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インプラカブル (空母)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
インプラカブル
HMS Implacable (R86)
基本情報
運用者  イギリス海軍
艦種 航空母艦
級名 インプラカブル級
前級 イラストリアス級
艦歴
起工 1939年2月21日
進水 1942年12月10日
就役 1944年3月22日
退役 1954年9月1日
その後 1955年 インバーカイシンで解体
要目
基準排水量 23,825トン
満載排水量 32,624トン
全長 766.5 ft (233.6 m)
最大幅 95.75 ft (29.18 m)
吃水 29 ft (8.8 m)
機関 蒸気タービン
ボイラー アドミラルティ3胴式水管缶8基
主機 パーソンズ式ギアード・タービン
推進 4軸
出力 148,000 shp
最大速力 32ノット (59 km/h)
航続距離 11,000 海里(20,000km)/14ノット (26 km/h)
乗員 1,400名(航空要員を含む)
兵装 QF 連装4.5インチ砲 8門
QF 連装2ポンド砲 48門
エリコンFF 20 mm 機関砲 27基
搭載機 81機
アヴェンジャー21機
ファイアフライ12機
シーファイア48機
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インプラカブル (HMS Implacable, R86) は、イギリス海軍航空母艦インプラカブル級の1番艦。その名を持つ艦としては3隻目。フェアフィールド造船クライドサイド)にて建造された。implacableは「情け容赦ない」「無慈悲な」の意。

設計

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搭載機変遷
時期 機数 搭載機
1944年10月 80機 第801飛行隊(シーファイアF III×10)
第828飛行隊(バラクーダII×12)
第841飛行隊(バラクーダII×12)
第880飛行隊(シーファイアL III×12)
第887飛行隊(シーファイアF III×12)
第894飛行隊(シーファイアF III×10)
第1771飛行隊(ファイアフライI×12)
※第828飛行隊と第841飛行隊は11月に統合
1945年6月 80機 第801飛行隊(シーファイアL III×24)
第828飛行隊(アベンジャーII×21)
第880飛行隊(シーファイアL III・FR III×24)
第1771飛行隊(ファイアフライI×11)
1945年7月 81機 第801飛行隊(シーファイアL III×24)
第828飛行隊(アベンジャーII×21)
第880飛行隊(シーファイアL III・FR III×24)
第1771飛行隊(ファイアフライI×12)

艦歴

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初代艦長はラクラン・マッキントッシュ大佐であった。

「インプラカブル」は1944年10月から作戦に従事し、ノルウェー沿岸での船舶攻撃などに従事した。10月31日には艦長がチャールズ・ヒューズ=ハレット大佐にかわった。

1944年11月27日、「インプラカブル」を発艦したフェアリー バラクーダが、連合軍の戦時捕虜を乗せたノルウェー船「リゲル」と「コースネス」2隻に対して爆撃を行い、「リゲル」に乗った2,571名が死亡した。2隻はドイツの兵員輸送艦と誤認されたため攻撃を受けた。

「インプラカブル」は1945年3月16日にイギリスを離れ、地中海スエズ運河経由で5月8日(V-Eデー)にシドニーに到着し、広範囲修理を行うため帰国する「イラストリアス」に代わって空母部隊に加わった。

「インプラカブル」はフェアリー ファイアフライスーパーマリン シーファイアグラマン アヴェンジャーといった機種を運用した。部隊に加わって最初の任務は、カロリン諸島トラック島にある日本軍飛行場への攻撃(インメイト作戦)であった。

「インプラカブル」は終戦まで太平洋に留まり、フィリップ・ヴィアン少将が中将に昇進、イギリス海軍太平洋軍の司令官を引き継いだ後、その旗艦として戦後も太平洋水域に留まった。その後、戦勝記念式典に間に合わせて帰国した。

「インプラカブル」は1955年にインバーカイシンでスクラップとして解体された。

脚注

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参考文献

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  • BRITISH AND EMPIRE WARSHIPS OF THE SECOND WORLD WAR(Naval Institute Press)

関連項目

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外部リンク

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