みやま市立瀬高小学校
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みやま市立瀬高小学校 | |
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北緯33度09分32.2秒 東経130度28分31.9秒 / 北緯33.158944度 東経130.475528度座標: 北緯33度09分32.2秒 東経130度28分31.9秒 / 北緯33.158944度 東経130.475528度 | |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | みやま市 |
併合学校 |
みやま市立本郷小学校 みやま市立上庄小学校 みやま市立下庄小学校 |
校訓 | ふるさと・まごころ・挑戦 |
設立年月日 | 2020年(令和2年)4月1日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | B140222900053 |
所在地 | 〒835-0024 |
福岡県みやま市瀬高町下庄1373番地 (旧・みやま市立下庄小学校 校地) | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
みやま市立瀬高小学校(みやましりつ せたかしょうがっこう)は、福岡県みやま市瀬高町下庄(しものしょう)に位置する公立の小学校。
概要
[編集]- 歴史
- 2020年(令和2年)に下記のみやま市内の小学校3校が統合の上、旧下庄小学校の校地を継承して開校。2025年(令和7年)に開校5周年を迎える。
- みやま市立本郷小学校
- みやま市立上庄小学校
- みやま市立下庄小学校
- 校訓
- 「ふるさと・まごころ・挑戦」
- 学校教育目標
- 「ふるさとを愛し、豊かな心と誇りをもち、夢の実現に向けて挑戦し続ける子どもの育成」
- 校章
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- 中央に「小」の文字を配している。
- 校歌
- 作詞は橋本淳、作曲は小松久、編曲は竹野康之による。歌詞は3番まであり、各番に校名の「瀬高小学校」が登場する。
- 通学区域
- 「北原、三軒屋、出口一、出口二、出口三、二百丁、上庄東新町、上庄西新町、瀬口土居町、上庄本町、横道、住吉、仲絶、八幡町一、八幡町二、談義所、田代町、下庄新町、下庄上町、下庄中町、栄町、 恵比寿町、元町、矢部川一北、矢川一南、矢部川二、矢部川三、前田、大竹、緑町、文廣、吉岡、 初瀬町、さくら団地、北高柳、金栗、作出、本郷一、本郷二」地区。中学校区はみやま市立瀬高中学校[1]。
- その他
- 下庄ふるさと館を併設している。
沿革
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- 旧・本郷小学校(ほんごう)
- 1885年(明治8年)- 本郷村旧郷蔵に「本郷小学校」が創立。
- 1886年(明治19年)4月 - 小学校令施行により、「簡易本郷小学校」が創立。本郷・文広・中山地区の児童を収容。
- 1889年(明治22年)
- 1892年(明治25年)4月 - 「本郷尋常小学校」(4年制)に改称。
- 1899年(明治32年)5月 - 校舎を増築。全校舎の大修理を実施。
- 1900年(明治33年)4月 - 大字文広芳司地区の児童を下庄尋常高等小学校に委託。
- 1906年(明治39年)9月 - 実業補習学校を併置。
- 1907年(明治40年)1月1日 - 小川村が瀬高町に編入されたことにより、瀬高町立の尋常小学校となる。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 改正小学校令により、尋常科(義務教育年限)が4年制から6年制に改められる。これにより尋常科5年を新設。教室不足のため、職員室および小使室[2]を修繕の上、教室に充当。
- 1909年(明治42年)4月1日 - 尋常科6年を新設。校舎不足のため、仮小屋を建設の上、2学級を編成。
- 1911年(明治44年)- 瀬高高等小学校の移転に伴い、1棟新築。
- 1912年(大正元年)10月 - 校舎1棟を新築。校舎の大修理が完成。
- 1913年(大正2年)4月 - 5・6年生で複式授業を開始。
- 1917年(大正6年)4月 - 5・6年生の複式授業を解消。
- 1920年(大正9年)4月 - 1・2年生で複式授業を開始。
- 1923年(大正12年)4月 - 1・2年生の複式授業を解消。
- 1926年(大正15年)7月 - 併置の実業補習学校が青年訓練所充当となる。
- 1941年(昭和16年)
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)により、国民学校初等科は「瀬高町立本郷小学校」に改組・改称。
- 1949年(昭和24年)12月 - 校地を拡張。
- 1951年(昭和26年)7月 - 北校舎東端に2教室、給食室を増築。
- 1953年(昭和28年)3月 - 校庭にあった若宮宮を北東隅に移転。
- 1954年(昭和29年)11月 - 南校舎堤防工事のため、1教室を解体の上、南側に1校舎増築。
- 1955年(昭和30年)8月 - 南校舎1教室を増築。
- 1965年(昭和40年)5月 - 新校舎の完成により、移転を完了。
- 1968年(昭和43年)- プールが完成。
- 1978年(昭和53年)- 児童通学用横断トンネルが完成。
- 1981年(昭和56年)- 体育館が完成。
- 1982年(昭和57年)- 校旗を制定。
- 1987年(昭和62年)- 創立100周年記念式典を挙行。
- 1993年(平成5年)[3]- 鉄筋コンクリート造新校舎が完成[4]。
- 1996年(平成8年)- 運動場を拡張。
- 2007年(平成19年)
- 1月29日 - 3町合併により、みやま市が発足したため、「みやま市立本郷小学校」(最終名)に改称。
- 4月1日 - 複式学級を設置。
- 2008年(平成20年)4月1日 - 特別支援学級を設置。
- 2017年(平成29年)3月31日 - 休校となる。在校生はみやま市立下庄小学校に通学することとなる。
- 2020年(令和2年)3月31日 - 閉校。134年の歴史に幕を下ろす。
- 最終所在地 - 〒835-0021 福岡県みやま市瀬高町本郷1314番地(北緯33度10分06.2秒 東経130度29分09.5秒 / 北緯33.168389度 東経130.485972度)
- 校章 - サクラの花弁を背景にして、中央に「本郷」の文字(縦書き)を配している。
- 校歌 - 作詞は杉本修羅、作曲は武末繁による。歌詞は4番まであり、両番に校名の「本郷」が登場する。
- 周辺 - 瀬高ポンプ場、JAみなみ筑後瀬高選果場、みやま市まつばら館、矢部川
- 交通 - みやま市コミュニティバス「本郷町」停留所、福岡県道791号富久瀬高線
- 旧・上庄小学校(かみのしょう)
- 1873年(明治6年)2月 - 「第六大学区 第十中学区 三潴県筑後国山門郡上庄村第百三番 蒙正小学校」が創立。上庄元の陣屋跡を借り受ける。
- 1876年(明治9年)- 「瀬高小学校」に改称。
- 1884年(明治17年)
- この年 - 「福岡県山門郡第十一番区 瀬高小学校」に改称。
- 9月 - 木造2階建ての新校舎が完成。
- 1887年(明治20年)4月 - 尋常科および簡易科を併置の上、「尋常上瀬高小学校」に改称。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、山門郡上庄村と下庄村の一部が合併の上、上瀬高町が発足。
- 1893年(明治26年)4月 - 「上瀬高尋常小学校」に改称。
- 1904年(明治37年)6月 - 「上庄尋常小学校」に改称。
- 1901年(明治34年)1月1日 - 山門郡2町(上瀬高・下瀬高)が合併の上、瀬高町が発足。瀬高町立の尋常小学校となる。
- 1908年(明治41年)
- 1月 - 実業補習学校を併置。
- 4月1日 - 改正小学校令により、尋常科(義務教育年限)が4年制から6年制に改められる。これにより尋常科5年を新設。
- 1909年(明治42年)4月1日 - 尋常科6年を新設。
- 1911年(明治44年)11月 - 最終所在地に移転を完了。
- 1917年(大正6年)- 玄関前にヒイラギを植樹。
- 1922年(大正11年)- 矢部川の氾濫・洪水により、床上浸水105cmの被害となる。
- 1925年(大正14年)4月 - 高等科女子部を併置の上、「上庄尋常高等小学校」(尋常科6年・高等科2年)に改称。
- 1928年(昭和3年)- 矢部川の氾濫・洪水により、床上浸水78cmの被害となる。
- 1941年(昭和16年)
- 4月1日 - 国民学校令により、「瀬高町上庄国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める。
- 5月 - 「瀬高町第二国民学校」に改称。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)により、国民学校初等科は「瀬高町立上庄小学校」に改組・改称。
- 1949年(昭和24年)- 校歌を制定。
- 1951年(昭和26年)10月 - 校門を改造。会議室を拡張。
- 1954年(昭和29年)12月 - 校舎(第一棟)の改築が完了。運動場を拡張。
- 1958年(昭和33年)
- 10月 - 上庄校賛歌を制定。作詞は松永伍一、作曲は安永武一郎による。
- この年 - 西運動場を拡張(上庄幼稚園より借用)。
- 1963年(昭和38年)10月 - 校門前に交通信号機が設置される。
- 1964年(昭和39年)- 校舎・プールが完成。給食室を移転。東運動場を拡張。
- 1970年(昭和45年)- 鉄筋コンクリート造2階建て北校舎が完成。
- 1974年(昭和49年)- 創立100周年記念式典を挙行。校章・新校旗を制定。
- 1978年(昭和53年)- 体育館が完成。
- 1998年(平成10年)- 鉄筋コンクリート造新校舎が完成[4]。
- 1999年(平成11年)- 新プールが完成。運動場を整備。
- 2002年(平成14年)- 学童保育所を開所。
- 2007年(平成19年)1月29日 - 3町合併により、みやま市が発足したため、「みやま市立上庄小学校」(最終名)に改称。
- 2020年(令和2年)3月31日 - 閉校。147年の歴史に幕を閉じる。
- 最終所在地 - 〒835-0025 福岡県みやま市瀬高町上庄1259番地(北緯33度09分36.1秒 東経130度27分56.9秒 / 北緯33.160028度 東経130.465806度)
- 校章 - ヒイラギの葉を背景にして、中央に校名の「上庄」の文字(縦書き)を配している。
- 校歌 - 作詞は与田準一、曲は平井保喜による。歌詞中に校名の「上庄小学校」が登場する。
- 周辺 - 福岡県立山門高等学校、上庄保育園、上庄ひいらぎこども園、高光稲荷神社、上庄八坂神社、住吉宮、屋須田神社、五社宮、正覚寺、圓鏡寺、瀬高橋、矢部川
- 交通 - 国道443号「上庄小学校前」交差点、みやま市コミュニティバス「上庄小学校」停留所
- 旧・下庄小学校(しものしょう)
- 1873年(明治6年)- 北高柳に「高柳小学校」が創立。
- 1875年(明治8年)- 下庄町に「興平小学校」が創立。
- 1876年(明治9年)- 「下庄(下荘)小学校」が創立。
- 1878年(明治11年)3月 - 下庄八幡神社に「下庄小学校」が創立。
- 1886年(明治19年)
- 2月 - 簡易科を設置の上、「簡易下庄小学校」(3年制)に改称。高等瀬高小学校が併置される。
- 11月 - 上庄小学校から分離。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、山門郡下庄村の大半が下瀬高町となる。
- 1892年(明治25年)9月 - 「下瀬高尋常小学校」(4年制)に改称。
- 1901年(明治34年)1月1日 - 山門郡2町(上瀬高・下瀬高)が合併の上、瀬高町が発足。瀬高町立の尋常小学校となる。
- 1902年(明治35年)4月 - 補習科を設置。
- 1904年(明治37年)5月 - 「下庄尋常小学校」(4年制)に改称。
- 1907年(明治40年)9月 - 実業補習学校を併置。
- 1912年(明治45年)8月 - 最終所在地に移転を完了。
- 1917年(大正6年)9月 - 高等科を併置の上、「下庄尋常高等小学校」(尋常科4年・高等科2年)に改称。
- 1925年(大正14年)5月 - 高等科女子部を上庄尋常小学校に委託。
- 1928年(昭和3年)
- 3月 - 講堂が完成。
- 5月 - 併置の実業補習学校が「瀬高公民学校」に改組・改称。
- 1930年(昭和5年)- 講堂が完成。
- 1931年(昭和6年)- 併置の瀬高公民学校が「瀬高北部公民学校」に改称。
- 1941年(昭和16年)
- 4月1日 - 国民学校令により、「瀬高町下庄国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める。
- 5月 - 「瀬高町第三国民学校」に改称。
- 1946年(昭和21年)- 父母教師会が発足。大水害で校舎が浸水。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)により、国民学校初等科は「瀬高町立下庄小学校」(最終名)に改組・改称。
- 1952年(昭和27年)- 給食を開始。
- 1955年(昭和30年)- 校歌を制定。
- 1958年(昭和33年)- 児童図書館が完成。
- 1963年(昭和38年)= 木造校舎第一棟を解体の上、鉄筋コンクリート造2階建て校舎を建設。
- 1964年(昭和39年)- 改築記念庭園(ペリカン池)が完成。
- 1971年(昭和46年)- 鉄筋コンクリート造3階建て第二棟校舎が完成。
- 1978年(昭和53年)- プールが完成。
- 1980年(昭和55年)- 体育館が完成。創立100周年記念式典を挙行。
- 2004年(平成16年)- 鉄筋コンクリート造新校舎が完成[4]。
- 2007年(平成19年)1月29日 - 3町合併により、みやま市が発足したため、「みやま市立下庄小学校」に改称。
- 2017年(平成29年)4月1日 - みやま市立本郷小学校が休校となったため、児童を収容。
- 2020年(令和2年)3月31日 - 閉校。校舎と校地は新設の瀬高小学校に継承される。
- 校章 - サクラの花弁を背景にして、中央に校名の「下庄」の文字(縦書き)を配している。
- 校歌 - 作詞は与田準一、曲は細谷一郎による。歌詞は3番まであり、各番の歌詞中に校名の「下庄小学校」が登場する。
- 統合・瀬高小学校
- 2020年(令和2年)4月1日 - 上記3校(本郷・上庄・下庄)を統合の上、「みやま市立瀬高小学校」(現校名)が開校。
- 下庄小学校の校舎・校地を継承。
交通アクセス
[編集]- 最寄りの鉄道駅
- 最寄りのバス停留所
- みやま市コミュニティバス 「文広」停留所
- 最寄りの幹線道路
- 国道443号 「八幡町入口」交差点
周辺
[編集]- 認定こども園瀬高大谷幼稚園
- みやま市立瀬高中学校
- 瀬高郵便局
- 光源寺
- 本浄寺
- 引接寺
- 下庄八幡神社
- 末社 多賀神社
- 宮地嶽神社(境内社)
- 矢部川
脚注
[編集]参考資料
[編集]- 「瀬高町誌」(1974年(昭和49年)6月10日発行, 瀬高町)
- p.255~p.257(下庄小学校)、p.258~p.260(上庄小学校)、p.266~p.268(本郷小学校)
- 「みやま市立小中学校再編計画」 (PDF) - みやま市ウェブサイト
- 「みやま市史 通史編 下巻」(2020年(令和2年)3月発行, みやま市)- p.666~p.667(本郷小学校)
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- みやま市立瀬高小学校 - みやま市ウェブサイト