見解と否定的見解の出典を用意して両論併記する努力が必要です。創価学会に関連する記述をする際には、肯定的出典、否定的出典共に信憑性が低くなる事が多いと思われますので、余計に両論併記で中立性を保つ事が重要になると思われます。推測するに、その様な姿勢を持たない執筆者がこのページには多く集まって来るからノートも膨大な量に膨れるのでしょうが、少なくとも最近ここで活動なさってる人たちからでもモラル向上を心掛けて頂きたいと思いますし、それが円滑なブラッシングアップに繋がると思います。
また、ノートでの議論を見ていると、最果てさんには感情論や人格攻撃が目立ち、更にノーザン123さんもたまにそれに乗せられてしまう構図が見られます。お互いに私の様な第三者が見てうんざりする議論は避ける様にお願い致します。最果てさんには「相手のコメントは善意に受け取る」と言うルールが有る事もご理解頂きたいと思います。仮にカチンと来る発言が有ったとしても、「きっと悪気は無いんだろうな」と受け取る努力をして下さい。
--Toshi999 2011年9月26日 (月) 20:32 (UTC)

Toshi999さん、お疲れ様です。Toshi999さんの仰る通り私は相手の感情論に載せられてしまった経緯がありますのでこれから気をつけていきたいと思います。--ノーザン123 2011年9月30日 (金) 23:24 (UTC)

お疲れ様です。今回挙げた【教勢】における過去の会員数の掲示ですが今回私が原案を出すことを降りたいと思います。 理由として

  • 参考資料として予定していた「宗教年鑑」(文化庁発行)に創価学会の会員数の記載がなく公共の中立ベースからの掲載が難しくなったこと。
  • 『創価学会・池田大作の真実』やその他評論家が書いた資料では記事の中立性や掲載期間の欠落があり正確な掲載が非常に難しくなったこと
  • 創価学会HPにも会員数の記載がないこと

から参考資料の不足から原案作成が不可能のため原案を降りさせていただきます。 後は最果てさんなどが私の知らない信頼できる資料から創価教育学院時代から現在に至るまでの会員数の推移を作成して頂ければと思います。

P.S.今回【教勢】の文章を分かりやすく訂正しました。また本日、資料研究の際に文化庁のHP等で発見した内容を追記していますのでよろしくお願い致します。--ノーザン123 2011年7月23日 (土) 16:35 (UTC)

公明党の支持母体という表記について

本文に『公明党の最大の支持母体であり、公明党議員の9割以上を創価学会員が占めるといった政治的特徴がある』という文章が掲載されています。私が7月に出典を依頼、当時出典が無く削除した内容ですが再び掲載されています。創価学会が公明党最大の支持母体であることはニュース番組や池上彰の選挙スペシャルでも放送されていることや公明党のwikiにも支持母体の欄に創価学会の記述があることから公共における周知の事実と考えます。しかし、『公明党議員の9割以上を創価学会員が占めるといった』内容の確認は個人のプライバシーの問題等も絡むため出典が必要と考えます。以前出典を依頼しましたが出典もありませんでした。

そこで今回、『公明党議員の9割以上を創価学会員が占めるといった』内容の出典を再度依頼致します。今回出典がない場合は以後同様の文章が出典なく掲載された場合、ノート上の合意による即時削除を可能にしたいと考えます。 『公明党の最大の支持母体』という内容は上記からも十分な担保があるため出典対象とはしません。もし『公明党議員の~』出典がなく削除となった場合は公明党最大の支持母体である。で本文は止めたいと思います。 ご意見をお待ちします。--ノーザン123 2011年10月13日 (木) 20:37 (UTC)

質問からかなり経過しましたが意見が無いため削除は容認されたとみなし要出典範囲の項目を削除いたします。ご意見のある方はどうぞ--ノーザン123 2011年12月4日 (日) 09:27 (UTC)

この記事全体について

失礼します。 最初に、「11 創価学会に関するデマ、風説、疑惑、事実が伏せられた話」 の項につきまして、たかが噂話に量を使いすぎでもっと大幅に削減しても良いのではないかと思うのですが…。また「6 社会問題にまで発展した問題」も「10 社会的批判」に対しても無駄な記述が多すぎだと思います。

全体的に悪戯に創価学会批判の記述を増やして記事の中立性を欠いているようにしか見えません。

また、客観的にこのページ全体を見ても「創価学会は悪い」という前提の上に一つ一つの事実が書かれているような感覚を覚えます。

昔数年前に見たときはそうでもなかったのですが… この記事を中立的に戻すために全体的な改革が必要なのではないでしょうか。 ご意見をお聞きしたいです。 --ビルローレンス 2011年11月3日 (木) 08:42 (UTC)

「創価学会批判の記述を増やして記事の中立性を欠いているようにしか見えません」との指摘ですが、学会寄りの編集が横行していた昔より今は中立的と考えます。以前、学会員のユーザーによるミートパペットによる意見のかく乱も発生している事態があった事もご了承ください。また「6 社会問題にまで発展した問題」は実際に起きた事件の概要のみ記載があり詳細は記載されていないこと、「10 社会的批判」も出典があるのであれば削除は不要であり全体的な改革は不要と考えます。 中立的史観から見て批判記事であっても出典のある内容の掲載は問題ない(やむを得ない)と思います。出典の無い掲載はは要出典として掲載を促すべきでしょう。まずはそこからだと考えますが・・・。--ノーザン123 2011年11月5日 (土) 23:37 (UTC)

返答が遅れましてすみません。 「6 社会問題にまで発展した問題」や「10 社会的批判」については出典があり、かつ事実である事柄が大半を占めているのは理解しています。別にそれに関して削除だどうのこうの言う気はありません。ただ、私の言う「無駄な記述」というのはその項に関連が乏しいと思われる事柄のことです。顕著な具体例を挙げるなら「6 社会問題にまで発展した問題」の中の「学会員へのマインドコントロールという批判」です。これは矢野氏の一個人の考え方というだけで社会問題に発展しているとは言い難いです。他にも思い当たる節はありますが定義があいまいなので伏せておきます。別に私は批判記事の存在意義を問うているわけではなくて、悪戯に批判記事を多くすることで全体としてあくまで私の主観ですが偏ったページになっているという現状を申し上げたまでです。要出典を付ける件に関してはその通りですね。ウィキペディア編集に不慣れなもので手順を誤っていたと思います。他にも未熟さからおかしなことを言っているかもしれませんのでそういう点がございましたらご指摘お願い申し上げます。 --ビルローレンス 2011年11月8日 (火) 15:28 (UTC)

11/9に発生した荒らし行為の対処、差し戻しについて

11/9にMeexxhiro氏による非常に残念な行為が行われました。私はMeexxhiro氏の編集を

  1. ノートにおける議論なき大量削除
  2. 中立的立場(新聞)などからの出典がある文章の削除及び過去のログで掲載の合意が取られている部分の削除
  3. 短時間に十数回削除が行われていたこと
  4. 事実であり中立的立場からの出典もある創価学会に不利益な内容のみ削除している実態

以上4点の行為および削除理由の記載もないことからMeexxhiro氏の荒らし行為が行われたものとみなし、ビルローレンスさんの編集した時点まで差し戻しします。

仮に中立的立場(新聞)などの出典がある文献の削除及び過去のログで掲載の合意が取られている部分の削除を希望するのであればまずはノート上で議論すべきであると考えます。 今回のMeexxhiro氏の意図は分かりかねますがご意見があれば伺いたいと思います。--ノーザン123 2011年11月10日 (木) 15:11 (UTC) 非常に細かく削除されていたため100%戻ったかは分かりませんがある程度まで差し戻しました。--ノーザン123 2011年11月10日 (木) 15:53 (UTC)

およそ三カ月が経過しましたが内容に変化がありませんので私の意見が承認されたと認定します--ノーザン123 2012年2月9日 (木) 20:49 (UTC)

Ryo-Kondo氏の編集について

Ryo-Kondo氏が編集した内容を部分的に削除しました。

出典の一つとして挙げてくださった~fc2.comは個人ブログサイトのため中立的観点から出典証拠の採用にはなりません。そのため削除いたします。長い解説も不要でありできればURLのみでことが足りるため削除しました。ご意見をお待ちします--ノーザン123 2012年1月17日 (火) 21:52 (UTC)

期間が経過しましたが意見が無いため削除は容認されたとみなします--ノーザン123 2012年2月9日 (木) 20:50 (UTC)


月刊ペン事件についての記述

月刊ペン事件という記述があるにもかかわらず同事件を池田大作落書き事件と称して別の項目を作るのは「無駄な記述」だと思われます さらに月刊ペン事件は被告が敗訴しているので「創価学会に関するデマ」に勝訴したともとれる記述を載せることに疑問を感じます。 項目を残すにしても「承認と弁護人の会話」など不要な記事を削除する必要があると思われます。--24.85.234.91 2012年3月9日 (金) 22:21 (UTC)

返信がないようなので削除しました。議論がある場合、巻き戻しなどの措置をとってください。--24.85.234.91 2012年3月14日 (水) 00:46 (UTC)

「証人とと弁護人の会話」は不要につき削除で良いと思います。また「月刊ペン事件」にこの落書き事件の記述が確認できません この件の出典は読売新聞ですので、出典に問題なく掲載も別個所にしました。 もし「月刊ペン」のページ数がわかるのであればノートに掲載いただくことをお勧めします。

またノートに定義した内容を削除できるのはノートに定義後一週間経過して返答がが無い場合です。今回は5日間しか経っていません。ましてあなたはIPユーザーとしての投稿ですので他ユーザーから今回の行為が「荒らし行為」と認定されても否定できません。削除するのであれば一週間経過して返答がが無い事を確認してからにしてください--ノーザン123会話2012年3月14日 (水) 21:47 (UTC)

池田大作氏の画像掲載ついて

本日、池田大作氏の画像を不適切と判断し削除いたしました。削除理由は

  1. 他の宗教団体のwikiでは一個人の画像が掲載されていないこと
  2. ノートに池田大作氏の画像を掲載する旨の議論および許可が一切ないこと
  3. 画像に池田大作は三代会長であるという内容の記載があり、宣伝行為に当たると判断できること

以上の内容から池田大作氏の画像を不適切と判断し削除いたしました。ご意見をお待ちします。 また、意見なく再掲載した場合は荒らし行為とみなし、即削除いたします。--ノーザン123会話2012年4月23日 (月) 17:21 (UTC)

意見の掲載から10日以上経過していますが、意見がありませんので提案は賛同されたとみなします--ノーザン123会話2012年5月5日 (土) 08:02 (UTC)

「社会問題」セクションの記述除去

有罪判決において 創価学会からの圧力による不当に変えられた等の記述があるが 逆にそれは 創価学会及び司法当局の名誉毀損に当たります ない事をある事のように書くことは、表現の自由があるとはいえ 偽証罪適用になります それゆえ 司法当局は各出版社に対して、有罪判決を出しております ——以上の署名の無いコメントは、61.91.85.164(ノート履歴)さんによるものです。

Wikipedia:法的な脅迫をしないをお読みください。また、あなたの編集は一応典拠が示されている箇所を含んだセクションを私的な主張的文言に差し替え([1])ておられましたが、ただの主張は百科辞典の内容にそぐわない(WP:NOT参照)ため、一律差し戻しました。--夜飛/ 2012年4月30日 (月) 09:14 (UTC)

Yatobiさんの意見を全面的に指示します。61.91.85.164さんの編集は中立的意見を主観的文章に切り替えているため荒らし行為と認定され取り消されるのもやむを得ないでしょう。--ノーザン123会話2012年4月30日 (月) 11:33 (UTC)

事後報告にはなりますが

この項目におけるローカルル-ルは後で知ったので、それにそったものかどうかはそれぞれで判断していただくと云う事で。削除した3点について理由を述べます

>大黒摩季について

これは創価学会とどう関連があるのでしょうか?池田大作がゴーストライターを使ってたからとして、その反論として大黒もやっていた、と例を出すのは適当なのでしょうか?この二人は同じゴーストライターを使ってたとしても立場も事情も全然違うでしょう。別に実名を出す必要も、まして「詳細は(略)参照」とリンクする必要はないでしょう。まるで大黒が創価学会と関連ある人物にもとられかねません。

>池田大作落書き事件、税金に対する疑惑

説明いりますか?2ちゃんねるが出典とかありえないでしょう

以上。適切な出典がつくのであれば復帰するのは拒みません--あな34(須魔寺横行)会話2012年8月4日 (土) 09:54 (UTC)

須磨寺横行さんの削除した内容は問題ありません。 一時期、項目が【2ちゃんねるによるデマ】となっていましたからその時の名残かもしれません。伊丹十三の話も元は2ちゃんねるがスタート地点でした。

池田大作落書き事件は元々、読売新聞に掲載されていた裁判の内容も入っていましたがノートによる議論の際、削除しています。故に尻切れトンボのようになっています--ノーザン123会話2012年8月10日 (金) 17:02 (UTC)

後で誤解が生じないように確認のためにお尋ねしますが、問題がないのは「私が削除したことは問題ない」ことですか?それとも「削除した内容が問題ないから私が削除した部分を復帰しても問題ない」ということですか?コメントを読みとる限り、前者でよろしいのですね?wikipediaじゃ2ちゃん関連の出典なんか真っ先に削除されそうなものなのに、平然と残ってたので、出典を出すまでもない既定の事実かと思いましたけどね、最初見た時--あな34(須魔寺横行)会話2012年8月10日 (金) 17:09 (UTC)

もちろん前者です。文章が読みにくく申し訳ない--ノーザン123会話2012年8月10日 (金) 22:55 (UTC)

ありがとうございます。冒頭のローカルルールに「一般に知られていて、疑問や異論が出ないと思われるもの以外は出典を持って記述する」とあるからには出典のつかない記述に関しては、そもそも記述出来る根拠が伴っていないから、当然削除してもかまわないと見なせますね。--あな34(須魔寺横行)会話2012年8月11日 (土) 19:19 (UTC)

テレビ番組での批判の場合は何年何月何日の放送であるかは最低限必要でしょう、ゴー宣については巻数の提示、また沈まぬ太陽はフィクション作品で項目を見る限りでは創価学会や公明党、池田大作は出てないようですが、どう批判されてるのでしょうか?デリケートな問題を抱える項目故、出典の提示はもっとはっきりしたものにしてください。正直言えば、要出典タグ貼り付けるのもどうかと思います。このさい、出典のつかないものは全部除去でいいんじゃないでしょうか?--あな34(須魔寺横行)会話2012年8月15日 (水) 08:59 (UTC)

もちろん「櫻井よしこが今日の出来事で創価学会を批判した」という新聞か雑誌の記事なり存在するのであれば、年月日は省略して記述しても良いでしょうが検証可能性は満たすようにお願いします。というか櫻井よしこなら著書でいくらでも批判してそうなものですけど、存在しないんでしょうか?--あな34(須魔寺横行)会話2012年8月15日 (水) 09:13 (UTC)

あな34(須魔寺横行)さんへ、ゴー宣、沈まぬ太陽は削除良いと思います。それからローカルルールの解釈について

私はこのローカルルールに関与していないため当時の詳細は不明とした上でお話ししますがわたしはこのように解釈をしています。

【ローカルルールの適用になるもの】 大阪事件、言論出版妨害事件など創価学会が起こした事件、国会(日本国内外)で審議された例や国会答弁、裁判例、歴史上の沿革などはローカルルールの対象で出典が無くても他のwiipediaの項目その記述が出典つきであるものはOKとみなしてよいと考えます。

【ローカルルールの適用にならないもの】 一個人が個人的に述べた内容。これは出典が必要と考えます。 批判している著名人はこれに該当します。--ノーザン123会話2012年8月19日 (日) 00:21 (UTC)

創価学会は朝鮮宗教であるという批判について

全体的に出典がありません、下部の「池田や創価学会は北朝鮮・韓国に対する疑わしい活動や言動が多い」から始まる「ネットを中心に発生した、有名人、著名人に対する根拠のない在日デマである」は論外としても、「創価学会が朝鮮宗教と批判される理由」をしめした根拠はまったくと言っていいほどありません。たとえば「聖教新聞に池田が夫人の池田香峯子とともに朝鮮民族の民族衣装チョゴリを着た写真が掲載されたこと」を「聖教新聞2004年10月7日付」を出典として出していますが、これは「創価学会が朝鮮宗教である批判」を「聖教新聞」がしたとでも言うのでしょうか(そんなこと、到底あり得ないでしょう)。批判が出たというのであれば、きちんと批判した出典を提示すべきであり、聖教新聞などで朝鮮よりの記事になったことだけが出典になりえるわけがない事は理解してください。検証可能性を満たした出典さえつければ、記述には反対いたしませんが、これはちょっと酷すぎます。--あな34(須魔寺横行)会話2012年10月5日 (金) 15:56 (UTC)