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エドワード・ウォード (第8代ダドリー男爵)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

第8代ダドリー男爵および第3代ウォード男爵エドワード・ウォード英語: Edward Ward, 8th Baron Dudley and 3rd Baron Ward1683年12月20日洗礼 – 1704年3月28日)は、イングランド貴族

生涯

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ウィリアム・ウォード(William Ward、1660年頃 – 1692年5月16日、第7代ダドリー男爵および第2代ウォード男爵エドワード・ウォードの息子)とフランシス・ディルク(Frances Dilke、ウィリアム・ディルクの娘)の息子として生まれ、1683年12月20日にヒムリー英語版で洗礼を受けた[1]。1695年7月11日、ラグビー校に入学した[1]

1701年8月3日に父が死去すると、ダドリー男爵ウォード男爵の爵位を継承した[1]

1703年4月9日、ダイアナ・ハワード(Diana Howard、1686年頃 – 1709年3月17日、トマス・ハワード英語版の娘)と結婚[1]、1男をもうけた[2]

  • エドワード(1704年6月16日 – 1731年9月6日) - 第9代ダドリー男爵および第4代ウォード男爵。子供なし

1704年3月28日、ホワイトホール天然痘により死去、アッシュテッド英語版で埋葬された[1]。死後に生まれた息子エドワードが爵位を継承した[1]

出典

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  1. ^ a b c d e f Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary; Doubleday, H. Arthur, eds. (1916). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Dacre to Dysart) (英語). Vol. 4 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. p. 484.
  2. ^ "Dudley, Baron (E, 1439/40)". Cracroft's Peerage (英語). 21 September 2009. 2019年10月19日閲覧
イングランドの爵位
先代
エドワード・ウォード
ダドリー男爵
1701年 – 1704年
次代
エドワード・ウォード
ウォード男爵
1701年 – 1704年