デュースブルク
紋章 | 地図 | ||
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基本情報 | |||
連邦州: | ノルトライン=ヴェストファーレン州 | ||
行政管区: | デュッセルドルフ行政管区 | ||
地域連合: | ルール地域連合 | ||
ラインラント地域連合 | |||
行政区分: | 郡独立市 | ||
緯度経度: | 北緯51度26分6.53秒 東経6度45分45.69秒 / 北緯51.4351472度 東経6.7626917度 | ||
標高: | 海抜 31 m | ||
面積: | 232.81 km² | ||
人口: |
503,707人(2023年12月31日現在) [1] | ||
人口密度: | 2,164 人/km² | ||
郵便番号: | 47001–47279 | ||
市外局番: | 0203、(一部 02065、02066、02841、02151) | ||
ナンバープレート: | DU | ||
自治体コード: | 05 1 12 000 | ||
UN/LOコード: | DE DUI | ||
市の構成: | 7 市区、 46 小街区 | ||
市庁舎の住所: | Burgplatz 19 47051 Duisburg | ||
ウェブサイト: | www.duisburg.de | ||
E-Mail: | info@stadt-duisburg.de | ||
行政 | |||
上級市長: | ゼーレン・リンク (SPD) | ||
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地図 | |||
デュースブルク(Duisburg, ドイツ語発音: [ˈdyːsbʊrk] ( 音声ファイル)[2], デュースブルク方言:[ˈdyːsbʊə̯ç], [ˈdʏːsbʊʀə̆ɕ][3])は、ドイツ連邦共和国の都市。ノルトライン=ヴェストファーレン州に属し、世界有数の河港を持つ。人口は約50万人。
日本語表記
[編集]ラインラント周辺では独特の綴りをもつ固有名詞[4][5]があり、この都市名もその1つである[6]。事典、辞書ではドイツ語の標準(規範)発音 [ˈdyːsbʊrk] をカタカナ転写したデュースブルクがもっぱら採用されている[7]。一方でデュイスブルクと表記されることもあり[8]、この他にも様々な表記がある[9]。
地勢・産業
[編集]ライン川とルール川の合流地点に位置する工業都市。世界でも有数、ドイツ国内では最大[10]の河港を有する。南は州都デュッセルドルフに、東はミュルハイムに、西はメールスに接する。その他の近隣都市として、約20キロ東にエッセン、25キロ東にゲルゼンキルヒェン、20キロ南西にクレーフェルトが位置する。約30キロ北西には、古代ローマの植民市を起源とするクサンテンが位置する。
歴史
[編集]ライン川とルール川の合流点という重要性に注目した古代ローマ帝国の集落が起源で、1世紀の遺跡が発見されている。その後、交易の場として発展し、1290年には帝国自由都市となり、15世紀初めにはハンザ同盟に参加した。しかし、17世紀後半にはブランデンブルク=プロイセンに支配されることとなり、帝国自由都市を称することも禁止された。
ここに大学設置を計画したユーリヒ=クレーヴェ=ベルク公ヴィルヘルム5世は、メルカトルを招いた。しかし、皇帝とローマ教皇による大学設置の許可がなかなか与えられないため、メルカトルは、1559年に設立された専門学校で教鞭をとっている。ヴィルヘルム5世が没した後の1655年にようやく大学が設置され、神学、法学、医学、哲学を擁し、デュースブルクは大学都市として発展した。しかし、1818年にプロイセンのフリードリヒ・ヴィルヘルム3世によって廃止され、大学図書館蔵書の大部分は、同年にボンに新設されたボン大学へ移された。現在デュースブルクにある大学は、その後の1891年に設立されたもので、2003年にエッセン大学と合併されてデュースブルク=エッセン大学となった。
19世紀以降は、産業革命が進展する中で、ライン川とルール川が交わり、石炭資源がある利点を生かし、工業都市として成長した。第二次世界大戦で荒廃したが、戦後復興を果たした。1975年、周辺の地域を合併して現在のデュースブルクが形成された。1980年代に石炭産業と鉄鋼産業の衰退で失業者が増えて「ドイツのラストベルト」と呼ばれたが、2010年代からは渝新欧鉄道が開通して欧州最大の内陸港として注目した中国の一帯一路構想により雇用が生み出されて活況を呈した[11][12][13]。
文化
[編集]メルカトル図法で知られるゲラルドゥス・メルカトルがデュースブルクで没した。聖ザルヴァトール教会に埋葬されている。
- 1877年に設立されたデュースブルク・フィルは、ブルックナーの交響曲第9番のドイツ初演を行ったことでも有名。1930年代にはオイゲン・ヨッフムが音楽監督であった。
芸術
[編集]- 「記憶の庭」 - 「大地の芸術」とも呼ばれる作品で有名な彫刻家ダニ・カラヴァンによる。インナーハーバー(イネンハーフェン、内港)沿いの緑地に、廃墟となった建物を生かして設置されている。
- タイガー・アンド・タートル - 市南部のライン川が見える産業廃棄物の丘に設置された、「速いと遅い」というコントラスをモチーフに制作されたオブジェ。タイガーは速く、タートルは遅い。速いジェットコースターのように見えながら、実際に訪問してみると階段を一段ずつゆっくり昇らねばならないインスタレーション[14][15]。
スポーツ
[編集]- MSVデュースブルク - 当地を本拠地とするサッカークラブチーム。
- FCR2001デュースブルク - 女子サッカークラブチーム、なでしこジャパンの安藤梢選手が一時在籍していた。
- フュクセ・デュースブルク - ドイツアイスホッケー3部リーグに所属しているアイスホッケークラブチーム。
交通
[編集]デュースブルク出身の著名人
[編集]- ユルゲン・ヒングゼン - 陸上競技選手
- ベルント・アルデンホフ - テノール歌手
友好都市
[編集]- ポーツマス(イギリス)1950年
- カレー(フランス)1964年
- ロメ(トーゴ)1973年
- 武漢(中国)1982年
- ビリニュス(リトアニア)1985年
- ガズィアンテプ(トルコ)2005年
- ペルミ(ロシア)2007年
- サン・ペドロ・スーラ(ホンジュラス)2008年
- フォートローダーデール(アメリカ合衆国)2011年
脚注
[編集]- ^ Bevölkerung der Gemeinden Nordrhein-Westfalens am 31. Dezember 2023 – Fortschreibung des Bevölkerungsstandes auf Basis des Zensus vom 9. Mai 2011から引用
- ^ Das Aussprachewörterbuch (6 ed.). Duden. p. 287. ISBN 978-3-411-04066-7
- ^ なお他言語の発音は以下の通り。オランダ語では[ˈdœysbʏrx](ダイスビュルフ)、フランス語(綴りはDuisbourg)では[dɥisbuʁ]、英語では[ˈduːəsbə(r)g], [ˈduːzbə(r)g], [ˈdjuːzbə(r)g]。
- ^ “Schreibung rheinischer Ortsnamen”. LVR-Institut für Landeskunde und Regionalgeschichte. 2016年8月20日閲覧。
- ^ de:Rheinische Ortsnamen, de:Dehnungszeichen#Dehnungs-i を参照。
- ^ 「ui は特定の名称では長く、閉じられた ü [yː] で発音する:Duisburg [ˈdyːsbʊrk], Juist [jyːst] 」( Das Aussprachewörterbuch (6 ed.). Duden. p. 104. ISBN 978-3-411-04066-7
- ^ 世界大百科事典 第2版、日本大百科全書、ブリタニカ国際大百科事典、百科事典マイペディア、大独和辞典、クラウン独和辞典、新アポロン独和辞典、マイスター独和辞典、プログレッシブ和英中辞典(第3版)、ジーニアス英和大辞典など。
- ^ 在デュッセルドルフ日本国総領事館、ドイツ大使館 ドイツ総領事館、『記者ハンドブック 第12版 新聞用字用語集』(共同通信社)、『朝日新聞の用語の手引』、その他マスメディア等。
- ^ 「ジュイスブルク」「ジュースブルク」「ドゥイスブルク」「ドイスブルク」「デュイスブルグ」「デュースブルグ」「ジュイスブルグ」「ジュースブルグ」「ドゥイスブルグ」「ドイスブルグ」「デュイスバーグ」「デュースバーグ」「ジュースバーグ」「ドゥイスバーグ」「ドイスバーグ」「デュイスブール」など。
- ^ “ドイツ連邦共和国概略”. ドイツ大使館 ドイツ総領事館. 2014年7月1日閲覧。
- ^ “中国の「鉄のラクダ」が世界を動かす 現代のシルクロードでいま起きていること”. 朝日新聞グローブ. (2019年2月3日) 2019年7月17日閲覧。
- ^ “How China put German rust-belt city on the map”. POLITICO. (2018年1月11日) 2019年7月17日閲覧。
- ^ “Will Chinese investment rescue a city in Germany’s Rust Belt — or exploit it?”. ワシントン・ポスト. (2018年9月1日) 2019年7月17日閲覧。
- ^ "Das Kunstwerk Tiger & Turtle und seine besondere Symbolik", Westdeutsche Allgemeine Zeitung, 2017.07.15
- ^ 『世界の美しい階段』エクスナレッジ、2015年、197頁。ISBN 978-4-7678-2042-2。