尊厳死
尊厳死(そんげんし、英語: death with dignity)とは、人間が人間としての尊厳 (dignity) を保って死に臨むことであり、インフォームド・コンセントのひとつとされる[1]。安楽死や蘇生措置拒否 (DNR) と関連が深い。
尊厳死と安楽死(euthanasia)の区別は、国によって判断が様々である。例えば医師による自殺幇助(Physician-Assisted Suicide/PAS)は、米国では尊厳死に含まれるが、日本では安楽死に含まれるのが通常である[2][3]。日本国内に限った場合でも定義が混乱しているケースがある[2][3][4]。日本に絞って言えば、「尊厳死」は延命治療の停止(消極的安楽死)を指すとの見解が一般的である[2]。
末期がん患者など治癒の見込みのない人々が、クオリティ・オブ・ライフ (quality of life, QOL) と尊厳を保ちつつ最期の時を過ごすための医療がターミナルケア(end-of-life care、終末期医療)である。QOLを保つための手段として、胃瘻の除去、苦痛から解放されるためにペインコントロール技術の積極的活用が挙げられる。無意味な延命行為の拒否 (DNR) については、実際に死を迎える段階では意識を失っている可能性が高いため、事前に延命行為の是非に関して宣言するリビング・ウィル (living will) が有効な手段とされる。
後述のように当人の意思さえあれば尊厳死が法制化されている国がある一方で、国民的な支持はあるものの日本では事前に本人による嘆願・希望で治療を止めたことで、親族などから殺人だと訴えられる可能性がある。日本では尊厳死を認める法律がなく、当事者本人が尊厳死を事前に希望する自発的安楽死を認めるべきとの声は多い[5][6][7]。
各国の状況
[編集]イタリアでは2018年1月31日、尊厳死を認める法律が施行された。法制化の背景としては、交通事故の後遺症による苦痛をインターネット動画で訴えた末に、安楽死が認められているスイスで自ら死を選んだ男性ディスクジョッキー(DJ)らの活動が世論に影響したこと、イタリア社会に強い影響力を持つローマ教皇フランシスコが2017年11月に「尊厳死は道徳的に正当」と語ったことなどが挙げられる(ただしカトリック教会全体としては反対論も依然多い)。
イタリアの団体「オープンポリス」の調査によると、ヨーロッパではこれ以前にイギリス、オーストリア、クロアチア、スペイン、ハンガリー、フィンランド、ポルトガル、ドイツ、フランスが尊厳死を認める法律や規定を持つ。医師による安楽死は、2001年に世界で初めて認めたオランダ、上記のスイスのほか、ベルギーとルクセンブルクが合法化している[8]。
アメリカでは、患者本人の希望により人工呼吸器を取り外すことは、1970年代にインフォームド・コンセントとして確立している[1]。アメリカやイギリスでは「患者が冷静かつ明確に望まない医療を拒否しているのであれば、それに従うのが医療倫理である」とされ[1]、強制すれば医師は傷害罪に問われうる。周囲が裁判所に訴え出ても、それを裁判所が認めることはない[1]。
韓国では、1997年に医師が家族の要請に基づいて、患者の人工呼吸器を外したため、殺人罪で起訴された事件をきっかけに、尊厳死に関する議論が起こり、2016年1月に尊厳死に関する法案が成立した[9]。
日本の状況
[編集]- 日本ではリビング・ウィルの一種である、自身が昏睡状態になった時などに備えて治療の継続や中止などを記した事前指示書の導入に関するニュースに対して、一部の識者や団体が反発した。しかし、京都大学大学院文学研究科准教授の児玉聡は京都新聞や扱われた識者の主張へのファクトチェックにて虚偽や誤解を指摘した。事前指示書には二種類あり、今回誤解で騒がれたタイプ(事前に自身の尊厳死の可否を記す指示書)と、英米にある代理の意思決定者を自身で、もしもの時を想定して決めておく永続的委任状がある。なお、英米には両方の事前指示書に法的に拘束力があり、日本では法的な効力はないため医師が患者の書いていた事前指示書に従っても罪に問われる危険性がある[10]。
(基本的理念)
第二条 終末期の医療は、延命措置を行うか否かに関する患者の意思を十分に尊重し、医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と患者およびその家族との信頼関係に基づいて行われなければならない。
2 終末期の医療に関する患者の意思決定は、任意にされたものでなければならない。
3 終末期にあるすべての患者は、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられなければならない。 — 終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)[1]
- 2016年に『文藝春秋』2016年12月号で「安楽死で逝きたい」と宣言して大きく反響を呼んだ、90歳を超えた橋田壽賀子は「終活を考えるようになったのは“自分の意志で死なせてほしい”という思いである」と述べた。橋田は安楽死は患者の尊厳を守るもの、人助けなのだとする考えが普通になることを自身の願望として、「そういう世の中なら安心して生きていける」と語っている。本人が元気なうちに意思表示をしておいて、安らかに眠らせてもらえたら一番良いとして「医者が罪に問われない法制度」を日本へ導入を求めている[12]。橋田のエッセーは大きな反響を呼び、「『尊厳死』だけでなく『安楽死』についても議論すべきだ」という風潮が高まっていった[13]。
関連作品
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d e f 樋口 範雄「終末期医療と法」『医療と社会』第25巻第1号、2015年、21-34頁、doi:10.4091/iken.25.21、NAID 130005069613。
- ^ a b c “尊厳死という概念について”. 日本臨床倫理学会 (2014年11月19日). 2022年12月29日閲覧。
- ^ a b “「尊厳死」議論の手前で問われるべきこと”. SYNODOS (2015年6月30日). 2022年12月29日閲覧。
- ^ “【第一回】尊厳死と安楽死 長尾和宏”. 公益財団法人 日本尊厳死協会 (2014年12月26日). 2022年9月17日閲覧。
- ^ https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171114-00000041-sasahi-life
- ^ 佐藤愛子『九十歳。何がめでたい』p23(小学館)。
- ^ 安楽死で死なせて下さいp16.橋田壽賀子2017年8月
- ^ あるDJの安楽死きっかけ…「尊厳死法」を施行『読売新聞』朝刊2018年2月2日(国際面)
- ^ “延命治療中断を患者が選択、尊厳死法案が成立”. 朝鮮日報. (2016年1月9日) 2016年1月9日閲覧。
- ^ https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/446d6f3852a85cfe57a8f50d8f1887b08eb5fa38
- ^ “延命措置の「中止」でも医師免責”. m3.com. (2012年6月7日)
- ^ “自分の意志で死なせてほしい”という思い 橋田壽賀子さん「医者が罪問われない法制度を」
- ^ 『安楽死・尊厳死を語る前に知っておきたいこと』岩波書店、2019年7月5日。