アルフレート・ウール
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アルフレート・ウール | |
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生誕 | 1909年6月5日 |
出身地 | オーストリア ウィーン |
死没 | 1992年6月8日(83歳没) |
学歴 | ウィーン音楽院 |
ジャンル | クラシック音楽 |
職業 | 作曲家 |
アルフレート・ウール(Alfred Uhl、1909年6月5日 - 1992年6月8日)は、オーストリアの作曲家。
経歴
[編集]1909年ウィーン生まれ。ウィーン音楽院でフランツ・シュミットに師事し、1932年に卒業した。卒業後はスイスのチューリッヒで楽長として働きながら、映画音楽を作曲した。1938年にオーストリアがドイツに併合されると、帝国音楽院で働いた。1940年に徴兵されたが、負傷してウィーンに戻った。1943年に大管区指導者バルドゥール・フォン・シーラッハによりウィーン・シューベルト賞を受賞し、ウィーン音楽アカデミーの教授に任命された。このころの作品には『交響的行進曲』(1942)、『青年のためのファンファーレ』(1944)などがある。
1945年から1979年までウィーン音楽院(現ウィーン国立音楽大学)で作曲と音楽理論を教え、1959年にはオーストリア国家賞を受賞した。教え子にフリードリヒ・チェルハなどがいる。
作曲作品について
[編集]作風は新古典主義音楽、無調、十二音技法、伝統的な音楽を組み合わせたものである。代表作には『3つのクラリネットとバスクラリネットのためのディヴェルメント』や、クレメンス・クラウスが初演した『クラリネットとオーケストラのための協奏交響曲』[注釈 1]などがある。
主な作品
[編集]オラトリオ
[編集]- ギルガメシュ
管弦楽
[編集]- ヴェネチア風ワルツ
- シンフォニエッタ
- 室内協奏曲
室内楽
[編集]- ディヴェルティメント~3つのクラリネットとバスクラリネットのための
マンドリンオーケストラ
[編集]- フランス風ワルツ
器楽
[編集]- 48の練習曲~クラリネットのための
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ レオポルド・ウラッハのクラリネット、クレメンス・クラウス指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、1944年の録音が残されている。
出典
[編集]参考文献
[編集]- J.M. Hinson. The New Grove Dictionary of Opera, edited by Stanley Sadie (1992). ISBN 0-333-73432-7 and ISBN 1-56159-228-5