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ノート:ヌーディズム/ログ6

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これまでの議論

(議論の進行が分かるように2006年3月30日 (木) 09:01以降の議論をノート:ヌーディズム/ログ5より転記しました)

日本における現状について

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「違法な実践活動」

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「違法」に関しての議論も落ち着いたようなので違法な実践活動についての記述を書き加えました。「日本における現状」野中でも実践において最大なのは、UVA氏を中心とした違法ヌードレクの推進であり、「日本における現状」において他は削れても、これだけは記述する必要のある重要なものです。--Poh 2006年3月30日 (木) 08:53 (UTC) 「日本における現状」に貼ってあったテンプレートを外しました。これが貼られたのは「違法」に関しての編集者間での解釈の相違が原因であり、結論が出て、かつ検証可能な事実としてUVA氏を中心とした違法な実践活動の記述がなされた現在では、テンプレートの必要性がなくなったからです。--Poh 2006年3月30日 (木) 09:01 (UTC)

Pohさんの3月30-31日の加筆のうち「違法な実践活動」をめぐる以下の部分
> 全裸でいることを法律で認められていない場所で全裸になる事は違法行為であり、公然猥褻として犯罪として扱われる可能性はきわめて高く、検挙され有罪となった例は数多くある。
について、本当にそういうことがあったとは寡聞にして存じませんでした。実際に「ヌーディストが検挙され有罪となった例」を具体的にご教示ください。プライバシー保護のため個人名は出せませんが、年月日・場所・人数・状況と「有罪判決」を下した判例(できればリンク)をお願いします。--miya 2006年4月1日 (土) 09:20 (UTC)
「ヌーディストが検挙され有罪となった例」ということですがヌーディストが有罪となった例は知りません。その前の文章に「ヌーディストが」という文は入っていません。あくまでも「『全裸でいることを法律で認められていない場所で全裸になる事は違法行為』であり(それにより)『検挙され有罪となった例』」は数多くある」という事です。この文章に関してウィキペディア上何か問題があるのでしょうか?このような日本人なら知的障害者などの特殊な例を除き誰でも知っている違法行為をUVA氏は、被害者を泣き寝入りさせる方法等を提示し啓蒙と位置づけ他人に勧めてきたということです。--Poh 2006年4月1日 (土) 13:42 (UTC)
ご無沙汰してます。おやんずこと小野田です。日本で裸になったことだけで逮捕された例を事実としてここに書き出さなければならないようないちゃもんを出す人が数人いるようですが、こんなニュースはスポーツ新聞を毎日見ていれば年間に数件は取り上げられているものですよ。新聞記事を見ることはしていないでただ「教えて」とばかり甘えるのはいちゃもん連中のわがままだと思います。一例だけ手元にあるので書きますが、2005年7月15日付け日刊スポーツ社会面に「全裸男コンビニ 靴はいただけの36歳運転手 買うのはコーヒーゼリー一個」という見出しで岩手県久慈署が「コンビニエンスストアで全裸で買い物をした」として同県軽米町のトラック運転手を逮捕した、との記事があります。この運転手、別に誰かに怪我をさせようとか、店舗の物品を破壊しようととか盗もうとしたわけではありません。ただ単に買い物をしてその姿が全裸だっただけです。なのに逮捕されるのです。このような事例はあまた報道されていますが、どうしてもいちゃもんつけずにはいられないのですか?--おやんず 2006年4月2日 (日) 00:46 (UTC)
おやんずさん、お久しぶりです。復帰おめでとうございます。元気になられた様でよかったです。この件についてmiyaさんはコメットアウト以降のノートと本文を読み違いされているように思われます。また解釈について書くべきことは何点かあるのですが、miyaさんのレスを待ってからにします。--Poh 2006年4月2日 (日) 08:20 (UTC)
とりあえずmiyaさんに一言書いておきますが、日本では万人が法の下において平等ですから、一般人がやって違法な行為は、ヌーディストがやっても違法です。以上。--Poh 2006年4月3日 (月) 22:02 (UTC)
了解しました。UVAさんたちもおやんずさんも上の36歳運転手さんも、公共地で全裸になればひとしく違法行為というわけですね。私のようなそそっかしい人間が読み違えないように、但し書きを入れて論旨を明確にしておきました。--miya 2006年4月3日 (月) 22:49 (UTC)
意図的に何か特定の表現を否定しようとするから読み間違えているのではないですか?「これまで検挙された人間の中にヌーディストがいなかった」ということまで踏み込んだ報道もされていない(1999年6月の時点での過去65年間分の報道図書索引目録を私が確認した限り掲載が無い)だけでしょう。--おやんず 2006年4月4日 (火) 13:20 (UTC)

「合法化について」と「違法な実践活動」にサイト名を加筆しました。外部リンクについて議論中なのでサイト名のみでリンクは貼っていません。合法化について活動がほとんどみられないのに名を挙げるのは宣伝であるという批判もかつてあったので、文章を少し変えてあります。それでも不服であれば、名前を挙げるのは国内最大規模の活動を行っている違法行為実践団体のほうだけにすればよいと思います。 また、誤解されるといけないのであらかじめ断っておきますが、違法/合法については事実の記載のみで、一方は良いが一方が悪いなどというPOVに基づく記述は一切入れてありません。どちらも当事者の主張に基づくものであり、合法化を求める人はそれが善であると考えているからであり、違法行為の推進もおそらくそれが善だと思ってやっていることだと思われるからです。当事者の方の考えは尊重したいと思っております。--Poh 2006年4月10日 (月) 11:30 (UTC)

ウィキペディアは何でないか

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「独自の研究」「個人の主張」に当たると考えられる以下の部分をコメントアウトします。ウィキペディアは演説会場ではありません。「Wikipedia:ウィキペディアは何でないか#ウィキペディアは演説場所ではありません」を再読願います。「独自の調査結果の発表の場ではありません」し「事実の暴露や報道を行う場ではありません」。--miya 2006年4月8日 (土) 15:46 (UTC)

・・・く、検挙され有罪となった例は数多くある。海外での人権活動としてのヌーディズムの情報も税関の壁に厚く阻まれてきた事実があるため、この権力側からの圧力を前に公然と実践する日本人ヌーディストはなかなか現れず、現在のところ実践までして検挙までされたとのマスコミ報道はされていない。もちろん、「報道されていない」ことは事実であってもそれをもって「公然と実践して検挙された人が本当にいない」との結論をするのは論理的に無理がある。実際に検挙されてもマスコミが取り上げてこなかった可能性があるからである。ヌーディスト達は人目の少ない海岸や森林を選んで実践してはいるが、それはに一般人に見られ難いという面もあるだけでなく、もし見られて通報されても当局が来るまでに逃げられるといって他人に勧めているサイトもある。
合法化が「他人の裸を見たくない」という一般人の権利との調和を図るものであるのに対し、違法な場所でのヌーディズムの実践は他人の権利を蹂躙する行為であるともいえる。公有地で実践している者の中には、10回のうち8~9回は一般人と遭遇していると述べている者もいて、これは確信的に一般人のいる場所で全裸になっているということである。逮捕されなかったのは相手が通報しなかったからではあるが、それには警察が来るまでに逃げられると通報を諦めざるを得ない場所で行っていた事も関係している。

あなたの気に入らない他人の結果報告を感情論で削除しようとするのは暴挙でしょう。あなたは図書館で過去記事をしっかり検索した上で事実を記述しようとしていますか?「事実の暴露や報道を行うものでない」というのは、名誉毀損罪成立を防ぐためにあるのであって、ウィキが感情論の好き嫌いを戦わせる場にするためのものではありません。「独自の研究」とは、「独自のデータを独自の方法で導き出したもので第三者による再現性の保障がない研究」を指すのであって、私が図書館で調べて記載した内容はあなたやその他の人がその同じ事実を再確認できる公共データに他なりません。公共データに書かれた事実を感情論で否定するわがままが横行するとまたしても感情論のぶつけ合いとしての編集合戦が発生する危険があります。誰もが検証可能な事実なのですから、疑いたかったらあなたも同じデータを図書館で検索して記事を取り寄せて確認してはいかがですか?--おやんず 2006年4月9日 (日) 05:34 (UTC)

miyaさんが書かれていることはウィキぺディアの方針なのでしょうが、個々の記述の解釈においてそれには多大なPOVが入り得るものだということです。今回の論点はその顕著な例だと思われます。コメントアウトされた部分について考察してみますと
>・・・く、検挙され有罪となった例は数多くある。
(大人になったら)裸で外に出たらお巡りさんに捕まることぐらい幼稚園の子供でも知っている事です。こんなものは常識の範疇で報道のネタにさえならないでしょう。
>公有地で実践している者の中には10回のうち8~9回は一般人と遭遇していると述べている者もいて・・・
これは当人が自分のサイトで述べていることであり、何年間も公表されているものです。これを「事実の暴露」とはいい難いと思います。(しかもこの経験をもとにUVA氏は違法行為実践のための団体を作りその会員募集と、違法行為の普及活動をサイトで行っているものです)この事実から「確信的に一般人のいる場所で全裸になっている」が導き出されています。もし他のコメントが導き出されるのであればそれも併記すればよいだけの事です。また裸体と法律_5.1 人里離れた場所を選ぶことの内容から「逮捕されなかったのは相手が通報しなかったからではあるが、それには警察が来るまでに逃げられると通報を諦めざるを得ない場所で行っていた事も関係している」が導かれます。またそのサイトには、他人の来ない海岸なんてありませんとも述べています。これもUVA氏の確信犯的公然猥褻の裏づけになるでしょう。
いずれにしろ当人の記述とそれから自然に導かれるもので「独自の研究」「個人の主張」「事実の暴露」「報道」とするには相当な無理があると思います。
正直申し上げて、miyaさんの今回に至るまでの言動と行為から、意図的に何か特定の表現を否定しようとする意図、はっきりいえばUVA氏による違法行為の普及活動の指摘を拒んでいるように思えてなりません。UVA氏が違法行為を普及推進していることは事実であり、違法行為そのものは容認するがその記述は拒否するという立場は完全にUVA氏寄りの考え方であり、ウィキぺディア管理者がされたことであっても、その行為は「ウィキぺディア的中立観点」から遠くかけ離れたものだとしか思えません。--Poh 2006年4月9日 (日) 10:57 (UTC)

事実ではなく検証可能性 (Verifiability, not truth)

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少しヌーディズムからは離れますが、上の方にも書きましたが(2006年3月22日 (水) 10:22)、ウィキペディアの3つの内容ガイドライン (content-guiding) の一つは検証可能性 (Verifiability) です。(他の2つは、「中立的な観点」と、「独自の研究を含めない 」(No original research) です。)ここにはやや反語的に、「ウィキペディアの内容の出発点は事実ではなく検証可能性である」と書かれています。執筆者が事実として書く事よりも、他の人が信頼できる出版物によりそれが事実であるかどうか検証できる事の方が大事だという事です。そんなこと言われると、ウィキペディアの記事の多くが失格になってしまうような気がしますが、ウィキペディアが百科事典として成り立って行くためにはぜひ必要な方針なのでしょう。早く日本語版ができる事を望みます。--Nudité d'Europe 2006年3月29日 (水) 20:17 (UTC)

>国内スポット公開の問題から始まって、
>NAKE'S会員のGypsyでの醜態に触れてからは①プロジェクトNとの関わり、②NAKE'Sの単独男性差別、③NAKE'S内部での女性年齢差別という順序で書いています。
>最近は「ナチュリストの権利獲得と非合法ヌードレク」という論点から書き始めたところです。
これはNudite d'Europe氏の管理する掲示板に書いた事ですが、これらの中から私が保護解除後のテーマとして「ナチュリストの権利獲得と非合法ヌードレク」を選んだのは、POVが入りにくくかつ検証が容易に可能だという事です。この話題には今まで随分とPOVから規制や異論は出てきましたが、実際検証してみれば当初の曖昧なまま規制されていたり私が自主規制をかけていた時より更に進めた内容の記述が可能だという事が判明しました。結局反対者のPOVは誤解や(編集者を限定すれば)無知が原因だったという事です。UVA氏のCLUB NAK'Sが若い女性だけを求めるということは彼のサイトから検証できますが、かつて日本に存在した屋内ヌーディストバーGpsy8でのNAKE'S会員の醜態については、証人も少なく協力が得られるとは限らないので記述は避けていました。ただ当時を知る者の中にはかつてのおやんず氏の掲示板に当事者でなければ知りえない情報を書いた方もいました。そしてこのノートにおいても同じことを書いた者がいるので、せっかくの好意を無駄にすることのないようにコメントしておきます。2006年3月28日 (火) 09:32の編集(差分)を見ると「ニシうざい・・・」と記述した者がいます。ニシというのはヌーディズム/ログに書いたNAKE'S会員の醜態のなかでも最も酷いものであるカップル会員の女性をナンパ勧誘した時のカップルの男のHNです。まあ私がその人物かどうかはこちらでは全く関係ないことですが、このように知っている人はいるということです。
 話はそれましたが、次はまた新たな話題としてUVA氏NAKE'Sと「児童ポルノ(法)との関係性」について書いていきます。これは判例も少なく、公然猥褻よりも慎重にやらなければならない問題なので準備期間はかかりましたが、ようやくコメントできる段階になったのではないかと思います。--Poh 2006年4月10日 (月) 11:10 (UTC)

「独自の調査」草案発表のお知らせ

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「独自の調査」日本語版の草案が発表されました。「中立的な観点」と共に皆さんにお読みになるようお勧め致します。--Nudité d'Europe 2006年4月15日 (土) 20:19 (UTC)

保護解除以来、

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日本でヌーディズムがほとんど知られていないために、どうしても露出行為などのような、理解しやすい(?)行為をもってヌーディズムをとらえているような記述が多いと思います。本文の概要に書いてあるように、「ヌーディズムは、衣服の拘束からの解放感や、全身が直接日光や水や空気に触れることを楽しむもので、他人に裸を見せたり見られたりすることを楽しむ露出行為とは区別される」ものであることを理解した上での記述をお願い致します。--Nudité d'Europe 2006年4月14日 (金) 05:15 (UTC)

だれに対して言ってるのかは知りませんが、これはまたPOV丸出しの意見ですね。フランスではどうだか知りませんが、日本の法律上では露出だろうがヌーディズムだろうが禁止されている場所で裸になれば公然猥褻とみなされます。ウィキペディアのヌーディズムの概要に何が書いてあろうと法律では動機の如何は関係ありません。それに異議を唱えるからこそおやんず氏はヌーディストの権利獲得のために合法化のために権利獲得に動いているのです。またUVA氏やその妻の夏海あおい氏は、自分のサイトで現状に不満は述べてますが、いくら愚痴や文句を言ったところで法律上特例措置が取られるわけではなく違法は違法です。意見自体意味不明なところもありますが、相変わらず低レベルだと思います。--Poh 2006年4月14日 (金) 07:55 (UTC)

>フランスではどうだか知りませんが、>いい質問です。フランスの刑法222-32によると、公衆の面前での「性的露出行為」は、1年間の禁錮と1万5千ユーロ(約210万円)の罰金だそうです。まあ、これがそのまま適用されることはあまりないと思いますし、「性的露出行為」が何を指すかもよく分かりませんが、フランスのナチュリストの間では問題になっている法律のようです。もちろんこれはフランスのことであり、ドイツやスペインなどと比べてかなり厳しいようですが、他のヨーロッパ諸国については私はよく知りません。--Nudité d'Europe 2006年4月14日 (金) 09:12 (UTC)

だから刑の内容のことではなくて、同じ事してもナチュリスト(ヌーディスト)か一般かで適用がちがうのか?ってことですよ。--Poh 2006年4「特定月14日 (金) 09:46 (UTC)

もちろん違う訳はないでしょう。

それと前々からPohさんが言っておられることについてですが、ヌーディストビーチなどで男女が抱き合っていることはたまにあるもので、そんなに取り立てて言うほどのことでもないのです。公園の芝生などでカップルが抱き合っていることがあるのと同じことです。もちろん人前での性行為は厳禁ですが、ただ単に抱き合っているのは性行為というほどのことでもなく、ヌーディズムにおいても何らとがめられることはありません(昔は違ったかも知れませんが)。本文の最初にあるように、「ヌーディズムは、全裸でありながら服を着た状態と全く同じように過ごすこと」です。--Nudité d'Europe 2006年4月14日 (金) 11:01 (UTC)(追記)2006年4月14日 (金) 16:50 (UTC)

NAKE'Sのこの写真の件は男女が「抱き合っている」ことではなく、「男性器を女性の身体に接触させている」ことを問題にしているのです。抱き合うのならいいけど、シャンゼリゼ通りの近くの公園で、いくらカップルでも男性が性器を出して女性の身体に直にくっつけてたらどうなるのか?ということです。しかもNAKE'S会員が全裸で性器を接触させている場所は、ヌーディストビーチではなく普通の海岸、つまり公園と同じ全裸になる事が法律で公有地なのです。これのどこが「公園の芝生などでカップルが抱き合っているのと同じ」なのですか? 内容を正しく理解から書くべきです。「ヌーディズムを禁止する法律」の時もそうですが、満足に読みもしないで間違った理解の下に間違ったことを何度も書いて議論以前の無駄な論争を持ちかけるのは迷惑行為です。リソースの無駄遣いでしかありません。--Poh 2006年4月15日 (土) 09:27 (UTC)

Pohさんが何を問題とされているのかよく分からないんですよ。日本であれ、ヨーロッパであれ、全裸でいることが禁止されている場所であるなら、抱き合っていようがいまいが違法ですし、もしヌーディズムについて問題にしているなら、上にも言ったように、性行為でない限り、抱き合っていてたまたま男性の性器が女性の背中に接触していようが、普通そんなことをとがめるような人はいないでしょう。--Nudité d'Europe 2006年4月15日 (土) 10:44 (UTC)

他の編集者は取り立ててこの問題に触れられてませんが、おそらくは内容を理解した上で信条あるいは心情的に同意できるかできないかという段階なのででしょう。議論に加わるのであれば相手の主張ぐらい最低限理解した上で自分の意見を述べるのが普通です。またNudité氏がこれを理解できないと言うのは他の編集者の比べ頭のできが著しく劣っているということではないでしょうか?上にあるような理解もできないで書かれた文章などに意味はないですし、Wikipediaは特定の個人のためにあるわけではないので、Nudité氏のためにこれ以上説明することはリソースの更なる無駄使いであり他の編集者に迷惑がかかる事です。Nudité氏に一言だけ申し上げるとすれば、理解が出来ないのであればこの件での議論や編集に参加するべきではないということだけです。--Poh 2006年4月16日 (日) 07:21 (UTC)

Pohさん、>他の編集者の比べ頭のできが著しく劣っているということではないでしょうか?>これだけで十分投稿ブロックに値する言葉だと思いますよ。以後お気をつけ下さい。

少し戻りまして、>だれに対して言ってるのかは知りませんが、>ということですが、何人かの人に向けて言っているつもりです。この項目はあくまで、百科事典として「ヌーディズム」について記述するところです。ヌーディズムと露出行為とを混同した実践や批判に付いては、多少それに触れる必要はあるでしょうが、必要以上に書くところではありません。ましてや特定の個人や団体などを違法と決めつけるところではありません。今更ですが、 Wikipedia:ウィキペディアは何でないか#ウィキペディアは演説場所ではありませんから引用しておきます。

1. いかなる種類の宣伝(プロパガンダ)や擁護の場ではありません。あなたが支持する人物や団体、思想や信条を宣伝するためにウィキペディアを利用してはなりませんし、逆に対立する相手や不愉快なものを非難・攻撃したり、あるいは読者を扇動するためにウィキペディアを利用してもなりません。もちろん、あるイデオロギーを持った人が何を主張しているのか、中立的な観点から客観的に記述することはあります。もし、本当にあなたの主張を他の人々に広めたいなら、例えば外部の電子掲示板ブログをご利用ください。
9. 事実の暴露や報道を行う場ではありません。もっぱら知られていない事実を公表することが目的ではありません。事実ならば何を書いてもよいわけではありません。個人のプライバシー、また特に不謹慎とみなされる場合のある事象の記述に関しては、それが事実であっても保守的な態度で記述をさけるべきです。事実の報道は、姉妹プロジェクトのウィキニュースでなら歓迎されます。

少しウィキペディアからはずれた話になりますが、これまでPohさんが、小野田英(たけし)さんや私やその他の人のサイト、2ちゃんねるのたくさんのスレッド、そしてこのウィキペディアに大量に書き込んで来たことを見て来て分かったことは、Pohさんが東京のあるヌーディストクラブで、他のヌーディストクラブからやって来た客の行為によって大変不快な思いをしたということだけです。それ以上のことについては、例えば上の写真の話にも見られるように、ヌーディズムについての誤解に基づくものだと思われます。その不快な客は多分ヌーディズムを何か勘違いしていたのでしょうし、私としては、そのことでめげたりせずに、Pohさんがまともなヌーディズムを楽しむようにして行ってほしいと思っています。--Nudité d'Europe 2006年4月17日 (月) 00:15 (UTC)

永らく発言を控えておりましたが、気になった点をいくつか言わせてください。まず、Pohさんについては、ご自身の主張がNudité d'Europeさんになかなか理解されないことによるもどかしさがあるのかもしれませんが、「他の編集者の比べ頭のできが…」といった発言は行き過ぎの感があります。その点でNudité d'Europeさんのお怒りは分かります。相手の主張を最低限理解してから反論すべき、というPohさんのご意見は正論ですが、そこで相手の能力に疑問符を付けるような発言をなさるのではなく、粘り強く相手に最低限の主張を理解させることもまた、この場合は必要なのかもしれません。
それから、Nudité d'Europeさんについては、上記の「Pohさんが東京のあるヌーディストクラブで…」というくだりを持ち出してPohさんの動機を決め付けられるのはどうかと思います。こういった本題から外れた意見の表明が議論のズレにつながる可能性がありますので、この場においては極力謹んでいただけませんでしょうか。また「まともなヌーディズムを…」とありますが、これはNudité d'Europeさんが「まとも」と思われている特定の思想信条の押し付けになる可能性もあります。この場合、Pohさんの中にも「自らが『まとも』と信じるヌーディズム」のかたちが存在しているならば、こういう些細な表現から「こちらの主張のほうが『まとも』である!」という水掛け論に発展してしまうでしょう。恐らく無意識のうちにこういった記述をされているのでしょうが、不毛な議論を誘発する虞がありますので、ぜひ慎重にご発言くださいますようお願いいたします。
また気になることがありましたら発言することがあるかもしれませんが、今回はこの辺で失礼させていただきます。--ひで。 2006年4月17日 (月) 01:11 (UTC)
他人が理解でできることを一人だけ理解できない、また理解できずに不毛な論争を仕掛ける、過去にも「ヌーディズムを禁止する法律はない」など書いてもいないことを持ち出したり、「長い目で見れば保護解除後のスタートリンクの状態がなんであっても変わらない」などと他の編集者はとっくに考えついて既に書いていることをまるで大発見そしたかのように見出しまでつけて書いているなど、やはり頭の出来に差がある(良い悪いとは申しません)のではないかと思えるような事実がこのノートの中だけでも数多くあるから書いたのです。他に迷惑ばかりかけてないで少しは自分自身を見直してみてはどうでしょうかということです。ウィキペディアという公的な場所で特定の個人の私的事情のためにだけに説明する事はウィキペディアの禁止徐行である演説に輪をかける行為でしょう。私は、あくまでも「禁止された場所で性器を露出した状態で異性の身体に接触させるのは違法行為である」と書いているのでありヌーディストビーチで異性同士抱き合えば性器が接触する」ことがあってもそれはいけないなどとはどこにも書いていない。ヌーディズムと露出行為とを混同しているのではなく、そのように思うことは誤解であり、その誤解の原因は何であるかといえば繰り返すのは避けますが、Nudité氏がこのノートの場で何度も繰り返している間違いと同じ原因なのではないのかということです。
またNudité氏がここでWikipedia:ウィキペディアは何でないか#ウィキペディアは演説場所ではありませんから引用した1と9については既に意見を書いてます。それを読み飛ばして同じことを繰り返す行為は自己主張のためにリソースを無駄遣いしているとしか思えません。
一つだけNudité氏の間違いについて書いておきますが
>特定の個人や団体などを違法と決めつけるところではありません。
どこで私がそのような事をしているのか例を挙げていただきたいですね。私はあくまでも「法律で全裸になる事が禁止されている場所で全裸になる事は違法である」と述べているだけです。--Poh 2006年4月17日 (月) 02:20 (UTC)
>1. ・・・あなたが支持する人物や団体、思想や信条を宣伝するためにウィキペディアを利用してはなりませんし・・・
こそNudité氏宛にに書かれたことではないでしょうか?ヌーディズムを信奉するあまり、都合の悪い違法行為や露出との類似性に関する記述を抑えようとしていることは、一般人や反対的立場にある人達、更には被害者の立場を完全に無視した中立性から逸脱したことだと思います。--Poh 2006年4月17日 (月) 02:42 (UTC)
本文概要での「露出行為とは区別される」「露出行為と当事者たちは区別している」に訂正しました。元の文はヌーディスト側からの意見にすぎず、今回の無益な論争の一つの原因である誤解のもとになっていると考えられるからです。--Poh 2006年4月17日 (月) 05:12 (UTC)

ひでさん、「まともなヌーディズム」というのが文脈からして、Pohさんに不快な思いをさせた他のヌーディストのように下品で無作法でスケベ丸出しではない、「まともな」ヌーディズムを意味していることは明らかでしょう。「特定の思想信条」と言うレベルの話をしている訳ではありません。

>Pohさんについては、ご自身の主張がNudité d'Europeさんになかなか理解されないことによるもどかしさがあるのかもしれませんが、>なるほど、そういうものですか。前にもどこかで書いたはずですが、私はヨーロッパに来てからヌーディズムというものを知ったので、日本の状況を肌では知りませんので、Pohさんの主張が伝わりにくいのかも知れませんね。

Pohさん、>やはり頭の出来に差がある(良い悪いとは申しません)のではないか>これだけでも十分投稿ブロック対象になると思いますよ。私は面倒くさいのでブロック依頼には出しておりませんが、以後このような言葉は慎んで下さい。ウィキペディアでは禁止されており、それを守れない限り投稿資格はありません。--Nudité d'Europe 2006年4月17日 (月) 07:41 (UTC)

Pohさん、「他人が理解でできることを一人だけ理解できない、また理解できずに不毛な論争を仕掛ける」というのは、逆の見方をするならば「その人物だけはなかなか理解させられない、理解させられないために不毛な論争になっている」ということでもあるわけです。だから、相手が「何を理解できていないのか」を理解し、それをしっかり伝えられることが大切だと思います。「誤解」があるのであれば、その「誤解」を「理解」に変えるには何が足りないのか、仮に相手の側の努力が足りないのだとしても、自らの側でそれを補うことができないかどうか、それが議論の本道ではないかと感じます。相手の非を詰るばかりだと、このWikipediaというコミュニティにおいては、やはりNudité d'Europeさんの仰るように「ブロック」に言及してくる方が出てくるでしょう。そうなってしまっては誰にとってもメリットがありませんので、そうならないよう議論していきましょう。
Nudité d'Europeさん、「文脈からして、Pohさんに不快な思いをさせた他のヌーディストのように下品で無作法でスケベ丸出しではない、「まともな」ヌーディズムを意味していることは明らかでしょう」とのことですが、文脈上理解できるとしても、これまでの経緯から判断し、その「表現」についてあえて「慎重に」と申し上げているのです。必ずしもPohさんが「下品で無作法でスケベ丸出し」なものでない「ヌーディズム」ならば、他の条件がどうであれ無条件に「まとも」と判断しているとは限らない(これまでの議論を見ればその可能性は高いと思います)わけです。だからこそこのように議論が続いているわけです。その状況で意見が一致しない相手に「めげずにまともなヌーディズムを楽しんで」とエールを送られても、それは新たな議論のネタにしかならないのではないか、と感じたので申し上げたまでです。議論の中心からブレないような発言をお願いしたいと思います。--ひで。 2006年4月17日 (月) 08:34 (UTC)
>私はヨーロッパに来てからヌーディズムというものを知ったので、日本の状況を肌では知りませんので、Pohさんの主張が伝わりにくいのかも知れませんね。
環境のせいだけとは言い切れないでしょう。日本に限らずフランスでも決められた場所以外で全裸になったりNAKE’S会員のように性器を他人の身体に接触させたりすれば、性的露出等と同等にみなされ罰せられるのですから。別のところにも原因があると思います。
東京のあるヌーディストクラブで会員が全員、一人の例外もなくNuditéさんのいわれる「下品で無作法でスケベ丸出し」の行為を行ったNAKE’Sは、まともでないヌーディズムの実践をしているということでしょうか。これに関しては「特定の思想信条」でもありPOVも関係しまた検証も難しいことなのでWikipediaの本文編集ではあえて取り上げていません。客観的かつ検証可能な公然猥褻の話題に絞っているのはそのためです。「独自の調査」日本語版の草案も読みましたが、他の方針と同様に現在の本文の記述には問題ないですね。何故NAKE’Sを取り上げたかといえばマスコミでも日本最大あるいは日本唯一という触れ込みで取り上げられていますし、そのメディアは権威ある大手出版社の出版物であり、また全国にネットワークを持つ地上波のテレビ局で、しかも傘下には権威ある新聞社(全国紙)もある権威あるメディアです。現在日本で最も活動しているのがそのクラブであり、そのクラブがの活動の中心が違法行為推進だという事です。その活が違法行為にあたるといっているのは権威ある日本の法律の条文で、またそれと同等の行為に有罪判決を下したのは権威ある日本の司法です。これらは「独自の調査」には全く該当しないでしょう。Nudité氏が書いた日本ナチュリスト協会が頓挫した話とは次元が違います。なお念のためUVA氏NAKE’Sの活動を違法行為と決めつけているのは私ではなく日本の法律です。
かつてNudité氏と同じような考えを持った日本のヌーディスト達は、UVA氏の主張の違法性や被害者の立場を考えもせずにただありがたがって受け入れてきたという事です。それでほとんど外部から批判はされなかったのは、一つにはヌーディズムが相手にされなかったという点もありますが、UVA氏の掲示板や彼の信奉者たちの掲示板では批判的意見を削除してきたからでしょう。現実におやんず氏(小野田氏)の掲示板には、たまにそのような意見も書かれてました。
Wikipediaは中立的観点から記述する百科事典ですから、UVA氏のように自分達(ヌーディズム)に都合の悪いこと、印象を悪くすることは全て削除し事実を隠蔽し歪曲させて書く場ではないでのです。ヌーディスト側の価値観だけで判断し書くのはNGです。Nudité氏のような熱狂的なヌーディズム崇拝者が編集に加わって悪いということはないですが、その場合バランスを取るために中立的観点に引き戻すことも必要になります。--Poh 2006年4月17日 (月) 09:10 (UTC)
ひで。さんは優しいからそのように書かれるのでしょうが、ただ甘やかしてばかりいることが逆に相手のためにならない事もあるのです。ある程度書いたら突き放すことも必要な場合もあります。--Poh 2006年4月17日 (月) 09:15 (UTC)

Pohさん、>Nudité氏のような熱狂的なヌーディズム崇拝者が>これも個人攻撃に当る疑いがあります。どうして一々このような文を差し挟まれるのでしょうか? ただ単に項目に関する議論をすればいいだけのことではないですか? それができないのならウィキペディアの執筆編集には向いていないということです。以後絶対におやめ下さい。このような個人攻撃は、他の執筆者あるいはこれから執筆しようとしている人の意欲を著しく削ぎます。ひいてはウィキペディアの質の低下にもつながります。私よりヌーディズムの知識や経験の豊富な方がたくさんいらっしゃると思うのですが、このような状況では誰も参加しようとはされないでしょう。

それからひでさん、ここはウィキペディアなのですから、ものの順番として、まずはPohさんの個人攻撃を問題にするべきで、それが解決してから私の議論のおかしいところを取り上げて下さい。相手が明らかな違反を犯している時に、「まともなヌーディズム」についてうんぬんすることは中立的でもなんでもないですよ。--Nudité d'Europe 2006年4月17日 (月) 11:51 (UTC)

自分のされている事を冷静に考えられてみてはいかがでしょうか?ヌーディスト以外の視点から書かれた内容を全て削除して、その改定時以上のことが必要ないなどと自画自賛しているようでは、やはりノーマルなヌーディストとはいえないでしょう。それからヌーディズムの編集者が増えない事を他人のせいにするのもPOV以外に根拠が乏しいですしいただけませんね。「明らかな違反」という判断も「明らかな違法行為」のようにPOVの可能性があります。ひで。さんのように中立的立場から公平に見ている方が、取り立ててそれだけを問題にしないのも、そのような判断は単なる感情論としか思っていないからかもしれません。--Poh 2006年4月17日 (月) 12:22 (UTC)
このノートのログを追って読んでみれば、第三者から批判や非難をされているの件数はNudité氏のほうが私よりずっと多いです。それだけ他の編集者に迷惑をかけて来ているということです。迷惑行為の常習者が自分の非を指摘された時だけ、いくら個人攻撃と吠えたところで同意してくれる人は少ないでしょう。--Poh 2006年4月17日 (月) 12:28 (UTC)

Pohさん、ここは「ヌーディズム」という項目なんですよ。「公衆の面前で裸で過ごすこと」という項目ではないんです。私はヌーディズムと露出行為の境界線は必ずしもはっきりとしていないとは思いますが、それでも両者は区別して扱われるべきものです。露出行為に付いて、関連することとしてそれにふさわしい記述の内容と量とで掲載されることには反対しませんが、バランスを超えていれば異議を唱えざるを得ません。Pohさんの独自の研究は他のwebサイトで発表してみて下さい。--Nudité d'Europe 2006年4月17日 (月) 20:35 (UTC)

Pohさん、議論が過熱していることが原因だとは思いますが、勢いで相手の思想信条についてまで批判なさるかのように取られてしまう表現を使われることは、Pohさんの主張に対する賛同者を減らすことにつながり、またそこからは不毛な「議論の為の議論」が誘発されるだけです。現状では、Nudité d'EuropeさんはPohさんの発言のうち主に「Nudité d'Europeさんを形容する部分」についてのみ反論なさるだけで、本来Pohさんが述べたい核心部分についてはいつまでも議論がなされないままになってしまうでしょう。ぜひ議論方針の再考をお願いいたします。
Nudité d'Europeさん、「まずはPohさんの個人攻撃を問題にするべき」というご指摘ですが、私は常にそれを最初にあげて記述しておりますが・・・?そして、Pohさんの側に直接再考を促すだけでなく、それを誘発してしまうであろう表現についても含めて、Pohさんがいわゆる「個人攻撃」をされないような環境を整備したいだけです。決してNudité d'Europeさんの主張の中身に対する「批判」ではなく、あくまで表現上の問題点を「指摘」しているに過ぎませんので、ぜひ一つ一つ過剰に反応なさらず、そのあたりをご理解いただければと思います。--ひで。 2006年4月18日 (火) 00:35 (UTC)
「ヌーディズムと露出行為とは区別して扱われるべきものだ」というのは、あくまでもヌーディスト側の意見であり、他においては必ずしもそうではないのです。Wikipediaは「ヌーディズム」の項目だからといってヌーディスト側の意見だけで記述するところでないということは、さんざん他人にWikipediaの各種方針や中立的観点を読めといってきたNuditéさんなら当然解かっていることでしょう。現実に法律の世界においては日本でもフランスでも両者は区別されていないわけで、禁止区域で全裸になれば罰せられることは既出ですが、逆にフランスのヌーディストビーチで露出愛好者が身体露出を行ったところで罰せられるということはないでしょう。法律上区別されていないのは、やはり専門家であっても区別するのが困難であるということも最大の理由の一つだと思われます。
それとNuditéさんの重大な間違いについて記述しておきます。私はNAKE'Sがアダルト路線であるという見解は持っていますし、ノートでその見解を書いた事はあります。ただ本文においてはそのようなPOVに基づく記述は一切していません。まして露出行為と同一視あるいは類似性に基づく記述などどこにも書いていません。むしろ権威ある、というよりWikipediaが権威あると記述している報道機関(マスコミ)によるNAKE'Sが「ヌーディストクラブ」であるという見解を書いているくらいです。また違法に関する記述ははNAKE'Sが純粋にヌーディズム実践をo行っていても全くそのまま当てはまる内容です。Nuditéさんのいわれるような「露出行為とのバランスを超えている」どころかヌーディズムと露出とを同一視した記述などどこに書いていません。最初に「意味不明」だとか「誰に対して言ってるのか分からない」と書いたのはそのためです。ただ主観同士の衝突とちがい客観的にNuditéさんの間違いだと証明できる事なので、早めに正しておいたほうが良いでしょう。--Poh 2006年4月18日 (火) 08:02 (UTC)
POV回避および記事の公平性のために本文、概要、「ヌーディズムと露出の区別」について一般および法律の観点からの記述を追加しました。本文に「ヌーディズムと露出の類似性」について書いたのはこれが初めてです。--Poh 2006年4月18日 (火) 08:18 (UTC)

はて、私がPohさんがヌーディズムと露出とを 混同 同一視している、などと言っただろうか?と思って、この章を読み直してみましたが、そんなことは書いていませんでした。早とちりしないようにお願い致します。--Nudité d'Europe 2006年4月19日 (水) 20:09 (UTC)(訂正)2006年4月20日 (木) 07:25 (UTC)

それに、ヌーディズムと露出行為とが区別して扱われるべきだということがどうして「ヌーディスト側の意見」なのですか? 日本語版にはまだありませんが、英語版フランス語版など多くの版がヌーディズム(或いはナチュリスム)と露出(症・行為) (Exhibitionism) を区別してあつかっていますよ。--Nudité d'Europe 2006年4月20日 (木) 07:25 (UTC)

(後半について)他人に質問する前に自分でよく考えてください。(前半については以下にレス)--Poh 2006年4月20日 (木) 07:49 (UTC)
Nudité氏の嘘に騙されるほど他の編集者は低レベルではないですよ。2006年4月18日 (火) 00:35のコメントで私を名指しで書いた事はなんなのでしょうか。なにゆえに私を名指しして露出行為についてバランスを欠く記述を擦るなと書いたのでしょうか?私が露出行為についてバランスを欠く量の記述をするだろうという未来を予言して書いたとでもいうのでしょうか?読み直しても見つからなかったといわれるのでしたら、他人だけでなく自分の書いたことも理解できていないということになるでしょう。--Poh 2006年4月20日 (木) 05:34 (UTC)
ひで。さんが言われるのは誤解されやすい表現を避けるべきだということだとは思いますけれど、「熱狂的」「信奉者」などは相手を侮辱する言葉ではありません。仮にブロック以来を出したとしてもこの件では相手にされないでしょう。Nudité氏が日本語が未熟であるために無駄な議論になった事はこれまでにありますし、ただ相手が感情的になったからといって必ずしもこちらに非があるというものではないでしょう。日本語が未熟であるとか感情のコントロールが未熟であるなどということは基本的に相手側の問題です。--Poh 2006年4月20日 (木) 05:42 (UTC)
本文、概要に「私はナチュリスムは半ばエロチックで、半ば自然を楽しむ、まあ言わば大人の遊びだと思いますよ。」というNudité氏の意見を反映させておきました。ただし一般的ヌーディズムの定義とはかけ離れていため私の判断により(Wikipediaに限り)と注釈をつけてあります。閲覧者がWikipediaに間違いが書いてあるという誤解を避けるためです。このためヌーディズムと露出プレイなどの性的なものとの区別は不可能となり、「ヌーディズムの項目に露出の内容をヌーディズムのものとして記述すること」も可能となります
当初おやんず氏も私もヌーディズムにエロを取り入れることは定義上間違いであるという立場でいたのですが、管理者のmiyaさんからWikipediaは編集者の合意により記述される場であるので、そのような立場も認められるというお言葉をいただきました。(残念ながらその部分のログは消失している?ようです)
平たく言えばNudité氏が「ヌーディズム」の項目の編集に参加しているために露出プレイをヌーディズムとみなすことが可能になったということです。--Poh 2006年4月20日 (木) 06:17 (UTC)

メールで話し合いませんか?

なんだかむちゃくちゃですね。これ以上ここで議論しても、確かにおっしゃるようにリソースの無駄遣いかも知れません。よかったら私に直接メールして下さいませんか? ウィキペディアからメールを送るとどうも文字化けすることが多いようなので、私の掲示板の方から送ってくれたらよいと思います。それでは。--Nudité d'Europe 2006年4月20日 (木) 08:16 (UTC)

すべてNuditéさんの記述をもとに書いたことです。Nuditéさんが理論的な話に弱いということは私に限らず他の編集者も言ってることです。内容を理解できずにむちゃくちゃだと思うのは当然かもしれませんが、そのむちゃくちゃなことがNuditéさんがこれまでい書いた記述のまとめなのです。自分の書いたことも理解できないような方だからこんな自己矛盾した意見を平気で書けるのでしょうけど。またメールであっても、あなたのためにあなたが私を出入り禁止にした掲示板などに戻る気はありません。--Poh 2006年4月20日 (木) 09:06 (UTC)
他の方に簡単にわかるように書いておきますと、Nudité氏はヌーディズムについて「半ばエロチックなもの」と「性的露出とは区別されるべき」と2つの矛盾した見解を持っているということです。--Poh 2006年4月20日 (木) 09:19 (UTC)

随分おもしろい方ですね。掲示板とメールが同じだというのですか? 前々から相当「頭のできが著しく劣っている (by Poh)」と思っていましたが、やはりそうなのですね。もしメールを出すために掲示板を見るのが嫌だと言うことなら(随分気の弱いことだと思いますが)、もちろんウィキペディアから出して下さって結構です。文字化けしてもこちらから返信すればいいことですから。一番いいのはPohさんの利用者ページでメールを受け付けることですね。いろんな方が賞賛のメッセージを送ってくれるでしょうし。まあ気軽にメールして下さい。それでは。--Nudité d'Europe 2006年4月20日 (木) 10:41 (UTC)(追記)2006年4月20日 (木) 10:55 (UTC)(修正)2006年4月26日 (水) 10:26 (UTC)

煽っても無駄ですよ。公開された場でしか議論はしません。--Poh 2006年4月20日 (木) 13:02 (UTC)

分割の提案

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私の力不足で、ウィキペディアの方針についてPohさんと合意点をなかなか見出せないでいます。中立的な観点や立証可能性については、いつまでたっても平行線だとひとまずあきらめて、それでは「ウィキペディア日本版ではなく日本語版だ」というのにはご同意いただけるでしょうか? 項目本文の中で日本の事情が1/3近くと内容のバランスを崩すほど増えていますので、日本の状況を日本のヌーディズムに分割してはどうかと思います。--miya 2006年4月14日 (金) 08:53 (UTC)

「ウィキペディア日本版ではなく日本語版だ」ということには同意いたしますが、それと日本の事情が全体に占める割合との相関関係、および割合の適正性についてはPOVの問題もあるので一概には決められないことだと思います。ただ、それとは別に日本のヌーディズムを独立させるのであればそれでよいと思います。--Poh 2006年4月14日 (金) 09:20 (UTC)
分割には反対です。Miyaさんにお願いしたいのですが、他の言語版でそのような例があるかどうかまず調べてみて下さい(ここからが便利です)。私としては日本のヌーディズムに関しては今でも「2006年3月12日 (日) 18:42 の全面的改定」以上のことが特に必要だとは思っていません。--Nudité d'Europe 2006年4月16日 (日) 09:34 (UTC)

観点、および正確性テンプレート

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本文全体に観点、および正確性テンプレートを貼りました。日本の状況のみならず、概要においても問題があると考えたからです。特に現在の概要は読んでも何が書いてあるかさっぱり分からない状態で、以前私が全面的改定をした直前の「日本における現状」の状態に似ております。Pohさんには何を書き加えるにせよ、全体として意味が通り、まとまりのある文章になるよう、推敲していただきたいと思います。--Nudité d'Europe 2006年4月23日 (日) 14:06 (UTC)(改訂)2006年4月23日 (日) 15:35 (UTC)(訂正)2006年4月24日 (月) 07:37 (UTC)

現在の概要はヌーディズムは性的なものを排除する立場と取り入れる立場の双方からの見解を併記したもので文章的に違いはありません。直前の「日本における現状」と似ている、あるいはさっぱりわからないというのはNudité d'EuropeのPOVおよび日本語解釈の問題です。あまり個人的なことでノートを使わないでいただきたいです。--Poh 2006年4月23日 (日) 21:51 (UTC)

特定の団体を違法とすること、特定の団体が違法行為を行なっているという記述がくり返されていること、中立性などに関し、コメント依頼に提示しました。--Nudité d'Europe 2006年4月23日 (日) 19:15 (UTC)(訂正)2006年4月24日 (月) 07:37 (UTC)(修正)2006年4月26日 (水) 08:08 (UTC)

何度も書いている事ですが、違法なのは特定の「団体」のことではなく「法律で全裸になる事が禁止されている公有地で全裸になる行為」の事を指しています。団体が特定だろうが不特定だろうが関係ありません。正直に申し上げてNudité d'Europe氏の日本語読解力では日本語版の編集には無理があると思います。--Poh 2006年4月23日 (日) 21:16 (UTC)
コメント依頼の文がNudité d'Europe氏のPOVにより中立性を欠くものであるため補足しておきました。--Poh 2006年4月23日 (日) 22:01 (UTC)

コメント依頼提示から1週間経ってもこの件ではだれも来ませんね。Nudité氏の個人的見解には誰も賛同する人はいないということでしょう。やはり不純な動機で提示するものではないですね。もう少し様子を見て何も動きがないようならテンプレートは外したほうが良いと思います。修正依頼のほうも様子を見てみます。--Poh 2006年4月30日 (日) 07:58 (UTC)

その後一週間経過したが何の反応もないため、テンプレートおよびコメント依頼はBasilico氏の脳内だけの問題であり、他のウィキペディアンからは全く問題にされない内容であることが明らかになったとみなしテンプレートを外しました。違法行為については日本の法律およびウィキペディア各種方針上問題ないことは既に明らかになっていることで、この件についてはBasilico氏によるウィキペディアの方針を無視した暴挙だといえます。
中立的観点については、ヌーディストのみならず一般や批判者の立場、またエロと同一視している人やエロ目的でヌーディズムを利用している人など様々な立場から中立である事がウィキペディアの中立的観点であるのに対し、ヌーディスト側の都合のみで書こうとするBasilico氏の立場は中立的とはいえないと思います。
さらに、Basilico氏のヌーディズムの解釈はヌーディズムはエロティックなものであるとする一方露出はいけないというかなり偏ったものであり、ヌーディスト側というより個人の解釈によるものといったほうが良いと思われます。その背景には露出はいけないが女性に抱きついて性器を生で接触させるのはかまわない等というように、特殊な性的価値観があると思われます。価値観を持つのは自由ですが、自分の特殊な性的趣向をウィキペディアの中立的観点と誤解して編集にあたるのは他人にも迷惑がかかり好ましい事だとはいえません。--Poh 2006年5月8日 (月) 00:54 (UTC)

また個人攻撃ですか? 個人攻撃は議論拒否であり、結局誰のためにもなりませんよ。自分で自分の首を絞めるようなものです。中立性テンプレートは元に戻します。Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月10日 (水) 10:31 (UTC)

(訂正)言い争いがしたい訳ではないので取り消します。Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月11日 (木) 18:53 (UTC)

自分が好き放題やっておいて、自分が批判されれば個人攻撃ですか。常に自分の事しか考えず自分のためにウィキペディアの編集を行ってるBasilico氏の常套文句ですね。自分を客観視する事のできないからそう見えるだけです。あなたがコメント依頼等で他人を個人攻撃したその尻拭いですよ。あなたが自分で自分の首を絞めただけです。--Poh 2006年5月11日 (木) 09:23 (UTC)
中立性テンプレート元に戻すのはいいけど、miyaさんが8日にコメントアウトしたの見てないのですか?w--Poh 2006年5月11日 (木) 09:32 (UTC)

違法性に関して、依然中立性に問題があるため、貼りました。Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月11日 (木) 18:53 (UTC)

コメント依頼を見られて新たに参加される方へ

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当然のことではありますが念のために申し上げます。今回のコメント依頼の件についてはノートログとして残っている当初からの経緯が関係してくることですので、それらを全て読み状況を把握された上でのコメントをお願いいたします。また違法行為についてはNudité d'Europe氏がコメント依頼を提示する前に既に結論が得られている内容です。(私からの見解が多いですが、それに対する反論はありません)新たな見解もあるとは思いますが、経緯を把握いていない軽率な意見を述べられることは余計な徒労を招くので慎んでください。--Poh 2006年4月24日 (月) 00:36 (UTC)

自分でコメント依頼を提示し新たな参加者を招いておきながら、その時にアカウントを変更し状況をわかりにくくするBasilicoNudité d'Europeの別名)氏の行為は、あまり感心できません。--Poh 2006年4月24日 (月) 00:40 (UTC)
利用者‐会話:Pohに返信しました。--BasilicoNudité d'Europeの別名)2006年4月24日 (月) 07:37 (UTC)
(追記)確かにタイミングが悪いのですが、Nudité d'Europeはあまりにヌーディズムに特化した名前で、一ウィキペディアンとしての活動の妨げとなるため、今後Basilicoのみで投稿しようと思っています。少しばかり混乱を招くかも知れませんがご了承下さい。しばらくは、Nudité d'Europe 改め Basilico と署名致します。(追記)--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年4月27日 (木) 15:34 (UTC)
私のHPの(現在はプロバイダの悪意で閉鎖されてしまって訴訟になっている)掲示板をBasilicoNudité d'Europeの別名)が散々荒らしたことは厳然たる事実だが、ヌーディズム世界で支配的地位を得んがためにそのたった一人が複数の名前を使って管理的行為をこれほど繰り返すのは悪質のきわみではないだろうか。BasilicoNudité d'Europeの別名)一人だけのためにこの項目があるわけではない。ヌーディスト世界を私物化することにここまで執着するその意図は何なのだろう。私はいつだって公開の場であなたと顔を見せ声をはっきりさせて公開討論することを拒まないが、それをできないあなたが私にさえ素性を明かさない主義で活動するPohさんと連絡手段をとれないことを捉えてPohさん批判につなげる資格はないと思う。Pohさんを批判する前にあなたが素性を明かしてはいかが?--おやんず 2006年4月24日 (月) 13:21 (UTC)

コメント依頼以降

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Toki-hoと申します。ずっと、議論の経緯を見守ってまいりました。Pohさんの「違法な実践活動 」の項御編集は、私の観点からみれば、あきらかに百科事典として不適切だと思います。上手に言葉が選べずこんな言い方になってしまって申し訳ありませんが、ともかく、特定の団体の名前をあげて「違法行為の普及推進を行っているものでは」とか「違法行為の実践団体としては」とかいうのは、故意に特定の団体を「違法だ」とWEB上でいいたいがために、Wikipediaの編集をなさっているように、私には見えます。かといって、これまでの膨大な議論を拝読してきた経緯から、Pohさんが、私の言っていることに納得はされないだろうな、とも思っております。それなのに、なぜこのようなことを書くかというと、少なくともWikipediaのコミュニティーのなかの一人の編集者は「(違法という判決をうけたこともない)ある団体が違法である」と書くことが、Wikipediaらしくないと思っているということを、文字として残しておきたかったからです。でないと、コミュニティー全体が、この記事を見過ごしているように思われるおそれがあるからです。Pohさん、おやんずさんを納得させられるとはいまや思っておりませんが、意見として述べておきます。以上です。Toki-ho 2006年5月8日 (月) 01:39 (UTC)

ご意見ありがとうございます。一点申し上げれば「団体」を違法という記述はしていません。違法と書いているのは「行為」のことです。文法上どう読んでも「違法」が団体(サイト含む)にかかるということはありません。--Poh 2006年5月8日 (月) 02:31 (UTC)
日本というヌーディズムの実践が環境的に特殊であるという状況が、理解を困難にさせているという面はあるかと思えます。ただ特定の団体の違法行為を記述するのが意図であるならば、逆にまた、その団体の違法行為を(容認しながら)事実を隠蔽しようとするのも意図であります。違法行為という事実があり、それが日本の屋外ヌーディズム実践における圧倒的多数派であるという事実から見ても、やはり無視できないことであります。もしこの記述を削除し事実を隠蔽するのことになれば、またWikipediaコミュニティー全体が、事実を見過ごし隠蔽に動いているということにもなるでしょう。--Poh 2006年5月8日 (月) 03:12 (UTC)
Pohさん、さっそくの御返答ありがとうございます。<違法と書いているのは「行為」のことです。>との御編集意図、よく理解いたしました。Pohさんの意図は「ある団体〇〇は違法な行為を(違法とわかっていながら)していると(諸般の証拠から)観測される」ということのようですね。さて、その理解のうえでいうのですが、いまの 2006年5月8日 (月) 16:07 (JTC)の版は、「ある団体」の具体的な名前こそでないものの、 「違法であることを知りながら、違法行為としてヌーディズムを実践している団体がある現状」が よく書けているように思うのですが、どう思われますか?これは、期せずしてかもしれませんが、Pohさんと、miyaさんの共同作業で、他にはちょっと見られないような日本のヌーディズムについての客観的で、かつ詳細な良い記述になったように私には思えるのです。みなさんは、ここに、ある団体の具体的名称をいれたほうが、よりよい記事になるとお考えですか?こういうふうに字で書くと詰問のように見えるかもしれませんが、率直なご感想を聞きたいのでおたずねいたします。というのも、具体的な名称をいれると、(現在生きている人たちがかかわるできごとなので)どうしてもジャーナリスティックな記述になり、百科事典的な記述から離れていくような感じが私にはするからです。(ちなみにここで私が百科事典と対比している「ジャーナリスティック」とは、いま、英語版などでいわれている「5w1hをちゃんといれましょう」といった「客観的であるという意味での、ジャーナリスティックな記述法」とは違い、「時々刻々、事実をあばき、またセンセーショナルな事実をあつかい、人々の興味をひく」という意味でのジャーナリスティックです。それに対してわたしがいう「百科事典的」とは、ある種の節度や、事象から少し距離をおいた視点、人々の心をさわがせない格調のようなことをいっています。念のため申し添えますが、これはあくまで、私が抱く感じです)。わたしはWikipediaの記事がより「百科事典的」であってほしいと願うので、いまの(2006年5月8日 (月) 16:07 JTC)版のほうがよいと思っております。これは、上でお答えいただいているような「その団体の違法行為を(容認しながら)事実を隠蔽しようとするのも意図であります。」にあたる意図で述べているのではなく、あくまで、「良質の百科事典をつくろう」というWikipediaの目的に沿っていっているつもりであるということは、ご理解いただけると思います。以上、長くなりましたが、私の感想でございます。ご参考になれば幸いです。Toki-ho 2006年5月8日 (月) 12:53 (UTC)
現在の版でもToki-hoさんの言われる現状は書けていると思います。ただ違法行為を積極的に普及推進している個人/団体が存在する事と、違法行為を普及してきたために違法な実践をする人たちが日本のヌーディズム実践の主流になっている事、そして違法行為により拡大してきた団体が日本の代表的ヌーディストクラブとしてマスコミに何度も取り上げられている事実の記載が欠けていると思います。Toki-hoさんのいわれるジャーナリスティックな記述が百科事典的記述とは一線を隔すものであることは理解できますが、Wikipedia複数の編集者で随時編集可能にしているという編集方法からいって既存の百科事典よりジャーナリスティックになるのは必然的だと思います。その線引きが難しい、というより曖昧で各項目の各記事によってばらつきが見られます。同じヌーディズムの日本の中にしても、私の書いた「スポット」の部分のほうがソースは不明瞭なので、こちらが先にコメントアウトされてもよいくらいなのです。「スポット」のソースは私のヒアリングと2ちゃんねるですから。ではなぜ違法行為の推進団体がコメントアウトされたのかというと、そこには管理者を含むウィキペディアンの意図あるいは偏見があるように思えます。またこれはジャーナリスティックに事実をあばくのではなく、本人達が長年公言している既存の事実を書くことに過ぎません。ここから先は私のPOVになりますが、よくテレビ等で加害者の人権ばかりが守られ被害者の人権がないがしろにされているという話が報道されています(少年犯罪に多いですが)。それと同じ事がWikipediaでも起こりつつあるように感じています。--Poh 2006年5月9日 (火) 12:01 (UTC)
Pohさん、なるほどです。おっしゃっていることはたいへんよくわかりました。とくに「Wikipedia複数の編集者で随時編集可能にしているという編集方法からいって既存の百科事典よりジャーナリスティックになるのは必然的だと思います。」というご意見、私の視座にはないものだったので、「ああ、そういう見方もあるのか」と膝をうつ思いでした。たぶん、Wikipediaというものに対する考え方が、わたしとPohさんとでは違うのだろうなと、思いました。。ともかく、下でmiyaさんが議論の仕切りなおしをおっしゃっているので、私は、また少し静観いたします。よろしくお願いいたします。Toki-ho 2006年5月10日 (水) 09:19 (UTC)


「観点」のテンプレートが外されたため、個人的な主張でありWikipedia:検証可能性Wikipedia:独自の調査に反する可能性の高い記述を消去、またはコメントアウトします。再掲を希望される方は、根拠となしうる資料をご提示ください。

また、失礼ながらPohさんに申し上げます。特定のクラブに対するお怒りをお持ちの間は、ウィキペディアのヌーディズムとそれに関連する項目へのご執筆をご遠慮願えませんか?どうしてもWikipedia:中立的な観点から問題のある記述となる虞がありますので。--miya 2006年5月8日 (月) 07:03 (UTC)

特定のクラブに対する怒り持っているというのはmiyaさんのPOVによるところが大きいと思います。法律で裸になる事が禁止されている公有地で、全裸になったり全裸で性器を接触させる違法行為の実践普及に批判的立場を取ることが何故クラブへの「怒り」になるのでしょうか?
また中立的から問題のある記述となる虞があるということですが、判例の提示を要求するくらい慎重な立場である場で「虞」だけで編集を制限してよいものなのでしょうか?しかも「虞」にしてもPOVであるように思えます。
根拠となしうる資料については重要度の高いものや入手が簡単なものから追って提示しますが、こちらのノート(ログ)において既に提示されているものありますが、それらの資料的価値についてはどのようにお考えでしょうか?--Poh 2006年5月8日 (月) 07:33 (UTC)
コメントアウト部分について、あくまでも私の観点からですが、重要と思われるのについてとりあえず簡単に検証してみます。
  1. <!--特定個人のサイトに過ぎないためコメントアウト(裁判の判例などがあれば復活を)この合法化の必要性を提唱し活動しようとしているものとしてNaturism Home Pageがある。-->これから訴訟に入るので判例には至ってないですが、活動の事実については静岡新聞の記事や訴訟の資料で十分だと思います。UP等はおやんず氏の了承があれば可能だと思います。サイト名の記述がいけないなら別の記述方法もあります。
  2. <!--ヌーディストが検挙されたかのような誤解を与えかねないためコメントアウト:以下略> 誤解があったと確認できるのはmiyaさんだけであり個人的主張やPOVということが第一に考えられます。また「既に述べた法の下の平等」と言う観点からヌーディストの検挙例が必要とはいえません。
  3. <!--:独自の調査・個人的意見をコメントアウト:以下略> ソースはUVA氏のサイトで記述した件については提示済みです。これが現在では拘束力のないWikipedia:独自の調査やWikipedia:検証可能性における「信頼性のあるソース」に当たらないというのであれば削除してもかまいませんが、これを認めた場合「信頼性のあるソース」に該当せず削除されるべき記事は現時点の日本語版の各項目だけでも山ほど出てくるでしょう。全項目に見直し作業が必要になるか、同じ理由により削除することが可能なものが数多く出てくるでしょう。ただし違法行為については事実であるため記述する必要性を感じています。判例や判例に匹敵するものは探せば必ず見つかりますから。--Poh 2006年5月8日 (月) 10:05 (UTC)

私とPohさんとどちらがPOVかと言い出すと、二人だけではきりがありません。自分の偏りは自覚困難ですから、きっと私のほうにもPOVはあるのだろうと思います。ですから、他の方のご意見をお聞きすることが必要でしょう。

先ほどのコメント依頼で意見がほとんどつかなかったのは、過去の議論が膨大すぎて、後から来た人には把握不可能だったせいもある、この際、過去の議論はご破算にして記述の検討を一から再開してはどうかと、あるユーザーからメールでアドバイスを頂きました。

このノートも80Kbを超えていますので過去ログ化し、あらためてPohさんの版とMiyaの版を各部分ごとに比較して、どちらがウィキペディアとして採用すべきか、あるいはもっと良い記述方法があるか、などについてほかのユーザーからコメントを募りたいと思います。--miya 2006年5月10日 (水) 06:25 (UTC)

コメント依頼」や「修正依頼」のページで議論しないようお願い致します。

[編集]

Poh様、これらのページは議論の場ではありませんので、ご自身で削除をお願い致します。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月8日 (月) 09:04 (UTC)

(訂正)無用な争いがしたい訳ではないので取り消します。Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月12日 (金) 05:40 (UTC)

毎度の事ですが、よく考えてからコメントや編集を行ってください。--Poh 2006年5月12日 (金) 08:30 (UTC)
今後気を付けます。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月12日 (金) 18:39 (UTC)
修正依頼はコメントや結果報告も受け付けているので問題ないと思います。
コメント依頼は管理者の方から削除しろという指示があれば削除します。場合によっては同じ内容(私が書いた件)で新たにコメント依頼として提示するかもしれません。--Poh 2006年5月8日 (月) 09:18 (UTC)

いろいろと意見があるとは思いますが

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「違法な実践活動」を丸ごと削除しました。「日本」の概要に書きましたように、ヌーディズムそのものを禁止する法律はありませんので、(たとえそう明記していなくても)まるでヌーディズムが違法であるかのように思わせる表現は避けるべきだと考えるからです。もちろん、本人がヌーディズムと思っていても、状況によっては公然わいせつととらえられる可能性があるのは当然で、それについては「日本」の概要に書いておきました。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月11日 (木) 23:34 (UTC)

Basilicoさんの性急な御編集は、対立するPohさんの感情を結果的にあおり、この記事を百科事典的なものにしようとする努力に対して、逆効果になっているように思います。miyaさんからPohさんにこの項目に対する編集をやめるように、要請がありましたが、私からは、Basilicoさんに、この項目に関する編集をおやめになるよう、お願いいたします。できれば、ご自身の手で、今回の大幅な御編集をおもどしになり、そのうえで、少し、編集をお休みされ、他のWikipedianの手がはいるのをお待ちになられてはいかがでしょうか。静観宣言しながら、このようなことを申すのは、この項目がこれ以上紛糾するのをみておられないからです。よろしくお願い申し上げます。Toki-ho 2006年5月12日 (金) 01:18 (UTC)
Basilico氏はそういう人なのです。これではmiyaさんが議論を進めていることは完全無視です。常に自分の頭になく自分中心に回っていないと気がすまないだけでなく、他人の存在や迷惑など一切眼中にない人なのです。だからこのようなことが平気で出来るのですね。--Poh 2006年5月12日 (金) 08:59 (UTC)

失礼致しました。確かに一度に多くの書き換えを行なうと、ストレスも大きくなりますね。「日本」の概要だけを前の版に戻しました。疑問、質問、ご意見などありましたらどうぞ。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月12日 (金) 18:16 (UTC)

意見などということですが、まず「屋外などで全裸で過ごすことそのもの(を禁止する法律はない)」という嘘の部分は削除しました。また「ヌーディズムそのものを禁止する法律はない」というのはこのような意見を持っている事が確認できたのは、世界63億の人たちの中でもBasilico氏一人だけであり、このような個人的見解だけで本文に書くのは好ましいとは言えません。また上記にある「ヌーディズムが違法であるかのように思わせる表現」ということですが、現実に日本の屋外でのヌーディズム実践の多数派が違法行為を行っているという現実において「~思わせる」ということ自体が間違いであると思います。また、そのように思わせているのはウィキペディアの記述ではなく現実に違法行為を実践普及している人たちであり、日本にそのようなヌーディズム文化を作ったのは、TakeOffYour...等で長年公然猥褻違法ヌードレクを普及・啓蒙してきたUVA氏にあるわけです。その実情、原因を無視し記述だけにクレームをつけるのは非常に浅はかなことだと思います。--Poh 2006年5月16日 (火) 02:09 (UTC)

Pohさん、ご意見ありがとうございます。それでは具体的に、屋外などで全裸で過ごすことを禁止する法律を示していただけるでしょうか? またそのような法律がある場合、どうして露天風呂などに入っている人が違法とされないのか、何か特例があるのか、示していただけるでしょうか? よろしくお願い致します。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月16日 (火) 08:52 (UTC)

あなた自分で「刑法第174条の公然わいせつ罪にあたる可能性・・・」と書いておいたり、また「露天風呂が例外である」と以前から書いてあったのを知らないとでも言うのですか?質問するなら真面目に質問してください。--Poh 2006年5月16日 (火) 10:58 (UTC)

ですから、公然わいせつ罪は屋外で全裸で過ごすことを禁ずる法律ではありません。ただ状況によっては(例えばコンビニで全裸で買い物するような)それが「わいせつ」ととらえられ違法とされることがあるということで、結局全裸で過ごすことそのものを禁止する法律なんてないんですよね。(だから露天風呂に全裸で入っても違法にはならない)。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月16日 (火) 11:47 (UTC)

それだったら「私有地で全裸で過ごすことそのものを禁止する法律はない」とでも書けばよかったのでは?ただ「ヌーディズムそのものを禁止する法律はない」と同様に百科事典として本文に書くだけの価値があるとは私には思えないですけど。--Poh 2006年5月16日 (火) 11:54 (UTC)

ですから、公有地、公共の場などでも全裸で過ごすことを禁ずる法律はないんですよ。ただ、状況によってはそれが公然わいせつとされる場合があるというだけです。そのような法律があると勘違いすることを防ぐため、百科事典に書く価値は十分にあると思いますよ。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月16日 (火) 12:07 (UTC)

刑法で禁止しているのだから「公有地、公共の場などでも全裸で過ごすことを禁ずる法律はないんですよ」といったら嘘になります。--Poh
Pohさん、軽犯罪法第1条23項を読めないようなたった一人の法学無知の人間の主観にまともに法運用の現実を書き綴っても無理ですよ。要は誰でも検証可能な事実を受け入れられず、太陽が西から昇り得ると主張するような人間は、どの世界でも数名はいるものです。たとえば、こういう理屈も成り立つでしょう。「地球が丸いことを肉眼で直接確かめた人間はこの地球に一人もいない。」・・・これは確かに事実です。人間の眼球を真空である宇宙空間にさらけ出せないことは現実ですし、これまでの全ての宇宙飛行士は、裸眼ではなく、必ず紫外線を充分に遮断する素材を塗った頑丈なガラス越しに丸い地球を見ているからです。それが事実だからといって、「地球が丸くない」と跳躍して主張しようとしているのがこの旧HN「はだかんぼ」の彼なのです。こういうのを世間では「屁理屈」で解決可能です。数年前にも変な白装束の宗教集団が注目されましたよね。「ベクトル」と「スカラー」は反対語であるのに、ベクトルとしての存在そのものである「波」という物理数学的用語を使って「スカラー波」という珍妙なものがこの世に存在すると信じる人たちです。あの人たちにいくら物理数学を説いても、彼らにとって「教祖」の言葉を疑うこと自体が背徳ですから、説得は無理です。場合によってはそう強く主張することでPohさんをわざと煽って言葉を荒げさせ、その部分だけを強調してウィキから追放する策略をめぐらしているかもしれません。彼が私のHPを荒らしたときもそういう風に参加者をもてあそぶことをあからさまに喜んでいたでしょう?まともに相手すると損です。幸い、彼をこの場で公然と支持できる人間は誰もいないようです。彼の私的空間には舞い上がった一部の管理人が出入りしましたが、こちらのノートではもはや彼らは反論を出来なく追い込まれています。あとは、彼の陽動作戦に乗せられないよう、大所高所から彼を囲い込むことを狙ったほうがいいです。Pohさんとはメールでお話しする手段はありませんからこれ以上細かいことはいいませんが、ようやく私の裸体弾圧事件裁判も最初の法廷が始まりますし、私はあくまでも現実世界に根を下ろして本来の抵抗勢力と合法的な戦いを進めることで世論に訴えていくつもりです。--おやんず 2006年5月16日 (火) 14:57 (UTC)

軽犯罪法第一条二十(二十三ではありません)「公衆の目に触れるような場所で公衆にけん悪の情を催させるような仕方でしり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者(は、これを拘留又は科料に処する。)[1] を素直に読むと、「身体の一部を」とあるから、全裸は問題無いのかなと思ってしまいますが、まあそれは冗談としても、「公衆にけん悪の情を催させるような仕方で」とわざわざ断っていることから考えると、これは海岸や森林などで、海水浴や日光浴、森林浴などを楽しむ通常のヌーディズムには当てはまらないと思いますよ。

いずれにせよ、通常のヌーディズムを実践をしていて、それが公然わいせつ罪や軽犯罪法に問われた過去の実例があるのなら、それは当然書かれるべきでしょうが、そうでないのに違法がどうのこうのと(違法かどうかも分からないのに)書くのは無意味ではないでしょうか?--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月20日 (土) 06:56 (UTC)

第一条23(20ではない)のコメントから逃げても無駄。過去の実例は、週刊大衆誌1971年7月22日号、週刊新潮誌1972年11月4日号、同1974年9月12日号にて報道済み。私からこの実例報告をさせるのはもう何回目? Basilico君がそれほど自信たっぷりなら、日本であなた自身がご自分の主張通りに実践することを公に事前通告したうえで実践して証明してくださいね。--おやんず 2006年5月20日 (土) 12:46 (UTC)

すみませんがおやんずさん、軽犯罪法第一条二十三は覗き行為に関する条項ですが[2]、これとヌーディズムと何の関係があるのでしょうか? それとそれらの週刊誌の報道は「和歌山県にヌーディスト村を作ろうとした騒動」[3]に関するものですが、この時に通常のヌーディズムを実践していて逮捕者が出たということなのでしょうか? それでしたら当然ウィキペディアに記載すべきでしょうが。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月20日 (土) 13:51 (UTC)

指摘した文献3つを自ら読んで検証してください。あなたの恒例の「他人まかせ」をしてあげるほど暇人ではありませんので。20項でどこで裸をさらしていいか、裸公認エリアを限定していますから、法の運用の現実がどこから根拠を引っ張っているか、日本語の理解できる人なら誰でも簡単に分かるはずです。--おやんず 2006年5月20日 (土) 14:15 (UTC)

厖大な文献を読み漁る努力をしているのに、他のウィキペディアンに少し説明するという努力をしないというのもおかしな話だと思いますが。おやんずさんが説明しない限り、他のウィキペディアンは根拠のないことと思わざるを得ません。我々は協力して事典を作っている訳で、自分だけ知っていても何にもなりません。上の文で「20項」というのはこれは今度は「23項」の間違いじゃないのでしょうか? なるほどおやんずさんが第一条二十三を取り上げた意味は分かりましたが、それにしてもこれが、裸になっていい場所を法律的に規定しているというのはいくら何でも牽強付会という気がしますが(これはあくまで覗いてはいけない場所を示しているに過ぎないんじゃないですか)。そのような判例があったということでしょうか?--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月20日 (土) 21:23 (UTC)

軽犯罪法第1条20項等の日本の法律も知らず、あるい理解も出来ずにコメント依頼ノートで「違法行為を行なっているという記述がくり返されています」という件でコメントを求めたBasilico氏の行為は、重過失に相当する犯罪行為ですね。同じくコメント依頼の「ユーザーの行為についての論争」に提示する事を検討しています。--Poh 2006年5月21日 (日) 11:16 (UTC)
確かに最後の「20項」は「23項」のタイプミスです。しかし、膨大な文献を検索するために、生活費を削って資料取得の資金を投じ、休日を削って図書館に通ったり古本屋を回って文献を検索する時間を費やす努力を実際にしているのは日本語を使う人間のなかでは今のところ私だけでしょう。あなたは「感情論」で「感想文」を延々と書き綴っているばかりで、自説の真贋を証明することからは完全に逃げています。こうやって文献の具体的手がかりを出してもあなたに都合悪いから読みもしない。実践して「ほうら私の言うとおり、つかまらずに堂々と出来ましたよ。」と証明することもしない。所詮、あなた方にとって、現実認識や歴史的事実は関係ないんです。私たちがいくら事実を指摘しても、あなたの「感想文」を書いてこちらを辟易させることが目的のようですから。--おやんず 2006年5月21日 (日) 11:26 (UTC)
他のウィキペディアンといっても、このような基本常識を知らないのはBasilico氏一人ぐらいのもので、自分個人のために説明しろというのもおこがましい話です。それにウィキペディアの記述ではなく法律が有るか無いかの問題ですから、判例に話を摩り替えるのは、自己保身と興味本位による全く私的な事で、それを他人に説明させるというBasilico氏は完全にウィキぺディアという場を私物化した行為だといえるでしょう。--Poh 2006年5月21日 (日) 13:11 (UTC)

確かにおやんずさんが大変な努力をされてヌーディズムに関する文献を調べられているのは尊敬に値することです。しかし私たちはここでいわば編集会議を開いているのだということを忘れないで下さい。これがもし現実の編集会議だったら、おやんずさんは文献そのものかそのコピーを資料として、他の編集者に見せたり配ったりしないでしょうか? 「私は図書館で見て来た、お前らもそうしろ」なんて編集会議があるでしょうか?? おやんずさんがその努力をしない限り、他の編集者はおやんずさんがでまかせを言っているとしか思えないのだということをご理解下さい。

それから誤解があるようですが、私はヌーディズムを日本で実践しても捕まらないなんて言っていません。ただ裸でいることそのものを禁止する法律はないと言っているだけです。もしそんな法律が存在すればそれこそ人権問題ですよ。おちおち公衆浴場にも入っていられません。(笑)--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月21日 (日) 14:55 (UTC)

「「私は図書館で見て来た、お前らもそうしろ」なんて編集会議があるでしょうか?? おやんずさんがその努力をしない限り、」あなたには著作憲法というのが国際的に決められていることも分からないんですね。具体的に書名と発行年月日を指定したんですからその後はご自分でやっていただくのが当たり前です。
おちおち公衆浴場に入れない?軽犯罪法1条23項(20項ではない)をよく勉強しましょう。判例は六法を読みましょう。--おやんず 2006年5月21日 (日) 20:49 (UTC)

なんだか果てしないですね。要するにどこまで行っても裸でいることそのものを禁ずる法律や判例を示すことができないということですね。ウィキペディアは司法判断を下す場ではありません。まあWikipedia:ウィキペディアは何でないかにそのような条項はありませんが、他の条項(「いかなる種類の宣伝(プロパガンダ)や擁護の場でもありません」「独自の調査結果の発表の場ではありません」など)から容易に推察できるでしょう(何なら付け加えたらいいと思いますが)。もちろん現実に存在する司法判断を記述することは大いに歓迎されます。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月22日 (月) 07:12 (UTC)

要するに、どこまで行っても目の前に明示された法律や判例を「あなた一人だけ」が受け入れたくないということです。それに比べ他の参加者や週刊大衆、週刊新潮は個人の発行する独自研究の雑誌ではありません。多数の人が原稿を確かめた上で出版されています。--おやんず 2006年5月22日 (月) 10:41 (UTC)

和歌山県にヌーディストビーチを作ろうとした話について

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私の疑問はこうです。まず2006年2月4日 (土) 03:21の版で、ひでさんによって外部リンクとして和歌山県の騒動が掲載されました。続いて2006年2月9日 (木) 15:20の版でMaris stellaさん(管理者ではありません)によってそれが記事として「日本でも、1960年代末に、和歌山県の海岸で、ヌーディスト・キャンプを設置する計画があったが、反対運動に出会い実現しなかったという話がある。」と記載されました。それがさらに2006年2月10日 (金) 11:47の版でおやんずさんによって「日本でも、1970年代初めに、和歌山県の白浜海岸で、ヌーディストビーチを設置する計画があったが、反対派を強く押す警察の介入によって実現しなかった。」と修正されましたが、何らの出典が示されていなかったので、「反対派を強く押す警察の介入によって」という文の中立性に問題があると判断し、2006年3月12日 (日) 20:42の版で「和歌山県の白浜海岸で、ヌーディストビーチを開設する計画があったが実現しなかった。」というように修正しました。

「反対派を強く押す警察の介入によって」という文はそれらの週刊誌に書かれていたことでしょうか? それともそれらの週刊誌の記事からおやんずさんが独自に判断して書かれたのでしょうか? 普通に考えると、住民の反対と警察の「反対」(「介入」という表現がすでに中立性に欠けていると思いますが)双方によって実現しなかった、だと思うのですが、「警察の介入」が主体になっていることに根拠があるのでしょうか?--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月22日 (月) 18:09 (UTC)(打ち消し)2006年12月3日 (日) 13:36 (UTC)

文献を読みもしないで手前勝手な憶測を感情に任せて書く場所ではないと思うがね。警察の介入がはっきり警察のコメントとして掲載されているからその文献を証拠書類として教えてあげてるのに、いつまでも検証から逃げようとする君。つべこべ言わんと指摘された文献をさっさと取り寄せて確認したらどうだい。誰でも図書館を通じて文献を取得可能で再確認可能である歴史事実なんだから。こちらは生活費も食費も削って資料収集し、しっかり裏づけを取ってから記述をしてるのに、何も自分で確かめもしないド素人が天才を気取って他人の文章を編集する資格なんかないと思うよ。ここの他の参加者はド素人一人の書く感想文への応対で無駄なエネルギーを消耗させられて迷惑なんだけど。。。--おやんず 2006年5月23日 (火) 12:24 (UTC)

海外で日本の昔の週刊誌の記事を手に入れるのは不可能と思っていましたが、どうやら日本の国会図書館で海外郵送のサービスもやっているようなので、利用してみようと思います。それはそれとして、私が問題にしているのは「反対派を強く押す警察の介入によって実現しなかった。」という記述が、その週刊誌の判断なのか、おやんずさんの判断なのか不明であるということであって、(私は)警察の出動があったことを疑っている訳ではありません。というのは(しかし)この書き方ですと、実現しなかったのは警察の介入が主で、反対派の存在は従(あるいは極端に言うと無関係)であるかのようだからです。普通に考えると、反対運動と警察の出動の双方があって実現しなかったのだと思いますが、警察の介入が主体になっていることは、その週刊誌の判断なのでしょうか?--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月24日 (水) 08:48 (UTC)(打ち消し、訂正)2006年12月3日 (日) 13:36 (UTC)

いちいち他人に聞いてないで自分でさっさと取り寄せてご自分の目でお確かめください。--おやんず 2006年5月24日 (水) 12:35 (UTC)

定義について

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現在の定義「全裸でありながら服を着た状態と全く同じように過ごすこと」は単純明快で、ユニークで、大変気に入ってはいるのですが、誤解を招くおそれがあるため、概要にある文章「レクリエーションやリラックス法として、屋内で全裸で過ごしたり、公園や海岸、森林などで、全裸で日光浴や海水浴、外気浴、森林浴、スポーツなどをすること」を採用する方がいいのではないかと思います。一般的なヌーディズムでは、町の中などで全裸で過ごすこと(例えば上の方でも挙げられていたように、コンビニで全裸で買い物したりすることなど)をヌーディズムとは言わないからです。 World Naked Bike Ride などのようなイヴェントはまた別ですが。

フランスナチュリスム連盟のページにも「我々は通りや地下鉄の中で裸になれることを求めているのではない」(Nous ne demandons donc pas à pouvoir être nu dans la rue et dans le métro,) と書かれています。[4] --Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月12日 (金) 07:28 (UTC)(追記)2006年5月12日 (金) 07:41 (UTC)(訂正)2006年5月14日 (日) 07:12 (UTC)

上記Nudité d'Europe 改め Basilico君の発言についてだけど、一般的なヌーディズムの現状では、町中などでもショッピングでも裸で過ごす権利を勝ち取っている行政区が複数存在しているのが事実であります。世界の現実を無視して「ヌーディズムとは言わない」という「根拠なき個人見解」がどうして延々と続けられるのか不思議でなりません。例えば1993年4月15日号の週刊宝石という週刊誌の記事を例にしてみれば、カリフォルニア州立大学バークレー校の学生だったマルティネス氏は確かに自宅を出て公道を通って通学し、校内でも裸を通したことにより、「学内処分」として退学処分にはなりましたが、それ以前の問題として、大学の外である町中で堂々と裸ですごし続けておりそのことについては何ら逮捕もされていないのです。最近またしても改HNを行うこのNudité d'Europe 改め Basilico君はどれだけ過去の文献を調べて事実の確認をしているのでしょう。こっちが多大な費用と時間を費やして過去の資料を入手し実態の把握への努力をしているのを徹底的に軽んじて、何の文献の裏づけもなく延々とこの何年間もの間ヌーディスト/ナチュリストの言論の世界で彼個人だけの思想に基づいた書き込みを続けているのです。このNudité d'Europe 改め Basilicoという人物は、最終的に彼個人の思想とまったく同じ文面や構成になるまで、延々と同じ堂々巡りを続けるでしょう。私のHPでの彼の行動がそうでしたから。--おやんず 2006年5月14日 (日) 09:51 (UTC)

確かに広い意味では、全裸で通学するのもコンビニで買い物するのもヌーディズムに含まれるとは思います(コンビニで買い物した人がヌーディズムのつもりだったかどうかは分かりませんが)。しかし世界の大多数のヌーディストの通常の実践では、私的な場所か、海岸、森林、公園などでの活動に限られると思います。一般向け百科事典としては、まずそのような通常のヌーディズム活動を念頭に置いた定義付けを行ない、概要でおやんずさんの言うような広い意味でのヌーディズムを付記すればいいのではないでしょうか?--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月14日 (日) 11:10 (UTC)

「しかし世界の大多数のヌーディストの通常の実践では、私的な場所か、海岸、森林、公園などでの活動に限られると思います。」について。あなたのいう「世界の大多数」というのは何の資料の裏づけがあるのでしょうか。「思います」とありますが、ここは感想文を書くところではなく、検証可能な資料を裏づけにして事実を記載するよう求められるところです。非ヌーディストも一緒に暮らす町中で裸で生活することが可能な行政区は現実に存在するし、そういう情報を報道などで確かめられるときに、何もそういう裏づけを取らずに個人的に「思います」程度の感想を理由にして他人の記事を勝手につぶしたり書き換えをするのは身勝手すぎる行為です。--おやんず 2006年5月14日 (日) 11:28 (UTC)

資料としては上に挙げたフランスナチュリスム連盟のページもその一つです。ここでおやんずさんに質問させていただきたいのですが、おやんずさんは上の方にある全裸の男がでコンビニで買い物をしたこともヌーディズムの実践だと考えているのでしょうか? もしそうでしたら、私との間にヌーディズムに付いての認識に大きな隔たりがあることになり、議論が噛み合わないでしょうし、またこれまで噛み合わなかったこともうなづけますが。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月14日 (日) 12:00 (UTC) 

あなたとかみ合う人など誰も見たことがありませんね。くだんの全裸の男がヌーディストだったか露出趣味だったかどうかは資料がありませんので私は知りません。私は単に、どこの国でもヌーディストがこれまでの反ヌーディズムとの争いの中で公共エリアのどの程度まで許容を勝ち取ってきたかはその土地土地によって色々であることを図書館の膨大な報道資料やネット上の情報などを通じて知っているだけです。もしもくだんの全裸男がヌーディストとしてそういう行為を許容してもらおうと考えて実践したいなら、あらかじめ合法的な手段を通じて事前に理論武装したり、公に対する行動をともにする仲間作りをしておくべきだったろうと思いますが、その形跡がない以上(少なくとも私は面識もない人のことですし)、私はそれ以上深く追うつもりはありません。私は日本の法律の条文とその運用の実態・常識を全然理解できないような極少数の執拗な人間に事実を告げるためにその逮捕記事を紹介したにすぎませんから。--おやんず 2006年5月14日 (日) 12:42 (UTC)

なるほど。ご回答ありがとうございました。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月14日 (日) 13:00 (UTC)

思うに、ヨーロッパやアメリカなどですと、自治体公認のヌーディストビーチやヌーディスキャンプなどがあって、そこで過ごすことが最も一般的なヌーディズムの実践というイメージがある訳ですが、それらの施設がない日本では、通常のヌーディズム実践というものがイメージできにくく、人によってはいわゆる露出行為とはっきり区別することが難しい、ということではないでしょうか?--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月20日 (土) 11:08 (UTC)

編集保護のお知らせ

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こんにちは、Koba-chanです。
これまでに、この記事は次に示すような経緯を辿ってきています。

  • 2006年1月28日 (土) 00:34 KMT "ヌーディズム" の保護を解除しました。 (合意成立)
  • 2005年11月9日 (水) 10:27 Brevam "ヌーディズム" を保護しました (編集合戦)

一度は合意に達したように見受けられましたが、こちらのノートに書かれている議論と言いますか意見交換を拝見する限りでは、一体どこに議論の争点があるのかが明確でない印象を個人的には感じました。ある時期には特定団体への感想や特定個人への中傷じみた文章、ある時期には違法性、時には議論なのか言い合いなのか判別のつかない文章の数々。(以上、私見です) 畏れ入りますが、ウィキペディアがどういったものかを改めて思い出していただき、ウィキペディアの利用者にとってこの記事で必要なものは何なのか。例えば、このノートで繰り広げられてきているヌーディズムと称しているものが、自然回帰なのか、裸体主義なのか、裸族についてなのか、果ては日本POVに終始する日本風ヌーディズム論なのか。今一度、問題点を切り分けして、これまでに議論してきたことが無駄にならないように整理をお願いしたいと思います。Koba-chan 2006年5月16日 (火) 15:49 (UTC)

また新しい管理人さんの唐突のご登場のようですが、藪から棒の「編集保護通告」は権限の濫用のきらいがあります。「合意成立」とか「編集合戦」とか一言で片付けておられるようですけど、「『何についての合意』が成立」したのか切り分けられていないようにお見受けします。これまでの管理人の方々には、その管理人の感情的共鳴から特定の編集参加者の個人エリアに激励のメッセージを書き込んで肩入れした挙句、ここでの論争で反論なり結論なりを出さないまま論争を放棄された方もおられます。ここ最近では、かつてノート論争に仲裁の労を図られた方から、「あの人独りの意見に過剰反応しても延々と堂々巡りをするだけ」と状況判断され、あえて「静観」されているとのご連絡もありました。ここ最近の論争は、日本国の法律において明示されている条文と実際の摘発例の事実を認識できるかどうかで争いになっています。私はヌーディズムに影響のあった過去の事例を、第三者が再検証可能なように出典を明示するよう努めて関わってきましたが、残念ながらその特定の人物は、我々が文献紹介に注入している労力を踏みにじるように、あえて「感情」として「そう思わない」の一言で一蹴してノートでの議論を経ずに一方的な本文編集を試みます。数学論理から地動説を提唱した科学者と、宗教的感情論で処罰した西洋の宗教組織との論争と酷似していると私には見えますが、その論争にKoba-chanさんはしっかり資料を確かめながら参加される覚悟はおありですか?--おやんず 2006年5月16日 (火) 21:00 (UTC)
おやんずさん、Maris stellaさんは管理者ではありませんので。念のため。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月16日 (火) 22:33 (UTC)
私は、主として自然の中や、プライヴェートな空間で行なわれる、いわゆる「ヌード・レクリエーション」というものを中心に記述・編集しているのですが、人によっては、いわゆる露出行為をも含めた、あらゆる場面で裸になることを「ヌーディズム」の項目で同等に扱おうとしているようです。そのため編集上の問題が起きるのではないかと、このところ思っている次第です。--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月16日 (火) 23:39 (UTC)

こんにちは、Koba-chanです。
管理者に限らず、ウィキペディア上の判断の多くはWikipedia:ウィキペディアは何でないかに基づいています。OyanzさんはWikipedia:ウィキペディアは何でないかをお読みになったことがありますか?もしも読んでおられないようでしたら、百篇くらい繰り返し読んでみると良いです。もしも読んだことがあるようでしたら、千回くらい声に出して読んでみることをお勧めします。ヌーディストの編集履歴を追い掛けますと、数多くの編集行為が前記の「何でないか」から明らかに外れたものや、持論の定着を強行しているような印象を受けます。まずは、ここまでに私が書いた両論並記の是非について異論があるかどうか、についてOyanzさんのご意見を求めます。Koba-chan 2006年5月18日 (木) 06:55 (UTC)

Koba-chanさん、「あなたは不勉強すぎるからもっと勉強すれば私の言っていること、あなたが不勉強であることがわかる。」といいたいのですね。相手が自分の思うように動かないことを「相手の不勉強」という認識で押し通すことが、どれだけ議論を紛糾させるか経験がないのでは?逆にあなたはヌーディズムの過去何十年分の資料文献(ある程度は私の文献紹介にも紹介しています)をどれだけ読破しましたか?そうやって相手の知識を見下す態度は本質的な議論をぶち壊す定番であることを認識したほうがいいでしょう。--おやんず 2006年5月18日 (木) 20:52 (UTC)

Oyanz さん、こんにちは。Koba-chanです。
ご忠告、ありがとうございます。現段階では解説内容には一切立ち入ってないです。ウィキペディアの公式ガイドラインの「何でないか」や「両論併記」等に基づいたノートの使い方・議論の進め方・記事の書き方をOyanzさんが十分に理解されてるか、を確認をしているだけです。Koba-chan 2006年5月19日 (金) 05:28 (UTC)

Koba-chanさんはWikipedia:ウィキペディアは何でないかをお読みになったことがありますか?もしも読んでおられないようでしたら、百篇くらい繰り返し読んでみると良いです。もしも読んだことがあるようでしたら、千回くらい声に出して読んでみることをお勧めします。」と私から進言されたら、あなたはそれを忠実に実行し、その証拠を公に提出して皆が再検証できる場に掲示されますか?それをしてみたなら私はあなたの行動を再検証してあげましょう。--おやんず 2006年5月20日 (土) 12:33 (UTC)
Koba-chanさんにおたずねしますが、上の方でPohさんが、私が手続き上も内容的にも何の問題もないのに、コメント依頼に書いたことを「犯罪行為」と言っていますが、これはウィキペディアを侮辱したことにならないでしょうか(私への個人攻撃であることは当然として)?--Nudité d'Europe 改め Basilico 2006年5月21日 (日) 15:25 (UTC)
コメント依頼に提示しました。--Poh 2006年5月21日 (日) 21:32 (UTC)

コメント依頼があったので見ました。

「世界のヌーディズム」中の「日本」にある説明ですが、ほとんどの部分が現在の法解釈との整合性を論じているものであって、かなりくどいきらいがあると感じます。冗長すぎます。私はいわゆるプロの編集ヤですが、以下のような文章量で充分な情報が伝わると思います。

  • 1970年代初めには、和歌山県の白浜海岸にヌーディストビーチを設置する計画があったが、実現しなかった。その後、インターネットの普及により1997年頃からヌーディズム関係のホームページが開かれるようになり、掲示板上での交流、議論も活発に行なわれ、私的に仲間を集めて活動したり、私的なクラブが設立されたりしているが、公共のヌーディストビーチを開設しようとするなどのまとまった形のヌーディズム運動が展開されるには至っていない。2000年頃には「日本ナチュリスト協会」設立の動きがあったものの、個人のサイトの名称にしかすぎず結局実現には至らなかった。
  • 現在の日本にはヌーディズムを禁止する法律はないが、法解釈においては、それを実行することは刑法第174条の公然わいせつ罪に問われる可能性がある。そのため、現在でも公共のヌーディストビーチの設置など合法化のために活動しているヌーディストもいる。しかし多くのヌーディストたちは、一般人に見られ難いだけでなく、もし見られて通報されにくい、通報されても当局が来るまでに逃げられる利点のある、人目の少ない海岸や森林を選んで実践している。たとえば、事実上プライベートビーチ化できる小規模な入り江などが多い場所には、夏になるとレクリエーションに来ているヌーディスト達の姿もよく見かけられる。
  • ヌーディズムを実践している人口は不明である。欧米以上にきわめてごく少数による活動であることだけは確かであり、広く理解を得ているとは考えられない。

これに加えて、一般への啓蒙・普及などがなされているのかどうか、実施している人口が増えているのかどうかなどの点がわかれば付け加えてほしいなと思います。「国際ナチュリスト連盟」に加盟するような動きがあるのかどうか、そうした団体の設立の動きがあるのかどうかなどもね。実際にヌーディストが検挙されたとかの事例があるのなら、それも付け加えたほうがいいかもしれません。

日本以外のことですが、本文ではドイツで運動がおこったとあります。こうしたヨーロッパ方面では緯度が高い(冬場はすごく暗い)こともあって「日光」にあたりたいという欲求がすごく強いと聞きます。ここらへんとの関連はないのでしょうか。また、ヨーロッパ各国に広がったともありますが、順調にじわじわ広がったとも思えません。たとえば、それがイッキにブーム(メディアに注目されたとか)になったような時代はなかったのでしょうか。自然回帰という点では、アメリカのヒッピー文化などとのかかわりもなくはないようにも思うのですがどうでしょう。「ヌーディズムの歴史」の項の説明は、やや簡単すぎるように感じます。「ガイドブックがある」などは歴史ではありません。日本のところにある「当初「違法」とされながら、長い歴史を経て、限定的にではあっても「合法」とみなされるようになったケースも多い」的な説明はそちらに書いたほうがいいでしょう。

ってな感じで、コメント依頼に出てたのでコメントしたまでですので、これに反論するなど議論をふっかけられても困ります。以上です。よろしゅうに。222.158.97.201 2006年6月19日 (月) 05:42 (UTC)

222.158.97.201さんの書き込みは「冗長すぎる」という点では同感です。本来、仲裁を買って出た方のコンパクトな表現で充分でないかと思いましたが、感情論で機関銃のごとく介入を図る一人(利用者:Nudité d'Europe|Nudité d'Europe]] 改め Basilico氏)の活動がこの冗長な記述をもたらしたというのが実情でしょう。Basilico氏に対しては、いちいち他人と感情論で話をせずに、私から過去の報道資料を例示してそういう文献を読んだ上で議論をするよう求めましたが、それ以降、あれほど執着していたヌーディズムのノート議論に復帰しておりません。結局感情論以外に反論の根拠がなかったのだと思います。Basilico氏一人による感情論に基づく編集活動が止まるなら、編集保護は必要ないのではないでしょうか。--おやんず 2006年7月17日 (月) 16:47 (UTC)

新たな提案

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ここへの書き込みはほぼ半年振りになります。遅くなりましたが222.158.97.201さま、コメントありがとうございました。さて、現在の本文はいろんな人の文章がバラバラに寄せ集められただけで、まとまりに欠け、読むに堪えません。そこで一旦本文全体を白紙化し、改めておやんずさんか、他のヌーディズムの知識も経験も豊富な方が全文書き下ろして、その上で問題点があれば討議して行けばいいと思います。私は残念ながら一人のヌーディズム実践者に過ぎずヌーディズム研究家ではないので、私の分かる範囲で部分的に何らかの貢献ができたらいいと思っているだけです。誰か責任を持って全文を書き下ろさない限りは、保護解除は再び混乱をもたらすだけですから、反対です。--Basilico 2006年11月21日 (火) 18:49 (UTC)(打ち消し)2006年12月2日 (土) 12:20 (UTC)

あなたがこの書き込みの一つ前の時点で、図書館から文献を取り寄せて確かめてみるとの話をしていましたが、それは実践したのでしょうか。多数の報道資料や発行書籍を読み込んだ上で少なくとも私は文章を作成していますが、何の資料の裏づけも無く感情的な編集をあなたがし続けたからこれだけ長い間他の編集者が巻き込まれたのではないですか?まず、今後編集にかかわりあいたいのなら、どれだけの裏づけ資料を用意したのか明らかにしては如何でしょうか。--おやんず 2006年11月21日 (火) 20:34 (UTC)

おやんずさん、素早い対応ご苦労様です。日本は朝の5時半ですね。おやんずさんに申し上げたいのはここはウィキであるという事です。おやんずさんが現在の本文にご不満であれば、全文だって書き換える事ができるわけです。それで誰にも文句の付けようの無い立派で完全な記事を書きさえすればいい事です。ページの編集は大胆にというのはご存知でしょう? 上にも書いたように、私は現在の本文は一旦白紙化していいと思っています。それくらいどうしようもない、いろんな人の文のでたらめな羅列に成り下がっています。おやんずさんあるいは他の誰かが全文を責任を持って書き下してくれるのなら、保護解除に賛成します。まずはやってみて下さい。それもしないで小さな部分を文献がどうのこうのとつつき合ったって、このどうしようもない全体は救いようがありませんよ。

おやんずさんのページに「ヌーディズム(草案)」とでもタイトルを付けてサブページを作ればいいでしょう。おやんずさんが多忙なのは知っていますから、1年でも2年でも待ちますよ。それで完成したら投票か何かで、それを新しい「ヌーディズム」の本文として採用するかどうか決めたらいいでしょう。私の望みは立派な「ヌーディズム」の項目ができる事だけですから、それが誰によって書かれたかはどうでもいい事です。おやんずさんは上の方(2006年5月23日 (火) 12:24)で私を「ド素人」と呼んでいますから、ご自身はヌーディズム研究のプロであるという自覚があるのでしょう。それでしたらぜひ誰をもうならすような立派な記事を書き上げて下さい。またそこまで暴言を吐く以上その責任もあるでしょう。おやんずさんがやらないのならUVAさんか誰かに依頼しようとも考えていますが、多分誰も引き受けてくれないでしょうし。私はこれ以上はここには書きません。それではお願いしましたよ。--Basilico 2006年11月21日 (火) 22:26 (UTC) (追記)2006年11月22日 (水) 12:08 (UTC)(打ち消し)2006年12月1日 (金) 12:10 (UTC)

そもそもあなたが何年もの長い間、教師的な見下ろす態度でヌーディズムのサイトに出歩いて、記述関連に差し出がましい介入をしてきたからこれだけ混乱してるんですよ。いちいちウィキの名を出して自分だけがそれを知ってるかのような高飛車な態度を反省して、上記の「私はこれ以上ここには書きません」って宣言を守って何も書き込まないでくれればいいです。それに別に私は研究のプロではありません。文献を図書館や本屋を多数回って資料を掘り起こしてまとめて、過去から現在、そして将来の文献やメディア情報へ、日本語を母国語とする人たちに再検証してもらえる手がかりを提供しよう活動しているのです。いちいちあなたの指図は受けませんが、いずれ「あなたの感情論抜き」で、きちんと過去記事に裏打ちされた文面を作成します。実際、これまで中立的意見であろうとした他の編集者があなたや管理人に「小野田の味方」呼ばわりされて編集から撤退した人の文章の中に、わりかし妥当だろうというものもありました。--おやんず 2006年11月23日 (木) 12:24 (UTC)
誰か一人が統一性のある文章を書くことと保護解除とは基本的に関係のないことで、そのように思っている編集者が一名いるに過ぎないということではないでしょうか?個人的な思い込みで他人のアカウントを出して指名するのは無責任なように思えまし、また現在の本文がどうしょうもないと思うのは自由ですが、それはあくまでもPOVの範疇であり、自分で模範になる記事が書けずに他人に振る程度の者がいうのは少し不遜のように思えます。--Poh 2006年11月22日 (水) 11:53 (UTC)

誤解があるといけないので付け加えておきますが、私は基本的に保護解除には反対です。この項目が成り立つためにはヌーディズムに関する知識も経験も豊富な人が執筆する必要があります(少なくとも一人はそういう人がいないと収拾がつきません)が、現在までの執筆・編集者の中に(もちろん私も含めて)そのような人は皆無です。残念ながら私がこの項目を立てた事が時期早々だったという事かも知れません。Basilico 2006年12月1日 (金) 09:06 (UTC)

知識も経験も無く、文献も読みもせずに感情で編集するあなたに差し出がましい言動する資格は無いでしょう。「そのような人は皆無」というのもねぇ。いつからウィキではバジリコ氏一人を納得させなければお許しができない体制になったんでしょ。掲載される内容は既に報道されている事実とか出版されている書籍などからの引用など、一人の研究でないという客観性を持たせる努力が必要なのに、バジリコ氏だけは頑なに報道の事実や出版物の読破とかから逃げ続けて公約無視!「私はこれ以上はここには書きません。」と確かに発言してるんですから、未練たらしく長々と書き込みを続けたり、前言をすぐに削除線ひいて撤回するとか、見苦しくするのはやめて、公約を守って、真面目に議論する我々に編集を任せてほしいものです。「私はこれ以上はここには書きません。」っていう公約をね。
↓2006年12月4日 (月) 08:06 (UTC)--Basilico 2006年12月4日 (月) 19:56 (UTC)

「新たな提案」などと期待させるような見出しをつけてしまいましたが、要するに今までの執筆・編集者では収拾をつけることが不可能なのは明白なので、もっと強力な執筆・編集者が現れるまでこの項目は保護しておくべきだという事です。それにはあと15年ぐらいかかるかもしれないし、永久に無理かも知れません。私が期待していたのは、皆が少しずつ知識を持ち寄ればいい記事ができるだろうという事だったのですが、誰でも参加が可能という事は、同時に敵意、悪意、誹謗・中傷、無知、思い込み、勘違い、決めつけ、誤解、妄想、幻想も持ち寄ってしまうという事です。これらをすべてはねのけて立派な記事を作り上げるには、よほどのヌーディズムに関する知識と経験の持ち主でないと不可能です。今の日本には多分いないでしょう。という訳で、この項目は当分の間保護を存続させるべきだと考えています。(追記)Basilico 2006年12月2日 (土) 12:20 (UTC)

何度も繰り返しますが、あなたは「図書館から文献を取り寄せて小野田の記述に間違いがあるのかどうか確認する。」という公約は守ったんでしょうか?編集者として発言の根拠となるそういう基本的作業無しでここを支配しようとする今のあなたの姿勢に、「差し出がましい邪魔ばかりする奴」という印象ばかり感じるんです。ここはウィキです。ちゃんと論拠となる文献の読み込みをするのが最低限の礼儀です。--おやんず 2006年12月2日 (土) 00:03 (UTC)

一応お答えしておきますと、私は「公約」などしておりません。また「小野田の記述に間違いがある」とも言っていません。私が問題にしているのは記述の中立性であって、週刊誌の記事がどのようであるかという事ではありません。そのあたり誤解を招く書き方をしていましたので訂正しました(#和歌山県にヌーディストビーチを作ろうとした話について)。もちろん記事には関心がありますのでいつかは読んでみたいとは思っています。

それよりむしろ私としては「海外での人権活動としてのヌーディズムの情報も税関の壁に厚く阻まれてきた事実があるため、(→違法な実践活動)」という文章の出典を知りたいです。またこれに「この権力側からの圧力を前に公然と実践する日本人ヌーディストはなかなか現れず」という文章が続きますが、意味的に全くつながっていません。「公然と」とは具体的に何を意味するのですか? また「公然と」かどうかはともかく、ヌーディズムを実践してきた人、している人が(おやんずさん自身も含めて)たくさんいる事はご存知でしょう? またさらに「現在のところ実践して検挙までされたとのマスコミ報道はされていない。」という文章が続きますが、ヌーディストが検挙されたというマスコミ報道も無く、文献、裁判資料などを調べて明らかになった事実も無いのにそれをどうしてここに書く必要があるのでしょうか? Basilico 2006年12月3日 (日) 13:28 (UTC)(追記)2006年12月3日 (日) 16:57 (UTC)(修正・加筆)2006年12月3日 (日) 20:20 (UTC)

断っておきますと、私はおやんずさんと議論するつもりは毛頭ありません。このノートをありとあらゆる悪口、罵詈雑言で埋め尽くして議論不在の不毛の地にされたのですから、もし万が一私と議論したいのでしたら(多分したくないでしょうが)まずそれらをすべて修正されるとよいでしょう。もちろんここを議論不在にされたのはおやんずさんだけではないことを言っておきますが。--Basilico 2006年12月4日 (月) 08:06 (UTC)

気付いていませんでしたが、おやんずさんが私の投稿の打ち消し線を取り除いていた事がわかりましたので[5]、元に戻しました。--Basilico 2006年12月5日 (火) 02:18 (UTC)

「ヌーディズムは違法?」について

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以前このノートに「ヌーディズムは違法?」という項目を立て、「(日本に)ヌーディズムを禁止する法律」はあるのでしょうか?と問うたところ、どういう訳か「苦笑」する人がいましたが、なぜ苦笑したのでしょうか? あるサイトによりますと、1939年から1968年までロサンジェルスには実際にヌーディズム禁止法があったそうです[6]。具体的な話なのです。この「苦笑」によって(それだけのせいにはしませんが、その人が仲裁を買っていただけに)まじめな議論が行なわれずじまいになってしまったのは残念です。 どうも私の見るところ、ヌーディスト、非ヌーディストを問わず、日本はヌーディズムが違法でないと困る人が多いように思います(苦笑)。もちろん個人のホームページにそう書くのは自由ですが、一応ここは建て前だけでも百科事典(私はこのところかなり疑っていますが)ですので、存在しないものを書かない、書く限りは、ヌーディズムを禁止する法令あるいは判例を具体的に示してほしかったですね。Basilico 2006年12月3日 (日) 22:45 (UTC)

まず「ヌーディズムは違法?」では話の流れからいって現行の日本の法律に関する質問と受け取れるので、アメリカでの過去の例を持ち出しても論点がずれていると思います。また上記リンクを見る限り禁止されたのはヌーディズムの実践でありヌーディズムそのものとは書いてありません。かねてから議論されてきたことですがBasilico氏は未だに「…イズムそのものの禁止」と「実践するにあたっての法的な障害」との区別を学習出来ずにいるようです。ヌーディズムを禁止する法令はないということはノートにおいて既出の事柄です。この項目を立てて質問すること自体が自分の理解力の未熟さを露呈しているように思えますし無駄な手間と混乱を作っている迷惑行為だと思います。---Poh 2006年12月4日 (月) 09:07 (UTC)訂正--Poh 2006年12月4日 (月) 13:44 (UTC)

--Basilico 2006年12月4日 (月) 17:14 (UTC)

イズムの禁止と実践の禁止との違いが理解できない方が、この件についてコメントされることは他の編集者の迷惑となりますのでこれ以降はご遠慮ください。--Poh 2006年12月5日 (火) 09:33 (UTC)
横槍のようですが失礼致します。Basilicoさんの仰る理屈は、要するに「日本では公共の場で裸体を現すのは法に抵触し、また、女性のトップレス水着の禁止も明文化されている云々」ということと同様であると思われますが、ヌーディズムとはそのような狭義な概念ではないと考えます。ぶっちゃけてしまえば、自室の中で行うこともヌーディズムですし、恐らくはBasilicoさんもご存知とは思われますが、海外でもそうした事例は当然の一つとして紹介されています。--٢١٩.١٧٤.١٥٨.٢٢٥ 2006年12月6日 (水) 17:10 (UTC)

一つの案ですが、「ヌーディズムに関係する法令」として、刑法第百七十四条「公然とわいせつな行為をした者は、六月以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」と軽犯罪法第一条二十「公衆の目に触れるような場所で公衆にけん悪の情を催させるような仕方でしり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者(はこれを拘留又は科料に処する)。」、またその他関係ある県条例などがあればそれを記載するのはどうでしょう? その方が論点がより明確になると思いますが。--Basilico 2006年12月8日 (金) 00:51 (UTC)

率直に申しまして

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ウィキペディアは個人の演説を行う場ではないので、このようにBasilico氏の主観で個人的意見を述べ、Basilico氏が「演説」を行うためだけのための見出しの立て方は「不適切」かつ「ルール違反」だと思います。 Basilico氏はウィキペディアの指針を理解されていないか、あるいは自分だけは特別な存在で例外だと思われているのでしょうか?--Poh 2006年12月11日 (月) 03:06 (UTC)

なお私としては、この見出しを訂正することを望んではおりません。Basilico氏による考え違い、彼の編集姿勢における悪い模範として上記コメントと共に残しておくのが良いと考えています。--Poh 2006年12月11日 (月) 03:31 (UTC)


日本のヌーディズムが進展しない原因を、おやんずさんは権力の圧力にもとめ、Pohさんはある日本のヌーディスト及び彼の主催する団体に求めておられ、お二人ともそれをここで訴えようとしているように思うのですが、言うまでもなくそれらは何ら証明された事でもないし、またこれも言うまでもなくウィキペディアはそれらを訴える場所でもありません。お二人ともヌーディズムに思い入れがあるのはよく分かるのですが、それらの訴えはご自身のホームページ・ブログ内のみで展開された方がいいと思います。--Basilico 2006年12月5日 (火) 08:21 (UTC)(修正)2006年12月5日 (火) 09:35 (UTC)

ウィキペディア編集の場で、Basilico氏の指摘されたような「原因」を訴えたことなどはありません。ウィキペディアの場で自分の意見を述べるのであれば、他人の意見をよく読まれてからコメントされるようにお願いします。軽率な発言は他の編集者への迷惑となります。--Poh 2006年12月5日 (火) 09:44 (UTC)

私が「ここ」と言っているのは「本文」「ノート」「利用者ページ」などを含めたウィキペディア全体を意味します。「ノート」については 2006年2月10日 (金) 12:17 (UTC) のPohさんの書き込みがあります(主にヌーディストの視点で編集に携わってこられた皆様へ)。また上でも指摘しましたが、Pohさんの「利用者ページ」の書き込みは何なのでしょう?[7] なお私はここでは意見を述べるだけにとどまり、Pohさんと議論をするつもりはありませんので悪しからずご了承下さい。--Basilico 2006年12月5日 (火) 10:45 (UTC)

ここはヌーディズムが進展しない理由を訴える場ではありません。他の人も確認・再検証できる事実を記述する場です。自分の気にくわない他の編集者を冒涜する形でしか自分の正当性を守れないのだなと、あなたの発言を見てそう思います。あなたは良く吟味してノートでの議論をする努力にも欠けていて、いたるところ後からの取り消し線ばかりで大変見苦しいです。取り消しするほどの不適当な発言を最初からしないよう、吟味した上で発言するのが理性ある対応と思いますが、なんども繰り返し同じ行為を乱発するあたりに、行き当たりばったりの無責任さがにじみ出ています。こちらは日本の報道資料だけでも古くは1934年以降の数百のリストアップがあり、他の書籍も数十冊読みこなしてそれらに書かれた事実を元に書き込んでいます。指摘されて取り寄せて確認する努力をしているのならまだしも、ろくすっぽ文献も読まない無責任な人間のままでいつまで他の真面目な編集者の邪魔をすれば気が済むのでしょうね。--おやんず 2006年12月5日 (火) 10:35 (UTC)

あえてお答えしますが、打ち消し線が見苦しいのは私も同意見ですが、他人のコメントが入った後での自分の記述の変更は前後のつじつまが合わなくなってしまいますので仕方がありません(実際私は他人のコメントが入る前には、打ち消さずに修正しています)。それから幾百万の文献を読みこなそうとも、記述に中立性がない限りウィキペディアにおいては除去されます。さて、これ以上の議論は前にも言いましたようにおやんずさんが、このノートで私に浴びせかけた無数の罵倒、罵詈雑言をすべて訂正してからにして下さい。こちらなども参考にして下さい(もう一度、個人攻撃をしないようお願い)。もちろんこれ以降にも多数ありますが。--Basilico 2006年12月5日 (火) 11:08 (UTC)

あなたがこれまで私の掲示板も含めて「荒らし」をしてきた過去からつながっていることであり、あなたへ向けた言葉は全てあなたという人間の特性を的確に表現したもっとも妥当な表現と思っているので、あなたの求める訂正をすることはおそらく未来永劫ないことでしょう。それよりも、あなたはもうここには書き込まないと公約したのですから、舌の根も乾かないうちから公約を反故にするのは著しい人格欠損があると思います。公約を訂正したいならまずは謝罪からというのは、あなたにこそふさわしいことでしょう。--おやんず 2006年12月5日 (火) 11:15 (UTC)
そして、後からつじつまがあわなくなるような文章を書くから訂正せざるを得なくなるのです。最初から一貫してつじつまがあう文章を書いてこなかったことこそが、あなたという人間の特性をもっとも的確に語っています。ここはつじつまが合う話をする場所なのですから、自分の放った発言に責任を取る能力の無い人間はご退場いただきたいものです。--おやんず 2006年12月5日 (火) 11:19 (UTC)

仕方ないのでお答えしますが、念のため申し上げますと、私は謝罪は求めておりません。私の求めているのは訂正だけです。また暴言を吐きながらそれを訂正しないと公言したとなると、ウィキペディア的には普通無期限ブロックの対象となる可能性があると思います。最近も、自身はなかなか有能な書き手でありながら、他のユーザーへの暴言がひどく、無期限ブロックされた作曲家がいたことを申し添えておきます。--Basilico 2006年12月5日 (火) 15:51 (UTC)

「公約を訂正したいならまず謝罪」と書いているのは私です。あなたからの求めについて「訂正」という用語を基本的にそのまま選んでいます。あなたが求めるわたしからの「訂正」よりも、あなたがここで書いた公約を早々に守れなくなったことへの「謝罪」を必要としているのが私の趣旨ですので、ごまかしで公約破り批判をかわそうとするのは見苦しいことです。文章が読めないようなので該当部分を強調表示しました。--おやんず 2006年12月5日 (火) 20:07 (UTC)

ここは個人の演説の場ではないので、自分の発言の一つ一つにいちいち見出しをつけるという自意識過剰な行為は慎みましょう。--おやんず 2006年12月6日 (水) 16:39 (UTC)

今回私がここに戻って来ましたのは、意見を述べるためであり、議論するためではありません。しかしどうしても必要な場合は議論する事もあり得ますが、いずれにせよ人格攻撃する人とは議論する必要も義務もないということを言っておきます。久し振りですが、もう一度ウィキペデイアの公式な方針である「Wikipedia:個人攻撃はしない」をお読みになるよう、おやんずさんとPohさんに求めておきます。--Basilico 2006年12月5日 (火) 20:26 (UTC)

もうここには書き込まないという公約を守らないことを批判しているのですが、あくまでもそれを反故にして居直る姿勢は、他の編集者に喧嘩をふっかけている姿と写っている事をお伝えします。後から取り消し線を連発するようなつじつまの合わない話ばかりしないで、意見表明だけしたいのなら、それに何か反応があっても黙っていることです。こうして何度も反応を繰り返している以上、「議論に加わっている」という事実だけが積み重なります。--おやんず 2006年12月5日 (火) 20:35 (UTC)

なんだかあまりにもお気の毒なので、もう一度だけお答えしますが(できればこれで最後にして下さいね)、「私はこれ以上はここには書きません。」(2006年11月22日 (水) 12:08) というのはその次の「それではお願いしましたよ。」と一体で、「おやんずさんにおまかせしましたから、もう私は書かないつもりです」という意味です。 その直後のおやんずさんのコメント (2006年11月23日 (木) 12:24) において、「教師的な見下ろす態度」「差し出がましい介入」「高飛車な態度」という暴言が見られましたので、おやんずさんにまかせようとしたことが誤りであったことを悟り、前言を打ち消して撤回致しました (2006年12月1日 (金) 12:10)。以上でご理解いただけましたでしょうか?--Basilico 2006年12月6日 (水) 02:29 (UTC)

Basilico氏が公約を守る方だとは始めから考えてはいませんでしたが、公約を破った理由を他人のせいにするというのは卑怯ですね。
それと、Basilico氏は自分で迷惑行為を行っておいて、それをたしなめられると個人攻撃だという癖が相変わらず抜けないようです。むしろBasilico氏がおやんず 氏や私に書いていることは個人攻撃以外の何ものでもありません。おやんず 氏や私はBasilico氏による迷惑行為に目に余るものがあるのでたしなめているだけです。それに比べBasilico氏はヌーディズムにたいして自分と視点が異なるという主観的な理由で他人に編集をやめろと暴言を吐いています。おやんず 氏や私の2006年12月以降のコメントは個人攻撃に当たものではありませんがBasilico氏のコメントは悪質な個人攻撃です。Basilico氏にこそ「Wikipedia:個人攻撃はしない」をよく読み直して態度を改めていただきたいです。--Poh 2006年12月6日 (水) 10:01 (UTC)
最適な言葉でバジリコ氏のはぐらかしに再三公約破りの理由を開示するよう求めて、ようやくバジリコ氏はとってつけた理由を出してきたんですね。私のほうもバジリコ氏の論理展開能力を気の毒に思います。私の掲示板に再三彼が荒らしを行ったときから、彼のお決まりの手法は「公約破り」でした。議論を続けたくなければいつでも彼は議論から抜けられるのですよ。単純なことです。公約である「これ以上ここには書きません。」を守っていれば、私たちが何と書こうと、彼は議論に巻き込まれることはありません。私は彼が何時まで経っても日本の報道資料・文献に目を通さないまま感情で介入を続けようとしていることを知っています。彼は私たちの編集に対して、反論するに当たって何等反証となる資料を提示したことはありません。こちらが何度も出典を明示しているのとは月とすっぽんですね。彼は私たちの単刀直入の表現に対して感情的に黙っていられなくて、我慢できなくなって、とりあえずのらりくらり無駄な文章を書き続けているのです。ここは、報道資料や出版物などの資料を背景にして、感情を入れずに、事実か否かの検証をできるように記述するところです。彼の感情が許さないかどうかが基準でなく、明示された文献に対して、その出典の何ページ目、何行目など、具体的に指摘した上で、事実か否か記述するべきです。それが出来ないなら、素直に編集から手を引くべきです。それがウィキです。しっかりウィキの根幹を理解してから言動してもらいたいものです。--おやんず 2006年12月6日 (水) 12:03 (UTC)

前にも申しましたように、海外からの国立国会図書館への資料の複写・郵送の申し込みは可能です。しかし実際問題としてあまりに煩雑で、そこまでする必要を私は感じておりません。「和歌山県の白浜でヌーディスト村(ビーチ)を作るという動きがあったが実現しなかった」という事実を記述するということに関してはおやんずさんも私も同意見なのですから。しかしそれに「反対派を強く押す警察の介入によって」という文が加わると[8]中立性に疑問が出て来ます。私は百科事典としてはせいぜい「反対運動が起こり」ぐらいで充分だと思います。くれぐれも私が警察の出動が無かったなどと言っているのではないことをご理解下さい。--Basilico 2006年12月7日 (木) 15:43 (UTC)

ここはフランス語版 Naturismeの翻訳専用ページではありません。

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フランス語版 Naturisme「秀逸な記事」に推薦されていましたが、賛成0反対13の圧倒的多数で否決されました。ナチュリスムの本場でさえなかなか秀逸な記事を作るのは難しいようです。また今のところヌーディズム・ナチュリスムのどの言語版でも「秀逸な記事」に選ばれたものは無いようです。いつかどれかの版が「秀逸な記事」に選ばれたら、それを翻訳して日本語版にするということも考えられますし、少なくともモデルにすることができるとは思います。--Basilico 2006年12月6日 (水) 10:42 (UTC)

その前にBasilico氏は個人攻撃を慎むように。--Poh 2006年12月6日 (水) 10:55 (UTC)
Basilicoさん、あなたウィキペディアのノート:ヌーディズムを自分のブログか何かと勘違いされてるのではないですか?2度も保護される原因作ったのだから、反省して保護解除のため努力をするべきでしょう。本文が保護下にある状況で、あなたの立てた見出しとコメントが何の役に立つのですか?ウィキペディアが演説をする場所ではないと他人には言っておきながら、自分はまるで日記でも書くかのように現実性のないトピック取り上げて自分の感想を書いているのは、完全にウィキペディアを私物化した行為です。ウィキペディアはボランティアと有志の寄付で成り立っているのですから、私物化はやめて、そんな感想は自分のブログにでも書いてください。--Poh 2006年12月6日 (水) 11:53 (UTC)
特定の他言語のページがその他のページの上位に位置するような決まりはありません。あくまでもここはフランス語の日本語訳ページではなく、日本語を主体にした空間の中に他の言語と対等の存在として編集されるところです。例えばフランス語ページの翻訳を載せようとする人と英語ページの翻訳を載せようとする人たちが編集合戦をしたら、そのどちらが真っ当かと誰が判定できるのでしょうか。フランス語にそれほどのこだわりをお持ちなら、日本語ページに何時までも固執せず、フランス語ページの編集者たちとフランス語ページにて、フランス語ページの文章のあり方を話して、そちらで御支持をいただけるよう努力されたらいいと思います。--おやんず 2006年12月6日 (水) 12:17 (UTC)

おやんずさん、私は日本語版をフランス語版でもって置き換えようなどと言ったことはありません。現在完全に放置していますが「フランス語版 Naturisme の 試訳」を始めたのも、日本語版の参考にしてもらえればと思ったからに過ぎません。--Basilico 2006年12月7日 (木) 12:57 (UTC)

またはぐらかすのか。これまでのあなたのウィキでの翻訳活動とこの章の文章の「それを翻訳して日本語版にするということも考えられますし」というところで充分あなたの野望はお見通し。公約破りの繰り返しに見られるように、あなたはお得意のフランス語版では居場所が無いから、執拗に日本語版に固執してるんだね。でもここでもあなたの居場所はないんだよ。誰もあなたが公約を大切にする論理展開力があるとは見ていない。そんな人間の作る文章をここに掲載することに一番の警戒を感じている。--おやんず 2006年12月7日 (木) 20:47 (UTC)

おやんずさん、すでにあなたは3回ここの見出しを書き換えられました。このノートまで編集保護させるおつもりですか? ノートも保護され得るものであることをご了解下さい。「いつかどれかの版が」とあるように、フランス語版とは言っておりませんし、「考えられますし」と提案しているだけですし、私が提案したところで一つの意見に過ぎませんし、たとえある言語版を採用したとしても、その後編集保護しない限りは誰にでも書き換えられるものなのですし、なぜ「警戒」などとおっしゃるのか私にはわかりませんが。--Basilico 2006年12月7日 (木) 21:44 (UTC)

何回書き換えようが、たった一人のバジリコ君が皆から毛嫌いされても執拗に私の掲示板を荒らしたり、ここのノートで他の編集者の邪魔を続けてきたのと本質でなんの違いがあるの?あなたがこんな些細な問題にさえ執念を燃やすから本文が保護されたんじゃないか。あなたのわがままで保護に追い込まれて他の編集者は大迷惑なんだよ。--おやんず 2006年12月8日 (金) 16:28 (UTC)

Pohさん、それでは保護解除に向けたあなたの提案をどうぞ。私は当分保護解除はしない方がいいという考えです。15年ぐらいかけてゆっくり同意に達するまで話し合えばいいんじゃないですか? その間にウィキペディアの体制も少しはましになるかも知れませんし、あるいはウィキペディアよりましな他の百科事典が現れるかも知れません。英語だけの話でしょうが、すでにウィキペディアの共同設立者の一人ラリー・サンガー氏によるこのような計画もあるようです[9]。--Basilico 2006年12月8日 (金) 08:34 (UTC)

「私は議論しない」と再三公約しながら結局一番議論をふっかけてるのはバジリコ君だね。ウィキの体制への批判を黙殺する管理人たちには[10]という批判も展開されているよ。--おやんず 2006年12月8日 (金) 16:28 (UTC)

私への罵倒、暴言、罵詈雑言をすべて訂正するように求めましたが、おやんずさんが完全に拒否されたので仕方ないでしょう。ウィキペディアが不完全であることは私も他のウィキペディアンも皆同意するでしょう。私としてはウィキペディアが「百科事典」を名乗るのはまだ時期早々だと思います。「百科事典プロジェクト」あるいは「百科事典を作りたいなという計画」とでもしておけばよいのですけどね。執筆責任者も編集責任者も一人もいないんですから、そんなものを「百科事典」と呼べるはずがありません。管理者と呼ばれる方々は単に事務・雑用に携わる人々ですし。 まあ、お互いそんなにカッカしないで、ゆっくり話し合って行こうじゃありませんか? --Basilico 2006年12月8日 (金) 17:49 (UTC)

君が「話し合い」に乗る人間とは誰も思っちゃいないよ。一方的に日本人のヌーディストの関わるところに付きまとうだけの不真面目な人間だとこれまでの荒らしの歴史からはっきりしてる。そもそもフランス語のヌーディズムなりナチュリズムの世界では君は「一目置かれる人間でない」上、やたらとフランス語に執着してることからして、日本にもフランスにも誰も心を割って話せる友人が実社会にはいないね。ヌーディストであると名乗ることを恐れる一般人が多い日本で、フリーな民間企業に働き、しかも会社中が私がヌーディストとして裸の自分のスナップ写真を公開し続けてきてることを知った上で、普通に接してもらっているような私とは雲泥の差だけど、君はなぜかこのサイバー社会では人一倍のプライドを見せる。自分の存在を隠したところでしか虚勢を張れないとは「かわいそうな存在」だね。実社会で何か実績がある人間ならともかく、付きまとい行為しか出来ない性格は、皆がお見通しだと思うよ。--おやんず 2006年12月8日 (金) 18:30 (UTC)

私は保護解除に向けた提案などする気はありません。バジリコ氏の現実無視のばかげた提案、個人の希望や妄想をこの場で語り、ウィキペディアで禁止されている演説を続けていることを注意しただけです。それにウィキペディアの体制などにこの場で不満や提案を書くつもりもないです。全ての問題はウィキペディアにではなくバジリコ氏1人の編集態度にあると考えいます。バジリコ氏は15年(ぐらい)という期間を提示しているが、私は期間は関係なくバジリコ氏がいる限り保護解除は無理だと思います。おやんずさんも指摘されてるようにバジリコ氏がは人として「話し合い」が出来るレベルには達していないし、彼がいることでほとんど全ての議論や話し合いは不毛に終わってしまうからです。--Poh 2006年12月8日 (金) 23:29 (UTC)

何もコメントせずタイトル編集に加わってきたGreenishpurplr氏が下記のような心の吐露をウィキで表明した上でこのノートに関わりをしているが、そもそもバジリコ氏がつけた題名や私のアンチ的改題より中立的表現かもしれない。ただし、以下の懸念を見た場合、敢えて一度変えてみるのもスタートラインとして適当かもしれない。

ヌーディズムの項目がなんかやばいことになっておりますなあ… あの2人はやりすぎ。 そのうちの一人はWikiを訴える心づもりなんだろうけれど、それだったらWiki側も逆提訴すべきだと思ってしまったのだが… まあ、「本流」を自称するその人物について、私が買いかぶりすぎていたということと、 結果論としてだけれども、私が<<本流>>ヌーディズムなどに抱いていた幻想が同じ物だったのかもしれないことが、 以前に私とその人物の「編集合戦」で、その人物が彼自身のサイトをやたら上に上げ続けてはばからないことや、 リンクを彼自身のサイトだけにすると問題が解決される、という傲慢としか思えないような発言からはっきりと判ってしまったのが、 今となっては、私にとって痛い収穫なのかもしれない。 まあ某所で、その人物の書き込みが消されていたことで彼が消した人物に恨みを抱いていたようだけれど、 一応、某所の管理人に挨拶はすべきだったのかもしれないと言うことに、その人物は思いをいたさなかったのかな… って思ってしまった。 その人物はまた他の所でも血眼になって自分の仲間を探している印象があったけれど、その後、そこの人はほとんど更新しなくなったからなあ… 要するに、彼は言論の自由という文言をを盾に、他人の言論の自由を無意識に制限してしまう人間なのかな、と印象づけられてしまった。 この人物、某宗教団体を「裸を弾圧する」と発言していて、まあ、その団体が性や裸を否定的にとらえて云々とか言うわりに教祖がどーたらこーたらでうさんくさいのは事実だし、否定はしないんだけれど、それを自分の考えを正当化するための方便として使っては、逆効果なんではないかと。 すなわち、私見では、あるきっかけでこの人物は体制側にあっさり寝返るのではないかという心配がありまして、そうなったらなったでやばいということを言いたかっただけです。


もう一人… 3文字からなるHNの最後の文字をhでなくvに替えると彼の書き込みの本来の姿になるとだけ言っておこうか。

附記;この項目、訂正依頼ですか。さもありなん。 さらに附記;ヌーディズム、再度、保護されてしまいました。 「違法」だの「非合法」だのということに関する話は一度だけ載せればいいはずで、 さらに某団体がなんかヌーディズムにかこつけてどーたらこーたらとか書き続けている相変わらずしつこい御仁が、 自分だけを正当化するようなことなりので、もはやその御仁は付ける薬がないとしか言いようがないと周りから思われてしまうだろうなんつー、 私のpov的な物の見方ではあるが、周りももしかしてこの私のpov的考え方に同意してくれるかもしれない。 さらに附記;『ナチュリズム』のフランス語の言い方が日本人の私達にものすごい違和感があるのは理解できる。 さりとて、フランスを含めたヨーロッパ各国は『ナチュリズム』や『ヌーディズム』の先駆者的地域で、日本はまだまだそこから学ぶべきことが多かろうに…

「フランス語版 Naturisme が - なんでそこまで題名にこだわりたい?他の編集者が最適な題名をつけるのも自由。編集合戦を避けたければ、他の編集者が迷惑になることをしなければいい」…………Oyanzこと旧姓佐藤英さん… あなたの行為も他の編集者に迷惑をかけているかもしれないと言うことを念頭に置いての発言ではないですね。そのようなことでしたら、あなたがヌーディストリゾートを作ったとしても、決して万人向けに成功するようなことはありえませんでしょうね。それとも、ヌーディスト間では異様に傲慢なあなたでも、他の所では人を思いやることができる人間なのでしょうか…。
編集に関わる動機が私をわざわざ本名でなく旧姓で呼ぶところから見てもGreenishpurplr氏自身のPOVに起因されていることが明らかなようである。仲裁的に心砕く人間だったらまだ仲裁を受け入れる余地もあるが、編集合戦に単純に参加しただけのことと見れば、元に戻してもいいのだろう。書き捨てて消えるような、真面目に議論に加わる様子が無いので仕方なくここでコメントしておきたい。--おやんず 2006年12月9日 (土) 00:06 (UTC)
「一応、某所の管理人に挨拶はすべきだったのかもしれないと言うことに、その人物は思いをいたさなかったのかな…」についてだが、それについては「その管理人は自分へのヨイショする者以外のコメントを全て削除することで徹底しており、そんな独裁者にそもそも挨拶することで書き込みを許可されるよう図る気持ちはさらさら無い」ということは表明済みである。全ての私の過去の発言を「一部だけつまみ食い」するPOVに起因することだろう。--おやんず 2006年12月9日 (土) 00:06 (UTC)
「某宗教団体を「裸を弾圧する」と発言していて」についてだが、そう発言しているのは私が主観として書いているのではなく、某政党の機関紙に記事としてそのように出ていることを引用して書いたものに過ぎない。私がその政党に必ずしも共鳴できないと最初から書いていることはGreenishpurplr氏は無視のようである。--おやんず 2006年12月9日 (土) 00:06 (UTC)
「あるきっかけでこの人物は体制側にあっさり寝返るのではないかという心配がありまして」についてだが、そもそも是々非々が主義の私は反体制を貫くような主義では無く、「反体制派を裏切らないことが是」とするPOVで判断されなきゃならないいわれはない。与党にも野党にも、その時の重要政策のアピールに応じて投票行動を取っている。--おやんず 2006年12月9日 (土) 00:06 (UTC)
「日本はまだまだそこから学ぶべきことが多かろうに…」について、一番この章に関わることだが、その先進的地域はそもそも近代ナチュリズムを開始するにあたってどこを手本にしたか。歴史書は書き記している。「それは日本だ」と。どちらが先進地域だからそこを優越せよなんて議論はそもそも鶏と卵だ。--おやんず 2006年12月9日 (土) 00:06 (UTC)
Greenishpurplr氏のように、面と向かってものも言えずに陰で愚痴ってる者など相手にする気はないです。--Poh 2006年12月9日 (土) 22:27 (UTC)

バジリコ氏の記述の中立性に付いて

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Greenishpurplrさん、どうもです。まあそんなところですかね。おやんずさん、どんどん本題からはずれているようなので戻しますが、私はおやんずさんの記述の中立性を問題にしているのです。おやんずさんの記述には「反対派を強く押す警察の介入」[11]とか「権力側からの圧力を前に公然と実践する」[12]とか権力とヌーディズムとを対立させるという観点からの記述が多く見られます。言うまでもなくこれは一つの観点であって、私の知る限り、日本国内ではおやんずさんただ一人の観点です(もちろん他にもいる可能性を否定しません)。従って百科事典にこのような文章を記載する訳には行きません。もちろん何らかのまとまりのある社会運動として、「権力と闘うヌーディズム運動」というものが存在するならそれは記載に値することですが。--Basilico 2006年12月9日 (土) 00:42 (UTC)

いつまでも「感情的にバジリコ君と共鳴するかどうかで中立的意見かどうか決める」ってわけね。こっちが何冊も私以外の発言の載った報道資料を提示しても、その資料を読むことをバジリコ君たちは殊更に避けて、バジリコ君たちだけの感情で私一人の意見と断定し続ける。報道資料に書かれた他の色んな人間の発言を出されると、小野田だけが指摘してるんじゃないっていう事実の指摘が正しいことが証明されるから、それを避けたいという感情なんだね。ウィキは感情論で文章を書くところじゃなく、バジリコ君が不得手の「客観的な報道資料などで裏付けられているか」で決まるところなんだよ。週刊新潮にも週刊大衆にも、取材先のコメントが日付と名前、所属を明らかにしてはっきり書いているんだから、無駄な中傷は止めたほうが身のためだよ。--おやんず 2006年12月9日 (土) 09:52 (UTC)

なぜか急に「バジリコ君たち」と複数になったのが不思議ですが、上(2006年12月7日 (木) 15:43)にも書きましたように、海外からの資料の取り寄せはあまりに煩雑で、不可能ではないけれど生活の中では実際上不可能に近いです。別に資料を読むことを殊更に避けてはいるわけではありません。読みたいに決まってるじゃないですか。ただ私は趣味でヌードレクリエーションをやっている者で、ヌーディズムの研究者ではありません。この項目だって、単に自分のわかる範囲で貢献できたらいいと思っているだけです。それにどうもおやんずさんはやたらと「感情」と言っていますが、それは単におやんずさんの決めつけであって、何らの客観性はありません。私からすれば「理性」で判断しているのですがね。もちろんそれにも何らの客観性はありませんが。私としては一ユーザーとして「理性的に」記述の中立性に疑義を呈しているのですよ。言うまでもないことですが、報道資料がそのまま中立的な訳ではありません。「ヌーディズム」の項目の中で、ある記述だけが突出してヌーディズムと権力との対立の観点から書かれていたら、それに対して疑義を呈せざるを得ません。それに対しておやんずさんは、私を「感情的に」攻撃すること無く「理性的に」答えなければなりません。少なくとも資料からの部分的引用は著作権法上問題は無いはずです。おやんずさんは一度でもそれをしましたか?--Basilico 2006年12月9日 (土) 11:19 (UTC)

バジリコ君に同調される新たな参加者が1人出たんだから複数でしょ。単純な問題です。自分の分かる範囲で貢献したいなら、「自分の分からない範囲は分かってる人間に任せる」ことです。あなたが該当文書を取り寄せる意欲が無いのなら、自分で調査もしていない分野にまででしゃばって感情論で編集に関わらないことです。報道資料に中立性があるかどうかが議論なのでもありません。経済問題なら左翼系の新聞社から右翼系の新聞社まで世の中には存在しているのですから。ただ、単に、「報道された事実」について、意義があるなら、それを否定する「事実」を出してから編集に口出ししてください。事実を背景にしないであなたの頭に浮かんだ批判的意識は、あなたにとっては「理性」と呼びたいものでも、「事実を目撃している人間」には「感情論」と映るものであるということです。--おやんず 2006年12月9日 (土) 22:39 (UTC)
資料からの引用を一度もしていないとの指摘ですが、少なくともあなたが本文にリンクさせることに難癖つける和歌山県にヌーディスト村を作ろうとした騒動に出典を明示し、著作権を侵害しない範囲で、誰が推進派として発言し、誰が反対派として発言しているか、明示してあります。著作物が存在してその出版号が明らかになっているのですから、わざわざあなたが理性的でないとこき下ろしている私のフィルターを通さずにその出典を取り寄せて、彼らが何と発言しているのか、「事実」を確認することは出来るものです。それくらい横着しないで探しなさいよ。日本とフランスを往復してる金を一回節約するだけでかなりの文献取り寄せ事務費に回せますよ。--おやんず 2006年12月9日 (土) 23:04 (UTC)

私が問題にしているのは見出しにあるように「記述の中立性」なんですがね。いまさらですが、「Wikipedia:ウィキペディアは何でないか」から引用しておきます。

いかなる種類の宣伝(プロパガンダ)や擁護の場でもありません。
あなたが支持する人物や団体、思想や信条を宣伝するためにウィキペディアを利用してはなりませんし、
逆に対立する相手や不愉快なものを非難・攻撃したり、あるいは読者を扇動するためにウィキペディアを利用してもなりません。
もちろん、あるイデオロギーを持った人が何を主張しているのか、中立的な観点から客観的に記述することはあります。
もし、本当にあなたの主張を他の人々に広めたいなら、例えば外部の電子掲示板やブログをご利用ください。

これで充分でしょう。--Basilico 2006年12月10日 (日) 08:10 (UTC)

何が「これで充分でしょう。」なんでしょうか。笑止千万です。バジリコ君は、「Wikipedia:ウィキペディアは何でないか」ということを再三私に対して要求しておきながら、内容をつまみ食いですか。ウィキに書き込む記事は何であるべきか。ということは都合が悪いから無視するのかい?
  1. 記事には、信頼できる情報源が公表・出版している題材だけを書くべきです。
  2. 記事に新しい題材を加筆するときは、信頼できる情報源―出典―を明らかにすべきです。出典が明示されていない編集は、誰でも取り除くことができます(出典のない記述は除去されても文句は言えません)。
  3. 出典を示す義務を負うのは、書き加えようとする側であり、除去を求める側ではありません。

「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」

百科事典を編纂する際、良い記事を執筆するためには、広く信頼されている発行元からすでに公開されている事実、表明、学説、見解、主張、意見、および議論についてのみ言及すべきです。このことをよく理解することは、良い記事を執筆するために最も大切な秘訣の一つです。ウィキペディアは、完全で、信頼の置ける百科事典を目指しています。記事を執筆する際は、閲覧者や他の編集者が内容を検証できるよう、en:Wikipedia:Reliable sources (信頼できる情報源) にあたり、出典を明記すべきです。

この文脈における「検証可能性」とは、編集者が、例えばニューヨーク・タイムズの記事の中身が真実かどうか検証する責任があるという意味ではありません。実際のところ、編集者はその種の調査をしないよう強く求められます。なぜならウィキペディアでは独自の調査を発表してはならないからです。記事は信頼できる情報源が公開している題材だけを含むべきです。それは個々の編集者が真実であると思うかどうかには関係ありません。直観に反するようですが、ウィキペディアに掲載してよいかどうかの基準は「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」(真偽よりも検証可能性)なのです。

については無視しても良いと?ろくすっぽ出典を確かめもしないあなたが、出典を明らかにして真面目に加筆しようとしている他人(や私)の記事を何が何でも阻止しようとする。いい加減、このウィキの鉄則を踏まえて、週刊大衆、週刊新潮の記事に記載された項目が私の感情で書かれた作文であるかのようないちゃもんを止めて、ウィキの正常化のために身を引いたらどうか?私の編集に何かを書き加えたいなら、既に明示されている文献を読んだ上で、その記事の中のどこに小野田が作文しているところがあるというのか、明示していただきたい。--おやんず 2006年12月10日 (日) 13:08 (UTC)

保護解除に向けて

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本記事におきまして、2006年5月16日 (火) 15:27 (UTC)(ログも参照)において編集合戦を理由に全保護がされておりますが、それ以来、2年以上も保護されたままであるほか、ノートページにおける議論が2006年12月11日 (月) 03:31 (UTC)で止まっていること等から、十分な冷却期間が過ぎていることを理由として保護解除の提案をいたします。1週間以内に他者からの異議がなければ、保護解除依頼に提出する予定です。--Wakkubox 2008年7月28日 (月) 11:59 (UTC)

(保護解除依頼提出)1週間以内に他者からの意見がなかったことから、Wikipedia:保護解除依頼に提出することにいたします。--Wakkubox 2008年8月4日 (月) 11:59 (UTC)