アンドレア・ジャーニ
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基本情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
国籍 | イタリア | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
生年月日 | 1970年4月22日(54歳) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
出身地 | ナポリ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ラテン文字 | Andrea Giani | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
身長 | 196cm | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
体重 | 97kg | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
選手情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
所属 | バレーボールフランス男子代表 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
役職 | 監督 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ポジション | OH,MB | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
利き手 | 右 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
スパイク | 355cm | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ブロック | 322cm | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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アンドレア・ジャーニ(Andrea Giani、1970年4月22日 - )は、イタリアの男子バレーボール選手、指導者。元イタリア代表。
来歴
[編集]ナポリ出身。父のダリオ・ジャーニは1964年東京オリンピックに出場した元ボート競技選手[1]。中学校在学時に見出されてサバウディアのジュニアチームからバレーボールを始め[1]、14歳でセリエA2・サバウディアへ入団。1985年、15歳でセリエA1・パルマへ入団した。在籍した10年間にリーグ優勝を3度飾り、当時イタリア代表でチームメイトだったアンドレア・ゾルジと共にパルマの中心選手として活躍した。1996年に移籍したモデナでも2度のリーグ優勝を飾った。
1988年5月6日、ルッカで行われたイタリア-フィンランド戦(3-0)で代表デビューを飾り[2]、2005年に代表を退くまでイタリア代表の歴代1位となる通算474試合に出場[1][2]。1988年ソウルオリンピック(9位)、1992年バルセロナオリンピック(5位)、1996年アトランタオリンピック(銀メダル)、2000年シドニーオリンピック(銅メダル)、2004年アテネオリンピック(銀メダル)のイタリア男子史上最高の5大会連続オリンピック出場を果たしたほか[2]、世界選手権3連覇、ワールドリーグ7度優勝、欧州選手権4度優勝に貢献した。1995年ワールドカップと1994年ワールドリーグで最優秀選手賞、1998年ワールドリーグでベストブロッカー賞を受賞した。
2008年10月23日、フリオ・ベラスコ、アンドレア・ガルディーニに続き、イタリアで3人目となるバレーボール殿堂入りを果たす[1][3]。オポジット、レフト、ミドルブロッカーと幅広いポジションをこなし[1]、1990年代に最も活躍したバレーボール選手の一人であり、「イタリアバレーボール界の英雄」と呼ばれた。
なお、イタリア政府からは2000年7月にイタリア共和国功労勲章カヴァリエーレ[4]、2004年9月に同功労勲章ウッフィチャーレを受章している[5]。
現役引退後は指導者の道を歩み、2007年にモデナの監督に就任。2008-09年のシーズン途中で監督を降板した。2009年にセリエA2・Mローマの監督に就任し、2010年コッパ・イタリアA2で優勝、A2プレーオフ・ファイナルで優勝し、Mローマを2年ぶりのA1復帰へと導いた[6]。
球歴
[編集]- オリンピック - 1996年(銀メダル)、2000年(銅メダル)、2004年(銀メダル)
- 世界選手権 - 1990年、1994年、1998年(金メダル)
- ワールドカップ - 1995年(金メダル)、1999年(銅メダル)、2003年(銀メダル)
- ワールドグランドチャンピオンズカップ - 1993年(優勝)
- ワールドリーグ - 1991年、1992年、1994年、1995年、1997年、1999年、2000年(優勝)
- - 1996年、2004年(準優勝)、1993年、2003年(3位)
- 欧州選手権 - 1993年、1995年、1999年、2003年(優勝)、1991年(準優勝)、1997年(3位)
- クラブチーム優勝歴
- セリエA1 - 1990年、1992年、1993年、1997年、2002年
- コッパ・イタリア - 1987年、1990年、1992年、1997年、1998年
- イタリア・スーパーカップ - 1997年
- CEVカップ - 1992年、1995年
- 欧州チャンピオンズリーグ - 1997年、1998年
- 欧州スーパーカップ - 1989年、1990年
- トップチームズカップ - 1988年、1989年、1990年
所属クラブ
[編集]- ポリスポルティバ・サバウディア(1984-1985年)
- パッラヴォーロ・パルマ(1985-1996年)
- モデナ・バレー(1996-2007年)
指導歴
[編集]- モデナ・バレー(2007-2008年)
- Mローマ・バレー(2009-2012年)
- ブル・バレー・ヴェローナ(2013-2016年)
- バレーボールスロベニア男子代表(2015-2016年)
- バレーボールドイツ男子代表(2017-2021年)
- パワーバレー・ミラノ(2017-2019年)
- モデナ・バレー(2019-2023年)
- バレーボールフランス男子代表(2022-)
脚注
[編集]- ^ a b c d e f “Andrea Giani è nella 'Hall of fame' L'allenatore della Trenkwalder tra i grandi”. Il Resto Del Carlino (2008年10月24日). 2014年11月3日閲覧。
- ^ a b c d “TIM All Star Volley 2005/2006”. Legavolley (2005年). 2014年11月3日閲覧。
- ^ “Giani: "La Hall of Fame un'emozione come i Giochi"”. La Gazzetta dello Sport.it (2008年10月23日). 2014年11月3日閲覧。
- ^ “Cavaliere Ordine al Merito della Repubblica Italiana”. 2014年11月3日閲覧。
- ^ “Ufficiale Ordine al Merito della Repubblica Italiana”. 2014年11月3日閲覧。
- ^ “M.Roma promossa in A1”. Legavolley (2010年5月12日). 2014年11月3日閲覧。
- ^ “Giani named head coach of Slovenian men’s team”. CEV (2015年3月16日). 2015年4月1日閲覧。
- ^ “フランス男子バレーボール、新監督はイタリア黄金期の名選手だったアンドレア・ジャーニ氏”. バレーボールマガジン. 2024年2月2日閲覧。