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懺悔偈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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懺悔偈(さんげげ)とは華厳経四十巻本の普賢行願品から採った偈文(げもん)である。懺悔文(さんげもん)と呼ばれることが多い。解脱の障害となる、三毒は、身業・口業・意業の三業から生じる点を述べ、これを反省する内容である。

懺悔(さんげ)は悔過(けか)と同義の仏教用語[1]。日本の仏教諸派に於いて、開経偈三帰依文誓願(四弘誓願)などと並び、在家檀信徒の日常の読経に広く用いられており、漢文書き下しを読むことも多い。

懺悔文は華厳経(大方広仏華厳経)四十巻本の普賢行願品にあるが、華厳経六十巻や華厳経八十巻本には存在しない一方で、不空訳の普賢菩薩行願讃では「我曽所作衆罪業 皆由貪欲瞋恚癡 由身口意亦如是 我皆陳説於一切」と訳されている[1]

偈文

我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貪瞋癡(かいゆうむしとんじんち)
従身語意之所生(じゅうしんごいししょしょう)[2]
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)

大正新脩大蔵経, 大方廣佛華嚴經 卷第四十 (般若) [3]

偈文の訳(和文)

我れ昔(むかし)より造る所のもろもろの悪業(あくごう)は
皆無始(むし)の(とんじんち)に由(よ)る、
身語意(しんごい)より生ずる所なり、
一切我今(いっさいわれいま)、みな懺悔(さんげ)したてまつる

現代語訳

私が昔から作ってきた色々な悪い業は、
遠い過去から積み上げてきた、すなわち三毒によるものです。
それは、体で行った・話した・思ったという三業から生まれたのです。
私は今、それら全てを懺悔します。

脚注

  1. ^ a b 東大寺 - 二月堂修二会十一面悔過
  2. ^ 禅宗系は「従身口意之所生(じゅうしんくいししょしょう)」
  3. ^ 大方廣佛華嚴經 卷第四十 (般若)」『SAT大正新脩大藏經テキストデータベース』第10巻、東京大学大学院人文社会系研究科、No.0293, 0847a16、2018年https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT2015/T0293_.10.0847a16:0847a16.cit 

関連項目


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