カーゼルーン
カーゼルーン کازرون | |
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市(シャフル) | |
カーゼルーン北のシャープール洞窟 | |
国 | イラン |
州 | ファールス州 |
郡 | カーゼルーン郡 |
地区 | 中央地区 |
標高 | 860 m |
人口 (2016年) | |
• 合計 | 96,683 [1]人 |
等時帯 | UTC+3:30 (IRST) |
• 夏時間 | UTC+4:30 (IRDT) |
市外局番 | 071 |
カーゼルーン(ペルシア語: کازرون、Kāzerūn[2]/Kāzeroūn/Kazeroon/Kasrun) [3]とは、イランのファールス州カーゼルーン郡の都市で郡中心市に定められている。[2]2016年当時の人口は96,683人。都市の農産物はナツメヤシ、柑橘類の果樹園、小麦、タバコ、米、綿花、ブドウがある。伝統工芸品のギーヴェ(綿布で作られた靴)やドゥールチェ(手桶)の産地としても知られている。
カーゼルーンから19km北の地点には古代都市ビシャープールの遺跡があり、サーサーン朝時代の浅浮彫が残されている。[2]遺跡内のシャープール洞窟にはシャープール1世(在位:241年 - 272年)の像が建てられている。カーゼルーンは多くの知識人を輩出したことでも知られ、出身者として預言者ムハンマドのサハーバ(教友)であるサルマーン・アル=ファーリスィーなどの人物が挙げられる。[4]ガージャール朝の時代には多くの人々がカーゼルーンからバーレーンに移住し、カーゼルーニーという姓を持つバーレーン人が多い。
歴史
[編集]サーサーン朝の君主ペーローズ1世(在位:459年 - 484年)の治世に3つの村が一つにまとめられ、カーゼルーンの元となる町が作られた。[4]元々の名称は「バラドアティーグ」だったが、10世紀以降はカーゼルーンの名前で呼ばれるようになった。[5]ウマイヤ朝の時代にはカーゼルーンとビシャープールで貨幣の鋳造が行われ、アッバース朝期からカーゼルーンは造幣で知られるようになった。[4]10世紀末までにサーサーン朝時代の主要都市だったビシャープールが衰退すると、ビシャープールに代わってカーゼルーンがファールス地方の有力都市の一つになる。当時のカーゼルーンは商業活動が活発であり、立派な家屋が立ち並んでいた。良好な立地と気候、交易活動のため、ファールス地方が不安定な情勢にある中でもカーゼルーンは平穏を保っていた。[4]
1101年から1102年にかけてアブー・サイード・シャバーンカーライーによってカーゼルーンと周辺の都市が破壊され、荒廃したビシャープールに代わってカーゼルーンが地域の中心都市となった。[4]12世紀に始まったモンゴル帝国のペルシア征服事業において、カーゼルーンとファールス地方は初期の軍事活動で行われた大規模な破壊・虐殺は免れたものの、13世紀末からカーゼルーンはニクダリヤンの攻撃にしばしば晒され、ムザッファル朝の君主シャー・シュジャー死後の内乱で町は破壊された。[4]
ティムール朝と黒羊朝の抗争の中でカーゼルーンは破壊を免れるが、サファヴィー朝の創始者イスマーイール1世はカーゼルーンのスンナ派の人間に強い圧力をかけ、彼の命令によってスンナ派の説教師とその家族が殺害され、スンナ派の聖者の墓廟が破壊された。[4]1591年にアッバース1世はアフシャール家のホージャ・ピール・ボダーグをカーゼルーンの総督に任命し、その後およそ250年の間アフシャール家出身の総督がカーゼルーンを統治した。サファヴィー朝末期からヨーロッパの旅行者がカーゼルーンを訪れるようになり、彼らは町の寂れた様子、彫像が置かれたシャープール洞窟などの近郊の遺跡の素晴らしさを書き残した。[4]
気候
[編集]カーゼルーンは気温が高いステップ気候である。(ケッペンの気候区分でBShに分類される。)
カーゼルーンの気候 | |||||||||||||
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月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
平均最高気温 °C (°F) | 14.6 (58.3) |
15.4 (59.7) |
17.1 (62.8) |
19.4 (66.9) |
26.0 (78.8) |
33.0 (91.4) |
39.3 (102.7) |
41.3 (106.3) |
40.0 (104) |
35.7 (96.3) |
30.4 (86.7) |
24.5 (76.1) |
28.06 (82.5) |
平均最低気温 °C (°F) | 4.0 (39.2) |
4.5 (40.1) |
4.9 (40.8) |
7.2 (45) |
12.4 (54.3) |
18.7 (65.7) |
26.0 (78.8) |
27.4 (81.3) |
24.9 (76.8) |
20.9 (69.6) |
17.1 (62.8) |
13.5 (56.3) |
15.13 (59.22) |
雨量 mm (inch) | 53 (2.09) |
62 (2.44) |
45 (1.77) |
6 (0.24) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
1 (0.04) |
12 (0.47) |
28 (1.1) |
50 (1.97) |
257 (10.12) |
出典:Climate-data.org |
脚注
[編集]- ^ “Statistical Center of Iran > Home”. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
- ^ a b c Chisholm, Hugh, ed. (1911). . Encyclopædia Britannica (英語). Vol. 15 (11th ed.). Cambridge University Press. p. 704.
- ^ カーゼルーンはGEOnet Names Serverのこのリンクで見つけることができる。特別な検索ボックスを開け、「Unique Feature Id」で「-3070132」を入力し、「Search Database」をクリックする。
- ^ a b c d e f g h “KAZERUN ii. History”. Encyclopaedia Iranica. 2023年8月閲覧。
- ^ 鈴木均「カーゼルーン」『世界地名大事典』第3巻、朝倉書店、2012年、238頁。
参考文献
[編集]- 鈴木均「カーゼルーン」『世界地名大事典』第3巻、朝倉書店、2012年、238頁。
- “KAZERUN ii. History”. Encyclopaedia Iranica. 2023年8月閲覧。