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クーロン爆発

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
レーザー場によってイオン化された原子クラスターのクーロン爆発をアニメーションで示す。原子(大きい円)の色相スケールは電荷の大きさを、電子(小さい円、このタイムスケールではストロボスコープのようにしか見えない)の色は運動エネルギーの大きさを表している。

クーロン爆発(クーロンばくはつ、: Coulombic explosion)とは、分子が短時間で複数の電子を失ったときに、正の電荷を持った原子が相互に反発して爆発的に解離する現象である。高強度のレーザーによって引き起こすことができ、レーザー加工技術に応用されている。

機構

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レーザーを集光して平方センチメートル当たり数ペタワットの強度にすると電場の強さは109 V/cmに達し、電子が原子核から受ける相互作用と同程度になる[1]。これほど強い電場の中に置かれた分子の振る舞いは、通常の近似である摂動法とは異なる理論的取り扱いが必要になる[2][3]。通常、光を受けた分子から放出される電子は一個ずつであり、それらは光量子からとびとびのエネルギーを受け取っている。しかし強いレーザー場の中では複数の電子の同時放出が容易に起こる。残された分子は多価の正イオンになり、正電荷を持つ粒子間のクーロン斥力によってはじけ飛ぶ[4]

応用技術

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微細レーザー加工において、従来の熱的なアブレーションに代わる低温プロセスとしてクーロン爆発が応用されている。熱的なアブレーションでは、レーザーの照射によって材料を局所的に加熱し、プラズマ化させることでエッチング(切削・穿孔)や物性操作を行う[5][6]。この方法では余分なエネルギーが熱として拡散するので、加工箇所以外で変形や再結晶のような副次的作用が発生する[7]。対象がPTFEのようなフォーム状物質であれば、触媒電池としての機能に必要な小孔が溶けて埋まってしまう[5]

熱的アブレーションに用いられるレーザーは連続波ナノ秒程度のパルスであったが、1990年代になると高強度フェムト秒レーザーパルスの応用が注目され始め[6]、2000年代にはテラワット級の卓上装置が一般化した。超短パルスレーザーは投入エネルギーあたりの集光強度が高く、効率よいアブレーションが可能となる[8]。ピコ秒からフェムト秒領域(~100 fs)のパルス照射では、与えられたエネルギーが熱として拡散する前にクーロン爆発が起きるため、熱変性の影響が非常に小さい[7][6]。また、パルス幅が長い低強度のレーザーとは光吸収の機構が異なるため、透明材料など多様な対象を加工することができる[8]

自然現象における例

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アルカリ金属を水に入れると爆発が起きることはよく知られている。その機構は化学反応による水素の発生と燃焼が主体だと一般に考えられていたが、高速度カメラを用いた2015年の研究により、アルカリ金属から電子が急速に水和して残った原子核がクーロン爆発を起こしていることが確かめられた[9][10]

ウラン核分裂による核爆発では、ウラン核一個当たり167 MeVのエネルギーがクーロン爆発の形で生成する。すなわち、核分裂片の間にはたらく静電的な反発力がそれらの分裂片に運動エネルギーを与える。このエネルギーが熱として周囲の物質に吸収され、それによる黒体輻射が高温・高密度のプラズマ火球を生み出し、最終的に広範囲の爆風と熱放射が発生する[11][12]

刺胞動物門の水棲生物が持つ刺胞の高速な射出過程にクーロン爆発と似た機構が関わっているとする研究がある。それによると、カルボキシ基から水素が解離することによりポリグルタミン酸分子の間に静電的な反発力が生じ、刺胞カプセルの内圧を急速に(50マイクロ秒程度)高めるのだという[13]

クーロン爆発イメージング

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クーロン爆発ではレーザー照射や高電荷イオンの衝突によって分子から複数の電子が剥ぎ取られ、残った原子核が互いに反発して高速で離れていく。この断片の軌道とエネルギー分布を解析することで、元の分子構造ばかりか動的な解離過程についての知見が得られる[4][14][15]。それによると、強いレーザー場に置かれた分子ではまず10フェムト秒程度のうちに電子状態が応答して分子内ポテンシャルを変化させる。その結果100フェムト秒程度の時間をかけて分子の構造変形が進行し、多重イオン化とクーロン爆発に至る。すなわち、分子構造変化の時間より十分に短いパルスを用いてクーロン爆発を発生させれば、断片の軌道は変形を起こす前の構造を反映することになる。これを利用して、化学反応の中間過程を分子構造の変化としてリアルタイムで観察する研究が行われている[16][注釈 1]

関連項目

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脚注

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注釈

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  1. ^ これを、「これは打ち上げられた花火の色と形が、打ち上げられる前の花火玉の中の火薬の種類と配置によって決まることに似ています。[17]」と例える。

出典

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  1. ^ 菱川明栄「サブ10フェムト秒レーザー クーロン爆発イメージング」『分子研レターズ』第59巻、分子科学研究所、2009年、8-11頁、2021年12月12日閲覧 
  2. ^ 小杉信博 (2007年10月1日). “菱川明栄准教授に平成19年度分子科学奨励森野基金の研究助成が授与”. 分子科学研究所. 2021年12月12日閲覧。
  3. ^ 菱川明栄「レーザークーロン爆発イメージングによる実時間反応追跡」『レーザー研究』第40巻第10号、2012年、745-751頁、CRID 1390285300184532224 
  4. ^ a b 小杉信博「IMSニュース」『分子研レターズ』第57巻、分子科学研究所、2008年、20頁、2021年12月12日閲覧 
  5. ^ a b Hashida, M.; Mishima, H.; Tokita, S.; Sakabe, S. (2009). “Non-thermal ablation of expanded polytetrafluoroethylene with an intense femtosecond-pulse laser”. Optics Express 17 (15): 13116–13121. Bibcode2009OExpr..1713116H. doi:10.1364/OE.17.013116. hdl:2433/145970. https://doi.org/10.1364/OE.17.013116. 
  6. ^ a b c 富田卓朗「4.固体物性からみたレーザーアブレーション(レーザー生成プラズマの新しい温度,密度領域における物性とシミュレーション)」『プラズマ・核融合学会誌』第89巻第7号、名古屋 : プラズマ・核融合学会編集委員会、2013年7月、493-499頁、CRID 1520009407383544704ISSN 09187928NAID 110009636051NDLJP:10458896。「国立国会図書館デジタルコレクション」 
  7. ^ a b Müller, D. (November 2009). “Picosecond Lasers for High-Quality Industrial Micromachining”. Photonics Spectra: 46–47. http://www.photonics.com/Article.aspx?AID=40296. 
  8. ^ a b 藤田雅之「2. フェムト秒加工の特徴」『光技術応用システムのフィージビリティ調査報告書 -フェムト秒超加工技術-』光産業技術振興協会、2005年、15-16頁。 NCID BN0586165X 
  9. ^ Mason, Philip E.; Uhlig, Frank; Vaněk, Václav; Buttersack, Tillmann; Bauerecker, Sigurd; Jungwirth, Pavel (26 Jan 2015). “Coulomb explosion during the early stages of the reaction of alkali metals with water”. Nature Chemistry 7 (3): 250–254. Bibcode2015NatCh...7..250M. doi:10.1038/nchem.2161. PMID 25698335. 
  10. ^ Sodium's Explosive Secrets Revealed”. Scientific American (2015年1月27日). 2021年12月16日閲覧。
  11. ^ Alt, Leonard A.; Forcino, Douglas; Walker, Richard I. (2000). “Nuclear events and their consequences”. In Cerveny, T. Jan. Medical Consequences of Nuclear Warfare. U.S. Government Printing Office. ISBN 9780160591341. https://ke.army.mil/bordeninstitute/published_volumes/nuclearwarfare/chapter1/chapter1.pdf. "approximately 82% of the fission energy is released as kinetic energy of the two large fission fragments. These fragments, being massive and highly charged particles, interact readily with matter. They transfer their energy quickly to the surrounding weapon materials, which rapidly become heated" 
  12. ^ Nuclear Engineering Overview”. Technical University Vienna. 2018年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年12月16日閲覧。 “The various energies emitted per fission event pg 4. "167 MeV" is emitted by means of the repulsive electrostatic energy between the 2 daughter nuclei, which takes the form of the "kinetic energy" of the fission products, this kinetic energy results in both later blast and thermal effects. "5 MeV" is released in prompt or initial gamma radiation, "5 MeV" in prompt neutron radiation (99.36% of total), "7 MeV" in delayed neutron energy (0.64%) and "13 MeV" in beta decay and gamma decay(residual radiation)”
  13. ^ Berking, Stefan; Herrmann, Klaus (2006). “Formation and discharge of nematocysts is controlled by a proton gradient across the cyst membrane”. Helgoland Marine Research 60 (3): 180–188. doi:10.1007/s10152-005-0019-y. 
  14. ^ Légaré, F. (2005). “Laser Coulomb-explosion imaging of small molecules”. Phys Rev A 71: 013415. doi:10.1103/PhysRevA.71.013415etal 
  15. ^ B. Siegmann; U. Werner; H. O. Lutz; R. Mann (2002). “Complete Coulomb fragmentation of CO2 in collisions with 5.9 MeV u−1 Xe18+ and Xe43+”. J Phys B Atom Mol Opt Phys 35 (17): 3755. Bibcode2002JPhB...35.3755S. doi:10.1088/0953-4075/35/17/311. 
  16. ^ 菱川明栄「サブ10フェムト秒強レーザー場における分子過程」『原子衝突研究協会誌』第3巻第5号、2006年、7-13頁、2021年12月12日閲覧 
  17. ^ 分子内を歩き回る水素の姿を捉えた!- 化学反応の新しいルート「ローミング過程」の可視化に成功 -”. 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 (2020年11月27日). 2021年12月18日閲覧。