テリー・リー (1955年生の内野手)
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基本情報 | |
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国籍 | アメリカ合衆国 |
出身地 | カリフォルニア州 |
生年月日 | 1955年12月2日(69歳) |
身長 体重 |
6' 1" =約185.4 cm 190 lb =約86.2 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投左打 |
ポジション | 一塁手 |
プロ入り | 1974年 MLBドラフト1巡目 |
初出場 | NPB / 1983年5月31日 |
最終出場 | NPB / 1983年8月6日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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テリー・スティーブン・リー(Terry Steven Lee、1955年12月2日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の元プロ野球選手(内野手)。
経歴
[編集]カリフォルニア・ポリテクニック州立大学を経て、1974年のMLBドラフト1巡目(全体の19番目)でサンフランシスコ・ジャイアンツに指名され契約。メジャー昇格することなく1980年にミルウォーキー・ブルワーズに移籍したが、ここでもメジャー昇格はならなかった。
その後、リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボルを経て[1]、1983年にNPBの近鉄バファローズにテスト入団。外国人枠の関係から二軍暮らしが続くが、5月下旬にマイク・エドワーズの故障により一軍昇格。初本塁打を満塁弾で飾るなど1か月で10本塁打を放ち、打線の中枢にまで抜擢されるが7月に左肘を脱臼。その後は一軍と二軍の往復を繰り返し、そのままシーズン終了後に解雇となった。その後再びリーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボルで2年間でプレーし引退[1]。
人物
[編集]なお、同選手の登録名は当時の西武・ロッテにそれぞれ「テリー」「リー」という選手がいたため紛らわしいという球団の配慮から、ファーストネームとファミリーネームを合わせたテリーリーとなっている[2]。
詳細情報
[編集]年度別打撃成績
[編集]年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
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1983 | 近鉄 | 44 | 158 | 144 | 22 | 46 | 8 | 0 | 10 | 84 | 29 | 1 | 0 | 0 | 2 | 12 | 1 | 0 | 38 | 4 | .319 | .367 | .583 | .950 |
通算:1年 | 44 | 158 | 144 | 22 | 46 | 8 | 0 | 10 | 84 | 29 | 1 | 0 | 0 | 2 | 12 | 1 | 0 | 38 | 4 | .319 | .367 | .583 | .950 |
記録
[編集]- NPB
- 初出場:1983年5月31日、対阪急ブレーブス戦(阪急西宮スタジアム)、7番・一塁手で先発出場
- 初安打:同上
- 初本塁打・初打点、1983年6月5日、対ロッテオリオンズ戦(藤井寺球場)、7回に土居正史から右越満塁
背番号
[編集]- 77 (1983年)
脚注
[編集]- ^ a b https://www.baseball-reference.com/register/player.fcgi?id=lee---003ter
- ^ 別冊ベースボール「よみがえる1980年代のプロ野球 PART9 1983年編」p.60
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- Baseball-Reference選手の通算成績 - Terry Lee Minor League Statistics & History