チャールズ・ボークラーク (第11代セント・オールバンズ公)
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チャールズ・ボークラーク Charles Beauclerk | |
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第11代セント・オールバンズ公 | |
在位 | 1898年 - 1934年 |
出生 |
1870年3月26日 |
死去 |
1934年9月19日(64歳没) イギリス、サセックス州タイスハースト |
家名 | ボークラーク家 |
父親 | 第10代セント・オールバンズ公ウィリアム・ボークラーク |
母親 | シビル・メアリー・グレイ |
第11代セント・オールバンズ公爵チャールズ・ヴィクター・アルバート・オウブリー・ド・ヴィアー・ボークラーク(英語: Charles Victor Albert Aubrey de Vere Beauclerk, 11th Duke of St Albans、1870年3月26日 - 1934年9月19日)は、イギリスの貴族、イギリス陸軍軍人。1898年までバーフォード伯爵を儀礼称号として用いた。
生涯
[編集]第10代セント・オールバンズ公爵ウィリアム・ボークラークと前妻シビル・メアリー・グレイ(Sybil Mary Grey、陸軍軍人サー・チャールズ・グレイの娘、グレイ伯爵家のヤンガーソン)との長男として誕生した[1][2]。イートン校に学んだのち、1893年に第一ライフガーズ連隊付陸軍中尉となる[1][2]。1898年には南ノッティンガムシャー・ヨーマン騎兵連隊付大尉へと昇進している[1][2]。1898年に父からセント・オールバンズ公爵を継承した[1][2]。
異母弟にあたる第12代セント・オールバンズ公爵によれば、チャールズは終生うつ病に悩まされ、とくに30代からは治療に専念することを余儀なくされたという[註釈 1][3][4]。
1934年にサセックス州タイスハーストで亡くなった[4]。生涯未婚であったことから、爵位は異母弟のオズボーンが継承した[1]。
脚注
[編集]註釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e “St Albans, Duke of (E, 1683/4)”. www.cracroftspeerage.co.uk. 2020年5月19日閲覧。
- ^ a b c d Mosley, Charles, ed (2003). Burke's Peerage, Baronetage & Knighthood (107 ed.). Burke's Peerage & Gentry. p. 3461. ISBN 0-9711966-2-1
- ^ a b 森護『英国の貴族 遅れてきた公爵』大修館書店、1987年、181-182頁。ISBN 978-4469240979。
- ^ a b Peter Murray (1994). Home from the Hills: Three Gentlemen Adventurers pp. 53-54. TouchWood Editions, 1 May 1994, 224 pp. Retrieved from Google Books 18 January 2013. The book calls him Buford, rather than Burford or St Albans.
イングランドの爵位 | ||
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先代 ウィリアム・ボークラーク |
セント・オールバンズ公爵 1898年 - 1934年 |
次代 オズボーン・ボークラーク |