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うらたじゅん

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

うらた じゅん(本名:浦田 純子、1954年11月6日 - 2019年2月7日)は、日本漫画家

「不世出の、不思議な女性マンガ家」と言われる。

来歴[1]

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1954年11月6日 大阪市旭区に大阪市職員の父、清村武男、志津子のもとに長女として誕生

1961年 小学校入学『りぼん』『マーガレット』を愛読する。お絵かき帳にストーリーマンガを描く。新聞部でガリ版新聞を作る。

1967年 中学入学『マンガ家入門』を読み、ケント紙にマンガを描きはじめる。『COM』『ガロ』と出会い影響を受ける。マンガ研究会で肉筆回覧誌を作る。

1970年 高校入学 美術部で油絵を描く。アンデパンダン、ビエンナーレ展などを観に行く。

1974年 京都、沖縄などを転々と移り住みながら、その間に全国各地を旅する

1975年 京友禅の絵付けの見習いをする。以後大阪府下に住み、職を転々。

1976年 フリーライターの荒木ゆずると結婚。長女誕生。

1986年 父武男死去。66歳。

1987年『おんな便利屋奮戦記』(海風社)でイラストレーターとして仕事を始める。仕事仲間と同人誌『クラウン』を作る。夜は居酒屋「灯屋」でアルバイト。店の友人たちと同人誌『夏休みの友』を作る。

1997年 初の単行本『赤い実のなる木』発行

1998年『幻燈』創刊号(北冬書房)でマンガ家として全国誌デビュー

2001年 ホームページ開設

2002年 胃がん手術

2006年『嵐電』(北冬書房)刊行。食道がん手術。

2007年 ビリケンギャラリーにて初個展

2008年 読売新聞夕刊に連載された唐十郎さんの小説「朝顔男」の挿絵と題字を担当。

2010年 乳がん手術

2012年 母志津子死去。80歳。

2014年 再発乳がん手術

2019年2月7日 64歳で死去

作風

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「エッチな時もあれば、けだるいときもあり、ナンセンスとシュールとギャグがびみょーに混ざったりしていて、つまり何でもあるのです」(幻堂主人評)

幻堂評曰く、「うらたじゅんのマンガを読むと、なんだか懐かしい気分になる、嬉しくもなってくる、ほのぼのともするし、せつなくなることもある」

つげ義春は「“うわばみのおキヨ”は傑作です」とのコメントを残した。

「皮肉だが、病気と死が作品を生んだ」と夫の荒木は記す。

主な作品[1]

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  • 1987年『おんな便利屋奮戦記』(海風社)でイラストレーターとしてデビュー。
  • 1998年『幻燈』創刊号(北冬書房)
  • 1998年 中学時代に影響を受けた『ガロ』(青林堂)でも作品を発表。
  • 2003年『眞夏の夜の二十面相』(北冬書房)
  • 2006年『嵐電』(北冬書房)
  • 2015年『冬のプラネタリウム』(北冬書房)
  • 2019年12月23日 『ザ・うらたじゅん 全マンガ全一冊』(第三書館)

脚注

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  1. ^ a b 『ザ・うらたじゅん 全マンガ全一冊』第三書館、2019年12月23日。