イリヤ・ワルシャフスキー
イリヤ・ヨーシフォヴィチ・ワルシャフスキー(ロシア語:Илья Иосифович Варшавский;ラテン翻字例:Ilya Iosifovich Varshavskiy、1908年12月14日〈旧暦12月1日〉 - 1974年7月4日)はソビエト連邦のSF作家。ショートショートを得意とし[1]、1960年代中期に人気を博した[2]。
略歴
[編集]1908年12月14日、ロシア帝国時代のキーウで生まれた。若年期は役者を目指したが養成学校への受験に失敗。代わりにレニングラート(現サンクトペテルブルク)の海事学校へ入学し、商船の機械技師となる。1929年、ジャーナリストのニコライ・スレプニョフおよび兄のドミートリーと共同でルポルタージュ«Вокруг света без билета»(切符なしの世界一周)を書いた。戦前は技師として工場で働いた。子供の頃に負った怪我が理由で徴兵はされなかった。1941年にアルタイ地方へ疎開し、1949年までそこに留まった。その後レニングラートに戻り、20年間は技師として働いた。
元来、SFファンであった[2]。SFを書き始めたのは息子との議論による、と本人は語っている[3]。SF第一作は1962年に発表された。彼はレニングラート青年空想小説作家セミナーの初代会長を務めた(その地位は1972年にボリス・ストルガツキーに引き継がれた)。
1974年、レニングラートで死亡。
作品
[編集]最初のSF作品«Роби»(Robi) は1962年に雑誌«Наука и жизнь»(科学と生活)に掲載された。最初の本である«Молекулярное кафе» (分子喫茶店)[4] は1964年に刊行された。ワルシャフスキーが生涯で発表したのは、短編集5冊のみに留まる。作品の傾向はパロディ(「シャーロック・ホームズ秘話」、「ドブレ警部の最後の事件」など)、社会的な問題提起(「憂慮すべき兆候なし」など)、心理学の問題(「超心理学講義」など)、と多種多様である。デビュー時点ではドニェプロフの影響が、その直後ではスタニスワフ・レムの影響が窺えるが、『分子喫茶店』以降では独自の作風が形成されている[2]。
批評家のエヴゲーニー・ブランジスとウラジーミル・ドミトレフスキーは「ワルシャフスキーの作品群はテーマの扱いの鋭さ、機知、名台詞、そして何より職人的な創作態度によって心を打つ。」[5] と述べている。セルゲイ・スニェーゴフはワルシャフスキーの作品のテーマを、O・ヘンリーのそれになぞらえている。
現代の作家たちは『ドノマーガ』シリーズをサイバーパンクの先駆だと見なしている。[6][7].
日本への紹介
[編集]1967年に大光社「ソビエトS・F選集」の第五巻として、個人短編集『夕陽の国ドノマーガ』(草柳種雄編訳、18作を収録)が刊行されている。それ以外にまとまった翻訳はなされていないが、「SFマガジン」や各社の短編集に訳載された作品の合計は23編になる。[1]
作品リスト
[編集]- 1929 - Вокруг света без билета(切符なしの世界一周) ※ルポルタージュ
SFの短編集
[編集]- 1964 - Молекулярное кафе(分子喫茶店)
- 1965 - Человек, который видел антимир(反世界を見た人間)
- 1966 - Солнце заходит в Дономаге 『夕陽の国ドノマーガ』
- 1970 - Лавка сновидений(夢のベンチ)
- 1972 - Тревожных симптомов нет(憂慮すべき兆候なし)[8]
出典・脚注
[編集]- ^ a b 天野護堂「戦後のロシア・ソヴィエトSF翻訳事情」(収録:『SFマガジン』1998年8月号)
- ^ a b c ダルコ・スーヴィン編『遥かな世界 果しなき海』(深見弾・関口時正訳、早川書房、1979年)200ページ
- ^ Илья Варшавский: «В фантастике спрессованы горизонты будущего…»
- ^ 表題作は「分子合成喫茶店」の題で日本語訳あり(外部リンク等参照)。
- ^ Е. Брандис, В. Дмитревский, предисловие к сборнику «Человек, который видел антимир»
- ^ Мэри Шелли, Перси Шелли, «Дети стекольщика, или Бриллиантовый век без нас»
- ^ Олег Дивов, «Наш гештальт в тумане светит»
- ^ 表題作は「憂慮すべき兆候なし」として日本語訳あり(外部リンク等参照)。
外部リンク
[編集]- Илья Варшавский у Мошкова
- Илья Варшавский на сайте журнала "Млечный Путь"
- 翻訳作品集成>イリヤ・ワルシャフスキー(Il'ya Varshavskij) - 日本語訳された短編の書誌情報
- イリヤ・ワルシャフスキー〈Илья И. Варшавский〉 - ウェイバックマシン(2005年5月17日アーカイブ分) - 日本語訳された作品の一部の内容を紹介(リンク切れ)