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セーフモード (宇宙機)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

宇宙工学において、セーフモード: safe mode)とは無人宇宙機の動作モードの一つで、機体の健全性維持に必須でない機器がシャットダウンされ、熱制御英語版、無線受信、姿勢制御などの重要機能のみを稼働させる[1]セーフホールドモード: safe-hold mode)とも[2][3]

セーフモードへの移行は、宇宙機が制御を失ったことや損傷を受けたことを検知するために事前に定義された、特定の事象が起こった場合や特定の動作条件に陥った場合に自動的に行われる。通常はシステム障害や通常稼働条件からの危険なほどの逸脱が検知された場合に起動される。宇宙線の入射により電気系統に誤った信号やコマンドが入力されることにより誤動作する場合もあり、特にCPUはこの種の誤動作を起こしやすい[4]バイキング1号ランダーのように、ハードウェア障害やプログラムミスによりコマンドを受信できなくなることもあるため、決められた時間内にコマンドを受信できなかった場合にも起動される。

セーフモードへの移行プロセスには、宇宙機の損傷や機能喪失を防ぐための様々な行動が伴う。必須でないサブシステムからは電源が落とされ、熱制御やソーラーパネルへの入射光の維持のため姿勢制御が最優先で行われる[1]。宇宙機が姿勢制御を失った場合、短時間でも過熱または凍結による破損やバッテリー残量喪失による恒久的機能喪失につながりうる[3]

セーフモード中の動作

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セーフモード動作中は、宇宙機の健全性維持が最優先となる。典型的には、科学機器などの非必須システムはシャットダウンされる。ソーラーパネルへの入射光確保および熱制御のため、宇宙機は太陽に対する相対姿勢を維持するよう努める。その上で、ミッションコントロールセンターからの無線指令を待機するため低ゲイン無指向性アンテナ英語版により信号を監視する。セーフモード中の詳細な動作は宇宙機の設計およびそのミッションによってことなる[4]

セーフモードからの復帰に際しては、宇宙機とミッションコントロールセンターとの通信を再確立したのち、診断データをダウンロードし、ミッションの続行に必要なさまざまなサブシステムの電源が順次再投入される。復帰までの時間は、通信の再確立の困難さや宇宙機との距離、ミッションの性質などにより数時間から数週間までさまざまである[5]

セーフモード移行動作のオーバーライド

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通常のセーフモード移行条件がオーバーライドされることもある。土星探査機カッシーニの土星周回軌道投入英語版マニューバ実行時など、致命的障害がその間に起こるとミッション目的が(すべてではなくとも大部分が)いずれにせよ達成不可能となるような重要動作時にはセーフモード移行機能が切られることがある[6]。また、火星探査車スピリットの第451Solに行われたように、手動で意図的にセーフモードへ移行される場合もある[7]

主な事例

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2005年
  • 火星探査車スピリットが複数回セーフモードに移行する[7]
2007年
2009年
2014年
  • 11月15日、彗星着陸機フィラエは、日照量の減少および計画外の地点に着陸したため機体姿勢が予定から外れ、バッテリーを使い果してセーフモードに入った[16]
2015年
  • 7月4日冥王星最接近を10日前に控えたニュー・ホライズンズがセーフモードに入った。一部の科学データは失われたものの、ミッション目標への影響は最小限に留まった[17]
2016年
  • 10月18日木星探査機ジュノー は予定されていた低軌道への遷移マニューバを目前にしてセーフモードに入った[18]。搭載コンピュータの再起動した後、科学研究システムの検査が行われたが大きな不具合は発見されず、正確な原因は調査中である[19]
2018年
  • 6月13日、火星探査車オポチュニティは砂嵐にみまわれセーフモードに入った。大気は日光がほとんど遮られるほど不透明になり、最小限の機体維持機能と通信機能のみの稼働状態でもバッテリーを充電できないほどソーラーパネル出力が低下した[20] [21]。10月に入り大気は晴れたが期待された再起動はかなわず、壊滅的な障害に陥いったか、ソーラーパネルが塵で覆われてしまったと考えられる[22]。8月以降、1,000回以上にわたって信号が送られたが応答はなく、2019年2月13日、NASAはオポチュニティの運用を終了する決定を発表した[23]
  • 10月5日ハッブル宇宙望遠鏡は3つの稼働中ジャイロスコープのうち1つの故障によりセーフモードに入った[24][25]。故障したジャイロは約1年間にわたり寿命末期の挙動を示していたため故障は想定されており、翌日には予備のジャイロスコープが起動されたものの不具合がみられたため追加の処置と動作確認を行い、10月27日に観測を再開した[26]
2021年
  • 6月13日、ハッブル宇宙望遠鏡の搭載コンピュータに不具合が生じ、観測が中断されセーフモードが起動された[27][28][29]。予備系を起動しても問題が解決せず、復旧作業には建造に携わった退職者も動員され、最終的に15時間にわたる切り替え操作の末に再起動に成功、7月17日に観測が再開された[28][29]

機能喪失事例および喪失危機事例

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出典

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  1. ^ a b Bokulic, R. S.; Jensen, J. R. (November–December 2000). “Recovery of a Spacecraft from Sun-Safe Mode Using a Fanbeam Antenna”. Spacecraft and Rockets 37 (6): 822. Bibcode2000JSpRo..37..822B. doi:10.2514/2.3640. http://pdf.aiaa.org/jaPreview/JSR/2000/PVJAIMP3640.pdf. 
  2. ^ デジタル大辞泉. “セーフホールドモードとは”. コトバンク. 2022年3月26日閲覧。
  3. ^ a b c SOHO Mission Interruption Preliminary Status and Background Report” (July 15, 1998). 2006年8月17日閲覧。
  4. ^ a b “Planning for the Un-plannable: Redundancy, Fault Protection, Contingency Planning and Anomaly Response for the Mars Reconnaissance Orbiter Mission”. AIAA SPACE 2007 Conference & Exposition. (18–20 September 2007). http://pdf.aiaa.org/preview/CDReadyMSPACE07_1808/PV2007_6109.pdf. [リンク切れ]
  5. ^ a b The PI's Perspective: Trip Report”. NASA/Johns Hopkins University/APL/New Horizons Mission (2007年3月26日). 2016年10月19日閲覧。
  6. ^ a b Cassini Spacecraft Safing Archived 2009-07-09 at the Wayback Machine.
  7. ^ a b Spirit Updates 2005”. NASA/JPL. 2007年8月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月18日閲覧。
  8. ^ Spirit Updates 2006”. NASA/JPL. 2007年8月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月18日閲覧。
  9. ^ Spirit Updates 2007”. NASA/JPL. 2009年4月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月18日閲覧。
  10. ^ Tariq Malik (August 8, 2009). “Powerful Mars Orbiter Switches to Backup Computer”. SPACE.com. 2009年8月18日閲覧。
  11. ^ Orbiter in Safe Mode Increases Communication Rate”. NASA/JPL (August 28, 2009). 2011年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月31日閲覧。
  12. ^ Spacecraft Out of Safe Mode”. NASA/JPL (December 8, 2009). 2011年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年12月23日閲覧。
  13. ^ 2009 July 7 Mission Manager Update”. NASA (2009年7月7日). 2009年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年7月8日閲覧。
  14. ^ Dawn Receives Gravity Assist from Mars”. NASA/JPL (2009年2月28日). 2004年10月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月4日閲覧。
  15. ^ MESSENGER Gains Critical Gravity Assist for Mercury Orbital Observations”. MESSENGER Mission News (September 30, 2009). May 10, 2013時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年9月30日閲覧。
  16. ^ Brumfield, Ben; Carter, Chelsea J. (18 November 2014). “On a comet 10 years away, Philae conks out, maybe for good”. CNN. https://edition.cnn.com/2014/11/14/world/comet-landing/ 28 December 2014閲覧。 
  17. ^ Gipson (6 July 2015). “NASA's New Horizons Plans July 7 Return to Normal Science Operations”. National Aeronautics and Space Administration (NASA). 6 July 2015閲覧。
  18. ^ Feltman (20 October 2016). “Juno spacecraft slips into safe mode, putting science on hold”. Washington Post. 20 October 2016閲覧。
  19. ^ Juno Spacecraft in Safe Mode for Latest Jupiter Flyby; Scientists Intrigued by Data from First Flyby”. NASA JPL (19 October 2016). 20 October 2016閲覧。
  20. ^ Opportunity Hunkers Down During Dust Storm. NASA. 12 June 2918.
  21. ^ NASA Staff (13 June 2018). “Mars Dust Storm News - Teleconference - audio (065:22)”. NASA. 2021年12月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。13 June 2018閲覧。
  22. ^ Mars Exploration Rover Mission: All Opportunity Updates”. mars.nasa.gov. 2018年2月10日閲覧。
  23. ^ “NASA's Opportunity Rover Mission on Mars Comes to End”. NASA. (February 13, 2019). https://mars.nasa.gov/news/8413/nasas-opportunity-rover-mission-on-mars-comes-to-end/ February 13, 2019閲覧。 
  24. ^ Chou, Felicia (2018年10月8日). “Oct. 8, 2018 - Hubble in Safe Mode as Gyro Issues are Diagnosed” (英語). NASA. https://www.nasa.gov/feature/goddard/2018/update-on-the-hubble-space-telescope-safe-mode 2018年10月23日閲覧。 
  25. ^ “Hubble on Twitter” (英語). Twitter. https://twitter.com/NASAHubble/status/1049303793362526209 2018年10月23日閲覧。 
  26. ^ Garner, Rob (2018年10月8日). “NASA’s Hubble Space Telescope Returns to Science Operations”. NASA. 2022年3月27日閲覧。
  27. ^ Computer trouble hits Hubble Space Telescope, science halted” (英語). AP NEWS (2021年6月16日). 2022年3月27日閲覧。
  28. ^ a b Jenner, Lynn (Jul 20, 2021). “NASA Returns Hubble Space Telescope to Science Operations”. NASA. 2022年3月27日閲覧。
  29. ^ a b Jenner, Lynn (Jul 20, 2021). “Hubble Returns to Full Science Observations and Releases New Images”. NASA. 2022年3月27日閲覧。
  30. ^ Nancy G. Leveson (2004). “The Role of Software in Spacecraft Accidents”. Spacecraft and Rockets 41 (4): 564–575. Bibcode2004JSpRo..41..564L. doi:10.2514/1.11950. http://sunnyday.mit.edu/papers/jsr.pdf. 
  31. ^ The NEAR Rendezvous Burn Anomaly of December 1998”. Final Report of the NEAR Anomaly Review Board (November 1999). 2011年6月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月18日閲覧。
  32. ^ "Report Reveals Likely Causes of Mars Spacecraft Loss" (Press release). NASA. 13 April 2007. 2009年7月10日閲覧
  33. ^ Geraint Jones (3 October 2014). “Space, the financial frontier – how citizen scientists took control of a probe”. The Conversation. 16 January 2016閲覧。
  34. ^ Keith Kowing (25 September 2014). “ISEE-3 is in Safe Mode”. Space College. 15 January 2016閲覧。

関連項目

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