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アスコフラノン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アスコフラノン
Ascofuranone
識別情報
CAS登録番号 38462-04-3
PubChem 6434242
ChemSpider 4939184 チェック
日化辞番号 J20.605I
特性
化学式 C23H29ClO5
モル質量 420.93 g mol−1
融点

84°C[1]

特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

アスコフラノン(ascofuranone)はフンタマカビ綱ユーロチウム菌綱に属する一部の子嚢菌が生産する抗生物質である[2]オルタナティブオキシダーゼを阻害し、アフリカ睡眠病ナガナ病を引き起こす寄生性原虫ブルーストリパノソーマに対する薬剤開発のリード化合物とされている[3]。この化合物in vitro培養細胞および感染マウスの両方で効果がある[4]。シアン耐性酸化酵素(TAO)を強く阻害する作用を有する[5]。哺乳類に対する作用を有していないため、副作用の無いアフリカ睡眠病治療薬として期待されている[5][6]

生合成

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ポリケチド合成酵素によってオルセリン酸が、メバロン酸経路によってファルネシル二リン酸が合成され、この2者が結合するとともにオルセリン酸が修飾(カルボキシ基の還元と塩素原子の導入)されて、イリシコリンAが生成する。続いて側鎖末端の二重結合がエポキシ化された後、側鎖にヒドロキシ基が導入され、環化によってテトラヒドロフラン構造が作られ、生じたアスコフラノールを酸化してアスコフラノンが得られる[7]

オルセリン酸とファルネシル二リン酸からイリシコリンAを合成
側鎖末端の二重結合をエポキシ化
側鎖にヒドロキシ基を導入
環化反応
テトラヒドロフラン環上のヒドロキシ基を酸化

歴史

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1972年中外製薬の佐々木弘らによって、アスコクロリンを産生するAscochyta viciaeに対しニトロソグアニジン処理を行い得られた変異株No.34から単離され構造決定された。[1][8]ただしこのとき用いられた菌株は正しくはAcremonium egyptiacum(シノニム:Acremonium sclerotigenum)であり、Ascochyta viciaeにはアスコフラノンおよびアスコクロリンの産生能はないことが明らかとなっている[2]

当初は血中脂質低下作用[9]を持つことに注目され、また後にマクロファージの活性化を通じた抗腫瘍活性[10][11][12]があることが報告されていた。これらの作用は細胞の呼吸能に影響を与えることでもたらされると推測され[13]、 呼吸鎖のキノン結合部位に作用している可能性が示された[14]ことをきっかけに代替酸化酵素(AOX:オルタナティブオキシダーゼ)の強力な阻害剤であることが見出された。

2019年4月2日には、東京大学キッコーマン理化学研究所を始めとする産学共同研究グループがAcremonium egyptiacumのアスコクロリン生合成経路の遺伝子を破壊することにより500mg/lの高収率でアスコフラノンを生産させることに成功したと発表した[15][7]。これによりアスコフラノンが安価・大量に入手できるようになれば、アスコフラノンを出発点とした創薬研究が進むものと期待される。

出典

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  1. ^ a b Sasaki, H., et al. (1972). “Ascofuranone, a new antibiotic from Ascochyta viciae”. Tetrahedron Letters 13 (25): 2541-2544. doi:10.1016/S0040-4039(01)84869-3. 
  2. ^ a b Hijikawa, Y., et al. (2017). “Re-identification of the ascofuranone-producing fungus Ascochyta viciae as Acremonium sclerotigenum”. J. Antibiot. 70: 304–307. doi:10.1038/ja.2016.132. 
  3. ^ Minagawa N, Yabu Y, Kita K, Nagai K, Ohta N, Meguro K, Sakajo S, Yoshimoto A (1997). “An antibiotic, ascofuranone, specifically inhibits respiration and in vitro growth of long slender bloodstream forms of Trypanosoma brucei brucei”. Mol. Biochem. Parasitol. 84 (2): 271–80. doi:10.1016/S0166-6851(96)02797-1. PMID 9084049. 
  4. ^ Yabu Y, Yoshida A, Suzuki T, Nihei C, Kawai K, Minagawa N, Hosokawa T, Nagai K, Kita K, Ohta N (2003). “The efficacy of ascofuranone in a consecutive treatment on Trypanosoma brucei brucei in mice”. Parasitol. Int. 52 (2): 155–64. doi:10.1016/S1383-5769(03)00012-6. PMID 12798927. 
  5. ^ a b 志波智生, 高橋元, 原田繁春 、「アフリカ睡眠病治療薬の候補化合物と標的タンパク質との複合体構造」 『日本結晶学会誌』 2013年 55巻 4号, p.254-259, doi:10.5940/jcrsj.55.254, 日本結晶学会
  6. ^ 北潔, 志波智生, 斎本博之, 稲岡ダニエル健 ほか、「微生物からの贈り物アスコフラノン -アフリカ睡眠病からがん細胞まで-」 『MEDCHEM NEWS』 2014年 24巻 4号 p.44-50, doi:10.14894/medchem.24.4_44, 日本薬学会
  7. ^ a b Araki, Y., et al. (2019). “Complete biosynthetic pathways of ascofuranone and ascochlorin in Acremonium egyptiacum”. PNAS 116 (17): 8269-8274. doi:10.1073/pnas.1819254116. 
  8. ^ Sasaki, H., et al. (1973). “Isolation and structure of ascofuranone and ascofranol, antibiotics with hypolipidemic activity”. J. Antibiot. 26 (11): 676-680. doi:10.7164/antibiotics.26.676. 
  9. ^ Sawada, M., et al. (1973). “Hypolipidemic property of ascofuranone”. J. Antibiot. 26 (11): 681-686. doi:10.7164/antibiotics.26.681. 
  10. ^ Magae, J., et al. (1986). “In vitro effects of an antitumor antibiotic, ascofuranone, on the murine immune system” (PDF). Cancer Res. 46 (3): 1073–1078. http://cancerres.aacrjournals.org/content/46/3/1073.full.pdf. 
  11. ^ Magae, J., et al. (1988). “Antitumor and antimetastatic activity of an antibiotic, ascofuranone, and activation of phagocytes”. J. Antibiot. 41 (7): 959–65. doi:10.7164/antibiotics.41.959. 
  12. ^ 斎本博之, 檜山爲次郎、「39 アスコフラノンの合成」 『天然有機化合物討論会講演要旨集』 1985年 27巻 セッションID:39, p.290-294, doi:10.24496/tennenyuki.27.0_290, 天然有機化合物討論会実行委員会
  13. ^ Magae, J., et al. (1988). “Differentiation of Mouse and Human Myeloid Leukemia Cells Induced by an Antitumor Antibiotic, Ascofuranone”. Agric. Biol. Chem. 52 (12): 3143-3147. doi:10.1271/bbb1961.52.3143. 
  14. ^ Minagawa, N., et al. (1994). “Effects of Ascofuranone on the Mitochondria Isolated from Hansenula anomala”. Biosci. Biotech. Biochem. 58 (7): 1334-1335. doi:10.1271/bbb.58.1334. 
  15. ^ 抗寄生虫薬などとして期待されるアスコフラノンの生合成マシナリーの解明と選択的大量生産系の構築に成功 -微生物由来抗生物質の工業スケールでの大量生産に向けて-”. 東京大学大学院薬学系研究科・薬学部 (2019年4月2日). 2019年4月12日閲覧。