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ノート:ノストラダムス戦慄の啓示

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「批判」に対する幸福の科学 広報局の反論を、該当書より正しく引用しました

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  • Sumaruさんへ。『マンガ・ノストラダムス戦慄の啓示』幸福の科学出版(1994年)のpp.204-205にある「おことわり」という幸福の科学 広報局の文章と、Sumaruさんが書いた「釈明が出された」との内容が、あまりにも食い違うので、私が書き換えました。「>加筆者個人の見解と思しきもの」ではありません。著作権の問題があるのでまる写しはしませんが、そこに書かれている内容をなるべく正確に記述したものです。

Sumaruさんが書いた「必ずしも合致するものでないこと」「世界的な連帯を志向するものであって」「・・とは相容れないものである」などは、広報局の文章を歪めたSumaruさんが勝手に創作した文章のように思いました。引用するならなるべく正確にお願いします。

幸福の科学 広報局の反論は、この書(マンガ)以外にも、月刊「幸福の科学」記載の記事や広報局がマスコミなどに配布した資料などたくさんあるのですが、そこからの引用も一部入れました。「>加筆者個人の見解と思しきもの」ではありません。

Sumaruさんが書いたノストラダムスの関係の文章をより良いものにしたいと思いますが、話し合いの合議にて進めていきたいと思います。よろしくお願いいたします。--Kengaku 2009年8月4日 (火) 14:09 (UTC)[返信]

強引な差し戻しを行わず、ノートで議論を呼びかけるという冷静な対応をしていただいたことにまずは御礼申し上げます。さて、その上で、
> 引用するならなるべく正確にお願いします。
私のは「引用」ではなく「要約」です。元の文章と違うのはむしろ当たり前で、それを「勝手に創作」といわれる筋合いはありません。
ご指摘の3件のうち
(1)「幸福の科学の中心教義と必ずしも合致するものでないこと」は、「ノストラダムス等、霊人の発言や思想が当会の基本教義と必ずしも一致しなくとも、個性ある霊人の証明のために、あえてそのままの形で、霊人の思想を世に発表しているにすぎません」(大川隆法監修『マンガ・ノストラダムス戦慄の啓示』幸福の科学出版、1994年、pp.204-205)あたりを踏まえた要約としては、特段責められるようなものではないと認識しています。
(2)「国粋主義とは相容れないものである」は、「国粋主義、国家主義の思想を打ち破るのが幸福の科学の思想です」(前掲書、p.204)等々の要約として、「歪めた」とまでいわれる性質のものではないと認識しています。
(3)「同教団の教義は世界的な連帯を志向するもの」については、悪意があってのことではありませんでしたが、日本を中心に起こった救世運動が世界に展開していくといったニュアンスが汲み取れる釈明の要約としては、いささか正確性を欠いていたと思います。もっとも、あなたが「なるべく正確に記述した」と主張する加筆にもこの「世界的に連帯」という文言はそっくりそのまま残っており、いったい何を「歪めた」とおっしゃるのか、私にはよく分からないのですが。
以上からするならば、あなたの指摘には私に対する不当な主張が少なからずあるものの、現状の文言に修正の必要がないかといえば、そうはいえないだろうと認識しています。
しかしながら、あなたの著作権認識は気になります。
> 著作権の問題があるのでまる写しはしませんが、
「引用」の要件は単純に分量が少なければよいというものではありません。あなたの加筆を見て気になったのは、
  1. 「です、ます」調と「だ、である」調が混在しており、どこかからの丸写しが疑われること。
  2. にもかかわらず、何から引き写したのかが明記されていないこと
です。前掲書の「おことわり」にない文章があなたの加筆に含まれている一方、その出典が 大川隆法監修『マンガ・ノストラダムス戦慄の啓示』幸福の科学出版、1994年、pp.204-205 だけのままとされていた以上、「出典にない加筆者個人の見解と思しきもの」と判断させていただいたことはなんら誤っていなかったと今でも思っています。
仮にあなたの加筆が個人的見解でなく、どこかからの「正確な引用」を含んでいたのなら、それは明らかに引用の要件を満たしておりませんから、削除依頼にまわすことが必要となります。本文を修正するのなら、特定版削除にかけた後で、ということになるでしょう。--Sumaru 2009年8月5日 (水) 11:39 (UTC)[返信]

ご返答ありがとうございます。ご指摘のとおりです。ここまで理路整然と書かれてしまうと、もう反論の余地もないという状態です。すみませんでした。また「勝手に創作」や「歪めた」という指摘も不適切であったと思い、お詫びいたします。ごめんなさい。引用に関する著作権認識のミスもご指摘いただいたとおりです。資料を探して出直しでしょうか。失礼いたしました。--Kengaku 2009年8月6日 (木) 06:05 (UTC)[返信]

とりあえず
>そこからの引用も一部入れました。
が事実だったのなら、具体的にどの文献からの引用だったのかを明記する形で削除依頼の提出をお願い致します。--Sumaru 2009年8月7日 (金) 10:41 (UTC)[返信]
他の記事を編集なさっているようですからネットに接続できないということはないのだろうと思いますが、反応がないため、とりあえずあなたが加筆する前の状態に戻させていただきました。これは、今後誰かが削除依頼提出前にそれと知らずに編集したときに、その加筆が巻き添えで削除されないようにするための措置です。ご了承ください。--Sumaru 2009年8月12日 (水) 11:35 (UTC)[返信]

「資料を探して」と書きましたが、1991年当時の記憶も確かでなく情報不足でした。この項目での私の関与はこれで終了したいと思います。失礼しました。--Kengaku 2009年8月14日 (金) 03:28 (UTC)[返信]

映画記事の統合提案

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映画の記事『ノストラダムス戦慄の啓示 (映画)』ですが、本稿『ノストラダムス戦慄の啓示』が原作であり、記事サイズもそれほどではないことからノストラダムス 戦慄の啓示に改名した上で統合を提案します。『愛は風の如く』も原作だけでなくアニメ映画『ヘルメス 愛は風の如く』とそのコミカライズ版を併せて記述していますので、この提案は妥当と考えております。--ヨッサン 2010年5月12日 (水) 15:45 (UTC)[返信]

反対 この記事は元々映画のみを扱っていましたが、ノートでの提案を経て、映画記事を移動の上、書籍のみの記事としました。そのときに理由として示したのは、(1)書籍自体に特筆すべき要素がある。(2)映画と書籍の関連性が低い、の2点でした。
内容的に関連性が薄いことはしばしば指摘されるとおりですが、今回改めて映画のガイドブックである『映画ノストラダムス戦慄の啓示全秘密』(幸福の科学出版)を見返してみたところ、150ページほどのこの本の中で、原作書籍名としてどころか、それ以外の形ですら書籍版『戦慄の啓示』への言及が1箇所もありません。映画の内容解説の部分では、見開きごとに脚注がついており、各項目と関連の深い文献への案内があります(例えばpp.44-45「霊界のノストラダムス?」の項では『新・太陽の法』第1章が挙げられています)。脚注での文献の言及はのべ80以上に及びますが、『戦慄の啓示』はありません。巻末の「映画ノストラダムス戦慄の啓示全秘密・参考文献一覧」の29冊のリストでも、一切挙げられていません。この点で、ストーリー的にも相互に関連があるらしい『愛は風の如く』と同列に扱うのは適切でなく、少なくとも私は統合すべき場合である「1つのページ中で一緒に解説すべきにも関わらず、必要以上に細切れにされてページが作られている場合」を満たしているとは思いません。
もちろん、この提案に複数の方から賛成意見が寄せられるのなら、統合について強固に反対し続けたりはしませんが、半角スペースを挟む改名には反対します。手元の書籍版の奥付では「ノストラダムス戦慄の啓示」となっており、スペースがないからです。映画についても、前記『映画ノストラダムス戦慄の啓示全秘密』では一貫してスペースがありません。提案者の方がどのような根拠で半角スペースを挟むべきと判断なさったのか、信頼できる情報源を挙げていただきたいと思います。--Sumaru 2010年5月13日 (木) 13:02 (UTC)[返信]
早速のご意見どうもありがとうございます。どちらも大した記事サイズではなく、統合しても10キロバイト程度ですから一つの情報でまとめた方が閲覧者に親切と考えます。映画については映画の節で関連性は薄いことをきちんと説明していれば問題はないかと。半角スペースありなしですが、表記ゆれの範囲内ではないでしょうか。映画のページを括弧なしで半角スペースありの記事名「ノストラダムス 戦慄の啓示」にして改名すれば、統合の際に括弧つきの不要なリダイレクトを残さないで統合できるからです。改名しないで括弧つきの項目名のままで統合した場合、括弧つきの不要なリダイレクトとなったにもかかわらず履歴保持の都合から削除ができなくなります。ヤフーで「ノストラダムス 戦慄の啓示」と半角スペースありで検索しますとスペースありでタイトルを表記した映画紹介ページなどがヒットします[1]。統合しないにしろ、半角ありのノストラダムス 戦慄の啓示を本稿のリダイレクトとして作成しておくことは重複立項を避ける上でも有効と考えますがいかがでしょう。--ヨッサン 2010年5月13日 (木) 14:15 (UTC)[返信]
>映画については映画の節で関連性は薄いことをきちんと説明していれば問題はないかと。
わざわざそのような注記をしてまで統合する必然性があるかという点に疑問を感じます。
まとめたほうが親切か、関連性が薄いものは分けたほうが親切かという話は個々人の主観によって左右される要素であり、機械的に現状の記事サイズをもって一方を「親切」と決め付ける姿勢は支持できません。また、失礼ながら「アニメ映画」という誤った規定の仕方からいって、あなたがこれらの書籍や映画に詳しいとは思えず、記事の発展可能性なども視野に入れて統合提案を出したようには思えません。
>半角スペースありなしですが、表記ゆれの範囲内ではないでしょうか。
あなたの挙げた論拠がWikipedia:信頼できる情報源かということをひとまず措くとしても、正式名にスペースがないにもかかわらず「揺れ」の方を優先するというのは、 Wikipedia:記事名の付け方に反しています。ましてやこの場合、あなたの論理では「原作」である書籍版が幹になるはずですから、枝であるところの映画名に「揺れ」があったとして、それを優先する理由になるのでしょうか。ちなみにWebcat、紀伊国屋、国立国会図書館などでも検索してみましたが、書籍版にスペースを入れているものは見当たりませんでした。リダイレクト作成には反対しませんが、記事名とすることには賛成できません。
履歴云々については気持ちは分からないでもありませんが、読者にとって親切だから統合をとおっしゃっている方が、純粋に編集者側の都合で正式名よりも「揺れ」を優先させるべきというのでは、論理的にも一貫していません。--Sumaru 2010年5月14日 (金) 04:06 (UTC)[返信]
コメント 単独記事として映画の記事を存続させるのであれば、改名する必要はありませんので改名はしませんよ。--ヨッサン 2010年5月14日 (金) 06:47 (UTC)[返信]
反対 書籍の内容を映画にしたとはいえず、二次著作物というよりも全くの別物であり、題名および関係者が同じだからとして統合することに反対します。--鯉華厨師 2010年5月14日 (金) 13:26 (UTC)[返信]

反対意見しかないので、取り消しとします。--ヨッサン 2010年5月19日 (水) 07:18 (UTC)[返信]