APTX4869
APTX4869(アポトキシンよんはちろくきゅう、APOPTOXIN4869[注 1])は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』およびその派生作品に登場する架空の毒薬である。
概要
[編集]黒ずくめの組織の科学者[注 2]であるシェリーこと宮野志保(灰原哀)が、同組織の科学者[注 2]であった両親(宮野厚司と宮野エレーナ)から受け継いで開発している薬物[4]。シェリーが組織から逃亡した影響で開発が滞っており、本来の開発目的である薬は試作段階のままとなっている。
もともと本薬は毒薬として開発されたものではなく、他の何らかの効果を求めて作られたものらしく、後に灰原も江戸川コナンに「毒なんて作っているつもりはなかった」と語っている[4]。だが、マウスを使った実験ではそのほとんどが死に至るうえ、体内から毒物反応が出ないという、完全犯罪用の毒薬としても利用できることを知った組織は、シェリーに無断で暗殺への使用を決定した。その一方、1匹のマウスだけが死亡せずに幼児化する[注 3]という事例が確認されていたが、シェリーは組織に反発していたこともあってか、それを報告せずにいた[5]。
報告を受けていない組織は、本薬に幼児化の副作用があるとは知らないまま暗殺に使い始め、その被害者の1人となったのが工藤新一であった。組織の裏取引を目撃した新一の口封じとして、組織の幹部であるジンにより「まだ人間には試したことがない完全な毒薬」として投与されたものの、新一が死に至ることはなく、実験段階でシェリーだけが認識していた幼児化の現象が現れた[6]。その前後にも暗殺に多用された形跡があり、新一以外の服用者の全員死亡が確認された一方、新一だけが例外として「不明」のデータが記録されていた(後述の「被害者」を参照)。
その後、新一が幼児化して生きていることを察知したシェリーは新一に研究者としての強い興味を持ち、組織から守るためにデータを「死亡」に書き換える[4]。まもなく、シェリーは組織への反発から研究を中止したために監禁されるが、わずかに隠し持っていた本薬を自殺目的で服用したところ、新一と同様の幼児化現象が現れ、組織からの脱出を果たした[4]。
薬の開発コード「4869」を語呂合わせにして読むと、名探偵であるシャーロック・ホームズのファーストネームになることや、本薬自体がまだ試作段階であることから、組織の所属者には「出来損ないの名探偵」という通り名で呼ばれることがある。さらに、組織のコンピュータに記録された本薬のデータにアクセスする際のパスワードは、『名探偵ホームズ』という作品自体が試作段階だったときに作者アーサー・コナン・ドイルが仮名として付けた "Shellingford Holmes(シェリングフォード・ホームズ)" のファーストネームを取って "Shellingford" と設定されている[2]。
エレーナは本薬の脅威を考えながらも、願いを込めて夫の厚司とともに「シルバーブレット(銀の弾丸)」と呼んでいた[7][8]。どの程度まで効能を自覚していたかは不明だが、本薬の開発自体には意欲的だった模様[8]。また、宮野夫妻と親しく開発中の本薬について聞かされていたピスコは、身体が幼児化した灰原を見て「まさか君がここまで進めていたとは…。事故死したご両親もさぞかしお喜びだろう。」と語っているが、ベルモットは「こんな愚かな研究」と評している[2]。
本薬の本来の開発目的については作中で明言されていないが、灰原や組織の一員であるピスコの台詞[2]や単行本28巻File.8「悪魔の矢」に登場する名簿[9]など、若返りあるいは不老不死の可能性を示唆する表現が散見できるが[注 4]、薬の設定は医者である青山の弟と一緒に考えて、骨が元に戻るのはありえないが細胞が若返るのはあり得るなとなったからである[10]。
作用
[編集]アポトーシス(プログラム細胞死)を誘導すると共に、テロメラーゼ活性によって細胞の増殖能力を高める。
投与された場合、エネルギー消費を伴うアポトーシス作用によって強い発熱をはじめとする苦しさを伴い、新一曰く「骨が溶ける」かのような感覚に襲われた(アニメでは、カメラワークやエフェクトを伴う画面ブレ描写がなされる)後、通常は死に至り死体からは何も検出されないが、ごくまれにアポトーシスの偶発的な作用でDNAの自己破壊プログラムが逆行し、神経組織を除いた骨格・筋肉・内臓・体毛などの全細胞が幼児期まで後退化することがある。
被害者
[編集]黒ずくめの組織は、暗殺のためにAPTX4869を投与した人物を一覧化している。以下は、単行本18巻File.9「偽りの少女」[1]および89巻File.10「座右の銘」 - File.11「握られたハサミ」[11][12]で見られる名前の表である[注 5][注 6]。
名前 | 結果 | 備考 | |
---|---|---|---|
姓 | 名 | ||
樽井 | 英成 | 死亡 | 1005話 「濃紅の予兆」で判明[13]。 |
新岡 | 芳江 | 死亡 | |
松坂 | 宗男 | 死亡 | 「エピソード“ONE” 小さくなった名探偵」にて松坂と判明。 |
武石 | 良雄 | 死亡 | |
工藤 | 新一 | 死亡 | シェリー(灰原)が幼児化を隠蔽するために「不明」を「死亡」に書き替えた[5]。 |
豊田 | 稔 | 死亡 | |
羽田 | 浩司[11][12] | 死亡 | |
野本 | 昌治 | 死亡 | |
五島 | 淳実[注 7] | 死亡 | |
上園 | 孝也 | 死亡 | |
世良 | メアリー | 幼児化 | 赤井家の親族 |
表に記載されていない服用者は、本編においては105巻時点で宮野志保(灰原)とアマンダ・ヒューズも判明しているが、前者は自ら服用したもので「被害者」ではない[注 8][注 9]。
解毒方法
[編集]今のところ幼児化に対する完全な解毒方法は確立していない。それでも、偶然的もしくは実験的理由により、工藤新一は10回、宮野志保は2回だけ一時的に元の体に戻ったことがある(数字は原作でのもの)。
- コナンが白乾児(パイカル)を偶然飲んだことによる。効果は約2時間[14]。(新一1回目)
- 灰原がコナンの指示により白乾児を飲んだことによる。効果は約1時間[2]。(志保1回目)
- 上記(アルコールの成分が作用して元の体に戻った)を参考に、開発者の灰原が阿笠博士と協力して解毒薬の試作品を作り上げた。だが、まだ完成には到っていないため、以下の状態で再び幼児化してしまう。
- 帝丹高校の学園祭の日に、初めて実験的に服用。約24時間後に発作が起きて倒れたがこの際は幼児化せず、その後約36時間後に幼児化した[15]。(新一2回目)
- 阿笠博士が風邪薬と間違えて試作品をコナンに渡し、それを服用したことで元の体に戻った際は、約24時間後に幼児化した[16]。(新一3回目)
- その直後、さらに試作品を服用して元の体に戻った際は、立て続けに服用したために効果が持続せず、約4時間で幼児化した[16]。(新一4回目)
- 富豪の招待でロンドンへ行く際、偽装身分である江戸川コナン名義のパスポートは取得できないことに気づき、灰原に解毒薬をもらって元の身体に戻り、出国および再入国検査を通過した(ロンドン滞在中にも1回服用している)[17]。(新一5 - 7回目)
- 燃える小屋に少年探偵団もろとも閉じ込められた際、大人の力で小屋を破るため、持ち歩いていた解毒薬を灰原自身が服用した。効果時間は不明[18]。(志保2回目)
- 帝丹高校の京都修学旅行に参加するため、コナンが旅行中に3回服用。このときは灰原の「効果切れから再服用まで最低8時間のインターバルを設けること」という言いつけで効果持続をある程度保っている。効き目が切れてコナンの姿に戻っている間は宿泊先のホテルの部屋のベッド下に潜み、ベッドにはシーツに包まって顔を隠した平次が寝ることで身代わりになった[13]。(新一8 - 10回目)
ほとんどの事例に共通しているのは、被験者が風邪を引いた状態で白乾児、またはそれに準じた成分を摂取したことである。
最初の事例後、コナンは「もっと大量に飲めば完全に元の姿に戻るだろう」と考えてもう一度白乾児を飲んだが、1回目同様に体が熱くなっただけで効果はまったく得られなかった。これに対して阿笠博士は「免疫ができた」という仮説を立てたが、このときコナンは風邪を引いていなかった(治した)ため、「風邪を引いた状態でのみ白乾児は解毒作用を表す」可能性は否定できない[19]。なお、劇場版第7作『迷宮の十字路』でも、阿笠博士が開発した「風邪を引いたときと同じ症状を出す薬」を使い、強い風邪を引いた状態を再現(本当に引いているわけではない)したうえで白乾児を服用し、コナンは元の体に戻っている。
OVA『名探偵コナン SECRET FILE』(少年サンデー特製DVD)の「10年後の異邦人(ストレンジャー)」では朝から38.7℃の熱を出したコナンが、灰原が開発した新しい解毒薬の試作品を飲んだ結果、元の体に戻った状態で意識を失い、効果が切れるまで10年後の夢を見続けてしまった。
解毒薬の効果が切れる際には、元の体に戻るタイムリミットが迫るにつれて呼吸が荒く目もうつろになり、激しい動悸に苦しみながら胸を押さえる姿が必ず描かれる。劇場版以外ではいずれも解毒薬を飲む前から風邪を引いた状態であり、風邪薬と間違えられて解毒薬を飲まされたこともある(上記の「新一3回目」を参照)[16]。熱が下がるどころか上がって余計にひどくなる様子は、毛利蘭から「すごい熱」[14]、毛利小五郎から「苦しみ方が尋常じゃないぞ」[16]と評されるほどであるが、「ホームズの黙示録」(上記の「新一5 - 7回目」を参照)ではそれほど苦しむ様子は見られなかった。
現実世界からの分析
[編集]現実世界の化学物質としてのAPTXとは、アプラタキシンと呼ばれる早発性失調原因遺伝子である。
サイエンスライターの岩崎良則は、身体だけが子供になることが起こりうるのかについて、可能性はかなり薄いとしながらも新一も志保も第二次性徴から大人になる微妙な時期で性ホルモンには成長を止める役割があることから、そこにAPTX4869が作用すると成長に逆行する現象が起こる可能性を挙げ、2人とも天才といえる頭脳で脳幹が常人より発達しているため、免疫機関である胸腺も同じく発達しているほか、胸腺のT細胞の処理方法はアポトーシスで体内でも以前からアポトーシス作用が活発であり、もともとこの薬に対する免疫ができていたという説を提唱している[20]。
空想科学読本作者の柳田理科雄は、細胞の一部がアポトーシスで消え[21]、実際に行われているリンパ球幼若化検査で薬の投与で失った免疫を取り戻すことからその薬のように残りの細胞が若返ったとみており[22]、アポトーシスを起こした細胞は老廃物として排出されることから、新一の場合は数十キログラムの垢や大便のような老廃物がそばに落ちていていたことになると分析している[23]。
東京医科歯科大学難治疾患研究所教授の清水重臣は、この薬は細胞死が起きにくい器官にもそれを働かさせ、新一の年齢からして止まっていたであろう細胞分裂を活発化させて大人の細胞を多く殺して若い細胞を大きく増やしているとみられ、骨が溶ける感覚は破骨細胞の活性化でそれに伴って不要な部分が排泄、アポトーシスとテロメラーゼ、破骨細胞活性化が同時に起これば幼児化は極めて例外的に可能性があると分析している[24]。また、脳が幼児化していないのは、脳血管によって塞がれて作用しない薬だったとみられる[24]。さらに、清水は元に戻るには新一とコナンの身長、体重差が大きく、質量保存の法則を踏まえると幼児化で失ったものをどこから持ってくるのか解決しないといけないと指摘しており、発熱はアポトーシスの大量発生で炎症反応が出たことによるものや骨が溶けたことで発熱したのかもしれないとみている[24]。また、風邪では薬の効き目が強くなるわけではないが、ウイルス感染で細胞死が起きやすい状態であるとみている[24]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 原作19巻File.1「どうして...」[1]および24巻File.10「過去からの銃弾」[2]に登場したパソコン画面の表示より。
- ^ a b 薬品開発の研究者は「化学者」だが、原作では「科学者」と表記されている[3]。
- ^ 工藤新一(17歳)と宮野志保(18歳)が小学1年生(6 - 7歳)になっていることから、人間では11 - 12歳前後に相当する。しかし、メアリー・世良(53歳)は中学生(13 - 15歳)程度と人間換算年齢で約40歳も幼児化している。
- ^ ただし、『ダ・ヴィンチ』2014年5月号のインタビュー(60ページ)において、「組織の目的とはナニ? APTX4869の作用から考えると、不老不死が怪しいのでは…」との質問に、作者は「違います。確かにそう思っちゃうよね。」と答えている。
- ^ アニメ129話においては、名前が一部変更されている。
- ^ 「エピソード“ONE” 小さくなった名探偵」で判明した名前を追記している。
- ^ アニメ850話「婚姻届のパスワード(後編)」では「淳美」と記されている。
- ^ 特別編においても26巻でジュネリックが自ら服用した結果、幼児化している。
- ^ テレビアニメ『ルパン三世』のテレビスペシャル『ルパン三世 the Last Job』の前日譚に当たる漫画『風魔VSルパン お宝争奪大作戦!』では、神楽坂飛鳥が実年齢より若く見られることについて、APTX4869を飲まされたのではないかと峰不二子は疑っている。
出典
[編集]- ^ a b 単行本18巻File.6「転校生は…」 - 19巻File.1「どうして…」(アニメ129話「黒の組織から来た女 大学教授殺人事件」)
- ^ a b c d e 単行本24巻File.7「裏切りの街角」 - File.11「白の世界」(アニメ176話 - 178話「黒の組織との再会」)。
- ^ “名探偵コナン 黒ずくめの組織 徹底調査File! File1”. 小学館 (n.d.). 2012年5月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月27日閲覧。
- ^ a b c d “名探偵コナン 黒ずくめの組織 徹底調査File! File2”. 小学館 (n.d.). 2012年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月27日閲覧。
- ^ a b テレビスペシャル『エピソード“ONE” 小さくなった名探偵』。
- ^ 単行本1巻File.1「平成のホームズ」(アニメ1話「ジェットコースター殺人事件」)。
- ^ 単行本41巻File.10「ある来訪者の残した謎…」 - 42巻File.1「隠されていた真実」(アニメ340話 - 341話「トイレに隠した秘密」。
- ^ a b 単行本95巻File.6「黒ウサギ亭にて」 - File.9「ぬかったな」(アニメ952話 - 954話「迷宮カクテル」)。
- ^ 単行本28巻File.8「悪魔の矢」(アニメ223話「そして人魚はいなくなった(推理編)」)。
- ^ コナンドリル 2003, p. 196.
- ^ a b 単行本89巻File.10「座右の銘」(アニメ850話「婚姻届のパスワード(後編)」)。
- ^ a b 単行本89巻File.11「握られたハサミ」(アニメ861話「17年前と同じ現場(前編)」)。
- ^ a b 単行本94巻File.8「鮮紅の天井」 - 95巻File.2「濃紅の予兆」(アニメ927話 - 928話「紅の修学旅行」)。
- ^ a b 単行本10巻File.2「西の名探偵」 - File.5「東の名探偵現る…!?」(アニメ48話 - 49話「外交官殺人事件」)。
- ^ 単行本26巻File.3「覆われた真実」 - File.7「思い出の場所」(アニメ191話「命がけの復活 黒衣の騎士」 - 193話「命がけの復活 約束の場所」)。
- ^ a b c d 単行本62巻File.5「憎悪の村」 - 63巻File.2「推理の答え」(アニメ521話「殺人犯、工藤新一」 - 523話「本当に聞きたいコト」)。
- ^ 単行本71巻File.3「名探偵の弟子」 - 72巻File.1「厄介な難事件」(アニメ616話 - 621話「ホームズの黙示録」)。
- ^ 単行本77巻File.9「自分の領分」 - File.11「灯下の孤影」(アニメ699話 - 700話「灰原の秘密に迫る影」)。
- ^ 単行本10巻File.6「熱いからだ」 - File.8「もう1人の乗客」(アニメ50話「図書館殺人事件」)。
- ^ コナンドリル 2003, p. 254.
- ^ 柳田 2013, p. 28.
- ^ 柳田 2013, p. 27-28.
- ^ 柳田 2013, p. 29.
- ^ a b c d “【インタビュー】『名探偵コナン』の幼児化薬「APTX4869」は作れるの? 大学教授と本気で考えた”. ライブドアニュース (LINE). (2019年10月30日) 2020年5月26日閲覧。
参考文献
[編集]- 少年サンデー特別編集プロジェクト編 編『コナンドリル』小学館、2003年5月。ISBN 9784091794024。
- 柳田理科雄『ジュニア空想科学読本』KADOKAWA、2013年5月。ISBN 9784046313256。