カンバーランド=テヴィオットデイル公爵
カンバーランド=テヴィオットデイル公爵(カンバーランド=テヴィオットデイルこうしゃく、英語: Duke of Cumberland and Teviotdale)は、イギリスの公爵位。グレートブリテン貴族として1度創設された。
歴史
[編集]イギリス国王ジョージ3世(1738-1820)の五男アーネスト・オーガスタス王子(1771-1851)は1799年4月23日にアイルランド貴族であるアーマー伯爵とグレートブリテン貴族であるカンバーランド=テヴィオットデイル公爵に叙された[1]。アーネスト・オーガスタスは1837年にエルンスト・アウグストとしてハノーファー王国の国王に即位し、1851年に死去すると息子ジョージ(1819-1878)がハノーファー王とカンバーランド=テヴィオットデイル公を継承した[2]。ハノーファー王国は1866年にプロイセン王国に併合されたが、ジョージはハノーファー王への請求を取り下げないまま1878年に死去、息子アーネスト・オーガスタスがハノーファー王への請求とカンバーランド=テヴィオットデイル公を継承した[2]。アーネスト・オーガスタスは1878年にガーター勲章を授与されたが、1915年5月13日に剥奪され、1919年3月28日には1917年称号剥奪法に基づく国王ジョージ5世の命令によりカンバーランド=テヴィオットデイル公の爵位を剥奪された[3]。『クラクロフト貴族名鑑』によると、アーネスト・オーガスタスの三男アーネスト・オーガスタス(1887-1953)の孫アーネスト・オーガスタス(1954-)は1917年称号剥奪法第2条に基づき、カンバーランド=テヴィオットデイル公の回復を求めることができる[3]。
カンバーランド=テヴィオットデイル公(1799年)
[編集]- アーネスト・オーガスタス(1771年 - 1851年) - ハノーファー王エルンスト・アウグスト(1837年 - 1851年)
- ジョージ(1819年 - 1878年) - ハノーファー王ゲオルク(1851年 - 1866年)
- アーネスト・オーガスタス(1845年 - 1923年) - ハノーファー王太子エルンスト・アウグスト
- 1919年、1917年称号剥奪法により公位剥奪
出典
[編集]- ^ "No. 15126". The London Gazette (英語). 20 April 1799. p. 372.
- ^ a b Chisholm, Hugh, ed. (1911). . Encyclopædia Britannica (英語). Vol. 7 (11th ed.). Cambridge University Press. pp. 619–620.
- ^ a b "Cumberland and Teviotdale, Duke of (GB, 1799 - 1919)". Cracroft's Peerage (英語). 3 January 2019. 2019年12月23日閲覧。