アレクサンドリアのヘシュキオス
アレクサンドリアのヘシュキオス(古代ギリシア語:Ἡσύχιος ὁ Ἀλεξανδρεύς、Hēsýchios ho Alexandreús、ヘーシュキオス・ホ・アレクサンドレウス)は、おそらく紀元5世紀または6世紀のギリシア人文法学者で[1]、彼の時代にはいまだ使用されていたが、希少で後には意味がよく分からなくなったギリシア語の語彙を非常に広範囲に収集した辞典を編纂した[2]。彼は、先行するこの種の語彙集編纂者たちの成果を利用したものと考えられる。
「難語集」
[編集]『あらゆる語彙のアルファベット順コレクション』(Συναγωγὴ Πασῶν Λέξεων κατὰ Στοιχεῖον, Synagōgē Pasōn Lexeōn kata Stoicheion)と名付けられた著作には[注釈 1]、5万を超える項目があり、珍しい語彙やその形態、成句の浩瀚なリストに加えて、語義の説明があり、またしばしば、このような語彙を使っていた人物や、語彙が使われていた古代ギリシアの地域の情報が含まれる。この故に、この辞典は、古代ギリシア語方言の研究者にとって、また古典著作家一般、わけても、アイスキュロスやテオクリトスといった、珍しい語彙を多数駆使した著作家の原文を復元するにおいて、非常に価値がある。ヘシュキオスは、ギリシア語文献学においてのみならず、古代バルカン半島の失われた言語や実体が不分明な方言(例えば、アルバニック語派[3][注釈 2]やトラキア語)の研究、また印欧語祖語の復元においても重要である。この著作に含まれる多数の語彙は、現存する古代ギリシア語文献のどこにも見当たらない。
多数のエピテタ(エピセット)[注釈 3]や成句・熟語の意味をヘシュキオスは説明しており、これによって、古代における宗教的生活や社会的生活について重要な事実が明らかになっている。
序とする言葉において、ヘシュキオスは自分の語彙集(辞典)は、ディオゲニアノス(en)[注釈 4]の語彙集を元にしているが[注釈 5]、また文法学者サモトラケのアリスタルコス(en)[注釈 6]、アピオン(en)[注釈 7]、ヘーリオドロス(en)[注釈 8]、アメリアス(en)[注釈 9]や他の著述家の似たような語彙集も利用した、と述べている。
ヘシュキオスはおそらくキリスト教徒ではなかった。ナジアンゼノスのグレゴリオス[注釈 10]や、その他のキリスト教著述家が使った語彙の説明部分(「聖なる難語集」glossae sacrae)は、後代の加筆である。
語彙集(辞典)は、損壊が非常に激しい15世紀の写本が伝存しているが、これはヴェネツィアのサン・マルコ図書館に保存されていた(Marc. Gr.622、15世紀)。辞典は1514年にマルコス・ムスロスによって、ヴェネツィアのアルドゥス・マヌティウスの印刷所において最初の印刷が行われた。この版は、後に1520年と1521年に控えめな改訂を加えて再版された。現代版は、コペンハーゲンのデンマーク王立美術院の後援によって出版された。事業はクルト・ラッテ(en)によって始められ、彼は1953年に第一巻を刊行したが、第二巻は1966年に彼の没後出版として刊行された。この出版事業はピーター・アラン・ハンセン(en)とイアン・C・カニンガム(Ian C. Cunningham)によって完成し、2005年に第三巻、2009年に第四巻が刊行された。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ ギリシア語で、『グローッサイ』(難語集、Γλῶσσαι、Glōssai)と呼ばれる。ラテン語では『グロッサイ』(Glossae)。
- ^ 今日アルバニア語派として残っている言語を含む、印欧語における分岐語派。
- ^ これは、形容語句という名で記事になっている。ルビではあるが、高津春繁や藤縄謙三は「エピテタ、エピセット」を使っている。
- ^ Διογενειανός, Διογενιανός
- ^ 他方、ディオゲニアノス自身は、彼に先行するアレクサンドリアのパンフィロス(Πάμφιλος ὁ Ἀλεξανδρεύς、en)の語彙集から抜き出して自分の著作を造った。
- ^ Ἀρίσταρχος ὁ Σαμόθραξ
- ^ Ἀπίων Πλειστονίκου
- ^ Ἡλιόδωρος
- ^ Ἀμερίας
- ^ Γρηγόριος ὁ Ναζιανζηνός
出典
[編集]- ^ E. Dickey, Ancient Greek Scholarship (2007) p. 88.
- ^ ジョナサン・グリーン 著、三川基好 訳『辞書の世界史』朝日出版社、1999年、60頁。ISBN 978-4022573841。
- ^ マーティン・E・フルト(en)Basic Albanian Etymologies、Columbus, OH、Slavica Publishers、1984、ISBN 9780893571351、Google book p.158
参考文献
[編集]- ハリー・サーストン・ペック(en), Harpers Dictionary of Classical Antiquities, 1898.
- エレノア・ディッキー(en), Ancient Greek Scholarship (Oxford 2007) 88-90
関連項目
[編集]- スーダ辞典
- 大語義字典(en:Etymologicum Magnum、エティモロギクム・マグヌム)
- 真正語義字典(en:Etymologicum Genuinum、エティモロギクム・ゲヌイヌム)
外部リンク
[編集]- ギリシャ語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:Hesychius' lexicon
- The new continuation of Latte's edition: Vol. III (pi through sigma), Vol. IV (tau through omega)
- Hesychii Alexandrini Lexicon, Moritz Schmidt (ed.), Ienae, typis Maukij, 1867.
- Hesychii glossographi discipulus et epiglōssistēs russus in ipsa Constantinopoli, sec. XII-XIII.: e Codice Vindobonensi graecorussica omnia, additus aliis pure graecis, et trium aliorum Cyrilliani lexici codicum speciminibus: aliisque miscellaneis philologici maxime et slavistici argumenti, Bartholomaeus Kopitar (ed.), Vindobonae, 1839, prostat apud G. Gerold.
- Kurt Latte, Ian Campbell Cunningham (ed.), Hesychii Alexandrini lexicon: volumen I: A-Δ. Sammlung griechischer und lateinischer Grammatiker, 11. Berlin; Boston: De Gruyter, 2018. Pp. xxxvii, 660. ISBN 9783110542813. €169,95. Review by Eleanor Dickey.