アレキサンダー・マン
アレキサンダー・マン Alexander Mann | |
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生誕 |
1853年1月22日 スコットランド,グラスゴー |
死没 |
1908年1月26日 イングランド,ロンドン |
アレキサンダー・マン(Alexander Mann、1853年1月22日 - 1908年1月26日)はスコットランドの風景画家、風俗画家である。海外で修行した若手の画家たちによって設立された、「ニュー・イングリッシュ・アート・クラブ(New English Art Club)」の会員の一人である。
略歴
[編集]グラスゴーに生まれた。父親は商人、美術愛好家で、10歳からグラスゴーの美術教師、グリーンリース(Robert Greenlees:1820–94)に学びはじめ、グリーンリースが校長を務めるグラスゴー美術学校の夜間コースで学んだ。
1877年にパリのアカデミー・ジュリアンに入学し、ムンカーチ・ミハーイに学び、1881年から1885年の間はカロリュス=デュランに学んだ。フランス滞在時には自然主義の画家、ジュール・バスティアン=ルパージュの影響を受けた。
イギリスの展覧会に出展するとともに、サロン・ド・パリへの出展を続けた。1880年代初めにはヴェネツィアですごし、ベネチュアの人物を描いた絵は1885年のサロンで認められた。
1883年からロンドンで開かれるロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの展覧会、王立油絵画家協会(Royal Institute of Oil Painters:1882年創立)、美術協会(Fine Art Society:1876年創立)、ニュー・イングリッシュ・アート・クラブ(New English Art Club)、イギリス芸術家協会(Society of British Artists)などの主催する展覧会や、ロンドンのニューギャラリー(New Gallery)の展覧会に出展した。
フランスなどで学んだ芸術家を中心に設立されたニュー・イングリッシュ・アート・クラブに1886年に最初のスコットランド出身の会員として加わり、マンの友人、ジョン・レィヴァリ、トーマス・ミリー・ダウ、ノーマン・ガースティンらもニュー・イングリッシュ・アート・クラブに加わった。
イギリス各地で旅し、スコットランドのアンガスやファイフで風景画や風俗画を描き、フランスやイタリア、スペインも訪れた。オックスフォードシャーに住んだ後、1890年から1892年の間はモロッコの港町、タンジェに住んだ。その後ロンドンに住んだ。
作品
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「羊飼い」()
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「Waiting」
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「夕暮れの地中海の村」
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「画家の娘」
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「枯れ草焼き」
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「ホップ摘みの帰宅」
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San Benito, Salamanca
参考文献
[編集]- Christopher Newall: Alexander Mann, 1853–1908, Fine Art Society, London 1983.
- Helen Pickthorn: Alexander Mann, Grove Dictionary of Art 2003.
- N. Garstin, Obituary, Studio, vol. 46 (1909), p. 300-5;
- James Caw, Scottish Painting Past and Present, 1620-1908 (Edinburgh, 1908), pp. 384–5; ISBN 0-901571-71-7 (reprint)
- E. Bénézit, Dictionnaire des Peintres Sculpteurs Dessinateurs et Graveurs, 8 vols. (Librairie Gründ, 1956–61);
- J. Johnson and A. Gruetzner, Dictionary of British Artists 1880-1940 (Woodbridge, 1880);
- Christopher Newall, Alexander Mann, 1853-1908 (London: Fine Art Society, 1983);
- Kenneth McConkey, Impressionism in Britain (Yale University Press 1995) ISBN 0-300-06334-2
- Roger Billcliffe, The Glasgow Boys: The Glasgow School of Painting 1875-1895, (John Murray 2002), ISBN 0-7195-6033-0