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スピンオフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

スピンオフ英語: spin-off)とは、派生的に生じることや派生により生じた物、副産物などをさす。転じて各分野における特定の派生現象や派生物をさす。異なる概念が同じ用語を使用しているため詳細はそれぞれの節にしるす。

また、分野によっては同義語や類義語として使用される言葉にスピンアウト: spin-out)がある。これは本来は自動車がスピンしてコースから飛び出すことをさし、「飛び出す」の意味から転じて、特定の派生現象をさす場合がある。

科学技術におけるスピンオフ

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科学技術分野におけるスピンオフとは特定の分野で開発された技術を民生転用(民間の需要転用)すること。または転用された技術を利用して生産された民需製品(スピンオフ製品とも呼ばれる)のこと。

特に、国家的研究開発機関の開発技術(軍事技術開発、宇宙開発自然科学研究など)の民間への転用(軍民転換など)を指す場合が多い。例えばGPSインターネットHUDなどがある。

対義語としてはスピンオン英語: spin-on)があるが、これは民間の技術(民生技術)を軍事技術に転用する場合を指す。

ビジネスにおけるスピンオフ

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ビジネス分野におけるスピンオフおよびスピンアウトとは、既存の企業や組織(以下、便宜上「親会社」と呼ぶ)の一部を分離し、独立した別の企業や組織とすることを指す。

親会社との資本関係があるなど関係が深い別会社とすることをスピンオフ、親会社との関係が薄いか全くない別会社を興すことをスピンアウトとして区別する。

作品制作におけるスピンオフ

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作品制作の分野におけるスピンオフとは、既存の作品(本編)からそれに関連する別の作品が派生することを指す。そうして制作された作品を派生作品もしくはスピンオフ作品と呼ぶ。日本ではテレビドラマや映画漫画などの派生作品によく使われる。

由来

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元々はラジオドラマテレビドラマなどから別番組が派生することを指す英語である。

外伝作品、または続編、番外編などとも訳されることがあるが、単純に外伝とスピンオフを同義に捉えるのは誤りである。

区別

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本編と同じ媒体で制作されることが多いが、異なる媒体で制作される場合もある(テレビドラマから映画へのスピンオフなど)。この場合、物語の焦点が本編とは異なる点で、一般的な映画化やドラマ化、漫画化などとは区別される。

日本映画

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日本映画に於けるスピンオフ作品の先駆けは、1963年東映映画人生劇場 飛車角』(鶴田浩二主演・沢島忠監督)といわれる[1]

尾崎士郎の自伝的小説『人生劇場』は、この作品以前に7度映画化され、いずれも尾崎本人をモデルにした青成瓢吉を主人公としていたが、東映の岡田茂プロデューサー(のち、同社社長)が、「今までと同じでは当たるまい」と考え[2]、尾崎を説得して[3]、「残侠篇」の脇役の一人にすぎなかった侠客・小山角太郎こと飛車角を主人公に据えた[4]。本作は大ヒットし、岡田は興行不振の続く時代劇から[5]、東映の主力を「任侠映画路線」に切り換え[6][7]、以降約10年の間、「東映任侠路線」は、戦後日本映画史上、最大の潮流とまで言われる程の大成功を収めた[6][8]

脚注

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  1. ^ 昭和キネマ横丁で知る日本映画の底力 - TSUTAYA online
  2. ^ 朝日新聞「ウィークエンド経済」編集部「時代の流れについていく感覚とは 義理と人情 岡田茂」『私の「経営」説法』プレジデント社、1995年、170-171頁。ISBN 4-8334-1591-7 「映画界のドンが語る『銀幕の昭和史』 岡田茂」『新潮452004年平成16年)9月号、新潮社、203-204頁。 
  3. ^ 「証言 製作現場から 沢島忠」『クロニクル東映:1947-1991』 Ⅰ、東映、1992年、170-171頁。 岡田茂(東映・相談役)×福田和也「東映ヤクザ映画『黄金時代』を語ろう 『網走番外地』『緋牡丹博徒』『仁義なき戦い』の舞台裏は 」『オール読物2006年平成18年)3月号、文藝春秋、215頁。 
  4. ^ 松島利行『風雲映画城』 下、講談社、1992年、105-107頁。ISBN 4-06-206226-7 黒沢, 清四方田, 犬彦吉見, 俊哉 ほか 編「内藤誠「日本映画とやくざ、あるいは『不良性感度の時代』 2.任侠やくざ映画の時代」」『日本映画は生きている 第四巻 スクリーンのなかの他者岩波書店、2010年、268-276頁。ISBN 978-4-00-028394-6 歴史|東映株式会社〔任侠・実録〕『私と東映』 x 沢島忠&吉田達トークイベント(第1回 / 全2回)高倉健、菅原文太と付き合った暴力団幹部は「逃げ切り世代」。それより若い「反社」の今後、どうなる?
  5. ^ 岡田茂『悔いなきわが映画人生:東映と、共に歩んだ50年』財界研究所、2001年、139-140頁。ISBN 4-87932-016-1 「職業、映画俳優。高倉健 第二章 任侠映画のスタアへ 健ちゃんと『人生劇場 飛車角』 沢島忠」『キネマ旬報』2015年平成27年)1月下旬号、キネマ旬報社、44-45頁。 
  6. ^ a b 春日太一『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』文藝春秋、2013年、205-209,232頁。ISBN 4-1637-68-10-6 
  7. ^ 「映画監督 深作欣二の軌跡」『キネマ旬報臨時増刊』第1380号、キネマ旬報社、2003年、152頁。 鈴木則文『トラック野郎風雲録』国書刊行会、2010年、31-32頁。ISBN 978-4-336-05234-6 
  8. ^ 東映株式会社映像事業部(企画・編集)「「品田雄吉の東映映画史」、「保科幸雄 ポスター惹句に見る映画の魅力と変遷」。」『東映映画三十年:あの日、あの時、あの映画』東映、1981年、134-135,174,239頁。 

関連項目

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参考資料

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外部リンク

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