FX型デジタル分光相関器
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FX型デジタル分光相関器(FXがたデジタルぶんこうそうかんき)とは、東京天文台(現:国立天文台)の近田義広らによって開発された電波天文学用の専用解析計算機のこと。日本天文学会の天文学辞典では、「相関器」と解説される[1]。また、書籍「現代の天文学」では「電波分光計」と解説される[2]。それの意味は、恒星、惑星、銀河系、星雲、星団、果ては宇宙の背景輻射に至る、様々な天体からの電波を分光する事によって、それらを構成する物質、温度、相対速度などを観測するための装置だからである。
概説
[編集]名称の由来
[編集]FXの名称の由来は、Fがフーリエ変換、Xが相互相関演算(eXchange Correlation Operation)を表す。フーリエ変換後に相関演算を行うのが特徴。逆の順番で演算を行うものはXF型相関器と呼ばれる。近年は、LSI技術の高度化やホスト計算機の性能向上によって、中間型のシステムも生まれてきており、単に「相関器」または「電波分光計」とする記事もある。
電波天文学における相関演算の意味
[編集]天体からの電磁波を捉えるアンテナ毎に、位相をずらした値を同時に得る事で、「複素デジタル変換」したデータ同士の「和を取り」尚かつ「時間平均を取る演算」の事である。この値を「ビジビリティ(visibilty)」と呼び、干渉計として構成された観測装置の基本的な測定量である。このデータ量は、天体からの電波の輝度分布に一致する。同時に、面積分を行うことで広がった電波輝度分布を測定できる[3]。
成果
[編集]専用演算器が開発された事によって、大型コンピュータに負荷をかけることなく、電波望遠鏡のデータを解析し、スペクトル分析を行うことができるようになった。このことにより、暗黒星雲内に存在する多数の星間分子が同定された[4]。
また、デジタル計算機を用いることが可能になったため、データ処理性能の向上が行われた。具体的には、30日掛かった計算が、1日で終わるようになった。このことにより、観測装置の運用効率が高まり電波天文学分野における研究の効率化に寄与した。
誕生の経緯
[編集]FX型相関器の前史
[編集]- 1965年(昭和40年) - 森本雅樹、赤羽賢司の両名によって東洋レーヨン科学振興基金より800万円が助成。
- 1967年(昭和42年) - 三鷹観測所に「6mミリ波望遠鏡」の建設を開始。
- 1969年(昭和44年) - 海部宣男らによって、「30チャンネル電波分光計」の開発を開始[4]。この「電波分光計」は、フーリエ変換はアナログフィルターで行い、相関演算をデジタルで行う相関器。
- 1972年(昭和47年)- 「電波分光計」によって、パラ分子及び分子の新しい遷移を「72GHz」で検出することに成功。
この「電波分光計」は、ホスト計算機には接続できなかった。そのため16進数で出力されるデータを読取り、電卓を用いて10進数に変換することで、方眼紙に人の手でプロットしなければならないものであった。
デジタル型相関器の歴史
[編集]- 1964年(昭和39年) - 東京大学航空研究所に所属していた「五十嵐寿一、石井泰、杉山清春」によって、試作機を開発。目的は、振動・音響現象における相関現象を解析するためであった[5]。
- 1980年(昭和55年)
- 野辺山宇宙電波観測所内の会議で、デジタル相関器の開発仕様が確定。
- 交渉の結果、開発メーカが確定し、開発を発注。発注先は富士通。
- 1982年(昭和57年)
- 野辺山宇宙電波観測所連名で、「天文月報6月号」にて発表[6]。
- 富士通の「小坂義裕、井手健一、河田俊弘」によって、「計測と制御10月号」に発表[7]。
- 1983年(昭和58年)
- 1984年(昭和59年) - 東京天文台の近田義広は、雑誌「科学」へ「天体観測用の信号解析スーパープロセッサ」として発表[8]。
- 1992年(平成3年) - 川崎市に所在する「エレックス工業」との共同開発により、FPGA及びASICを用いた「F-FX型相関器」を開発。
- 1997年(平成8年) - 沖電気との共同開発により、スペースVLBI計画用(VSOP計画)の「三鷹相関局」が開発され設置[9]。
FX型が生まれた場所
[編集]この計算機は、当時の東京天文台が長野県南佐久郡南牧村にて運用を始まったばかりの、野辺山宇宙電波観測所の10m電波望遠鏡群(ミリ波電波干渉計=以下、NMAと記す)からの観測データ解析を目的として開発を行った[10]。NMA(Nobeyama Milimeter Array)には、分光専門のFX型とUWBC(Ultra Wide Band Correlator)と呼ばれるXF型が搭載されている[11]。UWBCは、検算を行うことが出来る装置でもあり、受信した生データと比較を行うなどの用途にも用いられた。
XF型が生まれた理由
[編集]45mミリ波電波望遠鏡には、当時最先端の技術として音響光学型電波分光計を搭載していた。しかし、この装置は原理的には「アナログ型」である。更には「精密な光学部品」を搭載していた関係で、装置間の個体差が大きく観測運用時の調整が必要となり、運用時には細心の注意を払わなければならないなどのデメリットもあった。そのため、XF型デジタル分光計の開発も行った[9]。
結果
[編集]これらの装置によって、開口合成演算や分光測定の信頼性が高まることになった。具体的な成果としては、NMAのデータ処理時間が短縮され、東京天文台関係者だけによる占有観測所であった野辺山宇宙電波観測所が、共同利用観測施設として公開できるようになった事であると評価されている。
仕組み
[編集]電波望遠鏡から送られてくるデータをデジタル変換した後に、高速フーリエ変換及び各データ間の相関演算を全てハードウェアにて行う[7]。
具体的には、
- 電波望遠鏡の受信部で集められた電波は、高感度の受信素子にて電気信号へ変換される。
- 局所発振器との乗算によって目標となる周波数の電気信号を取り出す。これを検波という。
- この電気信号を基にして複素デジタル変換を行う。この段階では、データ列はシリアルデータである。
- デマルチプレクサによって、パラレルビットへ変換を行う。
- パラレルビットに対して、データ順序の並べ替えを行う。これを直交変換という。
- 高速フーリエ変換演算を行う。ここで第一回目のパイプライン処理を行う。
- データ順序の並べ替えを行う。
- twiddle係数の乗算を行う。
- 高速フーリエ変換演算を行う。ここで第二回目のパイプライン演算を行う。
- 分りづらい知れないが、「5〜9」までの処理の結果は、離散フーリエ変換と同等になる。
- 個別にフーリエ変換されたデータは、個々に相関演算を行うためクロスバーネットワークを介して、相関演算部へ送られる。
- 相関演算部では、各データ間の「相関演算(積分を含む)」を行い、ホスト計算機へ送る。
演算処理の結果は、各周波数毎の「像データ(クロスパワースペクトル)」であるから、この結果を元にして「天体の電波写真」を合成する。
このうち「3〜11」までの処理を行う計算機が「FXデジタル型分光相関器」である。なお、「5〜9」までのプロセス及び「11」については並列化が容易に可能なため、大規模なVLBIシステムを構築する場合にも有効となる。
性能
[編集]演算性能
[編集]- 最初に生まれたデジタル相関分光器の性能は、1MOPS(Million Operation Per Second)程度であった。デジタル分解能は3bitであり、1MHzのクロックで駆動した。
- 次のモデルは、10MHzで駆動するタイプのもので、10MOPSに達した。原理上並列化が容易なため、LSI内部で並列化が行えた。よって、10GOPS相当の相関分光器が誕生した。
- 高密度ASIC化による回路の並列化を行うことで、最終性能は100GOPSに達した。それ以前は、フーリエ変換部と相関演算部は別々のLSIだった。
あくまでも「FX型デジタル分光相関器」における理論性能である。電波写真の合成に関しては、バックエンドに接続されるコンピュータの性能によって最終的には異なる。なお、100GOPSという性能は、相関演算を1秒間に1000億回実施できる性能ということである。
- 最初は、ROMパラメータや加算器、乗算器、除算器による試作機(A4サイズの電子回路基板、なお電子工学の世界では試作回路と呼ぶ)を開発した。
- その回路図を基にして、半導体(ASIC = Application Specific Integrated Circuit)化を行った。
- その後、低価格かつ高性能なFPGA(Field Programmable Gate Array)などがあるため、そちらを応用した相関器も開発した。
- FPGAではVHDLを用いて開発することが出来るため、そのデータを基にして高密度ASICを開発した。
- 接続可能電波望遠鏡数 - 45m × 1、10m × 5
- 演算性能 - 30GOPS(3〜6bit フーリエ変換)
- 入力データ最大値 - 複数×3bit×320Mサンプル/秒
- FFT演算器 - 32パラレル・5段パイプライン・複数6bit演算 × 2
- チャンネル数 - 4096チャンネル
- バンド幅 - 40MHz
- 周波数分解能 - 100KHz 〜 153Hz
- 速度分解能 - 0.03Km/s (1.6GHz)
- 主な使用目的 - 高分解能観測
- 最大データ通信速度 - 240Kbps(ホスト計算機との通信速度)
2008年頃の用途
[編集]ALMA計画では80台の電波望遠鏡群を建設するプロジェクトであるが、その内訳は広がった天体構造を高感度で観測する16台のACA(Atacama Compact Array)干渉計と、64台の高分解能干渉計という2つの望遠鏡である。このACA干渉計にFX型デジタル分光相関器技術が用いられる予定である(以下、総合科学技術会議評価資料参照)。2008年当時は、信頼性検査などの状態であるが、望遠鏡本体との調整が必要なためである。なお、詳細な資料は以下のリンクを参照。
ALMA計画用の「相関器」は、大規模FPGA型の製品を用いたFFT及び相関演算を同時に行う装置である。また、同様の装置は、Acqiris社から帯域1GHzのデジタル分光計AC240が発売されていた[12]。この装置は、ウィーナー=ヒンチンの定理を用いて、同時にFFTと相互相関演算行う仕組みになっている。詳細は、"Tools of Radio Astronomy"[13] 等を参照されたい。
2010年代以降の発展
[編集]専用インターネットの高速化やPCを用いたコンピュータ・クラスター計算機の性能向上に伴い、ソフトウェア処理へと発展した。この方法であるならば、ASICを用いるよりは価格性能比が高く、データ補正などもフレキシブルに対応ができるため、現在の「相関器」はソフトウェア処理によって実現されている[14]。
脚注
[編集]- ^ “相関器 | 天文学辞典” (2017年8月26日). 2021年4月7日閲覧。
- ^ 『宇宙の観測II (シリーズ現代の天文学16)』日本評論社、2020年7月8日、261-272頁。
- ^ “電波干渉計観測の基礎知識”. 茨城大学. 2020年4月8日閲覧。
- ^ a b 海部宣男「私の星間分子30年」『天文月報』92巻1号、1999年1月、42-52頁。
- ^ 五十嵐寿一, 石井泰, 杉山清春「ディジタル型相関器の試作」『東京大学航空研究所集報』第4巻第1号、東京大学航空研究所、1964年3月、7-31頁、CRID 1050285299939545344、ISSN 0563-8097。
- ^ 野辺山宇宙電波観測所「特集:動き出した大型宇宙電波望遠鏡」『天文月報』75巻6号、1982年6月、172-173頁。
- ^ a b c 小坂義裕, 井手健一, 河田俊弘「電波望遠鏡による情報処理」『計測と制御』第21巻第10号、計測自動制御学会、1982年、976-983頁、CRID 1390001206517360896、doi:10.11499/sicejl1962.21.976、ISSN 04534662。}
- ^ a b 近田義広「天体観測用の信号解析スーパープロセッサ」『科学』第54巻第10号、岩波書店、1984年10月、619-628頁、CRID 1523106605298704768、ISSN 00227625。
- ^ a b 奥村幸子「電波で宇宙を見る デジタル相関技術」『計測と制御』第39巻第6号、計測自動制御学会、2000年、401-404頁、CRID 1390282681494878592、doi:10.11499/sicejl1962.39.401、ISSN 04534662。
- ^ 東京天文台野辺山宇宙電波観測所「動き出した大型宇宙電波望遠鏡」『天文月報』75巻6号、1982年6月、165-179頁。
- ^ “干渉計で使われる分光相関器について” (PDF). 茨城大学. 2023年12月18日閲覧。
- ^ “U1080A 8-bit High-Speed cPCI Digitizers with on-board Signal Processing”. Agilent Technology. 2021年4月8日閲覧。
- ^ Wilson Thomas, Rohlf, Kristen, Huettemeister Susanne (December 27, 2013). Tools of Radio Astronomy (6th,2014 ed.). Springer. ISBN 978-3-642-39950-3
- ^ “ソフトウエア相関器、新広帯域システム”. 国立天文台 水沢. 2021年4月8日閲覧。
関連項目
[編集]開発機関
[編集]- 総合研究大学院大学 - 国立天文台 - 野辺山宇宙電波観測所