ダグラス・グラハム (第5代モントローズ公爵)
第5代モントローズ公爵ダグラス・ベレスフォード・マリス・ロナルド・グラハム(Douglas Beresford Malise Ronald Graham, 5th Duke of Montrose KT、1852年11月7日 – 1925年12月10日)は、イギリス陸軍の軍人、スコットランド貴族。同時代のスコットランド有数の地主(1883年時点で103,447エーカーを所有)であり、スターリングシャー統監、選挙名簿管理長官、スコットランド教会総会への勅使、シッスル騎士団長を歴任した[1]。
1872年から1874年までブキャナン侯爵の儀礼称号を使用した[1]。
生涯
[編集]第4代モントローズ公爵ジェームズ・グラハムと妻キャロライン・アグネス(1818年 – 1894年11月16日、第2代デシーズ男爵ジョン・ホースリー=ベレスフォードの娘)の三男として、1852年11月7日にロンドンで生まれた[1][2]。長兄ジェームズ・ジョンは1846年1月に生後11か月で夭折し、次兄ジェームズも1872年に満24歳で早世した[1]。1865年から1869年までイートン・カレッジで教育を受けた後、1874年12月30日に父が死去すると、モントローズ公爵位を継承した[1]。
1870年10月22日に中尉としてハイランド・ボーダラーズ軽歩兵民兵連隊(Highland Borderer's Light Infantry Regiment of Militia)に入隊[3]、1876年6月14日に名誉隊長に任命された[4]。連隊が1881年のチルダース改革でルイーズ王女のサザーランド・アンド・アーガイル・ハイランダーズ連隊第3大隊に再編されると、1881年10月22日に名誉隊長を辞任して副隊長(中佐)に就任[5]、1897年6月に大隊の指揮官に任命された[6]。1883年1月10日にラナークシャー・ヨーマンリー連隊の大尉から少佐に昇進した[7]。
正規軍では1872年8月14日に少尉としてコールドストリームガーズに入隊[8]、1875年2月27日に第5ロイヤル・アイリッシュ・ランサーズ連隊に転じ[9]、同年8月に1874年8月14日付で中尉に昇進したことが発表された[10]。1877年9月5日に正規軍から引退した[11]。ただし、第二次ボーア戦争には1902年に参戦して、飾版つき記章(medal, 2 clasps)を授与された[1]。1914年に第一次世界大戦が勃発すると、同年9月27日にルイーズ王女のサザーランド・アンド・アーガイル・ハイランダーズ連隊第7大隊の臨時副隊長に任命された[12]。また1897年6月にヴィクトリア女王の定員外エー=ド=カン(副官)に任命されており[6]、エドワード7世、ジョージ5世の治世でも続投したが[1]、1915年11月20日に王室家政の規模削減により辞任した[13]。1917年8月8日、准将を名誉階級として与えられた[14]。
1879年11月29日にシッスル勲章を授与され[1]、1917年4月7日にシッスル騎士団長に任命された[15]。1890年5月3日に選挙名簿管理長官に任命された[16]。1907年に大日本帝国より旭日章を授与された[1]。1916年5月8日にスコットランド教会総会への勅使に任命され[17]、1917年5月7日にも同様の任命がなされた[18]。
1883年時点でスターリングシャーに68,565エーカー、パースシャーに32,294エーカー、ダンバートンシャーに2,588エーカー、合計で103,447エーカー(年収24,872ポンド相当)を所有する大地主である[1]。1885年7月23日にスターリングシャー統監に任命され[19]、1925年に死去するまで務めた[20]。
1925年12月10日にグラスゴーで死去、14日にスターリングシャーのブキャナンで埋葬された[1]。長男ジェームズが爵位を継承した[1]。
家族
[編集]1876年7月24日、ヴァイオレット・ハーマイオニー・グラハム(1854年9月10日 – 1940年11月21日[21]、第3代準男爵サー・フレデリック・グラハムの娘)と結婚[1]、3男2女をもうけた[22]。
- ジェームズ(1878年5月1日 – 1954年1月20日) - 第6代モントローズ公爵[1][21]
- ヘレン・ヴァイオレット(1879年7月1日 – 1945年8月27日) - 生涯未婚[23]
- ハーマイオニー・エミリー(Hermione Emily、1882年2月22日[22] – 1978年3月3日) - 1906年3月29日、第25代キャメロン氏族長ドナルド・ウォルター・キャメロンと結婚、子供あり[24]
- ダグラス・マリス(1883年10月14日 – 1974年11月20日) - 陸軍軍人、第一次世界大戦に参戦。1919年7月29日、レイチェル・メアリー・ホランド(Rachel Mary Holland、1891年3月1日 – 1977年6月6日[25]、第2代ナッツフォード子爵シドニー・ホランドの娘)と結婚、子供あり[23]
- アラステア・マンゴ(Alastair Mungo、1886年5月12日 – 1976年) - 海軍軍人、第一次世界大戦に参戦。1916年5月4日、メリエル・オリヴィア・バサースト(Meriel Olivia Bathurst、1894年9月3日 – 1936年1月18日[26]、第7代バサースト伯爵シーモア・バサーストの娘)と結婚、子供あり。1944年10月24日、シーラ・ヴァイオレット・エッジワース・リード(Sheelah Violet Edgeworth Reade、エセックス・エッジワース・ウィリアム・ダグラス・リードの娘)と再婚、子供なし[23]
出典
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k l m n Cokayne, George Edward; Doubleday, Herbert Arthur; Howard de Walden, Thomas, eds. (1936). The Complete Peerage, or a history of the House of Lords and all its members from the earliest times (Moels to Nuneham) (英語). Vol. 9 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press. pp. 159–160.
- ^ Paul, James Balfour, Sir, ed. (1909). The Scots Peerage (英語). Vol. VI. Edinburgh: David Douglas. pp. 273–274.
- ^ "No. 23672". The London Gazette (英語). 28 October 1870. p. 4648.
- ^ "No. 24336". The London Gazette (英語). 13 June 1876. p. 3457.
- ^ "No. 25029". The London Gazette (英語). 21 October 1881. p. 5197.
- ^ a b "No. 26867". The London Gazette (Supplement) (英語). 25 June 1897. p. 3570.
- ^ "No. 25186". The London Gazette (英語). 9 January 1883. p. 154.
- ^ "No. 23886". The London Gazette (英語). 13 August 1872. p. 3645.
- ^ "No. 24184". The London Gazette (英語). 26 February 1875. p. 810.
- ^ "No. 24236". The London Gazette (英語). 13 August 1875. p. 4072.
- ^ "No. 24500". The London Gazette (英語). 4 September 1877. p. 5097.
- ^ "No. 28922". The London Gazette (英語). 2 October 1914. p. 7825.
- ^ "No. 29427". The London Gazette (英語). 4 January 1916. p. 183.
- ^ "No. 30225". The London Gazette (Supplement) (英語). 10 August 1917. p. 8173.
- ^ "No. 30012". The London Gazette (英語). 10 April 1917. p. 3403.
- ^ "No. 26058". The London Gazette (英語). 3 June 1890. p. 3134.
- ^ "No. 29573". The London Gazette (英語). 9 May 1916. p. 4550.
- ^ "No. 30055". The London Gazette (英語). 8 May 1917. p. 4356.
- ^ "No. 25493". The London Gazette (英語). 24 July 1885. p. 3426.
- ^ Sainty, John Christopher (September 2005). "Lieutenants and Lord-Lieutenants of Counties (Scotland) 1794-". Institute of Historical Research (英語). 2019年7月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月19日閲覧。
- ^ a b Cokayne, George Edward; Hammond, Peter W., eds. (1998). The Complete Peerage, or a history of the House of Lords and all its members from the earliest times (Addenda & Corrigenda) (英語). Vol. 14 (2nd ed.). Stroud: Sutton Publishing. p. 485. ISBN 978-0-7509-0154-3。
- ^ a b Burke, Sir Bernard; Burke, Ashworth Peter, eds. (1934). A Genealogical and Heraldic History of the Peerage and Baronetage, The Privy Council, and Knightage (英語). Vol. 2 (92nd ed.). London: Burke's Peerage, Ltd. p. 1709.
- ^ a b c Mosley, Charles, ed. (2003). Burke’s Peerage, Baronetage & Knightage Clan Chiefs Scottish Feudal Barons (英語). Vol. 2 (107th ed.). London: Burke's Peerage Limited. pp. 2753–2754. ISBN 978-0-97119662-9。
- ^ Mosley, Charles, ed. (2003). Burke’s Peerage, Baronetage & Knightage Clan Chiefs Scottish Feudal Barons (英語). Vol. 1 (107th ed.). London: Burke's Peerage Limited. p. 656. ISBN 978-0-97119662-9。
- ^ Mosley, Charles, ed. (2003). Burke’s Peerage, Baronetage & Knightage Clan Chiefs Scottish Feudal Barons (英語). Vol. 2 (107th ed.). London: Burke's Peerage Limited. p. 2216. ISBN 978-0-97119662-9。
- ^ Mosley, Charles, ed. (2003). Burke’s Peerage, Baronetage & Knightage Clan Chiefs Scottish Feudal Barons (英語). Vol. 1 (107th ed.). London: Burke's Peerage Limited. p. 216. ISBN 978-0-97119662-9。
外部リンク
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