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ネアーン卿

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ネアーン卿
Lord Nairne
創設時期1681年1月27日
創設者チャールズ2世
貴族スコットランド貴族
初代初代卿ロバート・ネアーン英語版
現所有者14代卿エドワード・ビガム
相続人フローラ・ビガム(ミストレス・オブ・ネアーン)
付随称号なし
現況存続
1995年以降、マージー子爵位の従属爵位

ネアーン卿: Lord Nairne)は、スコットランド貴族ロード・オブ・パーラメント。判事ロバート・ネアーン英語版1681年に叙されたことに始まる。1995年以降、マージー子爵家の従属爵位となっている。

歴史

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スコットランド民事控訴院院長英語版を務めた判事ロバート・ネアーン英語版(1600-1683)1681年1月27日スコットランド貴族としてネアーン卿(Lord Nairne)に叙された[1][2]。彼には一人娘のマーガレット(1669-?)があるのみであったため、爵位は娘婿ウィリアム・マレー[註釈 1]を継承者に加えた特別継承権英語版を帯びており、初代卿ののちは彼が卿位を相続した[1]

2代卿ウィリアム(1665頃-1726)ジャコバイトであり1715年ジャコバイト蜂起に参加したのち、プレストンの戦い英語版に敗れて捕虜となり、翌年には私権剥奪を受けた[3]

その息子ジョン(1691-1770)も父同様にジャコバイトとして1715年ジャコバイト蜂起及び1745年ジャコバイト蜂起に参加して、度々私権剥奪を蒙った[4]

その孫にあたるウィリアム(1757-1830)の代に、1824年1月17日の議会法によって父祖に対する私権剥奪処分の撤回とネアーン卿位の回復が認められた[1]

しかし、彼の息子である6代卿ウィリアム(1808-1837)が未婚のまま死去したため、ネアーン卿位は2代卿ウィリアムの玄孫にまで遡って、フラオー伯爵夫人マーガレット・マーサー・エルフィンストンが継承した[4]

7代女卿マーガレット(1788-1867)は、フランス外相タレーランの子である将軍シャルル・ド・フラオー英語版と結婚していたほか、父からも爵位を相続していたためキース女男爵位も併せて保持していた[註釈 2]。ただし、彼女がその生涯で卿位を主張することはなかった[3]。(→以前の歴史はキース男爵を参照)

その長女エミリー(1819-1895)はネアーン卿位の保持者である旨を主張して、1874年に貴族院よりこれを認められている[1]。なお、彼女はランズダウン侯爵家に嫁いだため、卿位はさらに同侯爵家へと流出した。

その後、3代にわたってペティ=フィッツモーリス家が卿位を保持したが、11代卿チャールズ・ペティ=フィッツモーリス(1917-1944)第二次世界大戦で男子のないまま戦死すると、卿位はその姉キャサリンが相続した[6][7]。(→以降の歴史はランズダウン侯爵を参照。)

12代女卿キャサリン(1912-1995)第3代マージー子爵エドワード・ビガムと結婚したため、ネアーン卿はマージー子爵家の従属爵位となり現在に至っている[1][8]。(→以降の歴史はマージー子爵を参照。)

一族の邸宅は、サセックス州プルバラ近郊に位置するビグナー・パーク(Bignor Park)[8]

ネアーン卿(1681年)

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卿位の法定推定相続人は、現当主の娘であるミストレス・オブ・ネアーン(儀礼称号) フローラ・ダイアナ・ジョアン・ビガム (2003‐ )[1]

脚注

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註釈

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  1. ^ 彼は初代アソル侯爵ジョン・マレー英語版の四男にあたっており、兄に初代アソル公爵ジョン・マレーがいる。
  2. ^ 彼女は父から1791年叙爵のアイルランド貴族爵位であるキース女男爵及び、1803年創設の連合王国貴族爵位であるキース女男爵の2つを相続した。しかし両爵位とも彼女の死を以て廃絶となっている。[5]

出典

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  1. ^ a b c d e f Heraldic Media Limited. “Nairne, Lord (S, 1681)” (英語). www.cracroftspeerage.co.uk. Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2019年1月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月7日閲覧。
  2. ^ Lee, Sidney, ed. (1894). "Nairne, Robert" . Dictionary of National Biography (英語). Vol. 40. London: Smith, Elder & Co.
  3. ^ a b Chisholm 1911, p. 155.
  4. ^ a b “The Jacobite peerage, baronetage, knightage and grants of honour”.”. Ruvigny et Raineval, Melville Henry Massue, marquis de, (1904),p=126.. 2019年11月20日閲覧。
  5. ^ Keith, Viscount (UK, 1814 - 1823)”. Cracroft's Peerage. 2019年11月20日閲覧。
  6. ^ Lansdowne, Marquess of (GB, 1784)”. Cracroft Peerage. 2019年11月20日閲覧。
  7. ^ Lundy, Darryl. “Charles Hope Petty-FitzMaurice, 7th Marquess of Lansdowne” (英語). thepeerage.com. 2019年11月20日閲覧。
  8. ^ a b Heraldic Media Limited. “Mersey, Viscount (UK, 1916)” (英語). www.cracroftspeerage.co.uk. Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2017年12月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月7日閲覧。

参考文献

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関連項目

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