ジェフ・マリンズ
ジェリー・ウェスト (左) とマリンズ | ||||||||||||
引退 | ||||||||||||
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ポジション | SG | |||||||||||
基本情報 | ||||||||||||
国籍 | アメリカ合衆国 | |||||||||||
生年月日 | 1942年3月18日(82歳) | |||||||||||
出身地 | ニューヨーク州アストリア | |||||||||||
身長(現役時) | 193cm (6 ft 4 in) | |||||||||||
体重(現役時) | 86kg (190 lb) | |||||||||||
キャリア情報 | ||||||||||||
出身 | デューク大学 | |||||||||||
ドラフト | 1964年 5位 | |||||||||||
選手経歴 | ||||||||||||
1964-1966 1966-1976 |
セントルイス・ホークス サンフランシスコ/ゴールデンステート・ウォリアーズ | |||||||||||
指導者経歴 | ||||||||||||
1985-1996 | ノースカロライナ大学シャーロット校 | |||||||||||
受賞歴 | ||||||||||||
Stats Basketball-Reference.com | ||||||||||||
代表歴 | ||||||||||||
キャップ | アメリカ合衆国 1964 | |||||||||||
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ジェフ・マリンズ (Jeff Mullins, 1942年3月18日 - ) はアメリカ合衆国の元バスケットボール選手。1964年東京オリンピックでは金メダルを獲得。アメリカ男子プロバスケットボールリーグNBAではゴールデンステート・ウォリアーズで長年プレイした。ニューヨーク州アストリア出身。
生い立ち
[編集]ニューヨーク州出身のジェフ・マリンことジェフリー・ヴィンセント・マリンズ・ジュニアはケンタッキー州で育ち、1960年にはノースカロライナ州に移住し、高校はレキシントン高校に進学。バスケットボールでは州のミスター・バスケットボールに選ばれた。
大学はデューク大学に進学し、3シーズンのプレイで平均21.9得点を記録。最終学年の1963-64シーズンにはAP通信選出のオールアメリカ1stチーム、ACC年間最優秀選手に選ばれ、NCAAトーナメントでは同校を初のファイナル4にまで導いた。夏にはアメリカ代表として東京オリンピックに出場し、金メダルを獲得した。
デューク大学はマリンズの背番号『44』を永久欠番とした。また2002年にはACC50周年記念に選出された『ACC偉大な50の選手』に選出された。
NBAキャリア
[編集]1964年のNBAドラフトで全体5位指名を受けてセントルイス・ホークスに入団。マリンズはホークスで2シーズン過ごすが、出場機会はあまり得られず、1966年のエクスパンション・ドラフトによりシカゴ・ブルズに移籍し、さらに新シーズン開幕前にサンフランシスコ・ウォリアーズにトレードされた。
ウォリアーズ
[編集]マリンズは引退までの10シーズンをこのウォリアーズで過ごすことになる。ホークスでは埋もれた存在だったがウォリアーズ移籍後は先発に定着し、移籍1年目の1966-67シーズンには初めて得点アベレージを二桁に乗せ、12.9得点5.0リバウンドを記録。リック・バリー、ネイト・サーモンド擁するウォリアーズはこのシーズンNBAファイナルまで進出したがフィラデルフィア・セブンティシクサーズに敗れた[1]。
このシーズン終了後にバリーがチームを去ったため、バックコートにおけるマリンズの価値は飛躍的に高まり、1967-68シーズンには18.9得点5.7リバウンドを記録し、オールスターにも初出場を果たした。さらに大黒柱のサーモンドも怪我がちになったため、マリンズはウォリアーズを背負う立場となり、1968-69シーズンにはキャリアハイであり、チームでもトップとなる22.8得点を記録した。以後、マリンズは4シーズン連続でアベレージ20得点以上を達成した。
1971-72シーズンにウォリアーズはサンフランシスコからオークランドに移転し、ゴールデンステート・ウォリアーズと改称。バリーの移籍、サーモンドの故障のため成績が停滞していたウォリアーズは、このシーズン久しぶりにサーモンドがシーズンを通してプレイでき、またカジー・ラッセルが加入し、チーム史上初の50勝以上となる51勝31敗を記録。マリンズも21.5得点を記録し、リーディングスコアラーとしてチームを牽引した。
1973-74シーズンにはリック・バリーがウォリアーズが復帰。彼の復帰により31歳となっていたマリンズの成績は徐々に後退し始める。またチームの世代交代も進められ、サーモンドは放出され、バリーに若手のジャマール・ウィルクスらがチームの中核を占めるようになった。マリンズの得点アベレージは1974-75シーズンにはウォリアーズに入団して以来初めて二桁を下回ったが、チームはプレーオフを勝ち抜き、ファイナルに進出。ワシントン・ブレッツを4連勝で破って優勝を果たし、マリンズはNBAキャリア11シーズン目にして初めてチャンピオンリングを手に入れた[1]。
マリンズは1975-76シーズンを最後に現役から引退した。NBA通算成績は12シーズン804試合の出場で、13,017得点3,427リバウンド、平均16.2得点4.3リバウンドだった。
引退後
[編集]引退後はシボレーのカーディーラーを経て、1985年からノースカロライナ大学シャーロット校のバスケチーム、シャーロット・49ersのコーチとなった。通算174勝122敗の成績を残し、NCAAトーナメントには3回、NITには2回進出した。
個人成績
[編集]† | NBAチャンピオン |
太字 | キャリアハイ |
レギュラーシーズン
[編集]Season | Team | GP | MPG | FG% | FT% | RPG | APG | SPG | BPG | PPG |
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1964–65 | STL | 44 | 11.2 | .416 | .672 | 2.3 | 1.0 | – | – | 4.9 |
1965–66 | 44 | 13.3 | .382 | .806 | 1.6 | 1.5 | – | – | 5.8 | |
1966–67 | SFW GSW |
77 | 23.8 | .458 | .701 | 5.0 | 2.9 | – | – | 12.9 |
1967–68 | 79 | 35.5 | .439 | .794 | 5.7 | 4.4 | – | – | 18.9 | |
1968–69 | 78 | 37.4 | .459 | .843 | 5.9 | 4.3 | – | – | 22.8 | |
1969–70 | 74 | 38.7 | .460 | .847 | 5.2 | 4.9 | – | – | 22.1 | |
1970–71 | 75 | 38.8 | .482 | .844 | 4.5 | 4.4 | – | – | 20.8 | |
1971–72 | 80 | 40.2 | .467 | .794 | 5.6 | 5.9 | – | – | 21.5 | |
1972–73 | 81 | 37.1 | .493 | .831 | 4.5 | 4.2 | – | – | 17.8 | |
1973–74 | 77 | 32.4 | .473 | .875 | 3.6 | 4.0 | .9 | .3 | 16.2 | |
1974–75† | 66 | 17.3 | .455 | .816 | 1.9 | 2.3 | .9 | .2 | 8.2 | |
1975–76 | 29 | 10.7 | .483 | .793 | 1.1 | 1.3 | .5 | .0 | 4.8 | |
Career | 804 | 30.6 | .463 | .814 | 4.3 | 3.8 | .8 | .2 | 16.2 | |
All-Star | 3 | 14.0 | .550 | – | 1.7 | 2.0 | – | – | 7.3 |
プレーオフ
[編集]Year | Team | GP | MPG | FG% | FT% | RPG | APG | SPG | BPG | PPG |
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1965 | STL | 2 | 5.5 | .500 | – | 3.0 | .5 | – | – | 4.0 |
1966 | 4 | 3.3 | .111 | .500 | 1.0 | .0 | – | – | .8 | |
1967 | SFW GSW |
15 | 33.2 | .450 | .797 | 6.1 | 3.9 | – | – | 17.7 |
1968 | 10 | 39.0 | .521 | .721 | 4.4 | 4.9 | – | – | 25.1 | |
1969 | 6 | 30.0 | .406 | .727 | 3.0 | 3.8 | – | – | 14.3 | |
1971 | 5 | 41.0 | .353 | .880 | 6.4 | 4.8 | – | – | 16.4 | |
1972 | 5 | 40.6 | .431 | .923 | 4.8 | 5.8 | – | – | 14.8 | |
1973 | 11 | 37.2 | .429 | .724 | 4.2 | 3.9 | – | – | 15.0 | |
1975† | 17 | 18.4 | .488 | .581 | 2.1 | 1.7 | .6 | .1 | 8.1 | |
1976 | 8 | 4.1 | .375 | – | .5 | .4 | .3 | .1 | 1.5 | |
Career | 83 | 27.2 | .449 | .751 | 3.7 | 3.1 | .5 | .1 | 13.1 |
脚注
[編集]- ^ a b “Duke Basketball: Power Ranking All of Their NBA First-Round Draft Picks”. bleacherreport.com (2010年12月8日). 2011年4月29日閲覧。