ジル・ドメイリィ
ジル・ドメイリィ (仏:Gilles Demailly、1949年2月10日 - ) は、フランスの化学者、政治家。男性。フランス北部のパ=ド=カレー県ベルル=オ=ボワ出身。2008年、アミアン市長に就任した。
概要
[編集]ジル・ドメイリィは、糖化学の研究で国際的に知られている化学者である。2001年からは5年間、ピカルディ・ジュール・ヴェルヌ大学の学長を務めた。2008年、フランス北部のアミアン市長に就任。アミアン大都市圏連合の首長も兼務している。元は共産党(PC)に所属していたが、1986年以降は社会党(PS)に所属している(詳細については後述の「経歴」参照)。
経歴
[編集]出生・学生時代
[編集]ジル・ドメイリィは社会階層の低い家の出で、1949年2月10日、6人兄弟の上から2番目に生まれた。親は、農業労働者だった。彼は、アラスのロベスピエール高等学校(lycée Robespierre) に入学した後、アミアンにあるルイ=テュイリエ高等学校(lycée Louis-Thuillier) の科学特別進学学級(classe préparatoire scientifique) に進んだ。
1972年、ストラスブール国立高等化学学校(École nationale supérieure de chimie de Strasbourg、略称ENSCS)で技師の資格を取得し、次いで、ストラスブール・ルイ・パスツール大学で第3課程の化学博士課程(doctorat de troisième cycle de chimie) に進み、1980年2月、国家博士課程(doctorat d'État) を修了した [2]。
学界で
[編集]ジル・ドメイリィは、当初、1973年10月から1984年11月までは、ストラスブール国立高等化学学校(ENSCS)で助手を務めていた。1984年、ピカルディ・ジュール・ヴェルヌ大学(Université de Picardie Jules Verne) の理学部教授に指名された。1985年からは、有機化学実験室の共同室長(1999年まで)と理学部の化学学科長(1989年まで)を務めている [1]。
1991年、ピカルディ大学附設教員養成研究所(Institut universitaire de formation des maîtres、略称IUFM)を設立し、5年間、所長を務めた。次いで1999年、炭水化物研究実験室を設立し、2000年から翌年まで、その室長を務めた。理事会の副会長を2年間務めた後、2001年5月、前学長のベルナール・リスブール(Bernard Risbourg) の死去に伴い、ピカルディ・ジュール・ヴェルヌ大学学長に選出された。彼は、5年間、学長を務めた [2]。
「科学的・文化的・職業専門的な公共施設評価全国委員会(Comité national d'évaluation des établissements publics à caractère scientifique, culturel et professionnel )」では、専門委員と顧問を務めており、ピカルディ大学附設教員養成研究所(IUFM)に関する同委員会の報告書(2001年3月発表)の作成に貢献した [2]。
糖化学の研究で国際的に著名な人物であり、単糖類(oses) 及び糖アルコール類(itols) の異なるヒドロキシル基含有基について、相対的反応性(réactivité relative) を研究している専門家である [2]。
政治家として
[編集]ジル・ドメイリィは、1973年から1983年までは共産党(PC)に所属していたが、1986年以降は社会党(PS)に所属している。1995年3月、市議会議員に当選し、野党議員として活動していたが、2001年6月、ピカルディ・ジュール・ヴェルヌ大学の学長選挙のために辞職した [3]。
2008年の市議会議員選挙では、左派連合(社会党(PS) - 左翼急進党(PRG) - 共産党(PC) - 共和国市民運動(MRC) - 緑の党(Verts))の候補者名簿の筆頭者となったが(フランスの市町村議会議員選挙では、通例、候補者名簿の筆頭者が実質的な首長候補である。よって、選挙に勝利した場合、その党派の名簿の筆頭者が首長に就任することになる[4])、知名度が低く苦戦するものと見られていた。実際、2007年12月に実施された世論調査では、知名度は51%、好感度は23%、決選投票における支持率は40%に過ぎなかった[5]。しかし、2008年3月16日に行われた決選投票では、予想に反して広く支持を集め、ジル・ド・ロビアン前市長に対して56.21%の票を獲得し、12.42%の差をつけ勝利した。勝者である彼は、同年3月21日、アミアン市長に選任された[6]。同年4月10日には、アミアン大都市圏連合の首長の地位を引き継いだ。
著作
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脚注
[編集]- ^ a b Who's Who in France “Biographie - Gilles DEMAILLY” 2008年3月20日付. 仏語.
- ^ a b c d ピカルディ・ジュール・ヴェルヌ大学公式サイト “Gilles Demailly, 8ème président” telex n°2465. 2001年6月25日付. 仏語.
- ^ “Gilles Demailly (PS) arrache Amiens à Robien” ル・パリジャン2008年3月16日付. 仏語.
- ^ 増田正 「フランス地方議会に関する調査報告 -Courbevoie市議会を例として-」(PDF) 高崎経済大学地域政策学会機関誌『地域政策研究』第11巻第1号(2008年 7月)、p.107. 2009年11月28日閲覧.
- ^ “La situation politique à Amiens dans la perspective des élections municipales de mars 2008” TNS Sofres. 2007年12月付. 仏語.
- ^ “Le socialiste Gilles Demailly élu maire d'Amiens” ル・モンド2008年3月21日付. 仏語.