イングリッド・ベルグマンス
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獲得メダル | ||
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イングリッド・ベルグマンス | ||
柔道 | ||
ベルギー | ||
オリンピック | ||
金 | 1988 ソウル | 72 kg級 |
世界柔道選手権 | ||
銅 | 1980 ニューヨーク | 72 kg超級 |
金 | 1980 ニューヨーク | 無差別 |
銀 | 1982 パリ | 72 kg級 |
金 | 1982 パリ | 無差別 |
金 | 1984 ウイーン | 72 kg級 |
金 | 1984 ウイーン | 無差別 |
銀 | 1986 マーストリヒト | 72 kg級 |
金 | 1986 マーストリヒト | 無差別 |
銀 | 1987 エッセン | 72 kg級 |
銀 | 1987 エッセン | 無差別 |
金 | 1989 ベオグラード | 72 kg級 |
イングリッド・ベルグマンス(Ingrid Berghmans 1961年8月24日- )は、ベルギーの柔道家。
人物
[編集]女子柔道黎明期のスーパースターのひとりで、世界タイトル獲得数は日本の谷亮子に次ぐ2位となっている。得意技は内股、掬投、小内刈、小外刈、寝技。9歳の時に柔道を始め、世界選手権無差別4連覇[1]、自身の階級である72キロ級との2階級制覇など柔道界で大活躍する一方でテレビのインタビューアーや180 cmの長身を活かしての雑誌モデルなどをこなしていた。1987年の世界選手権で無差別5連覇を目指すも、中国の高鳳蓮に敗れた。1990年、ベルギーの柔道家と結婚したことにより事実上の引退となった[2]。
主な戦績
[編集](階級表記のない大会は全て72 kg級での成績)
- 1980年 - ヨーロッパ選手権 72 kg級 2位 無差別 2位
- 1980年 - 世界選手権 72 kg超級 3位 無差別 優勝
- 1981年 - ベルギー国際 無差別 3位
- 1981年 - ドイツ国際 3位
- 1981年 - ヨーロッパ選手権 72 kg級 3位 無差別 2位
- 1981年 - オランダ国際 優勝
- 1981年 - イギリス国際 3位
- 1982年 - オランダ国際 優勝
- 1982年 - イギリス国際 72 kg級 優勝 無差別 3位
- 1982年 - 世界選手権 72 kg級 2位 無差別 優勝
- 1983年 - ヨーロッパ選手権 72 kg級 優勝 無差別 優勝
- 1983年 - オーストリア国際 優勝
- 1983年 - オランダ国際 優勝
- 1983年 - ベルギー国際 無差別 優勝
- 1983年 - イギリス国際 72 kg級 優勝 無差別 優勝
- 1983年 - 福岡国際 72 kg級 優勝 無差別 優勝
- 1984年 - オランダ国際 優勝
- 1984年 - オーストリア国際 無差別 優勝
- 1984年 - イギリス国際 72 kg級 優勝 無差別 優勝
- 1984年 - 世界選手権 72 kg級 優勝 無差別 優勝
- 1984年 - 福岡国際 72 kg級 2位 無差別 優勝
- 1985年 - ヨーロッパ選手権 優勝
- 1986年 - ベルギー国際 優勝
- 1986年 - ヨーロッパ選手権 72 kg級 3位 無差別 5位
- 1986年 - 世界軍人柔道選手権大会 72 kg級 2位 無差別 2位
- 1986年 - オランダ国際 3位
- 1986年 - イギリス国際 72 kg級 優勝 無差別 優勝
- 1986年 - 世界選手権 72 kg級 2位 無差別 優勝
- 1986年 - 福岡国際 72 kg級 優勝 無差別 3位
- 1987年 - ドイツ国際 2位
- 1987年 - ヨーロッパ選手権 72 kg級 2位 無差別 優勝
- 1987年 - 世界軍人柔道選手権大会 66 kg級 優勝 無差別 2位
- 1987年 - オランダ国際 優勝
- 1987年 - イギリス国際 72 kg級 優勝 無差別 優勝
- 1987年 - 世界選手権 72 kg級 2位 無差別 2位
- 1987年 - 福岡国際 72 kg級 優勝 無差別 3位
- 1988年 - フランス国際 2位
- 1988年 - イギリス国際 優勝
- 1988年 - ヨーロッパ選手権 72 kg級 優勝 無差別 優勝
- 1988年 - ソウルオリンピック(公開競技) 優勝
- 1988年 - 福岡国際 72 kg級 3位
- 1989年 - イギリス国際 優勝
- 1989年 - ヨーロッパ選手権 72 kg級 優勝 無差別 3位
- 1989年 - 世界選手権 72 kg級 優勝 無差別 5位