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スウィンフェン男爵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
スウィンフェン男爵
Baron Swinfen

紋章記述

Arms:Per pale Argent and Vert on a Chevron between three Battle-axes as many Ermine Spots all counterchanged Crest:A Demi-lion rampant Vert charged on the body with a Battle-Axe erect and holding a like Axe in bend Argent Supporters: Dexter: a Lion guardant Vert charged with a Battle-Axe Argent; Sinister: a Lion guardant Argent charged with a Battle-Axe Vert
創設時期1919年11月1日
創設者ジョージ5世
貴族連合王国貴族
初代初代男爵チャールズ・スウィンフェン=イーディ英語版
現所有者4代男爵チャールズ・スウィンフェン=イーディ
相続人なし
付随称号なし
現況存続
モットー『困難を超えて、高みへ』
(Per Ardua Ad Alta)

スウィンフェン男爵英語: Baron Swinfen)は、イギリスの男爵貴族連合王国貴族爵位。判事サー・チャールズ・スウィンフェン=イーディ英語版が1919年に叙位されたことに始まる。

歴史

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初代スウィンフェン男爵チャールズ・スウィンフェン

サー・チャールズ・スウィンフェン=イーディ英語版 (1851-1919)法廷弁護士として活躍したのち、高等法院判事を経て控訴院裁判官に転身した人物である[1]。イーディはさらに1918年にはカズンズ=ハーディ卿英語版の後任として控訴院記録長官英語版に就任している[1][2]。しかし直後に健康を悪化させて辞任したため、退官後の1919年11月1日連合王国貴族として「サリー州チャートシーのスウィンフェン男爵(Baron Swinfen of Chertsey in the County of Surrey)」に叙された[1][3][4]。彼は叙爵のわずか2週間後に逝去したため、その長男チャールズ(1904–1977)が爵位を相続して2代男爵となった。

その息子の3代男爵ロジャーズ(1938-2022)は、1999年貴族院法施行以降も貴族院に籍を置く92人の世襲貴族のひとりを務めた[4]。 また、彼は1988年に妻とともに慈善団体スウィンフェン・チャリタブル・トラストを設立している。同トラストでは、開発途上国の病院と専門家との間を電子メールでつなぐ遠隔医療の確立に寄与していたという[5]

2022年現在、その子である4代男爵チャールズ(1971-)が男爵家当主を務める。

爵位と一族にかかるモットーは、『困難を超えて高みへ(Per Ardua Ad Alta)[4]

スウィンフェン男爵(1919年)

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爵位の推定相続人は存在しない。

脚注

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  1. ^ a b c Davies, David. "Eady, Charles Swinfen, first Baron Swinfen". Oxford Dictionary of National Biography (英語) (online ed.). Oxford University Press. doi:10.1093/ref:odnb/32952 (要購読、またはイギリス公立図書館への会員加入。)
  2. ^ "No. 30668". The London Gazette (英語). 3 May 1918. 2021年6月20日閲覧
  3. ^ "No. 31628". The London Gazette (英語). 4 November 1919. 2021年6月20日閲覧
  4. ^ a b c Heraldic Media Limited. “Swinfen, Baron (UK, 1919)” (英語). www.cracroftspeerage.co.uk. Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2021年6月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。
  5. ^ What we do”. Swinfen Telemedicine. Swinfen Charitable Trust. 28 December 2016閲覧。