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トスカーナ州

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トスカナから転送)
トスカーナ州
Regione Toscana
トスカーナ州の州旗トスカーナ州の紋章
トスカーナ州の州旗トスカーナ州の紋章
イタリアの旗 イタリア
地域中央イタリア
州都フィレンツェ
面積22,990.18 [1] km²
人口3,749,813 [2]2011年1月1日
人口密度163.1 人/km2
アレッツォグロッセートフィレンツェリヴォルノルッカマッサ=カッラーラピサピストイアプラートシエーナ
コムーネ287 (一覧
公式サイト[1]

トスカーナ州(トスカーナしゅう、: Toscana)は、イタリア共和国中部に位置する。州都はフィレンツェ。イタリア・ルネッサンスの中心地となったフィレンツェをはじめ、ピサシエーナなど多くの古都を擁している。文化遺産や自然景観に恵まれ、多くの観光客が訪れる。

地理

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位置・広がり

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イタリア半島の中西部に位置し、ティレニア海に(定義によってはリグリア海にも)面して、おおむね三角形状の領域を持つ。ティレニア海上にあるエルバ島など、トスカーナ群島と呼ばれる島々を管轄下に置く。州都フィレンツェは州域の北部に位置し、ボローニャから南へ約81km、ペルージャから北西へ約118km、ジェノヴァから東南東へ約197km、首都ローマから北北西へ約231kmの距離にある。

隣接する州は以下の通り。

地勢

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北東部はアペニン山脈によって区切られている。地形は丘陵が多く、アルノ川が盆地を形成している。

ピサ西側の地中海岸のヴィアレッジョリヴォルノの間の地域には生物多様性に富む平野砂丘湿地および中生植物英語版の森林やマツ林があり、ムラサキサギサンカノゴイアマサギなどが生息している。一帯は2004年にユネスコ生物圏保護区に指定されたほか[3]、2017年にマッサチュッコリ湖イタリア語版および周辺の湿地はラムサール条約登録地となった[4]

また、エミリア=ロマーニャ州を跨ぐアペニン山脈一帯も2015年にユネスコの生物圏保護区に指定された[5]

気候

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気候は沿岸部では温暖である。

主要な都市

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人口8万人以上のコムーネは以下の通り。人口は2011年1月1日現在[2]

州都はフィレンツェピサシエーナなど多くの古都を擁する観光地としても著名である。

歴史

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古代ローマの進出以前はローマの基礎を築いたとされるエトルリア人が多く住む土地で、トスカーナという名前も「エトルリア人の土地」を意味する(古代ローマ人はエトルリア人を "Tusci" と呼び、また "Etrusci" とも呼んだ)。ローマはエトルリア人を吸収し、トスカーナは本国の一部となった。

オドアケル西ローマ帝国を滅亡させた時代の後は東ゴート王国東ローマ帝国ロンゴバルド王国の支配を経た。ロンゴバルド王国がカール大帝に征服されると、後に神聖ローマ帝国となる彼の帝国の一部となり、トスカーナ辺境伯イタリア語版英語版により統治された。

都市コムーネの時代になると、ピサ(1509年まで)や、シエナ(1555年まで)、フィレンツェが台頭し、最終的にはルッカを除くトスカーナの大部分はフィレンツェ共和国(後にトスカーナ大公国)に統治された。

ルネサンス時代はレオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロ・ブオナローティラファエロ・サンティといったトスカーナ人が注目を浴びた。ローマを中心とするローマ教皇領と並び中心地の一つとなった。長くメディチ家の支配下にあったが、1737年にジャン・ガストーネ・デ・メディチが世継ぎを残さずに死ぬとハプスブルク家の支配下となった。ナポレオンの時代には、1801年から1807年までエトルリア王国が成立するが、ナポレオンが敗退するとハプスブルク家の下に戻った。1860年サルデーニャ王国に併合され、翌1861年にイタリア王国が成立するが、その後も旧トスカーナ大公家は同族であるオーストリア皇帝家の庇護の下、20世紀初頭までトスカーナの領有権を主張した。

経済・産業

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主要な産業は農業で、ワインオリーブ小麦などを生産している。特にワインはキャンティスーペル・トスカーナイタリア語版ヘブライ語版といった名品を生産する、世界屈指の名醸地である。

グロッセート県北部のフォッローニカスカルリーノガヴォッラーノマッサ・マリッティマモンティエーリモンテロトンド・マリッティモロッカストラーダの7つのコムーネは過去に亜鉛黄鉄鉱ミョウバン亜炭採掘業が盛んであり、「トスカーナ鉱山ユネスコ世界ジオパーク」に指定される[6]

行政区画

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トスカーナ州と各県

トスカーナ州は、以下の10県から構成される。

左端の数字はISTATコード、アルファベット2文字は県名略記号を示す。人口は2011年1月1日現在[2]。面積の単位はkm²。

県名 綴り 県都 面積 人口
045 MS マッサ=カッラーラ県 Massa-Carrara マッサ 1,156 203,901
046 LU ルッカ県 Lucca ルッカ 1,773 393,795
047 PT ピストイア県 Pistoia ピストイア 965 293,061
048 FI フィレンツェ県 Firenze フィレンツェ 3,514 998,098
049 LI リヴォルノ県 Livorno リヴォルノ 1,211 342,955
050 PI ピサ県 Pisa ピサ 2,444 417,782
051 AR アレッツォ県 Arezzo アレッツォ 3,235 349,651
052 SI シエーナ県 Siena シエーナ 3,821 272,638
053 GR グロッセート県 Grosseto グロッセート 4,504 228,157
100 PO プラート県 Prato プラート 365 249,775

文化・観光

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言語

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2006年の国立統計研究所(ISTAT)の統計によれば、6歳以上の住民の家庭内での会話における言語状況は以下の通り[7]。イタリア語(Italiano)、地方言語(Dialetto)、他の言語(Altra lingua)についてのデータで、左列が全国平均、右列がトスカーナ州の数値である。標準イタリア語がトスカーナ方言をもとに創られていることもあり、「イタリア語のみ、あるいは主にイタリア語」を使用する割合がイタリアで最も高い。

家庭内の会話における使用言語 全国
イタリア語のみ、あるいは主にイタリア語 45.5% 83.9%
地方言語のみ、あるいは主に地方言語 16.0% 2.8%
イタリア語と地方言語の双方 32.5% 8.8%
他の言語 5.1% 4.0%

世界遺産

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サンミケーレ教会。ルッカ

多くの古都を擁するイタリア屈指の観光地である。州には以下のユネスコ世界遺産がある。

食文化

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トスカーナ料理イタリア語版は「クッチーナ・ポーヴェラ」(イタリア語: Cucina povera)とも呼ばれる。日本語に直訳すると「貧しい料理」となり、基本的には庶民的な料理である[8]。地元で収穫できる野菜、豆を使い、肉類も良い部位ではなくスジ肉や内臓肉を使うことが多い[8]。肉については野ウサギイノシシの肉もよく使われる[9]。塩気が強い料理が多い[8][9]。他の地域と比べて食材の特色が色濃く出ているのが特徴である[8]

海沿いと内陸では使う食材が異なっている。内陸は保存食が発達しており、豆料理などが多い。海沿いでも豆料理はあるが、地中海で獲れる魚介類を豊富に用いる。オリーブオイル、塩を使わないパン(パーネ・トスカーノなど)がよく使われるのは共通である[8]

他の地域の住人からトスカーナ人を「豆食い(: mangia fagioli)」と揶揄されることがあるくらい、トスカーナでは豆料理が食されている[10]

トスカーナ料理の歴史

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この節の出典[11]

古代にエトルリア人が何を食べ、どのような調理をしていたのかは史料が発見されていないため詳細は不明であるが、古代ローマ時代に書かれたエトルリア人の食文化についての史料やバンディタッチャ墳墓イタリア語版の発見によって、少なくともエトルリア人上流階級の食事については推測が可能となってきている。

エトルリア人上流階級は昼食と夕食の1日2食であり、この習慣は古代ギリシアまたはアジアからもたらされたものと推測される。昼食は簡易なものであり、夕食は富と権力の誇示とコミュニケーションのために豪華であったものと推測される。この夕食は古代ギリシアと異なり女性も参加している。また、古代ローマ同様に横たわって食事をするのが作法であった。1日2食の習慣は現代にも引き継がれており、朝食はエスプレッソのみであったり、パンとチーズとワインで軽く済ませる多い。夕食が豪華なのも同様で、家族全員であったり参加者全員がそろって食事をして、歓談の場とする。テーブルいっぱいに料理が並べられ、数本のワインがボトルごと並べられる。

食材についてはアメリカ大陸原産の品を除けば、エトルリア人と現代とでは大差はなく、現在のトスカーナ料理の基礎はエトルリアの流れを汲んでいると考えるのが自然である。

伝統的な食材
スペルト小麦
麺棒包丁といった調理道具がバンディタッチャ墳墓のレリーフには描かれており、パスタピザに類するものをエルトリア人も食べていたものと考えられる。
ただし、酵母菌は使用されておらず、ピザも薄いものであった。皿の代わりに用いられていたとも考えられている。
タマネギニンニク
トマトの伝来は1500年頃になるので、それまではニンニクとタマネギが料理の基本であった。また自生の長ネギも食べられていた。
月桂樹
アッローロと呼ばれる月桂樹もまたトスカーナ地方自生植物である。肉料理の装飾に使われるほか、肉の臭み消しとして用いられた。
また、宗教的な意味合いもあった。ローリエの森(bosco di alloro)は宗教的に神聖な場所であった。月桂冠を頭に戴せて権力を誇示する方法は古代ローマにも受け継がれてゆく。
パセリ
パセリもまた現在のトスカーナ料理には欠かせない食材である。蜂に刺された際の鎮痛剤のように薬剤として用いられることもあった。
ニンニクと合わせて、羊肉や山羊肉の料理に用いられる。
豚肉、羊肉、牛肉が中心であった。ただし、牛は農作業用でもあり食肉としてはあまり利用されていない。
狩猟対象として、鹿野兎ノロジカも食べられており、これらの肉は現代のトスカーナ料理としてもよく用いられている。
ワイン
紀元前7世紀には既にギリシアから伝わってきたワインの生産が行われている。当時のワインはアルコール度数が高く、蜂蜜と水で割って飲んでいた。
蜂蜜
エトルリア人の中には養蜂家と呼べるような蜂蜜の生産を職業とする人々がいて、蜂蜜は好まれていた。
オリーブ
オリーブの木は宗教的な意味を持っていたとされる。オリーブの実は食用になり、オリーブオイルは料理のほか、美容やマッサージにも利用されていた。エルトリアのオリーブオイルは質が高く、イタリア全土に売られていた。
現在のトスカーナ料理にもオリーブオイルは欠かせないものであり、トスカーナ産のオリーブはイタリア全土で最も良質で美味であると定評があって高額で売買されている。
トスカーナ地方でのオリーブの採取方法は人が木に登って手摘みするといった特徴があり、実に傷がつかない。
チーズ
エトルリアでも畜産は行われており、他のイタリア地方と同じく残った乳製品の活用方法、保存方法としてチーズも生産されてきた。

交通

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空港

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旅客機が発着する空港には以下がある。

道路

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州内を走る主要な高速道路には以下がある。

スポーツ

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サッカー

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州内に本拠を置くプロサッカークラブとしては以下がある。

4部リーグ(アマチュア最上位リーグ)のセリエDでは、ジローネD,Eに属する。トスカーナ州の地方リーグ(5部リーグ)として、エッチェッレンツァ・トスカーナ (it:Eccellenza Toscanaがある。

人物

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著名な出身者

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対外関係

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姉妹自治体・提携自治体

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分野別交流地域

脚注

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出典

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  1. ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Superficie territoriale (Kmq) - Toscana (dettaglio provinciale) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2012年8月5日閲覧。
  2. ^ a b c 国立統計研究所(ISTAT). “Total Resident Population on 1st January 2011 by sex and marital status” (英語). 2012年8月5日閲覧。
  3. ^ Selve Costiere di Toscana Biosphere Reserve, Italy” (英語). UNESCO (2019年4月2日). 2023年3月9日閲覧。
  4. ^ Massaciuccoli lake and marsh | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2017年9月12日). 2023年3月9日閲覧。
  5. ^ Appennino Tosco-Emiliano Biosphere Reserve, Italy” (英語). UNESCO (2019年4月9日). 2023年3月19日閲覧。
  6. ^ TUSCAN MINING PARK UNESCO GLOBAL GEOPARK (Italy)” (英語). UNESCO (2021年7月27日). 2022年10月20日閲覧。
  7. ^ 国立統計研究所(ISTAT). “La lingua italiana, i dialetti e le lingue stranieri” (pdf) (イタリア語). p. 5. 2012年12月10日閲覧。
  8. ^ a b c d e イタリアでトスカーナ料理に魅せられた日本人シェフがめざすのは自然と生きる循環型レストラン【リレーインタビューVol.14】”. クックビズ総研 (2021年9月8日). 2022年4月22日閲覧。
  9. ^ a b 川上文代『和食イタリアン おいしい黄金の組み合わせ』PHP研究所、2013年、15頁。ISBN 9784569814667 
  10. ^ ガルファニャーナのスペルト小麦のスープ”. 辻調理師専門学校. 2022年4月28日閲覧。
  11. ^ アモロソ・フィリッポトスカーナ料理のルーツを探る― 古代エトルリア人から伝えられた食文化 ―」(PDF)『筑波学院大学紀要』第4集、2009年、73-82頁、2022年4月22日閲覧 

関連項目

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外部リンク

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