ノート:イラン進駐 (1941年)
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翻訳に関して
[編集]- 人名・地名の読みはやはり怪しい部分があります。ご存知の方がいましたら加筆修正をお願いします。
- 背景に関してはいくつかの文献を元に加筆しました。
--Daisydaisy 2007年3月24日 (土) 01:32 (UTC)
イラン侵攻またはイラン侵略への改名提案
[編集]イラン側が望んだことではなく、勝手に英ソが石油目的で武力侵攻しただけの事です。そのため進駐という表現はふさわしくないと思います。侵攻、侵略、進駐が基準なしに使い分けられるのは疑問です。--Jetbbman(会話) 2012年3月17日 (土) 18:26 (UTC)
- 軍をすすめるにあたり、大規模戦闘があったわけでないので、「進駐」で問題ありません。仏印でも「進駐」を用いています。--Los688(会話) 2012年3月20日 (火) 17:13 (UTC)
- 仏印については当時フランス領であったため、日本はフランス政府の合意を受け進駐しています。しかしイランについては全くの武力侵攻です。これは大きな違いです。戦闘規模が表現と関係あるのかも疑問です。--Jetbbman(会話) 2012年3月21日 (水) 15:37 (UTC)
侵攻または侵略と2候補を提案しましたが、改めて「侵攻」への変更を提案します。--Jetbbman(会話) 2012年3月24日 (土) 17:01 (UTC)
- こちらの記事は、かつて私が翻訳依頼にお願いし、Daisydaisyさんが請負ってくださったものです。
- その際、英語版のタイトル "Invasion" は「進駐」と訳すよう、お願いした経緯があります。
- なぜかと申しますと、日本語の文献では、ほとんど「進駐」と記されていたからです。(正確には、「英ソがイランに進駐した」という類の記述ですね)。
- ふさわしいかふさわしくないかではなく、そうゆうことです。--Ashtray (talk) 2012年3月28日 (水) 12:58 (UTC)