ケニア航空507便墜落事故
2007年1月にO・R・タンボ国際空港で撮影された事故機 | |
出来事の概要 | |
---|---|
日付 | 2007年5月5日 |
概要 | パイロットエラー、及び空間識失調 |
現場 |
カメルーン ドゥアラ国際空港から5.42km南の沼地 北緯3度57分21秒 東経9度45分03秒 / 北緯3.955700度 東経9.750900度座標: 北緯3度57分21秒 東経9度45分03秒 / 北緯3.955700度 東経9.750900度 |
乗客数 | 108 |
乗員数 | 6 |
負傷者数 | 0 |
死者数 | 114 (全員) |
生存者数 | 0 |
機種 | ボーイング737-8AL |
運用者 | ケニア航空 |
機体記号 | 5Y-KYA |
出発地 | フェリックス・ウフェ=ボワニ国際空港 |
経由地 | ドゥアラ国際空港 |
目的地 | ジョモ・ケニヤッタ国際空港 |
ケニア航空507便墜落事故は2007年5月5日にカメルーンのドゥアラで発生した航空事故である。フェリックス・ウフェ=ボワニ国際空港からジョモ・ケニヤッタ国際空港へ向かっていたケニア航空507便(ボーイング737-8AL)が経由地のドゥアラ国際空港を離陸直後に墜落し、乗員乗客114人全員が死亡した[1][2][3]。
この事故はカメルーン史上最悪のものとなった[4]。また、ボーイング737-800としては4番目に死者数の多い事故となっている[5]。機体は小さな破片になっており、大部分は空港から5.42km南にある沼に沈んでいた[6][7]。乗員乗客に生存者はいなかった[6][8][9]。カメルーン民間航空局による事故調査から、離陸後に機体が大きく傾き、これをパイロットが修正できなかったことが判明した。そのためパイロットは機体の制御を失い墜落した[10]。
飛行の詳細
[編集]事故機
[編集]事故機のボーイング737-8AL(5Y-KYA)は2006年に製造番号35069として製造された[11]:21。同年10月9日に初飛行を行い、10月27日にケニア航空に納入された[12]。総飛行時間は2,100時間で、2基のCFMインターナショナル CFM56-7B26を搭載していた[1]。この機材はケニア航空がシンガポール・エアクラフト・リース・エンタープライズから購入したばかりのもので[6][13]、納入からわずか6ヶ月あまりでの全損となった[14][15]。
乗員乗客
[編集]ケニア航空によれば乗客105人の国籍は26ヶ国に及んでいた。うち37人がカメルーン人で[16]、9人がケニア人だった[17][18]。乗客のほとんどはドゥアラ国際空港から搭乗しており、フェリックス・ウフェ=ボワニ国際空港から搭乗したのは17人だった[6][18]。乗員6人は全員ケニア人だった。その他、乗客にはケニア航空のエンジニアとデッドヘッドの客室乗務員が含まれていた[11][19]。
機長は52歳の男性で、ケニア航空には20年近く勤めていた。総飛行時間は8,682時間で、ボーイング737-800では158時間の経験があった。副操縦士は23歳の男性で、ケニア航空には1年ほど勤めていた。総飛行時間は831時間で、ボーイング737-800では57時間の経験があった[11][20][21][22][23][24]。
乗客にはAP通信の記者であるアンソニー・ミッチェルが含まれていた[25]。
国籍[11]:15–16 | 乗客 | 乗員 | 合計 |
---|---|---|---|
ブルキナファソ | 1 | 0 | 1 |
カメルーン | 37 | 0 | 37 |
中央アフリカ | 2 | 0 | 2 |
中国 | 5 | 0 | 5 |
コモロ | 2 | 0 | 2 |
コンゴ民主共和国 | 2 | 0 | 2 |
コンゴ共和国 | 1 | 0 | 1 |
コートジボワール | 6 | 0 | 6 |
エジプト | 1 | 0 | 1 |
赤道ギニア | 2 | 0 | 2 |
ガーナ | 1 | 0 | 1 |
インド | 15 | 0 | 15 |
ケニア | 3 | 6 | 9 |
韓国 | 1 | 0 | 1 |
マリ | 1 | 0 | 1 |
モーリシャス | 1 | 0 | 1 |
ニジェール | 3 | 0 | 3 |
ナイジェリア | 6 | 0 | 6 |
セネガル | 1 | 0 | 1 |
南アフリカ共和国 | 7 | 0 | 7 |
スウェーデン | 1 | 0 | 1 |
スイス | 1 | 0 | 1 |
タンザニア | 1 | 0 | 1 |
トーゴ | 1 | 0 | 1 |
イギリス | 5 | 0 | 5 |
アメリカ合衆国 | 1 | 0 | 1 |
合計 | 108 | 6 | 114 |
事故の経緯
[編集]507便はその日の真夜中にドゥアラ国際空港を離陸する3便のうちの1つで、ほかの2便はカメルーン航空とロイヤル・エア・モロッコによって運航されていた[20][26][27]。事故当日は悪天候で、カメルーン航空とロイヤル・エア・モロッコのパイロットは天候が回復するまで離陸を延期していた。一方、507便のパイロットはすでに離陸が1時間近く遅れており、天候もすぐに回復すると考え、離陸を決断した[20][28]。しかし、管制官は507便の離陸を許可しなかった。最終的に離陸は現地時間0時06分に行われ、507便は滑走路12から離陸した[11]:8,11[28]。ジョモ・ケニヤッタ国際空港には6時15分に到着する予定だった[6][29][17]。
離陸後、機体が右に傾き始めたため[注釈 1]、機長は操縦桿を左に操作した[11]:12。離陸の24秒後、1,000フィート (300 m)付近を上昇中に機長は副操縦士に「OK、コマンド(Ok, command.)」と言い、自動操縦装置の起動を求めた[30][11]:13。その後、機長は操縦桿から手を離した[11]:12。しかし、自動操縦の起動について副操縦士は復唱しておらず、自動操縦も起動されなかった。機長の発言から55秒後、機体は34度まで傾いた。傾斜角の警報が作動する直前、機長は操縦桿を掴み、左右に動かした。この操作により、機体はさらに50度近くまで傾いた。機長は自動操縦を起動したが、その後も操縦桿を操作し続けた[31]。副操縦士は機長に「...左、左、左...、左に修正して(... Left, Left, Left ...correction Left,)」と言った[11]:48。高度2,290フィート (700 m)で機体は右に115度まで傾き、制御不能に陥った。0時08分、507便は湿地帯に墜落した[11]:12–15。
離陸後、507便と管制官の間で交信は行われなかった[11][15]。ケニア航空はナイロビに危機管理センターを設置した[15][32]。
翌日、ドゥアラ国際空港の南東20km地点の湿地で507便の残骸が発見された[33][34]。生存者は居なかった[35][11]:15。ケニア航空のタイタス・ナイクニは、地元住民が救助隊を墜落現場へ案内したと述べた[17]。カメルーンのハミドゥ・ヤヤ・マラファ大臣は「現在判明していることは機体の残骸がドゥアラ第3区画のムバンガ=ポンゴに存在する小さな村にあるという事だけだ。我々は救助活動を講じている。」と発言した[36]。ケニア航空は現場から29体の遺体が発見されたと公表したが、カメルーン政府は40体以上の遺体が回収されたと報告した。遺体は損傷が激しく、身元特定は困難だった。また、捜索活動は豪雨により妨げられた[37]。
事故調査
[編集]カメルーン政府は事故調査委員会を設置した[11]。また、アメリカの国家運輸安全委員会は調査の支援のため、「ゴー・チーム」を派遣した[38]。
調査の初期段階では、墜落原因が豪雨による両エンジンの停止である可能性が高いと推定された。離陸から墜落までの時間、遭難信号の発信状況、気象状況、墜落時の機首角度などがこの可能性を示唆していた。そのため、調査官は両エンジンが停止し、パイロットが空港へ引き返そうとして失速した可能性を考えた[39][40]。
フライトデータレコーダー(FDR)は5月7日に回収され[11]:30[41]、コックピットボイスレコーダー(CVR)は6月15日に回収された[11]:30[42][43]。2つのレコーダーはカナダの運輸安全委員会に送られた[11]:30[44][45][46]。
2010年4月28日、カメルーン民間航空局(CCAA)は最終報告書を発行した[10]。調査から、507便が管制官から許可を受けずに出発したことが判明した。操縦を担当していた機長は離陸後、数回操縦桿を左に操作した。離陸から42秒後、機長は副操縦士に自動操縦を作動させるよう求めた。しかし副操縦士は自動操縦を作動させず、機体は右に傾き始めた。そのため機体は11度から34度まで傾いた。最終的に機体は右に115度まで傾き、地面に落下し始めた。機長と副操縦士はお互いに逆の操作をしていた。507便は287ノット (532 km/h)の速度で湿地帯に墜落した。墜落時、機体は右に60度傾き、48度の機首下げをした状態だった[11]。
CCAAは、推定原因として複数のことを挙げた。深夜だったため、機外の様子が判別できず、機体が大きく傾いた後、パイロットは空間識失調に陥った。パイロットは機体が35度以上の傾きが発生した時点で自動操縦をオンにしていたが、機長が不用意な操作をした結果、自動操縦による水平飛行が妨げられた。
この他にも、CVRに機長が副操縦士に対して不適切な言葉を使って指導したり罵倒したりする様子が残っており、緊急事態の際に副操縦士が萎縮し、乗員間の協調性が損なわれたこと(クルー・リソース・マネジメントの喪失)や、不適切な運航管理、飛行監視手順の不遵守なども事故の一因となった[11]。
映像化
[編集]- メーデー!:航空機事故の真実と真相 第18シーズン第10話「Stormy Cockpit」
関連項目
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 事故機には右に傾きやすいという特性があった。
出典
[編集]- ^ a b Accident詳細 - Aviation Safety Network. 15 June 2011閲覧。
- ^ Learmount, David (7 January 2008). “Accidents/incidents for 2007 – Fatal accidents: scheduled passenger flights”. Flight International (Flightglobal). オリジナルの2 May 2012時点におけるアーカイブ。 2 May 2012閲覧。
- ^ McCrummen, Stephanie (6 May 2007). “Passenger Jet Disappears Over Cameroon”. The Washington Post. オリジナルの1 September 2012時点におけるアーカイブ。 1 September 2012閲覧。
- ^ “Cameroon air safety profile”. Aviation Safety Network 15 March 2018閲覧。
- ^ “Boeing 737-800 Statistics”. Aviation Safety Network 15 March 2018閲覧。
- ^ a b c d e Kaminski-Morrow, David (15 May 2007). “Investigators trawl swamps for clues on Kenya 737 crash”. Flight International (London: Flightglobal). オリジナルの16 June 2014時点におけるアーカイブ。
- ^ Vogt, Heidi (8 May 2007). “Grim Work Continues at Plane Crash Site”. The Washington Post. Associated Press. オリジナルの26 September 2012時点におけるアーカイブ。 26 September 2012閲覧。
- ^ “Aucun survivant dans le crash de l'appareil de Kenya Airways [No survivors after the crash of a Kenya Airways plane]” (French). Le Monde. (7 May 2007). オリジナルの4 August 2012時点におけるアーカイブ。
- ^ “No chance of survivors from Kenya plane – Cameroon”. Reuters AlertNet. (7 May 2007). オリジナルの9 May 2007時点におけるアーカイブ。 7 May 2007閲覧。
- ^ a b Kaminiski-Morrow, David (28 April 2010). “Kenya 737 crash: Poor airmanship led to disorientation”. London: Flightglobal. オリジナルの26 September 2012時点におけるアーカイブ。 26 September 2012閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r “Technical Investigation into the Accident of the B737-800 Registration 5Y-KYA Operated by Kenya Airways that Occurred the 5th of May 2007 in Douala”. Cameroon Civil Aviation Authority (28 April 2010). 23 September 2015時点のオリジナルよりアーカイブ。27 September 2012閲覧。
- ^ “Boeing 737 Next Gen – MSN 35069 – 5Y-KYA”. Airfleets.net. 27 September 2012閲覧。
- ^ “Plane was one of KQ's newly acquired crafts”. Sunday Times. (5 May 2007). オリジナルの9 May 2007時点におけるアーカイブ。 5 May 2007閲覧。
- ^ “Kenya Airways Boeing 737 black box found”. London: Flightglobal. (8 May 2007). オリジナルの16 June 2014時点におけるアーカイブ。
- ^ a b c Kaminski-Morrow, David (5 May 2007). “Kenya Airways Boeing 737 crashes in Cameroon”. London: Flightglobal. オリジナルの17 June 2014時点におけるアーカイブ。
- ^ “6 Nigerians, 108 others feared killed in plane crash”. The Punch. (6 May 2007). オリジナルの15 July 2011時点におけるアーカイブ。 17 June 2011閲覧。
- ^ a b c “'No survivors' in Cameroon crash”. BBC News. (7 May 2007). オリジナルの2 May 2012時点におけるアーカイブ。 2 May 2012閲覧。
- ^ a b "Full list of Passengers of Flight KQ 507" (Press release). Kenya Airways. 2007年5月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月18日閲覧。
- ^ Official Report (English) Archived 23 September 2015 at the Wayback Machine./Official Report (French) Archived 23 September 2015 at the Wayback Machine. (28 April 2010) – Cameroon Civil Aviation Authority. 15-16/58 (English: 15-16/89, French: 15-16/59). Retrieved 11 May 2011.
- ^ a b c “Reconstructing Flight 507's final moments”. IOL. (11 May 2007). オリジナルの26 September 2012時点におけるアーカイブ。 28 September 2012閲覧。
- ^ Jotischky, Tim (18 March 2012). “The tragedy of Flight KQ507”. The Daily Telegraph. オリジナルの11 January 2013時点におけるアーカイブ。
- ^ http://www.caa.co.za/Foreign%20Accidents%20and%20Incidents%20Reports/Cameroon%20Accident.pdf
- ^ “Tragedy of KQ 507” (英語). Daily Nation 2017年10月30日閲覧。
- ^ “CRASH OF A BOEING 737-800 NEAR DOUALA: 114 KILLED” (English). Bureau of Aircraft Accidents Archives 2020年5月5日閲覧。
- ^ Rice, Xan (7 May 2007). “Missing Britons named as plane's wreckage is found in Cameroon jungle”. The Guardian (Nairobi). オリジナルの28 September 2012時点におけるアーカイブ。 28 September 2012閲覧。
- ^ “Reconstructing the last moments of Kenya Airways Flight 507”. The Star. (12 May 2007). オリジナルの18 January 2013時点におけるアーカイブ。
- ^ “Official: Cameroon crash probe turns to pilot”. USA Today. Associated Press. (10 May 2007). オリジナルの18 January 2013時点におけるアーカイブ。
- ^ a b Kamisnki-Morrow, David (27 June 2007). “No evidence of mechanical failure on crashed Kenya Airways Boeing 737”. London: Flighgtglobal. オリジナルの28 September 2012時点におけるアーカイブ。 28 September 2012閲覧。
- ^ “Kenya Air Jet Goes Down in Cameroon”. The New York Times. Associated Press. (6 May 2007). オリジナルの2 May 2012時点におけるアーカイブ。 2 May 2012閲覧。
- ^ “What Really Happened on KQ Flight 507? - Owaahh” (英語). Owaahh. (2017年4月27日) 2017年10月29日閲覧。
- ^ Jotischky, Tim (2012年3月18日). “The tragedy of Flight KQ507” (英語). ISSN 0307-1235 2017年10月29日閲覧。
- ^ “Kenya plane 'crashes in Cameroon'”. BBC News. (5 May 2007). オリジナルの26 September 2012時点におけるアーカイブ。 26 September 2012閲覧。
- ^ “Cameroon finds Kenya plane, no word of survivors”. Reuters. (6 May 2007). オリジナルの26 September 2012時点におけるアーカイブ。 26 September 2012閲覧。
- ^ Thomas, Geoffrey; Straus, Brian (8 May 2007). “Recovery operation beginning outside Douala for lost KQ 737”. Air Transport World. オリジナルの4 October 2012時点におけるアーカイブ。 4 October 2012閲覧。
- ^ “UPDATE 5-Cameroon finds Kenya plane, no word of survivors”. Reuters. (6 May 2007)[リンク切れ]
- ^ “No survivors from Kenya plane: Cameroon”. Brisbane Times. (7 May 2007). オリジナルの26 September 2012時点におけるアーカイブ。 26 September 2012閲覧。
- ^ “Flight KQ 507:29 bodies recovered”. KBC. (8 May 2007). オリジナルの27 September 2007時点におけるアーカイブ。 8 May 2007閲覧。
- ^ "NTSB sending team to assist in the investigation of a 737 crash in Cameroon" (Press release). National Transportation Safety Board. 5 May 2007. 2013年1月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月11日閲覧。
- ^ “Engine failure probed in Kenyan crash”. USA Today. Associated Press (29 October 2007). 27 May 2015閲覧。
- ^ “Rescuers recover human remains at Cameroon crash site”. Taipei Times. (9 May 2007). オリジナルの26 September 2012時点におけるアーカイブ。 26 September 2012閲覧。
- ^ “Other News – 05/08/2007”. Air Transport World. (9 May 2007). オリジナルの4 October 2012時点におけるアーカイブ。 4 October 2012閲覧。
- ^ “KQ Resumes Cameroon Flights”. (15 May 2007)
- ^ “Kenyan flight KQ 507 – Cockpit voice recorder recovered”. (18 June 2007)
- ^ Kaminski-Morrow, David (5 June 2007). “Canadian investigators to analyse crashed 737 data”. London: Flightglobal. オリジナルの17 June 2014時点におけるアーカイブ。
- ^ “Kenya: Govt Wants 'Black Box' Analysed in Canada”. The East African Standard. AllAfrica.com. (8 May 2007). オリジナルの28 September 2012時点におけるアーカイブ。 28 September 2012閲覧。
- ^ “Analysis of KQ 507's flight Flight Data Recorder complete”. (30 May 2007)[リンク切れ]