ジョン・テータム
ジョン・テータム | |
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右はマネージャーのミッシー・ハイアット(1986年) | |
プロフィール | |
リングネーム |
ハリウッド・ジョン・テータム フランクリン・ヘイズ |
本名 | ジョン・フレンケル3世 |
身長 | 188cm[1] - 191cm[2] |
体重 | 106kg[1] - 109kg[2] |
誕生日 | 1959年7月18日(65歳)[3] |
出身地 |
アメリカ合衆国 アラバマ州 モービル郡モービル[1] |
トレーナー |
マイケル・ヘイズ[2] テリー・ゴディ[2] |
デビュー | 1983年[1] |
引退 | 1995年[1] |
"ハリウッド" ジョン・テータム("Hollywood" John Tatum、本名:John Frenkel III、1959年7月18日[3] - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラー。アラバマ州モービル出身。ギミック上の出身地はカリフォルニア州ロサンゼルス。
リック・フレアーの影響下にある金髪の伊達男系ヒールとして、テキサスのダラス地区などアメリカ南部を主戦場に活動した[4]。
来歴
[編集]ファビュラス・フリーバーズのマイケル・ヘイズやロックンロール・エクスプレスのロバート・ギブソンとは少年時代からの友人[4]。1983年のデビュー当初はヘイズの従兄弟という設定のもと[4]、フランクリン・ヘイズ(Franklin Hayes)のリングネームでテネシーのCWAや地元アラバマのSECWに出場していた[5]。
1985年より、当時のNWAの基幹団体だったジム・クロケット・ジュニア主宰のMACWにおいて、ロサンゼルスのハリウッド出身を自称する "ハリウッド" ジョン・テータム( "Hollywood" John Tatum)として活動。マグナムTAのNWA USヘビー級王座やロニー・ガービンのNWAナショナル・ヘビー級王座にも挑戦した[6]。
同年下期より、フリッツ・フォン・エリックが主宰していたテキサス州ダラスのWCCWに定着。女性マネージャーのミッシー・ハイアット[7]を従え、スコット・ケーシー、ブライアン・アディアス、キング・パーソンズらと抗争を展開する[8]。8月5日には空位となっていたTV王座を獲得、10月21日にパーソンズに敗れるまで戴冠した[9]。
1986年下期からはハイアットと共にビル・ワット主宰のUWFに参戦して、同タイプのジャック・ビクトリーとのタッグチームで活躍[10]。 "ホット・スタッフ" エディ・ギルバートがマネージメントしていた若手ヒール時代のスティングやリック・スタイナーとも共闘して、H&Hインターナショナル(Hot Stuff & Hyatt International)なるユニットのメンバーとしても活動した[11]。10月26日にはビクトリーとのコンビでトミー・ロジャース&ボビー・フルトンのザ・ファンタスティックスからUWF世界タッグ王座を奪取するが、11月9日にビル・アーウィン&レロイ・ブラウンに敗れ、短命王者となっている[12]。
その後はケン・マンテルが旗揚げしたワイルド・ウエスト・レスリングを経て、1988年よりWCCW(WCWA)に復帰。ここでもビクトリーとコンビを組み、UWF時代から因縁のあるファンタスティックスとWCWAテキサス・タッグ王座を争った[13]。ビクトリーとのタッグチームを解散後、1990年からはWCCWとCWAが合併して設立されたUSWAに参戦。ダラスとメンフィスの両エリアにおいて、ビル・ダンディーを相手にUSWA南西部ヘビー級王座を巡る抗争を展開した[14][15]。
しかし、戴冠中の1990年9月に旧WCCW派がUSWAから脱退したことより、テータムも王座を返上してUSWAを離脱。以降はWCCWの後継団体ともいえるグローバル・レスリング・フェデレーション(GWF)に参戦して、ロッド・プライスを新パートナーにコースト・トゥ・コースト・コネクション(Coast to Coast Connection)なるタッグチームを結成[4]。ワイルド・ビル・アーウィン&ブラック・バートなどのチームを破り、1991年11月から1992年にかけてGWFタッグ王座を2回獲得した[16]。
1995年の引退後は、フロリダ州ペンサコーラにおいてステート・フェア事業に携わっている[4]。
得意技
[編集]獲得タイトル
[編集]- UWF世界タッグ王座 : 1回(w / ジャック・ビクトリー)[12]
- WCCW TV王座 : 1回[9]
- WCWAテキサス・タッグ王座 : 4回(w / ジャック・ビクトリー×3、ジミー・ジャック・ファンク)[13]
- USWA南西部ヘビー級王座:3回[14]
- グローバル・レスリング・フェデレーション
脚注
[編集]- ^ a b c d e “John Tatum”. Cagematch.net. 2023年9月8日閲覧。
- ^ a b c d e “John Tatum”. Wrestlingdata.com. 2023年9月8日閲覧。
- ^ a b “John Tatum”. Internet Movie Database. 2023年9月8日閲覧。
- ^ a b c d e “John Tatum”. Online World of Wrestling. 2023年9月8日閲覧。
- ^ “John Tatum: Matches 1983-1985”. Cagematch.net. 2023年9月8日閲覧。
- ^ “John Tatum: Matches 1985-1986”. Cagematch.net. 2023年9月8日閲覧。
- ^ “Missy Hyatt”. Online World of Wrestling. 2023年9月8日閲覧。
- ^ “The WCCW matches fought by John Tatum in 1985”. Wrestlingdata.com. 2023年9月8日閲覧。
- ^ a b “World Class Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2023年9月8日閲覧。
- ^ “The UWF matches fought by John Tatum in 1986”. Wrestlingdata.com. 2023年9月8日閲覧。
- ^ “Hot Stuff & Hyatt International”. Online World of Wrestling. 2023年9月8日閲覧。
- ^ a b “UWF World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2023年9月8日閲覧。
- ^ a b “WCWA Texas Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2023年9月8日閲覧。
- ^ a b “USWA Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2023年9月8日閲覧。
- ^ “The USWA matches fought by John Tatum in 1990”. Wrestlingdata.com. 2023年9月8日閲覧。
- ^ a b “GWF Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2023年9月8日閲覧。