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ノート:ダウジング

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ダウジングの歴史と方法に加筆しました。シモン

レイラインとダウジングの関係が分からないのですが、教えてもらえますか。--Saimon 2006年8月2日 (水) 05:38 (UTC)[返信]

レイラインは活断層に沿っていることが多いとされています。このため、活断層の活動で岩石が圧縮されて起る圧電効果で地電流などが変化するなど、様々な現象が起っているため、敏感な人は無意識に感じ取る可能性もあると思われます。活断層の活動による磁気変化はかなり大きいこともあるようです。ダウジングを行なっていたと伝承されている弘法大師は、水銀丹を求め歩いていたという言い伝えがあり、活断層に沿って丹土の産地が存在するようです。高野山に寺を作るときにも、水銀丹を掘っている現地の人々と契約を交わして土地を借り受けたことになっているらしく、活断層と地下鉱脈には、密接な関係があることは事実でしょう。--203.168.69.94 2009年1月12日 (月) 05:43 (UTC)[返信]


123.224.115.13による記事差し戻しについて。

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理由も示さず、他人が書いた記事を差し戻すべきではありません。

削除された箇所には、テレビの特集番組などで何度も報道された、多くの日本人がすでに知っている事柄が記されています。リンクされたサイトは一連の報道の要約記事になっており、間違っている箇所が見当たりません。1967年頃、ベトナム戦争地雷の探知に使われて、1967年11月付けのニューヨーク・タイムズ紙に取り上げられたことは、ダウジングの評価にとって大きな意味を持つ歴史的事実です。ジョセフ・L・カーシェビング博士の生体マグネタイトの発見から、かなりの歳月が経過していますが、現在に至るまで否定されていません。もしも、これらの内容の一部に明らかな誤りがある、または全てが虚偽であれば、記事の削除も考えられますが、間違っている部分がないのです。このケースでは、記事の差し戻しは意味のない、正しい情報伝達の妨害行為になっています。

ダウジングはもちろん、大村恵昭教授が始めたオーリングテストなども、人が無意識に感じ取っている内容を知るための手段であり、非科学的な迷信ではありません。203.168.86.24の書き込み以前は、疑似科学であると主張するに足りるだけの客観的根拠を示すことなく、レッテルを貼って頭から決め付ける記事の書き方になっていました。そのまま放置していれば、根拠もなく疑似科学と決め付けるレッテル貼り行為による、誤った先入観を植え付ける不適切な問題性を抱えた記事だと、読者から判断されることになります。多くの読者の認識を害する記事、もしくは読者から誤情報が記されていると認識されるような記事の状態のまま、放置すべきではないと思います。--203.168.69.94 2009年1月12日 (月) 05:42 (UTC)[返信]

碌に出典も示さず「…という見方が存在する」「…と考える研究者もいる」などと書き、あげくに疑似科学タグをはがすのは如何なものでしょうか。著しく中立性を欠く加筆だと言わざるを得ません。それからマスコミで大きく取り上げられたことは科学的な裏付けとはなりませんよ(たとえばヴェリコフスキーの「衝突する宇宙」とか)。60.39.78.37 2009年1月12日 (月) 13:52 (UTC)[返信]
60.39.78.37さんの書き方では、「根拠を示さずに疑似科学のレッテルを貼るのは誤情報を流布しているのと同じ」と指摘した文章に対する、適切な返事になっていません。古くから存在する技術というのは、たとえ科学的に説明できる有効な原理を用いたものであっても、怪しげな説明が付いたり、迷信が混ざりやすいものです。そのため、オカルトに分類されがちなものが多い傾向がありますが、先入観だけでオカルト扱いしたり疑似科学という情報に仕立てあげてしまうと、誤情報の流布行為になってしまいます。もちろんそれは、中立性を欠く記事にも該当します。「地図の上でダウジングできるという主張には科学的根拠がない」という一つの項目のみで、疑似科学のレッテルを貼るのは無理があります。疑似科学としたいのであれば、ダウジングという技術のどこが間違った科学知識から生まれたものなのか、問題点を具体的に明示するしかありません。それが欠けている状態では、根拠もなくただ自分が信じる間違った認識を押し付けているだけ、と指摘されることになり、好ましいものとは受取られません。適切なお返事がないようであれば、著しく中立性を欠く、誤情報を流布している、といったタグを記事に付けさせて頂くことになります。
また、「マスコミ報道は科学的裏付けにならない」という主張は、この場合は無意味です。信頼できる取材をして作られた報道もあるからです。これを有効とすれば、トンデモ本があるから、書籍に紹介されていることは科学的裏づけにならない、と主張することをも可能にします。実際に、人の脳が磁気をどのように感知しているかというメカニズムが解明される以前、人は優れた感度のセンサーを備えているので、オーリングテストが有効だと認知される以前の、科学的視点から記された書籍のダウジングに関する記事は、まったく信頼に値しない誤情報になっている可能性が大です。科学が生み出した技術であれば、裏付けもなく主張していれば「それは怪しい」という判断が生じて当然ですが、科学知識が発達する以前の経験から得られて発達した伝統文化的風習などの場合には、経験的に有効であることが知られていると記せばそれでよく、必ずしも科学的根拠を示す必要性はないのです。むしろ、十分な科学的知識を持つことなく、無理解に非科学的というレッテル貼り行為をしてきた事実の方がよほど問題です。たとえば、「門松の風習は科学的に根拠がないから疑似科学だ」「神社のお払いの風習は科学的根拠がないから疑似科学だ」といった見当外れの主張を行なうのと同じ過ちを犯していることになります。ダウジングは科学技術ではなく古くからある経験文化的風習なので、迷信かどうかを問われることはあっても、「疑似科学から作られた技術がどうか」を判断するのはまったくの筋違いであり、議論が有効性を持ちません。疑似科学という認識を示すことそのものがこのケースでは錯誤であり、典型的な間違った記事の書き方になっているケースなのです。
もちろん、ダウジングという伝統的風習に、迷信が混在している部分については、私は科学的に説明が付かない迷信的風習として、具体的に指摘しています。ダウジングにまつわる言い伝えの内容の全てを肯定できるという立場には立っていません。古くから伝わる文化的風習となっている技術には、様々な尾ひれが付いていき、部分的に迷信が混ざりこむことはよくあります。自分勝手に奇妙な理屈を付けたがる人も世の中にはいるようなので、それらを注意深く選り分ける必要もあります。しかし、このことと風習そのものに疑似科学のレッテルを貼る妥当性があるかどうかの議論は、まったく別の問題です。ダウジングは、中世ヨーロッパのキリスト教社会では、悪魔と結びつけて考えられるようになり、悪魔主義と宣言されたことがあります。しかし、これを根拠に、ダウジングは中世の悪魔主義から生み出されたオカルトだから、擬似科学だと判断することが、本当に適切かどうかよく考えて頂きたいのです。悪魔主義というレッテルを貼られた時期は、数千年に及ぶダウジングの長い歴史から見て、ほんの限られた一時期であり、現代人の視点から正しい認識に基づく宣言だったと受け取ることは困難だと思います。ダウジングは、著しく偏っているように見えるキリスト教社会の認識とは無関係に、世界各地で様々な形で発達していった経験的な風習であるという認識は、間違いがない客観的事実だと思います。
「外部リンク先の記事を要約してある」と説明を受けても、「出典をろくに示していない」とする60.39.78.37さんの指摘は、錯誤そのものでしょう。内容に誤りがあるという指摘がない以上、著しく中立性を欠く誤情報を流布する形の記事へと差し戻し、実質的に他人が書いた記事をゴッソリ削除する方法を選択するのは、適当ではないと判断します。--203.168.69.94 2009年1月12日 (月) 15:54 (UTC)[返信]
なんらかの理由に基づいて削除するにせよ、編集者が熟考して記述したのと同じくらい熟考してから削除するのが礼儀だと思う222.150.13.210 2009年1月12日 (月) 18:35 (UTC)[返信]
203.168.69.94さんがリンクした外部サイトを見てきましたが、そこにも出典は一切示されていませんね。基本的に個人のウェブページは信頼できる情報源とは見なされません(Wikipedia:検証可能性#信頼性に乏しい情報源を参照)のでよろしく。
203.168.69.94さんはダウジングを既存の概念と闇雲に結び付けて「ダウジングは○○で説明できる」と言っておられますが、「……と解釈できる」「……と説明できる」というだけでは不十分で、その解釈が妥当であることが実証されていなければなりません。このような行為はWikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成の項でも禁じられていることです(疑似科学者がよくやる手なのですが)。
そもそも203.168.69.94さんは疑似科学という概念を理解しておられませんね。あなたが例に挙げた「神社のお払いの風習は科学的根拠がないから疑似科学だ」で説明しましょう。神社のお祓いの風習に科学的根拠があるとは証明されていませんが、そもそも世の中に科学で説明がつくことは極めて限られています。それは別に問題ありませんし疑似科学でもありません。しかし誰かが「神社のお祓いによって70パーセントの人の血中乳酸値が下がった.これは神主の念波が電磁波としてお祓いをされる人の体に影響を及ぼし……(中略)……ためだと説明できる。つまりお祓いの有効性が科学的に証明された。」などと言い出し、詳しい実験手順を明らかにせず、実験結果のデータも示さなかったとすれば、彼の主張は疑似科学になります。
というわけで「中立的観点」と「未検証」のタグを貼っておきました。114.164.164.162 2009年1月24日 (土) 04:03 (UTC)[返信]

まず第1に、疑似科学のレッテル貼りについて。 ダウジングはおみくじなどと同じ、紀元前から存在する占いの風習の一種です。占いのような古い社会的風習は、科学知識とは無関係なのものなので、疑似科学のレッテルを貼る行為に、論理的妥当性がありません。たとえ誰かが「おみくじにも科学的視点から合理的に説明できる根拠がある」と言い出して、「川中島の合戦の戦略を、軍師が占いとおみくじを用いて決定したのは、安易に状況に押し流される形で物事を決定するのと違って、自軍の動きを敵に読まれにくくするメリットがあったのだ」と、ウィキペディアにもっともらしいウンチクを書き込んだからといって、その瞬間から、おみくじ自体に変化が生じて、疑似科学に化けてしまうようなことは、現実にはありえません。誰がどんな説明をつけようと、ダウジング自体が疑似科学に変化することはありえないのです。このようなレッテル貼り行為は妥当ではないと、すでにノート上で丁寧に説明されています。繰り返しになりますが、ダウジングが偏見の目で見られる傾向を持っているのは、キリスト教社会が悪魔主義のレッテルを貼った名残です。現代人の視点からは正常な発想に基づく批判とは受取れないような錯誤が根底に潜んでいるのです。

第2に、たとえ話を作って『彼の主張は疑似科学になります』と指摘した行為について。 これは、けしてやってはいけないことです。本文のどの部分が問題なのか、具体的に指摘するように、このノートの冒頭で要請されています。それを無視して、記事とはまったく関係のない作り話を持ち出してきて、存在することを具体的に指摘できない『疑似科学に該当する彼の主張』が、あたかも記事の中にあるかのように錯覚させる作文を用いて、読み手を騙すトリックを用いているかのように見える記述スタイルになってしまっています。これをやると、虚偽情報を捏造して情報操作を行なっていると判断されることにもなりかねません。解説内容が疑似科学に陥っているという判断に、きちんとした根拠があればいいのですが、ただの個人の思い込みレベルのレッテル貼りでは、とても正しい指摘とは受け取れないことになります。

第3に、『個人のウェブページは信頼できる情報源とは見なされない』について。 『一連のテレビ番組で放送されてきた事柄をまとめたような内容になっている』ことが、すでにこのノート上で説明されているにもかかわらず、持ち出してきたということは、『情報番組の要約』という説明が正しくないと認識した、ということでしょうか。ただの一個人の偏った知識が書かれたサイトであれば問題があるでしょうが、リンクが張られたサイトの内容を再検索してみれば、そうではないことは明らかです。ダウジングは社会的風習として、あまりメジャーなものではない時期があったため、妥当な解説かそうでないかを、評価し判断することが非常に難しい傾向があります。書籍もサイトも、しょせんは人が書いたものなので、書籍だからといって信頼できる検証対象とは言い切れません。古い風習にはさまざまな人がそれぞれの思い入れをしてしまうため、むしろ、トンデモ本が多すぎる難しいジャンルです。何千年も前から世界中に広がっていた古い風習なので、特定の宗教色が付いていないものが望ましいのですが、宗教色がないものは、今度は超常現象扱いしていたりと、何らかのバイアスがかかった問題性を抱えた本が多すぎる傾向が見て取れます。たとえば、記事本文内に、『ダウジングを科学的に評価できる実験結果が出たことは一度もない』かのような、完全否定する極端に偏った記述が認められますが、これは、テレビで放送された一連の情報番組を見た人なら誰でもすぐに気付く、事実に反する記述です。偏りすぎたサイトを真に受けて参考にすると、読んだ瞬間に誰にでも分る虚偽情報を含んだ記事になってしまうのです。その結果、疑似科学のレッテル貼りをするのが正しいのだという錯誤が生まれて、ウィキペディア上で混乱が起ってしまうのです。

ダウジングを巡る現状を、正しく把握して頂きたいのですが、ダウジングの実験を行なって、意味のある結果が得られなかったとする、失敗の報告例が、近年あまりにも多くなりすぎています。正しい技術の継承と、適切な実験への配慮がなされていないことが原因です。成功させる秘訣を知らず技術を持たない人々が、個人的な耳学問の知識を書き殴ったような本では、参考書になりようがありません。現代社会には、たくさんの家電製品があり、現代人はそれらのものから余計な電磁的刺激を多く受けすぎています。それらのノイズの影響をうまく取り除いて、感度を高める工夫をしない限り、思わしい結果を得ることが難しいのですが、その方法がきちんと解説してある本は、ほとんど見当たらないのが現状です。もともと科学的視点から生まれた技術ではないので、専門書や論文を書こうと思う科学者はめったにいません。したがって、うまくまとめて解説してくれているサイトを見つけることも難しいのです。出典として適切だと選ばれてリンクが張られたサイトは、『一連のテレビ番組で放送された内容をまとめたものになっている』と、すでに説明済みです。知識を提供している研究者達の実名が明らかにされている、客観的に見て、比較的信頼できる構成の情報番組を選んで、それらの放送内容をまとめて作られているサイトのほうが、下手な書籍よりも信頼できる状況です。複数の情報番組がソースの場合には、検証しようにも見直すことが出来ない場合も多いので、その代わりとして、まとめサイトを参照するように促すのも、一つの選択肢でしょう。今回、日本テレビの『特命リサーチ200X』のサイト http://www.ntv.co.jp/FERC/research/index.html 『魔法の杖 ダウジングの謎を暴け!』の項目と、その放送内容が書籍にまとめられたものとして『特命リサーチ200X!―F.E.R.C.極秘調査報告 松岡征二ファイル超常現象編 松岡 征二 著 ISBN 978-4820397137』を提示しておきますが、これだけが先のまとめサイトのソースではなく他の放送からの情報も入っているフシがあることを理解していないと、再び話が混乱すると思います。いずれにしろ、多くの日本人が一連の情報番組から見知った、周知となっている知識です。典型化した同一の思考パターンを用いて、ほぼ常識として定着している知識を忠実に記述した記事になっています。放送内容も、それをまとめた書籍も、まとめられたサイトもウィキペディアの該当箇所の記述も、どれもが同じように見える配列の情報が生成される形になっています。ほとんど同じ形に要約された結果をつかまえて、『信頼できる情報源とは見なされない』と一個人の視点からの判断で否定して見せても、妥当性があるとは一般社会から認められないと思います。どのような理由でそのサイトが出典として選ばれたのか、十分に理解出来ないまま、信頼出来ないと言い立てているようにしか見えません。

第4に、『「ダウジングは○○で説明できる」と言っておられる』とは何事でしょうか。もしも、『言っている』=『勝手に個人的なを主張している』と指摘しているのだとすれば、それは明らかな事実誤認です。誤った認識を改めてください。記事の中に、個人的な視点から勝手に思い込んだことを作文している部分は見当たりません。そのことは、情報番組をまとめたサイトとウィキペディアの記事の該当部分がほとんど一致した内容になっていることを見ても明らかです。

『科学的な原理の解明』の項目は、ダウジングという不思議な現象を、科学的視点から解き明かしたいと考えた人々が、あれこれ試みた結果『多くの現象の説明がつくようになってきている』と主張している事実を紹介したテレビ放送の内容を、主旨を変えないように配慮しながら本文に引き写しているだけです。その内容だけでダウジングにまつわる諸現象を科学的にうまく説明し尽くせていると、私個人は思っていません。生体と物質の電磁的な相互作用は、通常の科学的な手法では非常に評価が難しいのです。これは、多くの専門家が研究に取り組んでいる、電磁場が健康に与える影響の評価すら、未だに明確にされておらず、先進各国によって法的規制内容がまちまちなこと一つ見ても明らかです。ダウジングは、意識できない無意識レベルで感知している、電磁場と生体の相互作用に関する情報を、不覚筋動を通して、意識上に引き上げる技術だと説明される場合が多いようです。電磁場が人体に及ぼす健康被害の調査よりもさらに不確定な、無意識レベルの無自覚な要素が複雑に絡んできます。したがって、ダウジングのような現象の本格的な解明は、現時点で一般に公開されている資料だけでは困難な部分を含んでいます。最近になって、コンピューターと人の脳の間で、電磁的手段を用いて情報をやり取りする研究が盛んになってきています。一般公開されていない産業機密扱いのデータとその処理技術を持ち出してくれば、まったく違った次元の説明が可能になります。ただし、それを今の時点でウィキペディアに書けば、明らかなルール違反です。書けないことは書かれていないので、個人的に『言っている』と指摘できるような箇所は見当たりません。他の方もその箇所を具体的に示していないので、この指摘も事実誤認と受け取れます。

第5に、『特定の観点を推進するような情報の合成』のような情報操作は、本文中に認められません。これも、指摘すること自体がおかしいと感じます。ダウジングを紹介する個人サイトのなかには、否定的な結果になった実験のみを10例以上も載せているものもありますが、もちろんそのような極端に偏った情報を、そのまま鵜呑みにするわけにはいきません。成功しない役に立たない技術が、世界中に広まって何千年も伝承されることは、あまり考えられません。筑波大学の体育科学系生理学の西平賀昭教授によるダウジング実験など、有名な成功例があるにもかかわらず、そういったものをしっかり無視して、ダウジングには成功例がないと主張しているサイトは、偏りすぎていて記事のソースとして不適切と見るべきでしょう。ダウジングの記事本文中に、『成功例がない』かのような記述があって、編集合戦の様相になっているようですが、テレビで放送された事実と違うと、予備知識のある読者ならすぐに気付くことです。こういった極端なバイアスをかける行為を、放置すべきではないでしょう。元国立教育研究所の板倉聖宣博士は、自分では意識しないのに勝手に手の筋肉が動いてしまう、人間の生理的な身体動作、不覚筋動がダウジングに働いていると説明しています。手は脳がダイレクトに支配していることがキーポイントだと、端的に指摘しています。テレビでも放送されたことがある、一通りの見識を備えた研究者から寄せられたこれらの情報を忠実に伝えている記事を前にして、個人的な素人判断で、疑似科学のレッテルを貼ったり、『バイアスをかける情報の合成が行なわれている』といった指摘をするのは、かなり無理があると思います。

テレビ番組をソースとする場合には、『ヤラセ』や『捏造』が含まれていないか、懸念するむきもあると思います。特命リサーチ200Xなどの情報番組は、もともとキワドイ内容に果敢に挑戦する番組の性格上、出来る限りきちんと取材先を明らかにする配慮がなされているので、一応の信頼を置いてよいと思いますが、なかには、不可解な番組もないわけではありません。全米ダウジング協会の会長から推薦されて来日したという、スタンリー・フランク氏が行なったダウジングを放送した番組には、問題があると感じました。2005年4月10日に放送された『FBI超能力捜査官』シリーズ第8弾「タイムカプセル発掘プロジェクト」のダウジング実験は、ダウザーが腕に付けている時計が指し示す時刻と放送内容に矛盾点があることが、ネット上でも具体的に指摘されています。このような場合には、客観的に確認できる明確な理由があるので、その放送内容をウィキペディアの記事に含めることに私は反対です。やはり、信頼できる情報だけを取捨選択して、出来る限りバイアスが掛からない形にしておく必要があると感じます。

このような点を考慮しつつ、記事内の指摘されている範囲を再チェックしてみましたが、ダウジングを扱った一連のテレビ番組や書籍から得られる、多くの日本人が見知っている一般的な情報以外のものは、含まれていないようです。聞いたことがないようなトンデモ情報は、見当たらないので、問題性はないと思います。バイアスのかかった情報が合成されているという14.164.164.162さんの御指摘は、具体的にどの部分がどのように問題なのか、的確に言及されておらず、抽象的な話だけで終わっているように見えます。私が見た限りでは、この記事の内容では指摘するほうがおかしいと感じます。

以上見てきたように、114.164.164.162さんのこの場への書き込みは、少なくとも5項目の錯誤の積み重ねになっています。あまりにも無茶をしていると感じます。これ以上強引にこの場で妥当性のない書き込みを繰り返せば、個人的な誤った主張を強行に押し通そうとする人物として、問題視されることになりかねません。無理矢理疑似科学に仕立て上げたいという欲求が働いてしまう本当の原因は何なのか、よく考えてみてください。初めてダウジングに出会った人は、「そんなことが本当にありえるのか?」と怪訝な顔をするのが普通です。説明がつかないと感じる現象は、人目を引いて興味本位の観察の対象になる点は、手品と同じです。だからと言って、すぐさまインチキ扱いしていいとは限りません。一般的な人の『科学』的なものと『非科学』的なものを選別する判断力は、非常に曖昧な『常識感覚』を根拠としているため、錯誤を生んで必要のない混乱を招きやすいようです。しかし、不思議なものに触れておかしいと『自分が感じた』から、無理矢理強引にでも疑似科学のレッテルを貼り付けたいという衝動に突き動かされて、そのまま安易に短絡的な行動に走ってもらっては困るのです。歪んだ個人的な思い込みをこの場に幾つ並べ立てて、執拗に他人に押し付けて無理を押し通そうとしても無駄なことです。無用な混乱を招き、多くの人に迷惑をかけたことを反省すべきでしょう。

ルイス・マテシャ氏は、米国防長官に対して、『ハンガーの針金を使えば地雷を探知できる』と、提案を行なってみたものの、最初はまともに相手にされず、却下されています。ところが、後日評価を得てこの方法が地雷の探知に本当に使われたことが、ニューヨークタイムズで報じられて明らかになっています。当時、それなりの実績を社会的に認められたことは間違いのない事実です。本当にダウジングが疑似科学の迷信にすぎないのならば、米国の国防長官相手の提案が、後日日の目を見ることなどありえないでしょう。こうした情報の前では、『ダウジングが社会的認められる形で評価されたことが一度もない』といった、否定派の極端に偏った中立性を欠く主張は、無意味だと感じます。

ダウジングという不思議な現象を、科学的に解明しようとする試みに関する部分は、情報の提供の仕方が悪いと誤解を招きかねない要素を持っているのは事実でしょう。しょせんは占いの風習ですから、科学的アプローチそのものに初めから無理がある観は否めません。それでも、「理解不可能とされてきた不思議な現象を、現代の科学知識を用いればどこまで説明できるのか試してみたい」という、知的好奇心が人々の間に働くようです。この種のアプローチに関する情報が、テレビ番組を介して一般社会にある程度広く流通しているのは、歴然とした事実です。すでに多くの人々が共有している、この社会的風習にまつわる常識的な知識の存在を十分理解せずに無視する形で、勝手な個人の思い込みだけで疑似科学と決め付ける行為を、ウィキペディアの記事に反映させようと望むのは、根本的に間違っています。もちろん、疑似科学ではないかという疑念を、全て否定することは、現時点では適切ではないと思います。しかし、それはあくまでも少数の人の思い込み、レベルの扱いに留めるべきでしょう。今後、脳・コンピューター・インターフェイスの技術が一般に広まっていけば、やがてはダウジングがもっとスマートな形で綺麗に科学的視点から説明できる日が来ると思いますが、技術の開発競争が始まったばかりの今の時点では、全体に出し渋りの状況にあるため、不透明感がつきまとってしっくり来ない点があるのは仕方がないと思います。したがって、誤解を招かない書き方に記事を手直ししたいという視点から、編集があって当然と思います。表現方法を変えたり、提供する情報の幅を変えて行ってもいいと思います。

最終的結論として、114.164.164.162さんが行なった「中立的観点」と「未検証」のタグを貼る行為は、二つとも不適切なものであり、本ノートへの書き込み内容にはあまりにも無理な点が目立つため、ほとんど論理的な妥当性がないと判断します。自分の思い込みだけで無茶をしすぎてはいけません。--203.168.65.137 2009年2月13日 (金) 22:21 (UTC)[返信]

ここで取り上げられているニューヨークタイムズの記事というのは正確にどのようなものかご存知ですか?私の調べたところ、ハンガーを用いて地雷の探知を行って成功した者がいるという程度の物でした。(これがなぜかいくつかのサイトでは海兵隊で採用され大きな成果を挙げたといった形に変えられていますが)--まがす 2009年2月10日 (火) 06:50 (UTC)[返信]

それだけ反響が大きかったからでしょう。おそらく「ハンガーでも地雷が探せる」「いくらなんでもそれは無理だろう」「本当にそんなふざけたことを軍が戦場でやって成果が出ているのか」といった、半信半疑で驚く人々の反応を引き出して、誤報でないことを知った当時の人々の興味をかなり引いたことは、必然の成り行きだろうと思います。意外性のある情報ほど、伝言ゲームのような状態になったときに、誇張を含まない本当の事実関係を見極めるのが難しくなるのは、仕方のないことかもしれません。ただし、ニューヨークタイムズの記者は、たとえ「あっと驚く凄い情報」と内心思ったとしても、それを自制してプロの目でありのままを伝えようとしたことがうかがえる点が評価できると思います。御指摘になっておられる『海兵隊で採用され大きな成果を挙げたといった形に変えられている』のは、ニューヨークタイムズの記事が出た後で、当時、実際に情報の真偽を大勢の人が確認した結果、「大きな成果を挙げている」という続報が入ったからかもしれません。どの時点のどの情報が事実で、どこからが誇張と見るか、判断が難しいケースにしばしば出会いますね。--203.168.65.137 2009年2月13日 (金) 22:21 (UTC)[返信]

NY Times は150年分ぐらいの記事が全文検索出来るのはご存知ですか[[1]]? 折角なのでどの記事のことをいっているのか具体的に教えてください。長々と説明すればするほど端からみている分には独自研究の香りが強くなりますから、一次資料を提示するようになさったほうがいいと思いますよ。An apple zealot 2009年2月13日 (金) 23:57 (UTC)[返信]

203.168.65.137さんは、ダウジングに関する科学的な説明に関して、筑波大の西平氏の実験や元国立教育研究所の板倉氏の説明を挙げておられますが、それらの実験や説明に関する査読付きの雑誌に掲載された論文などはあるのでしょうか? おそらくはテレビ番組(または、それが書籍化されたもの)が情報源だと思うのですが、科学としてダウジングを扱いたいのであれば、「Wikipedia:信頼できる情報源#査読された科学出版物を参照し、学会のコンセンサスをチェックする」に従う必要があるのではないかと思います。テレビ番組やその関連書籍は「Wikipedia:信頼できる情報源#科学では一般向けの出版物からの引用を避ける」により推奨されないのではないかと。--NS5-brane 2009年2月14日 (土) 04:45 (UTC)[返信]

ダウジングは占いなので、現時点では、厳密な科学の対象とするには無理があります。このことはすでに言及済みです。だからこそ、微妙な話の展開になっているわけです。人体が電磁場にどう反応するか調べて論文を書くのなら、ダウジングではなく、医学のジャンルのオーリングテストのほうが適当です。オーリングテストの分野は、すでに技術が完成して一段落ついた形です。体細胞は電磁場に対する感受性を持っていて、たとえば、怪我をすると電位変化が起こり(損傷電位)、その情報が伝わって傷の修復が始まるメカニズムなども判ってきていますね。そういった方面の研究への投資が優先します。人体が電磁場に反応する現象に対する正しい理解がなぜ必要かというと、未病(病気になる前段階)のうちに、無意識に体が感じ取っている変調をとらえて、問題点を発見して処置する手段を身につけることで、多くの人々が、病気にかからずに健康に老いていくライフスタイルへの道が開けるからです。この技術を理解する前段階として必要な、テレビを見てみんなが知っている筈の予備知識、ダウジングやオーリングテストに関する情報が、ウィキペディアに正しく反映出来ないようでは、先が思いやられると感じます。占いのダウジングは、科学的に解明しようと試みる人もいる、という一般向けのお話に留めておくのが正解だと思いますが、オーリングテストのほうは、無理解な疑似科学のレッテル貼りを退けて、きちんとした正しい情報を提供できる形に整えて、未来を生きる道を拓いておく必要があるでしょう。--203.168.65.137 2009年2月14日 (土) 11:24 (UTC)[返信]
演説は結構ですので、しかるべき情報源を挙げてもらえませんか? 十分な検証が難しくても、現在されてる範囲のもので結構ですので。それを行わずに、個人の考えを長々と書かれても困ります。--NS5-brane 2009年2月14日 (土) 14:36 (UTC)[返信]
◆203.168.65.137さんは「勝手な個人の思い込みだけで疑似科学と決め付ける行為」と上で述べておられますが、そうではないことを申し上げておきます。ダウジングを疑似科学だと見なす文献としては、例えばマーティン・ガードナーの『奇妙な論理』や、カール・セーガンの『人はなぜエセ科学に騙されるのか』があります。またジェームズ・ランディは懸賞金を出してダウジングの公開実験を行いましたが、ダウザー達は自分たちの能力を証明することができませんでした。--114.164.30.138 2009年2月15日 (日) 05:20 (UTC)[返信]


きちんとした出典(査読付きの論文誌に出稿された論文や、学会で発表された論文など)や科学的根拠もなく、言い切りの形で様々な不確かな事実が記述されている部分が多く見受けられます。 例えば、

地下水や貴金属の鉱脈など隠れた物を、棒や振り子などの装置の動きによって見つける手法

ダウジングが資源探索のために一般的に確立された手法であるかのような誤解を与えます。

また、ダウジングはラディオニクス radionics(波動療法)との関連性がある。

「波動療法」との関連性が具体的に示されていないばかりか、「波動療法」なる言葉の意味内容自体も明確ではありません(出典の明示された波動療法の記事が存在せず、この記事の中での説明もありませんので、一般の人間には理解不能です)。

現在は快適に過ごすためのエネルギーヒーリング/ダウジングヒーリングなどに発達している。

快適に過ごすための方法として「エネルギーヒーリング/ダウジングヒーリング」という方法が確立しており、なおかつそれらが一般的に用いられているかのような印象を与えます。

ラディオニックペンデュラムの登場はまさにそれを表す。

「ラディオニックペンデュラム」なる言葉の意味内容が明らかでありません。

このように、一つ一つ指摘していけばキリがありません(ほとんどが妥当ではありません)。 記事の内容が妥当であると証明/説明する責任は執筆者にありますし、その証明/説明ができない記事について他の編集者が削除することに何ら問題はありません(他人に編集されるのが嫌ならご自分のホームページでやってください。ここは誰でも編集できる公開の百科事典です)→Wikipedia:検証可能性

「未検証」「独自研究」「中立的観点」タグを貼り付けたうえで、明確な出典が示されないようならば、そのような部分(ほとんどだと思いますが)は削除すべきです。その際、記事やノートの中で一方的な主張を展開して、検証なくタグを除去するなど、検証作業を妨害するならば、半保護を提案します。履歴を見ると、同一ホスト(おそらく同一人物?)からの一方的な編集が繰り返されているようですので。Wikipediaの編集方針に従えないなら、Wikipediaに参加するべきでないと思います--Bigskull会話2013年4月22日 (月) 13:34 (UTC)[返信]

武蔵村山市での利用について

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たまたま手許に古い科学雑誌があり、武蔵村山市のダウジングについて出典が得られたので追記しました。

ただ、この出典では「武蔵村山市水道課では」という表現になっており、個人の考えで実行したとは読み取れません。また、ダウジングを採用したのは1973年12月からということも本出典から明らかなのですが、いつまでこれを行っていたのかもわかりません(少なくとも1974年5月号の記事が書かれている段階ではダウジングが使われていたようですが)。

『ドラえもん』で、ドラミとのび太が宝探しをして地球の反対側へ突き抜ける話が扱われていました、私の記憶ではその漫画の中に、どこかの新聞記事が出典込みで引用されていたように思います。今は私の手許に『ドラえもん』がないので確認できません。もし調べられる方がありましたら、武蔵村山市のダウジングに関する新聞記事を探す手がかりとして参考になさってください。新聞記事は出典として非常に意味があると思います。--ノポル 2009年4月29日 (水) 03:31 (UTC)[返信]

ずいぶん間のあいたコメントになってしまいますが、たまたま手元に該当する話が載った単行本がありましたので追記します。その話は、てんとう虫コミックス版第5巻の「地底の国探検」です。新聞記事が引用されているコマには、「おことわり 東京新聞の記事から引用させていただきました 作者」という注が書かれていますが、いつの記事かという記載はありません。第5巻の初版第1刷発行が1974年12月1日なので、たぶん1974年のどこかなのでしょう。--mahiran会話2013年9月19日 (木) 21:30 (UTC)[返信]