ダグラ
居住地域 | |
---|---|
カリブ海地域、特にトリニダード・トバゴ、ガイアナ、ジャマイカ、スリナム | |
言語 | |
英語、フランス語、オランダ語、カリブ・ヒンドゥスターニー語 | |
宗教 | |
主流: 少数: | |
関連する民族 | |
アフロ・カリビアン、インド・カリビアン |
ダグラ(Dougla、複数形: ダグラス Douglas)は、アフリカ系とインド系の混血である人々[1]。Dougla(または、Dugla、Doglaとも)の語は、オランダ人とカリブ海の英語話者に用いられている。
定義
[編集]ダグラの語源は、カリブ・ヒンドゥスターニー語で「ふたつ」ほど、あるいは「多い」や「多大」、「混合」を意味するdoogala (दुगला)にある[2]。西インド諸島地域では、この言葉は黒人とインド系の混血に対してのみ使われた[3]。ヒンディー語において、"do"は2つを、"gala"は喉を意味する。これはおそらく、インドの言語とアフリカの言語を話すこと可能であったからと考えられる(バイリンガル)。また、神戸大学の人類学者、柴田佳子によれば、ダグラのヒンディー語における語源は「私生児」であるとしながらも、トリニダード・トバゴとガイアナにおいては中性的なニュアンスの言葉であると説明している[1]。
ガイアナでは、アフリカ系ガイアナ人とインド系ガイアナ人が全国民の半数を、ダグラが15%を占めている。
フランス領西インド諸島(グアドループ、マルティニーク)では、アフリカ・インド系の人々はBatazendienやChapé-Coolieと呼ばれていた。
歴史
[編集]1806年に大英帝国で奴隷貿易法が成立する。膨張し続けるイギリス等ヨーロッパ諸国の植民地と、それらの地域における労働力不足を背景として、インド人の年季奉公者がカリブ海沿岸地域をはじめとした海外領土に送り出されていった[4]。トリニダード・トバゴでは、1845年に225人のインド人年季奉公者が送られたのを皮切りに、合計で14万人ものインド人がこの国に移住した。年季奉公制度は1917年には終了したものの、その後もカリブ海地域へのインド人移民の流入は続いた。かれらの大多数は、ベンガル州やビハール州、ウッタル・プラデーシュ州といった地域出身の、貧しい農民であった[5]。彼らインド人年季労働者は、強制移住させられたアフリカ系奴隷と異なり、カリブ海に移住してからも出身地域の慣習・文化・信仰を維持することができた。ただし、移住したインド人たちは男女比率のいびつさに直面していた。1914年に至っても、男性に対する女性の比率は35%を超えることはなかった[6][5]。
アフリカ系=インド系間の人種混淆以前の話として、インド系=ヨーロッパ系の異人種間交際については、それが合意的な関係であろうとなかろうと、散発的な記録しか残っていない[7]。1992年に柴田佳子がガイアナとトリニダード・トバゴ、スリナムで行った聞き取り調査によれば、黒人とインド系との通婚が見られるようになったのは「トリニダード・トバゴとガイアナにおいてはここ20-30年」、「スリナムにおいてはもっと最近のこと」とする報告を行っている[8]。
インド系の、ほかの人種混淆にルーツを持つ人々(インド系中国人(チンディアン)、インド系ラテンアメリカ人(テグリ、Tegli)、インド系イギリス人(アングロ・インディアン)、インド系ポルトガル人(ルソ・インド人)、インド系アイルランド人(アイルランド系インド人)、インド系スコットランド人(スコットランド系インド人)、インド系オランダ人、アラブ系インド人、インド系カリブ人)は、それぞれの島においては、非混血のルーツ(アフリカ系、インド系、アメリンディアン/アメリカ先住民、ヨーロッパ系)を自認するか、そのいずれかの人種として振る舞うことが多かった[9]。
トリニダード文化において
[編集]カリプソニアンのマイティ・ダグラ(クレトゥス・アリ、Clatis Ali)は1960年代に、「Split Me in Two」のなかでダグラの苦境について以下のように歌い上げている[10]:
「もし彼らがインド人をインドに
"If they sending Indians to India
アフリカ人をアフリカに送り返すなら
And Africans back to Africa
じゃあ誰か教えてくれ俺に
Well somebody please just tell me
哀れな俺をどこへ送るんだ?
Where they sending poor me?
インド人でもなければアフリカ人でもない
I am neither one nor the other
どちらをとっても似たりよったり
Six of one, half a dozen of the other
だからもし彼らが人々をほんとうの故郷へ送り返すなら
So if they sending all these people back home for true
俺を真っ二つにしなければ!」
They got to split me in two"
また、中国系トリニダード・トバゴ人作家のウィリー・チェン(英: Willi Chen)は、小説『奇妙な御馳走』(英: "Trotters")[注釈 1]で、トリニダード・トバゴにおけるインド系とアフリカ系の確執と、同国のインド人社会におけるダグラの社会的地位を描き出した[11]。
著名なダグラ
[編集]- クレトゥス・アリ - トリニダードの音楽家、マイティ・ダグラとして知られる
- タチアナ・アリ - トリニダード・トバゴ系/黒人のパナマ系アメリカ人の女優
- エスター・アンダーソン - 女優(イギリス国籍、ジャマイカ出身)[12]
- ジョンソン・ベハリー - グレナダ出身のイギリス陸軍の兵士[13]
- メリッサ・ベル - ジャマイカ系イギリス人の歌手、アレクサンドラ・バークの母
- フォクシー・ブラウン - ラッパー(アメリカ合衆国、トリニダード・トバゴにルーツ[14])
- アレクサンドラ・バーク、イギリス系ジャマイカ人の歌手、メリッサ・ベルの娘
- スーパーキャット - ジャマイカのDeejay、ダンスホール・レゲエDJ[15]
- マーヴィン・ダイマリー - トリニダード系アメリカ人、カリフォルニア州の政治家[16]
- スペシャル・エド - ジャマイカ系のアメリカ人、ラッパー
- マーリーン・マラホ・フォート - ジャマイカの政治家[17]
- エイミー・アシュウッド・ガーヴェイ - ジャマイカ出身、パン・アフリカ主義の活動家、ジャーナリスト[18][19]
- リサ・ハンナ - ミス・ワールド1993、ジャマイカの国会議員
- カマラ・ハリス - アメリカ合衆国副大統領(インド=ジャマイカ)
- レスター・ホルト - アメリカ合衆国のニュースアンカー、ジャーナリスト[20][21]
- ダイアナ・キング - 歌手(アメリカ在住のジャマイカ人[22])
- ソネット・ラベ - ガイアナ系カナダ人の詩人
- トレバー・マクドナルド - トリニダード系イギリス人のニュースキャスター、ジャーナリスト
- ニッキー・ミナージュ - 歌手、ラッパー(アメリカ在住、トリニダード・トバゴ出身)
- ニコール・ナレイン - 『プレイボーイ』誌のモデル、女優
- ラジ―・ナリネシン - 女優、LGBT活動家(アメリカ合衆国、トリニダード・トバゴ系[23])
- フルジェル・ナルシン、アララト=アルメニア所属のサッカー選手(オランダ、スリナム系)
- ルシアーノ・ナルシン、フェイエノールト所属のサッカー選手、フルジェル・ナルシンは兄(オランダ、スリナム系)
- ロクサーヌ・ペルサウド - ニューヨーク州議会上院議員(アメリカ、ガイアナ出身[24][25][26])
- ターラ・プラシャド - 歌手、モデル[27][28]
- ジェマ・ラムキーソーン - ソーシャルワーカー、フェミニスト(トリニダード・トバゴ[18])
- クリシュマー・サントキー - クリケット選手
- エイブラヒム・シモンズ - 子供の権利活動家(ジャマイカ)
- トニ=アン・シン - ミス・ワールド2019(ジャマイカ)
- ジョイス・ヴィンセント - 死後2年以上に渡り、ロンドンの自室に死んだままおかれていた女性(イギリス、グレナダ系[29])
- XXXテンタシオン - ラッパー(アメリカ合衆国、ジャマイカ系[30])
関連項目
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ "Trotters"は、ここでは「豚の足」の意。
出典
[編集]- ^ a b 柴田 1993, p. 70.
- ^ Wilk, Richard、Barbosa, Livia(英語)『Rice and Beans: A Unique Dish in a Hundred Places』Berg、2013年5月9日。ISBN 9781847889058 。2021年12月4日閲覧。
- ^ Winer, Lise (2009). Dictionary of the English/Creole of Trinidad & Tobago. Montreal: McGill-Queen's University Press. p. 311. ISBN 978-0-7735-3406-3
- ^ 藤井 2007, p. 35.
- ^ a b 北原 2012, p. 35.
- ^ (英語) India in the Caribbean. Coventry: University of Warwick Press. (1987). pp. 29-31
- ^ 柴田 1993, p. 75.
- ^ 柴田 1993, p. 65.
- ^ “Dougla dilemma”. www.trinidadandtobagonews.com. 2021年12月4日閲覧。
- ^ 北原 2012, pp. 200–201.
- ^ 山本 2004, pp. 108–109.
- ^ Batson-Savage, Tanya (2013年7月1日). “Esther Anderson: "They said I'd snubbed Hollywood"” (英語). Caribbean Beat Magazine. 2021年6月21日閲覧。
- ^ “I wouldn't say I am lucky… Interview with Johnson Beharry, VC – The Best You Magazine” (17 May 2013). 11 November 2020閲覧。
- ^ Calloway, Sway (2001年5月29日). “Foxy Brown – Outspoken (Part 4)”. MTV News. 2006年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年5月9日閲覧。
- ^ Barrow, Steve & Dalton, Peter (2004) The Rough Guide to Reggae, Rough Guides, ISBN 1-84353-329-4, p. 286
- ^ “The Honorable Mervyn M. Dymally's Biography” (英語). The HistoryMakers. 2020年2月26日閲覧。
- ^ “Information director's criticisms of Indian descent conference don't represent gov't position” (英語). Stabroek News (2018年1月13日). 2021年6月21日閲覧。
- ^ a b https://ufmrg.files.wordpress.com/2019/01/diversity_-difference-and-caribbean-feminism-feb_2007.pdf
- ^ Comparative studies of South Asia, Africa and the Middle East, Vols 17–8, Duke University Press, 1997, p. 124.
- ^ Today Show: "Lester and Jenna trace their Jamaican roots" Aired on September 9, 2012 Archived September 13, 2012, at the Wayback Machine.
- ^ Holt, Lester (2007年5月11日). “To Jamaica with Mom”. allDAY. NBC News. February 10, 2009時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年3月25日閲覧。
- ^ “Reggae Singer Diana King official Biography”. Dance Hall Reggae World. 24 April 2017閲覧。
- ^ Rajee Narinesingh
- ^ “Gala 2016”. Indo-Caribbean Alliance, Inc.. 2021年12月4日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “Guyanese-born New York Assemblywoman, Roxanne Persaud, was elected to the New York State Senate” (November 4, 2015). 2021年12月4日閲覧。
- ^ “New York's immigrant lawmakers make their mark”. Times Union. (2016年1月13日) 2018年9月30日閲覧。
- ^ Jennifer Bisram (Sep–Oct 2009). “Thara Aims High: What can't she do?”. MoraFire. 2009年11月2日閲覧。[リンク切れ]
- ^ [1] [リンク切れ]
- ^ Morley, Carol (October 8, 2011). “Joyce Carol Vincent: how could this young woman lie dead and undiscovered for almost three years?”. 2021年12月4日閲覧。
- ^ Sobat, Peter. “XXXTENTACION CALLS OUT DRAKE IN HIS FIRST INTERVIEW AFTER JAIL”. blurredculture. オリジナルのMarch 9, 2019時点におけるアーカイブ。 March 26, 2019閲覧。
参考文献
[編集]英語文献
[編集]- Barratt, Sue A, and Aleah N. Ranjitsingh. Dougla in the Twenty-First Century: Adding to the Mix. Jackson: University Press of Mississippi, 2021. ISBN 9781496833709
See also CUNY Asian and Asian American Research Institute author interview on 19 November 2021.
日本語文献
[編集]- 河村裕樹 (2017). “「普通であること」の呈示実践としてのパッシング ガーフィンケルのパッシング論理を再考する”. 現代社会学理論研究 11: 42-54. ISSN 18817467 .
- 北原靖明『カリブ海に浮かぶ島 トリニダード・トバゴ ―歴史・社会・文化の考察―』大阪大学出版会、2012年12月20日。ISBN 978-4-87259-415-7。
- 柴田佳子 (1993). 前山隆. ed. “「避けられればそれにこしたことはない」インド系と黒人系の間の交婚について:ガイアナの事例を中心としたスケッチ”. アジア系ラテンアメリカ人の民族性と国民統合 : 民族集団間の協調と相克に関する研究(中間報告): 65-77 .
- Shibata, Yoshiko (2002). “Intermarriage, 'Douglas,' Creolization of Indians in Contemporary Guyana : the Rocky Road of Ambiguity and Ambivalence” (英語). South Asian Migration in Comparative Perspective : Movement, Settlement and Diaspora (Population Movement in the Modern World V : JCAS Symposium Series no.13) 13: 193-228 .
- 藤井毅『インド社会とカースト』山川出版社、2007年12月20日。ISBN 978-4-634-34860-8。
- 山本伸『カリブ文学研究入門』世界思想社、2004年4月30日。ISBN 4-7907-1045-9。