アルフレッド・ディーキン
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アルフレッド・ウィリアム・ディーキン Alfred William Deakin | |
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生年月日 | 1856年8月3日 |
出生地 | オーストラリア ビクトリア州 メルボルン |
没年月日 | 1919年10月7日(63歳没) |
所属政党 | 保護貿易党、民主自由党 |
第2代 オーストラリア連邦首相 | |
在任期間 | 1903年9月24日 - 1904年4月27日 |
在任期間 | 1905年7月5日 - 1908年11月13日 |
在任期間 | 1909年6月2日 - 1910年4月29日 |
アルフレッド・ウィリアム・ディーキン(Alfred William Deakin 、1856年8月3日 - 1919年10月7日)は、オーストラリアの政治家、 第2代首相。
政治活動
[編集]イギリス移民の家に育ちメルボルン大学で法律を学ぶ、ジャーナリストを経て保守派として政治活動を行う。1901年にオーストラリア連邦が成立し、また移民制限法などが制定されていくなか、エドモンド・バートン初代首相がイギリス植民地相ジョセフ・チェンバレンの提案を受け、日本人優遇措置を構想していた。チェンバレンがバートンに提案したのにはロシア南下対策の一環としての日英同盟・日英関係が背景にあった。ディーキンは「日本人は優秀であるがゆえに危険であり、排除されねばならない」とする日本脅威論の代表的な論客として、バートンの対日政策を撤回させた[1]。
参考文献
[編集]- John A La Nauze, Alfred Deakin: A Biography, 全2巻, メルボルン大学出版 1965
脚注
[編集]- ^ 竹田いさみ『物語 オーストラリアの歴史』中公新書,2000年,47頁
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- Alfred Deakin - Australia's Prime Ministers / National Archives of Australia
- Guide to the papers of Alfred Deakin オーストラリア国立図書館
- Alfred Deakin Prime Ministerial Library
先代 エドモンド・バートン |
オーストラリアの首相 1903年9月24日 – 1904年4月27日 |
次代 クリス・ワトソン |
先代 ジョージ・リード |
オーストラリアの首相 1905年7月5日 – 1908年11月13日 |
次代 アンドリュー・フィッシャー |
先代 アンドリュー・フィッシャー |
オーストラリアの首相 1909年6月29日 – 1910年4月29日 |
次代 アンドリュー・フィッシャー (第二期) |