ズビグニェフ・ラウ
ズビグニェフ・ラウ Zbigniew Włodzimierz Rau | |
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2018年のズビグニェフ・ラウ | |
生年月日 | 1955年2月3日(69歳) |
出生地 | ポーランド、ウッチ |
出身校 | ウッチ大学 |
所属政党 | 法と正義 |
ポーランド外務大臣 | |
在任期間 | 2020年8月26日 - 2023年11月27日 |
大統領 | アンジェイ・ドゥダ |
在任期間 | 2022年1月1日 - 2022年12月31日 |
ウッチ県知事 | |
在任期間 | 2015年12月8日 - 2019年11月11日 |
在任期間 | 2005年 - 2007年 |
在任期間 | 2019年12月8日 - 現職 |
ズビグニェフ・ラウ (ポーランド語: Zbigniew Włodzimierz Rau、1955年2月3日 - ) は、ポーランドの政治家。2020年8月26日より2023年11月27日まで同国外務大臣を務めた。法と正義所属。
経歴
[編集]1955年2月3日、ポーランド中部の都市ウッチに生まれた[1]。
1977年にウッチ大学の法学・行政学部を卒業後[2]、法学博士号を取得した[2]。
以後、ゲッティンゲンのマックス・プランク協会、ケンブリッジのトリニティ・カレッジ、テキサス大学オースティン校、スタンフォード大学、オーストラリア国立大学ほか多数の高等教育機関で教鞭をとった[1][3][4]。
1992年、『統治二論』ポーランド語版の翻訳と解説を担当した[5]。
1995年、ウッチ大学の研究員となり[1]、翌1996年に「契約主義対全体主義:『統治二論』の再解釈」と題する論文を発表し[2]、大学教授資格を取得[6]。
1997年、ウッチ大学政治法学研究科長に就任[1]。
1998年からは、トマシュフ・マゾヴィエツキにあるウッチ大学分校の学長全権を務めた[7]。
2001年からウッチのサレジオ経済経営大学で法と倫理の哲学科の学科長を務めた[1][8]。
2005年、法学部の教授となり、ウッチ大学政治法律学部長となった[2]。
2007年、アレクシス・ド・トクヴィル政治・法思想センター長に就任[8]。
政治家として
[編集]2005年の国会議員選挙で当選し、上院議員となり[9]、欧州評議会のポーランド代表を務めた[2]。2007年の国会議員選挙には出馬せず、一旦政界を引退する。
その後2008年9月、ヴロツワフ市長らが立ち上げた市民運動「ポーランドXXI」のウッチ地区のリーダーとなった[10]。
2015年12月8日、ウッチ県知事に就任[11]。
2019年の国会議員選挙で当選し、12年ぶりに国政復帰を果たすと[12]、外交委員会委員長に就任した[13]。
2020年8月26日、マテウシュ・モラヴィエツキ首相により、外務大臣に任命された[14]。2022年には議長国の外相として、欧州安全保障協力機構 (OSCE) の議長を務めた[15]。
2023年の総選挙後、過半数を確保しないままアンジェイ・ドゥダ大統領がモラヴィエツキを首班とする新政権を発足させ[16]、外務大臣にシモン・シンコフスキ・ヴェル・センクが任ぜられたためラウは退任した[17]。
脚注
[編集]- ^ a b c d e “Zbigniew W³odzimierz Rau”. web.archive.org (2013年11月23日). 2022年5月30日閲覧。
- ^ a b c d e “Zbigniew Rau - Ministry of Foreign Affairs Republic of Poland - Gov.pl website” (英語). Ministry of Foreign Affairs Republic of Poland. 2022年5月30日閲覧。
- ^ “Ostrzegał przed "cywilizacją śmierci" i chciał odwołania prezydent Łodzi. Zbigniew Rau nowym szefem dyplomacji” (ポーランド語). TVN24. 2022年5月30日閲覧。
- ^ “DOKTRYNA POLAKÓW Klasyczna filozofia polityczna w dyskursie potocznym” (ポーランド語). Scholar. 2022年5月30日閲覧。
- ^ “Katalog Biblioteki Głównej Uniwersytetu Humanistyczno-Przyrodniczego im. Jana Długosza w Częstochowie” (ポーランド語). BU UJD. 2022年5月30日閲覧。
- ^ “Zbigniew Rau - Sejm Rzeczypospolitej Polskiej”. www.sejm.gov.pl. 2022年5月30日閲覧。
- ^ Redakcja (2020年1月17日). “Zbigniew Rau nie zarządza już tomaszowską filią UŁ. Nie jest już pełnomocnikiem rektora UŁ” (ポーランド語). Tomaszów Mazowiecki Nasze Miasto. 2022年5月30日閲覧。
- ^ a b www.sam3.pl, CONCEPT Intermedia. “Zbigniew Rau obejmie Ministerstwo Spraw Zagranicznych” (ポーランド語). SP Opoczno. 2022年5月30日閲覧。
- ^ “Election 2005”. wybory2005.pkw.gov.pl. 2022年5月30日閲覧。
- ^ “Wyborcza.pl”. lodz.wyborcza.pl. 2022年5月30日閲覧。
- ^ Administracji, Ministerstwo Spraw Wewnętrznych i. “Premier Beata Szydło powołała nowych wojewodów” (ポーランド語). Ministerstwo Spraw Wewnętrznych i Administracji. 2022年5月30日閲覧。
- ^ “Wybory do Sejmu i Senatu Rzeczypospolitej Polskiej 2019 r.” (ポーランド語). sejmsenat2019.pkw.gov.pl. 2022年5月30日閲覧。
- ^ “Zbigniew Rau przewodniczącym sejmowej Komisji Spraw Zagranicznych” (ポーランド語). www.gazetaprawna.pl (2019年11月14日). 2022年5月30日閲覧。
- ^ “Zmiany w składzie Rady Ministrów” (ポーランド語). Oficjalna strona Prezydenta Rzeczypospolitej Polskiej (2020年8月26日). 2022年5月30日閲覧。
- ^ “Poland takes over OSCE Chair” (英語). www.osce.org. 2022年5月30日閲覧。
- ^ “ポーランド大統領が政府で宣誓する。野党は「茶番」を非難”. ロイター. (2023年11月28日) 2023年11月28日閲覧。
- ^ “Szymon Szynkowski vel Sęk nowym Ministrem Spraw Zagranicznych”. ポーランド政府. (2023年11月27日) 2023年11月28日閲覧。
外部リンク
[編集]- Zbigniew Rau (@rauzbigniew) - X(旧Twitter)
- Zbigniew Rau (@rauzbigniew) - Instagram
- Zbigniew Rau - ポーランド政府
- Zbigniew Rau - ポーランド共和国下院