ウィルソン・フェルミオン (Wilson fermion)とは、格子上の場の理論 においてフェルミオン を記述する際に生じるフェルミオン・ダブリング 問題を解決するために用いられる理論形式のひとつである。1974年に格子ゲージ理論を提唱したケネス・ウィルソン 自身が、その翌年に提案した[ 1] [ 2] 。
ウィルソン・フェルミオンによる定式化では、ナイーブなフェルミオンの作用 に対して格子間隔aに比例する新たな項(ウィルソン項 )を追加する。格子上の理論は最終的にa→0の極限において連続理論と一致していなければならないから、格子上の作用に対してaに比例する項を追加することは連続理論に何の影響も及ぼさない。
ウィルソン・フェルミオンによってフェルミオン・ダブリングは回避できるが、これはニールセン=二宮の定理 の仮定のひとつであるカイラル対称性 を破っているためである。ウィルソン項は(質量の無い)フェルミオンの本来の対称性 であるはずのカイラル対称性を露わに破っているため、カイラル対称性の自発的破れ などを議論する際には不都合である。
連続的な4次元ユークリッド空間 において、ゲージ場 と相互作用しているフェルミオンについて、ウィルソン項
S
W
i
l
s
o
n
=
−
a
r
∫
d
4
x
ψ
¯
D
2
ψ
{\displaystyle S_{\mathrm {Wilson} }=-ar\int d^{4}x{\bar {\psi }}D^{2}\psi }
を追加する。ここで、
ψ
,
ψ
¯
{\displaystyle \psi ,{\bar {\psi }}}
はフェルミオン場、
D
μ
=
∂
μ
+
i
g
A
μ
{\displaystyle D_{\mu }=\partial _{\mu }+igA_{\mu }}
は共変微分 であり、rはウィルソン・パラメータ と呼ばれる。
ウィルソン項を格子化し、さらにパラメータを無次元化すると
S
W
i
l
s
o
n
=
−
1
2
∑
n
,
μ
[
ψ
¯
n
U
μ
(
n
)
ψ
n
+
μ
^
+
ψ
¯
n
+
μ
^
U
μ
†
(
n
)
ψ
n
−
2
ψ
¯
n
ψ
n
]
{\displaystyle S_{\mathrm {Wilson} }=-{\frac {1}{2}}\sum _{n,\mu }\left[{\bar {\psi }}_{n}U_{\mu }(n)\psi _{n+{\hat {\mu }}}+{\bar {\psi }}_{n+{\hat {\mu }}}U_{\mu }^{\dagger }(n)\psi _{n}-2{\bar {\psi }}_{n}\psi _{n}\right]}
となる。ここで、
ψ
n
,
ψ
¯
n
{\displaystyle \psi _{n},{\bar {\psi }}_{n}}
はサイトnに置かれたフェルミオン場、Uμ (n)はサイトnから
μ
^
{\displaystyle {\hat {\mu }}}
方向へ張られるゲージ場のリンク変数である。
この項を本来のナイーブな作用に追加すると、ウィルソン・フェルミオンの格子上での作用は
S
=
S
n
a
i
v
e
+
S
W
i
l
s
o
n
=
1
2
∑
n
,
μ
[
ψ
¯
n
γ
μ
U
μ
(
n
)
ψ
n
+
μ
^
−
ψ
¯
n
+
μ
^
γ
μ
U
μ
†
(
n
)
ψ
n
]
+
M
∑
n
ψ
¯
n
ψ
n
−
1
2
∑
n
,
μ
[
ψ
¯
n
U
μ
(
n
)
ψ
n
+
μ
^
+
ψ
¯
n
+
μ
^
U
μ
†
(
n
)
ψ
n
−
2
ψ
¯
n
ψ
n
]
{\displaystyle {\begin{aligned}S&=S_{\mathrm {naive} }+S_{\mathrm {Wilson} }\\&={\frac {1}{2}}\sum _{n,\mu }\left[{\bar {\psi }}_{n}\gamma _{\mu }U_{\mu }(n)\psi _{n+{\hat {\mu }}}-{\bar {\psi }}_{n+{\hat {\mu }}}\gamma _{\mu }U_{\mu }^{\dagger }(n)\psi _{n}\right]+M\sum _{n}{\bar {\psi }}_{n}\psi _{n}-{\frac {1}{2}}\sum _{n,\mu }\left[{\bar {\psi }}_{n}U_{\mu }(n)\psi _{n+{\hat {\mu }}}+{\bar {\psi }}_{n+{\hat {\mu }}}U_{\mu }^{\dagger }(n)\psi _{n}-2{\bar {\psi }}_{n}\psi _{n}\right]\end{aligned}}}
となる。ここで、M=maは無次元化された質量である。
上記の作用に対して、自由場 (Uμ =1)における運動量表示を求めると、
S
=
∫
d
4
p
(
2
π
)
4
ψ
¯
(
−
p
)
[
i
γ
μ
sin
p
μ
a
+
M
+
r
∑
μ
(
1
−
cos
p
μ
a
)
]
ψ
(
p
)
{\displaystyle S=\int {\frac {d^{4}p}{(2\pi )^{4}}}{\bar {\psi }}(-p)\left[i\gamma _{\mu }\sin {p_{\mu }a}+M+r\sum _{\mu }(1-\cos {p_{\mu }a})\right]\psi (p)}
となる。この作用から導出される伝播関数 は、
G
(
p
)
=
−
i
∑
μ
γ
μ
sin
p
μ
a
+
M
+
r
∑
μ
(
1
−
cos
p
μ
a
)
∑
μ
sin
2
p
μ
a
+
(
M
+
r
∑
μ
(
1
−
cos
p
μ
a
)
)
2
{\displaystyle G(p)={\frac {-i\sum _{\mu }\gamma _{\mu }\sin {p_{\mu }a}+M+r\sum _{\mu }(1-\cos {p_{\mu }a})}{\sum _{\mu }\sin ^{2}{p_{\mu }a}+\left(M+r\sum _{\mu }(1-\cos {p_{\mu }a})\right)^{2}}}}
となる。
この式は、4成分運動量pμ に対して、p=(0,0,0,0)の解は質量Mの粒子として現れるが、残りの15個のダブラーp=(π/a,0,0,0)、(0,π/a,0,0)、……、(π/a,π/a,π/a,π/a)については、質量がrに比例して増加した粒子として存在していることを表している。つまり、物理的な粒子に対応する極と質量が運動量に依存するダブラーの(無次元化された)質量は
M
(
p
)
=
{
M
=
m
a
f
o
r
p
h
y
s
i
c
a
l
p
o
l
e
M
+
2
r
|
δ
|
=
m
a
+
2
r
|
δ
|
f
o
r
d
o
u
b
l
e
r
s
{\displaystyle M(p)={\begin{cases}M=ma&\mathrm {for\ physical\ pole} \\M+2r|\delta |=ma+2r|\delta |&\mathrm {for\ doublers} \end{cases}}}
と表せる。ここで、δは0でない運動量成分の数であり、4次元空間においては
1
≤
|
δ
|
≤
4
{\displaystyle 1\leq |\delta |\leq 4}
である。これを次元を持つ質量へ変換するためにaで割ると、
{
m
p
h
y
s
i
c
a
l
=
m
m
d
o
u
b
l
e
r
=
m
+
2
r
a
|
δ
|
{\displaystyle {\begin{cases}m_{\mathrm {physical} }=m\\m_{\mathrm {doubler} }=m+{\frac {2r}{a}}|\delta |\end{cases}}}
となり、ダブラーは連続極限(a→0)において無限大の質量を持つことが分かる。これより、無限大の質量を持つダブラーは低エネルギーの物理現象に寄与できなくなる。
ここで注意しなければならないのは、元々16個あったダブラーのうちの1個が質量が発散しない物理的な粒子となったのは、無次元化した質量Mの選び方による人為的な結果であるということである。16個のダブラーの質量は、M/aが1個、(M+2r)/aが4個、(M+4r)/aが6個、(M+6r)/aが4個、(M+8r)/aが1個であるが、m→M/aと無次元化する代わりに、m→(M+2r)/aとすれば、連続極限において4個の物理的な粒子と12個のダブラーから構成される理論となる。
^ K.G. Wilson (1975). Quarks and strings on a lattice, in: Gauge Theories and Modern Field Theory (edited by Richard Arnowitt and Pran Nath) . Cambridge: Mit Press. ISBN 978-0-262-51173-5
^ K.G. Wilson (1977). Quarks and strings on a lattice, in: New Phenomena in Subnuclear Physics (edited by Antonino Zichichi) . Subnuclear series ; 13. New York: Plenum Press. ISBN 978-0306381812