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ダグラス・有沢の法則

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ダグラス・有沢の法則(だぐらす・ありさわのほうそく)とは、1930年代にアメリカ経済学者であるポール・ダグラスが発見し、日本の経済学者である有沢広巳が日本経済において実証した法則[1][2][3]世帯主の収入と配偶者の就業率の間には負の相関関係があることを明らかにした。具体的には、男性配偶者の所得が高いと女性配偶者の就業率が低くなること。労働経済学男女共同参画社会におけるキーワード。

概要

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3つの法則に分けて要約することができる[3][4][5]

  • 第1法則:家計内の最も所得の高い構成員(伝統的には夫)の所得が高ければ高いほどその他の構成員(伝統的には妻)の就業率が低くなる。
  • 第2法則:家計内の最も所得の高い構成員以外の構成員(伝統的には妻)の所得が高ければ高いほど、その構成員の就業率が高くなる。
  • 第3法則:家計内の最も所得の高い構成員(伝統的には夫)の就業率は、その他の構成員(伝統的には妻)の所得にほとんど依存しない。

第一法則は,夫の所得が高いと妻の労働供給のインセンティブを減らす可能性を示唆している[6]

日本のデータを用いた実証研究の結果

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1993年から2006年までの14年間のデータを用いた研究では、賃金を制御した労働供給関数を推定して、第1法則が確認できたことが報告されている[注 1][6]。1993年から2004年の有配偶者の夫婦を用いた分析では、夫の所得と妻の所得の負の関係は観察されるものの相関関係が弱く、女性間の所得格差が配偶者の所得で相殺されなくなってきていると述べられている[注 2][7]。1982年から2002年までのデータを用いた研究では、夫の収入が高いと妻の就業率が低くなるという傾向は弱まってきており、ダグラス・有沢の法則は「全体として崩れる傾向にあ」ると述べられている[注 3][8][注 4]

2002年から2006年のデータを用いた研究では、(1)男性配偶者の収入が200~299万円あたりのときに女性配偶者の就業率がピークに達し、その後男性配偶者の収入が多くなるにつれて女性配偶者の就業率が低下すること、(2)25~54歳の女性配偶者に限定して相関を調べると男性配偶者の収入が多くなるほど女性配偶者の就業率が低下することが示されており、ダグラス・有沢の法則が概ね成立することが示唆されている[注 5][12]

2019年から2020年のデータを用いた研究では、(1)女性配偶者の年収が200万円以上のケースに限ると、高所得女性と高所得男性が夫婦になる傾向にあり夫婦の収入に比例関係はないこと、(2)年収400万円以上の男性配偶者のケースに限ると、男性の年収の増加と共に女性配偶者の就業率が低下する傾向にあり、ダグラス・有沢の法則は成立するものの、男性配偶者の年収が1500万円以上であっても女性配偶者の就業率は60%以上であることをが示されている[注 6][13]

男性配偶者の所得が高くなると女性配偶者の就業率が低くなるという傾向は2000年代以降も依然として観察されるものの、男性配偶者の所得と女性配偶者の就業率の負の相関の程度が弱まってきていることは多くの研究で示されており、その要因として高所得同士が夫婦となりいわゆる「パワーカップル」となる傾向が出てきていることが指摘されている[14][15][16][17][18]

脚注

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注釈

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  1. ^ 家計経済研究所の『消費生活に関するパネル調査』から得た194人の女性を含む1359の個人からなるデータに基づく[6]
  2. ^ 家計経済研究所の『消費生活に関するパネル調査』から得た、330の配偶者のいる個人のデータに基づく[7]
  3. ^ 総務省統計局の『就業構造基本調査』の各年度版(1982年から2002年)から得たデータに基づく[8]
  4. ^ 小尾恵一郎は家計における核所得者(家計内の最も所得の高い構成員)と非核所得者(家計内の最も所得の高い構成員以外の構成員)の概念を明示的に示した日本における労働供給研究の草分けとされる[5][9]. 小尾の精緻な理論モデルはダグラス・有沢の法則に依拠している[10][11]
  5. ^ 総務省統計局の『労働力調査』のから得たデータに基づく[12]
  6. ^ 厚生労働省の『令和元年国民生活基礎調査』、総務省統計局の『令和2年労働力調査』から得たデータに基づく[13]

出典

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  1. ^ Douglas, Paul (1934) The Theory of Wages, Kelly and Milman.
  2. ^ 中山伊知朗「有沢広巳「賃金構造と経済構造 低賃金の意義と背景」」『賃金基本調査 : その構造・形態および体制』東洋経済新報社、1956年、40-57頁。NDLJP:3032797 
  3. ^ a b 牧, 厚志・宮内, 環・浪花, 貞夫・縄田, 和満「第2章 労働供給分析」『応用計量経済学Ⅱ』、多賀出版株式会社、2001年。 
  4. ^ 武内真美子「『ダグラス=有澤法則』に関する一考察」『OSIPP Discussion Paper : DP-2006-J-003.Rev』2006年。 
  5. ^ a b 武内真美子「『ダグラス=有澤法則』に関する一考察」『国際公共政策研究』第11巻第2号、大阪大学大学院国際公共政策研究科、2007年3月、125-141頁、CRID 1050845762777683328hdl:11094/9841ISSN 13428101 
  6. ^ a b c 張世頴「既婚女性の労働供給と夫の所得」『社会保障研究』第47巻第4号、国立社会保障・人口問題研究所、2012年、401-412頁、ISSN 03873064NDLJP:11302822。「国立国会図書館デジタルコレクション」 
  7. ^ a b 浜田浩児「夫婦所得の世帯間格差に対する妻の所得の寄与度」『生活経済学研究』第25巻、生活経済学会、2007年、93-104頁、CRID 1390282680743835264doi:10.18961/seikatsukeizaigaku.25.0_93ISSN 13417347 
  8. ^ a b 眞鍋倫子「夫の収入と妻の就業の関係の変化 : その背景と帰結」『東京学芸大学紀要. 第1部門教育科学』第56巻、東京学芸大学紀要出版委員会、2005年3月、71-78頁、CRID 1050288469017215360hdl:2309/2068ISSN 0387-8910 
  9. ^ 岩田暁一・西川俊作 『KEO実証経済学』慶応義塾大学産業研究所 KEOモノグラフシリーズ No. 6, 1995年 p. iv
  10. ^ 小尾恵一郎(1969) 「家計の労働供給の一般図式について」 『三田学会雑誌』第62巻8号 pp. 17-45
  11. ^ 小尾恵一郎(1979) 「家計の労働供給の一般理論について:供給確率と就業の型の決定機構」『三田学会雑誌』第72巻6号 pp.720-745
  12. ^ a b 総務省統計局「夫の収入と妻の就業率の関係について(ダグラス・有沢の法則)」2008年。 総務省統計局(平成20年1月21日)。
  13. ^ a b 久我, 尚子 (2021年11月18日). “パワーカップル世帯の動向-コロナ禍でも増加、夫の年収1500万円以上でも妻の約6割は就労”. ニッセイ基礎研究所. 2024年1月15日閲覧。
  14. ^ 高山, 憲之・有田, 富美子『貯蓄と家計資産のマイクロデータ分析』一橋大学経済研究業叢書 No.46, 1996年, 岩波書店.
  15. ^ 小原美紀「専業主婦は裕福な家庭の象徴か?:妻の就業と所得不平等に税制が与える影響」『日本労働研究雑誌』第43巻第8号、労働政策研究・研修機構、2001年8月、15-29頁、CRID 1522543655784263680ISSN 09163808 
  16. ^ 大石, 亜希子 「有配偶女性の労働供給と税制・社会保障制度」『季刊社会保障研究』Vol.39, No.3, 2003年, pp.286-300.
  17. ^ 樋口美雄 ほか「パネル データに見る所得階層の固定性と意識変化」『日本の所得格差と社会階層』、日本評論社、2003年、45-84頁、CRID 1571698600691892480 
    所収:樋口美雄, 財務省財務総合政策研究所, 大竹文雄, 太田清, 盛山和夫, 石田浩, 苅谷剛彦, 玄田有史, 山田昌弘, 大沢真理, 関沢英彦, 八代尚宏, 猪木武徳, 法專充男, 鈴木盛雄, 飯島隆介, 川出真清, 坂本和靖『日本の所得格差と社会階層』日本評論社、2003年。ISBN 4535553602全国書誌番号:20537415https://id.ndl.go.jp/bib/000004310011 
  18. ^ 佐々木昇一「日本における学歴同類婚と妻の労働供給が家計所得の変動に与える影響に関する実証分析」『生活経済学研究』第50巻、生活経済学会、2019年9月、19-34頁、CRID 1390565134843197568doi:10.18961/seikatsukeizaigaku.50.0_19ISSN 13417347