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アウグスト・ヴィルヘルム (ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アウグスト・ヴィルヘルム
August Wilhelm
ブラウンシュヴァイク=リューネブルク
在位 1714年 - 1731年

出生 (1662-03-08) 1662年3月8日
死去 (1731-03-23) 1731年3月23日(69歳没)
配偶者 クリスティーネ・ゾフィー・フォン・ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル
  ゾフィア・アマーリア・フォン・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゴットルプ
  エリーザベト・ゾフィア・マリー・フォン・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=ノルブルク
家名 ブラウンシュヴァイク=リューネブルク家
父親 ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公アントン・ウルリヒ
母親 エリーザベト・ユリアーネ・フォン・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=ノルブルク
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アウグスト・ヴィルヘルムドイツ語:August Wilhelm, 1662年3月8日 - 1731年3月23日)は、ブラウンシュヴァイク=リューネブルクの1人で、ヴォルフェンビュッテル(在位:1714年 - 1731年)。アントン・ウルリヒの3男。ルートヴィヒ・ルドルフの兄。父とは違って政治に興味を持たず、無能な大臣に国務を委ね続けた。

彼は生涯に3度結婚した。最初の結婚相手は1681年に迎えた伯父ルドルフ・アウグストの娘クリスティーネ・ゾフィーだが、1695年に死別した。同年、アウグスト・ヴィルヘルムはシュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゴットルプ公クリスティアン・アルブレヒトの娘ゾフィア・アマーリアと再婚したが、彼女とも1710年に死別した。同年、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=ノルブルク公ルドルフ・フリードリヒの娘エリーザベト・ゾフィア・マリーを3度目の妻とした。いずれの妻との間にも子供はなかった。

アウグスト・ヴィルヘルムは1731年に子供のないまま死去し、弟のルートヴィヒ・ルドルフが後を継いだ。

爵位・家督
先代
アントン・ウルリヒ
ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル
1714年 - 1731年
次代
ルートヴィヒ・ルドルフ