キュレネのヘゲシアス
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キュレネのヘゲシアス(古希: Ἡγησίας fl. 紀元前290年[1])は、古代ギリシア・ヘレニズム期のキュレネ派の哲学者。自殺を推奨する哲学を説き、「死を勧めし人[2]」「死の説得者[3]」(πεισιθάνατος ペイシタナトス)と呼ばれた。
学説・逸話
[編集]著作は現存せず、学説や逸話が断片的に伝わる。
ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』によれば、キュレネ派の開祖アリスティッポスの学統に連なる人物として、「死を勧めし人」ヘゲシアスがいた[2]。ヘゲシアスの徒は、キュレネ派的な快楽主義や感覚懐疑に加え、以下の学説を掲げた。
- 肉体の煩いや運命の妨害がある以上、幸福な人生(エウダイモニア)は不可能である。
- 友情・感謝・親切といったものは、ただ役に立つだけの道具に過ぎない。(アリスティッポスが友情に価値を置いたのと対照的[4]。)
- 生と死はどちらも望ましい。
- 貧困と富裕、自由と隷属、名誉と屈辱、いずれも快苦とは無関係であるため、どちらでもいい。
- 賢者は生に執着せず、自発的な利他もせず、他者を憎まず、過ちを許す。
- 善いものを追究するより、悪いものを避ける人生を目指す。
キケロ『トゥスクルム荘対談集』によれば、ヘゲシアスの著作に『絶食で自殺する』(古希: ἀποκαρτερῶν[5] アポカルテロン)があった[3]。その内容は、絶食自殺中の人が友人に人生の厄介事を枚挙し、読者を自殺に誘うというものだった[3]。
キケロの同書やウァレリウス・マクシムス『有名言行録』によれば、ヘゲシアスの受講生の多くが実際に自殺したため、プトレマイオス2世により講義が禁止されたという[3][6]。
関連項目
[編集]- アンブラキアのクレオンブロトス - キケロがヘゲシアスから連想して言及する人物。プラトンの『パイドン』(「哲学は死の練習である」と説く書物)を読んで自殺した。
脚注
[編集]- ^ Dorandi, Tiziano (1999). “Chapter 2: Chronology”. In Algra, Keimpe. The Cambridge History of Hellenistic Philosophy. Cambridge: Cambridge University Press. p. 47. ISBN 9780521250283
- ^ a b ディオゲネス・ラエルティオス著、加来彰俊訳『ギリシア哲学者列伝』上、岩波文庫、1984年。189;194ff頁(2.86;2.93-96)
- ^ a b c d キケロー 著、木村健治・岩谷智 訳『哲学V : トゥスクルム荘対談集』岩波書店〈キケロー選集〉、2002年。ISBN 9784000922623。 67ff頁(1.83-84)
- ^ 三嶋輝夫 著「小ソクラテス学派」、内山勝利 編『哲学の歴史 第1巻 哲学誕生 古代1』中央公論新社、2008年。ISBN 9784124035186。385-389頁。
- ^ “A Dictionary of Greek and Roman biography and mythology, Habinnas, Hecataeus, Hege'sias”. www.perseus.tufts.edu. 2022年2月20日閲覧。
- ^ 松原國師『西洋古典学事典』京都大学学術出版会、2010年。ISBN 9784876989256。1096頁。
関連文献
[編集]- 澁澤龍彦『快楽主義の哲学』光文社、1965年。(復刊:『澁澤龍彦全集 6』河出書房新社、1993年。文春文庫、1996年)
- 長尾柾輝「悲観する快楽主義 : キュレネ派のヘゲシアス訳註」『倫理学紀要』第29号、東京大学大学院人文社会系研究科、2022年。doi:10.15083/0002003408 。