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ダネル・コールズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ダーネル・コールズから転送)
ダネル・コールズ
Darnell Coles
ワシントン・ナショナルズ 打撃コーチ #6
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンバーナーディーノ郡サンバーナーディーノ
生年月日 (1962-06-02) 1962年6月2日(62歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手一塁手外野手
プロ入り 1980年 MLBドラフト1巡目
初出場 MLB / 1983年9月4日
NPB / 1996年4月5日
最終出場 MLB / 1997年5月22日
NPB / 1997年9月10日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ダネル・コールズDarnell Coles, 1962年6月2日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンバーナーディーノ郡サンバーナーディーノ出身の元プロ野球選手内野手)、野球指導者。右投右打。日本在籍時の登録名はダーネル・コールズ。

1996年中日ドラゴンズ1997年阪神タイガースに所属した。

経歴

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現役時代

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1980年MLBドラフトシアトル・マリナーズから1巡目(全体6位)指名され、プロ入り。ある走塁テストでは、後にオークランド・アスレチックスゼネラルマネージャーとして大成するビリー・ビーンらと同組になっている。1983年メジャー初昇格。デトロイト・タイガースに移籍した1986年には142試合に出場し20本塁打、86打点の成績を残し、その年内野手全員が20本塁打以上を打つカルテット[1]の一角を担うが、23失策を喫するなど守備の安定感を欠き、翌1987年途中にはピッツバーグ・パイレーツに移籍。さらに1988年途中には再びマリナーズ、1990年途中には再びタイガース、1991年途中にはサンフランシスコ・ジャイアンツ1992年にはシンシナティ・レッズ1993年にはトロント・ブルージェイズ1995年にはセントルイス・カージナルスと転々と移籍。

中日時代

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1996年中日ドラゴンズに入団。全試合出場を達成し、主に1番打者として打率.302、29本塁打、79打点得点圏打率セ・リーグトップの好成績を残すが、鈍足と守備の悪さが問題になり、翌年からナゴヤドームへの本拠地移転に伴い、ドーム野球に適応しにくいとみなされ同年オフ解雇される。ちなみにコールズに使用されていた応援歌は翌年入団したレオ・ゴメスに歌詞を変えて転用された。

1997年にはコロラド・ロッキーズでメジャー復帰を果たしていた。

阪神時代

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マイク・グリーンウェルが「神のお告げ」と称し引退・退団したために長距離砲の獲得が急務となっていた阪神タイガースに入団したものの、故障が重なるなどで思うような働きができず同年限りで解雇となった。応援歌は嶋田章弘のものが流用されたが、これとは別に関東限定の応援歌も存在した(爽健美茶のCMの替え歌)。

代理人は往年の名助っ人外国人ブーマー・ウェルズであった。

引退後

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2006年からワシントン・ナショナルズの巡回打撃コーチを務め、2007年には同球団傘下のA-級バーモント・レイクモンスターズ英語版の監督、2008年にはA級ヘイガーズタウン・サンズ英語版の監督を務めた。2009年からはAAA級シラキュース・チーフスの打撃コーチに就任した。

2012年からはミルウォーキー・ブルワーズ傘下球団で監督を務めた。

2013年11月25日、デトロイト・タイガースの打撃コーチ補佐に就任することが発表された[2]

2015年から4年間はミルウォーキー・ブルワーズの打撃コーチを務めた。

2019年シーズンからはアリゾナ・ダイヤモンドバックスの打撃コーチに就任した[3]2021年6月10日、チームの打撃成績の低迷を理由として、打撃コーチ補佐のエリック・ヒンスキーと共に打撃コーチを解任された[4]

2022年からはワシントン・ナショナルズの打撃コーチを務める[5]

詳細情報

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年度別打撃成績

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O
P
S
1983 SEA 27 100 92 9 26 7 0 1 36 6 0 3 1 0 7 0 0 12 8 .283 .333 .391 .725
1984 48 165 143 15 23 3 1 0 28 6 2 1 3 0 17 0 2 26 5 .161 .259 .196 .455
1985 27 71 59 8 14 4 0 1 21 5 0 1 0 2 9 0 1 17 0 .237 .338 .356 .694
1986 DET 142 587 521 67 142 30 2 20 236 86 6 2 7 8 45 3 6 84 8 .273 .333 .453 .786
1987 53 169 149 14 27 5 1 4 46 15 0 1 2 1 15 1 2 23 1 .181 .263 .309 .572
PIT 40 144 119 20 27 8 0 6 53 24 1 3 3 2 19 2 1 20 3 .227 .333 .445 .779
'87計 93 313 268 34 54 13 1 10 99 39 1 4 5 3 34 3 3 43 4 .201 .295 .369 .665
1988 68 241 211 20 49 13 1 5 79 36 1 1 0 7 20 1 3 41 3 .232 .299 .374 .673
SEA 55 221 195 32 57 10 1 10 99 34 3 2 2 3 17 0 4 26 5 .292 .356 .508 .864
'88計 123 462 406 52 106 23 2 15 178 70 4 3 2 10 37 1 7 67 8 .261 .326 .438 .765
1989 146 573 535 54 135 21 3 10 192 59 5 4 2 3 27 1 6 61 13 .252 .294 .359 .653
1990 37 113 107 9 23 5 1 2 36 16 0 0 0 1 4 1 1 17 1 .215 .248 .336 .584
DET 52 122 108 13 22 2 0 1 27 4 0 4 1 1 12 1 0 21 3 .204 .281 .250 .531
'90計 89 235 215 22 45 7 1 3 63 20 0 4 1 2 16 2 1 38 4 .209 .265 .293 .558
1991 SF 11 14 14 1 3 0 0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 0 2 1 .214 .214 .214 .429
1992 CIN 55 149 141 16 44 11 2 3 68 18 1 0 3 2 3 0 0 15 1 .312 .322 .482 .804
1993 TOR 64 217 194 26 49 9 1 4 72 26 1 1 1 2 16 1 4 29 3 .253 .319 .371 .691
1994 48 156 143 15 30 6 1 4 50 15 0 0 0 2 10 0 1 25 2 .210 .263 .350 .612
1995 STL 63 158 138 13 31 7 0 3 47 16 0 0 0 1 16 1 3 20 1 .225 .316 .341 .657
1996 中日 130 579 513 77 155 15 1 29 259 79 0 3 3 3 54 3 6 79 12 .302 .373 .505 .878
1997 COL 21 23 22 1 7 1 0 1 11 2 0 0 0 0 0 0 1 6 0 .318 .348 .500 .848
阪神 63 246 231 28 56 16 0 7 93 28 0 0 0 1 13 0 1 40 14 .242 .285 .403 .687
MLB:14年 957 3223 2891 333 709 142 14 75 1104 368 20 23 25 35 237 12 35 445 58 .245 .307 .382 .689
NPB:2年 193 825 744 105 211 31 1 36 352 107 0 3 3 4 67 3 7 119 26 .284 .347 .473 .820

年度別守備成績

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内野守備


一塁(1B) 三塁(3B) 遊撃(SS)




































1983 SEA - 26 17 47 4 8 .941 -
1984 - 42 28 62 8 10 .918 -
1985 - 7 2 7 1 0 .900 15 19 37 5 10 .918
1986 DET - 133 107 242 23 23 .938 2 1 0 0 0 1.000
1987 9 50 3 0 1 1.000 36 31 63 17 5 .847 1 0 1 0 0 1.000
PIT 1 2 0 0 0 1.000 10 9 19 3 0 .903 -
'87計 10 52 3 0 1 1.000 46 40 82 20 5 .859 1 0 1 0 0 1.000
1988 1 2 0 1 0 .667 1 0 0 0 0 ---- -
SEA 1 0 0 0 0 ---- - -
'88計 2 2 0 1 0 .667 1 0 0 0 0 ---- -
1989 18 118 8 3 11 .977 26 15 59 4 6 .949 -
1990 4 18 3 1 1 .955 6 2 20 5 0 .815 -
DET - 8 6 19 2 2 .926 -
'90計 4 18 3 1 1 .955 14 8 39 7 2 .870 -
1991 SF 1 4 0 0 0 1.000 - -
1992 CIN 20 146 8 0 7 1.000 23 8 34 0 1 1.000 -
1993 TOR 1 1 0 0 0 1.000 16 11 19 4 0 .882 -
1994 10 48 2 2 6 .962 7 6 6 1 1 .923 -
1995 STL 18 122 7 1 7 .992 22 13 26 2 1 .951 -
1996 中日 - 126 89 209 20 16 .937 -
1997 COL - 3 0 3 0 0 1.000 -
阪神 14 131 11 1 15 .993 23 16 18 3 1 .919 -
MLB 84 511 31 8 33 .985 366 255 626 74 57 .923 18 20 38 5 10 .921
NPB 14 131 11 1 15 .993 149 105 227 23 17 .935 -
外野守備(MLB)


左翼(LF) 右翼(RF)
























1984 SEA 3 3 1 0 0 1.000 -
1985 2 4 0 0 0 1.000 -
1986 DET - 2 3 0 0 0 1.000
1987 2 0 0 0 0 ---- 6 3 0 0 0 1.000
PIT 1 1 0 0 0 1.000 25 27 1 0 0 1.000
'87計 3 1 0 0 0 1.000 31 30 1 0 0 1.000
1988 - 55 99 0 1 0 .990
SEA 43 63 3 1 0 .985 4 4 0 0 0 1.000
'88計 43 63 3 1 0 .985 59 103 0 1 0 .990
1989 7 9 0 1 0 .900 83 176 9 4 3 .979
1990 - 20 32 0 1 0 .970
DET 4 4 0 0 0 1.000 9 7 0 0 0 1.000
'90計 4 4 0 0 0 1.000 29 39 0 1 0 .975
1991 SF - 3 0 0 0 0 ----
1992 CIN 3 4 0 0 0 1.000 2 3 0 0 0 1.000
1993 TOR 31 41 0 1 0 .976 13 24 1 2 0 .926
1994 24 41 0 1 0 .976 5 9 1 0 0 1.000
1995 STL 1 1 0 0 0 1.000 -
1997 COL 2 0 0 0 0 ---- -
MLB 123 171 4 4 0 .978 227 387 12 8 3 .980
外野守備(NPB)


外野手












1997 阪神 20 19 0 1 0 .950
NPB 20 19 0 1 0 .950

記録

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NPB
  • 初出場・初先発出場:1996年4月5日、対広島東洋カープ1回戦(広島市民球場)、1番・三塁手として先発出場
  • 初安打・初本塁打・初打点:1996年4月6日、対広島東洋カープ2回戦(広島市民球場)、1回表に山内泰幸から左越先頭打者本塁打

背番号

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  • 11(1983年、1993年 - 1994年、2015年 - 2021年)
  • 19(1984年 - 1987年途中)
  • 7(1987年途中 - 1988年途中)
  • 2(1988年途中 - 1989年)
  • 33(1990年 - 同年途中)
  • 21(1990年途中 - 1991年、1997年途中 - 同年終了)
  • 26(1992年)
  • 15(1995年)
  • 4(1996年)
  • 28(1997年 - 同年途中)
  • 59(2014年)

脚注

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  1. ^ 1986年のタイガースの内野陣は、一塁手のダリル・エバンスが29本塁打、二塁手のルー・ウィテカーが20本塁打、三塁手のコールズが20本塁打、遊撃手のアラン・トランメル(のちタイガース監督)が21本塁打と内野手全員が20本塁打を打った。他にも捕手のランス・パリッシュが22本塁打、右翼手のカーク・ギブソンが28本塁打と、実に6人が20本塁打以上を記録した。
  2. ^ Tigers name Coles assistant hitting coach MLB.com, November 25, 2013
  3. ^ Dバックス新打撃コーチに元中日、阪神のコールズ氏が就任 地元メディア伝える”. Full-count (2018年11月1日). 2019年4月4日閲覧。
  4. ^ Steve Gilbert (2021年6月10日). “D-backs dismiss coaches Coles, Hinske” (英語). MLB.com. 2021年6月11日閲覧。
  5. ^ Jessica Camerato (2021年10月19日). “Coles returns to Nats as hitting coach”. MLB.com. 2022年4月24日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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