イーグル (帆船)
ホルスト・ヴェッセル | |
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1936年 | |
基本情報 | |
船種 | 練習帆船 |
運用者 | ドイツ国防軍海軍 |
経歴 | |
起工 | 1936年2月15日 |
進水 | 1936年6月13日 |
竣工 | 1936年9月16日 |
退役 | 1939年(練習帆船として。1942年に練習艦として再就役。) |
現況 | アメリカ沿岸警備隊に移管 |
要目 | |
下記(沿岸警備隊時代) |
イーグル | |
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2002年 | |
基本情報 | |
船種 | 練習帆船 |
運用者 | アメリカ沿岸警備隊 |
経歴 | |
就航 | 1946年5月15日 |
要目 | |
総トン数 | 1,813トン |
全長 | 90 m |
垂線間長 | 71 m |
幅 | 12 m |
喫水 | 5.3 m |
機関方式 | ディーゼル |
搭載人員 |
通常時:士官7名、乗組員50名 訓練航海時:士官12名、乗組員68名、訓練生150名 |
イーグル(USCGC Eagle、WIX-327)は、アメリカ沿岸警備隊の保有する練習帆船、バーク船である。元々はナチス・ドイツ海軍の練習帆船ホルスト・ヴェッセルであった。ドイツで建造・運用され、第2次世界大戦後に賠償艦としてアメリカに渡り、現在はコネチカット州ニューロンドンにある沿岸警備隊士官学校で使われている。
ドイツ海軍時代
[編集]第二次世界大戦前
[編集]1936年2月15日にハンブルクのブローム・ウント・フォス社で起工され、同年6月13日に進水、同年9月16日に竣工し、「ホルスト・ヴェッセル」と命名され、翌日就役した。船名はドイツ共産党の戦闘部隊赤色戦線戦士同盟の隊員に射殺され、ナチ党の「殉教者」として英雄化された人物である、国家社会主義ドイツ労働者党の突撃隊少尉、ホルスト・ヴェッセルにちなむ[1]。就役後の1938年8月21日には、アドルフ・ヒトラーが本船を見学している。
第二次世界大戦中
[編集]本船は第二次世界大戦の勃発に伴い1939年に一旦退役し、シュトラールズントにおいてヒトラーユーゲントの海兵隊の訓練に用いられた。その後、1942年に海軍の帆走練習艦として再就役を果たした。この際に20ミリ対空機関砲や20ミリ機関銃などが装備されている。
1942年後半から1945年にかけて、主にバルト海において訓練を行った。なお1944年11月14日、リューゲン島付近で機雷に触れ損傷を負ったが、沈没は免れている。
アメリカ沿岸警備隊時代
[編集]第二次世界大戦終結後の1946年5月15日、賠償艦としてアメリカに引き渡され、「イーグル」としてアメリカ沿岸警備隊に就役し、ドイツのブレーマーハーフェンからアメリカのコネチカット州ニューロンドンに向けて出航した[2]。同年から訓練に参加している。1972年には西ドイツのキールを訪問している。また、本船はしばしば「オペレーション・セイル」に参加しており、1976年のニューヨークで行われた、アメリカ合衆国建国200周年記念国際観艦式でも先頭船を務めている。1981年2月に改修を行った[3]。本船は2024年現在も現役で、世界各地の様々な式典やイベントに参加している。
ギャラリー
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1946年
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1937年
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1937年
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1998年
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2011年・ニューヨークでの一枚
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同じく2011年、ニューヨークにて
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後方から
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帆を張った状態
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2002年の「艦隊週間」にて
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2019年、ドイツのキールにて。
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2015年、大西洋にて。ヘリはHH-65 ドルフィン。
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強襲揚陸艦「イオー・ジマ (LHD-7)」との一枚。
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本船を記念して製作された、ルイス・J・バックリーによる行進曲「The Tall Ship Eagle」。
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ “Rudolf Hess Speech (13 June 1935)”. research.calvin.edu. 2024年7月11日閲覧。
- ^ “Historic Naval Ships Visitors Guide - USCGC Eagle”. web.archive.org (2016年1月19日). 2024年7月11日閲覧。
- ^ “Eagle.イーグル.The Naval Data Base:近代世界艦船事典The Encyclopedia of World ,Modern Warships.”. hush.gooside.com. 2024年7月11日閲覧。