ジョン・ジェームズ・シャロン
ジョン・ジェームズ・シャロン John James Chalon | |
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John Partridgeによる肖像画 | |
生誕 |
1778年3月27日 スイス、ジュネーヴ |
死没 |
1854年11月14日 (76歳没) イギリス、ロンドン |
ジョン・ジェームズ・シャロン(John James Chalon RA、1778年3月27日 - 1854年11月14日)はスイス生まれのイギリスの画家、版画家である。風景画や風俗画を描いた。
略歴
[編集]スイスのジュネーヴでユグノーの家系に生まれた。弟のアルフレッド・エドワード・シャロン(1780-1860)は肖像画家になった。1790年代の初めに、父親がイングランド、バッキンガムシャーのサンドハースト王立陸軍士官学校のフランス語や文学教授に任命され、家族とイギリスに移った。
1796年にロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの美術学校に入学した。1800年に「食事中の山賊(Banditti at their Repast)」という作品を発表している。1808年に弟のアルフレッドや仲間と美術家グループを結成し、水彩画協会(Water-Colour Society)に入会したが、1813年に水彩画協会を退会し、油彩画を再び、ロイヤル・アカデミーの展覧会に出展するようになった。
1816年に投降したナポレオン・ボナパルトが乗船しているイギリスの軍艦ベレロフォンを描いた「プリマスのナポレオンが乗せられているベレロフォン( 'Bellerophon' with Napoleon Aboard at Plymouth (26 July - 4 August 1815) Edit this at Wikidata)」を描き、王立海軍大学校に寄贈した。
1820年に版画集「パリ風俗のスケッチ(Sketches of Parisian Manners)」を出版した。アメリカ出身の画家、チャールズ・ロバート・レスリー(1794-1859)と親しかった。1827年にロイヤル・アカデミーの準会員に選ばれ、1841年に正会員に選ばれた。
1847年に脳卒中を発症し、闘病の期間のあと、1854年にロンドンで没した。
作品
[編集]-
プリマスのナポレオンが乗せられているベレロフォン (1816)
Royal Museums Greenwich -
"Bal public" (1818)
カルナヴァレ博物館 -
パリのイノサンの泉と市場 (1822)
カルナヴァレ博物館 -
版画作品 暖炉脇で老婦人に嗅ぎ煙草を勧める老紳士
参考文献
[編集]- Chalon, John James. In: Ulrich Thieme (Hrsg.): Allgemeines Lexikon der Bildenden Künstler von der Antike bis zur Gegenwart. Begründet von Ulrich Thieme und Felix Becker. Band 6: Carlini–Cioci. E. A. Seemann, Leipzig 1912, S. 340 .
- John James Chalon in: Dictionary of Painters and Engravers Bd. 1 S. 262
- Ernest Radford: John James Chalon in: Dictionary of National Biography, 1885–1900, Volume 09