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事故による美術品の損壊

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火災の被害に遭った絵画の復元前後

事故による美術品の損壊(じこによるびじゅつひんのそんかい)は、様々な事故によって芸術作品が損害を被ったり、破壊されることである。目立った損壊事故の多くは、公開展示や輸送の間に発生する。

輸送事故

ドイツのルネサンス期を代表する画家、マティアス・グリューネヴァルトによって描かれた数多くの作品は、三十年戦争でスウェーデン人が奪取したが、それらの戦利品を運んでいた船がバルト海帝国軍に撃沈させられ、失われた[1]

1998年9月2日、カナダノバスコシア州のハリファックス付近でスイス航空111便墜落事故が発生し、229人が死亡した。パブロ・ピカソの1963年の作品「絵描き」はこの便の貨物の一部であり、事故で失われた[2][3]

人為事故

2006年10月、有力経営者のスティーブ・ウィンが、1932年にピカソが描いた作品「夢」の売却を認めた。この作品はウィンの芸術コレクションの要であり、ウィンが経営するラスベガスカジノで展示されていた。予定売却価格の1億3900万ドルは、絵画の販売において当時の最高額であった。ところが価格取引の翌日、絵画をリポーターに見せていたところ、ウィンが誤って絵に肘をついてしまい、目立つような穴を開けてしまった[4][5] 。9万ドルをかけて修理したが、絵画の見積もり価格は8500万ドルになった。これに対しウィンがロイズ・オブ・ロンドン保険組合を通して価格の違いに抗議し、2007年3月に示談が成立した[6][7][8]。2013年3月、ウィンは修復後の絵画を元の購入者、スティーヴン・A・コーエンに1億5500万ドルで売却した。なお絵画の価値は、物価上昇を加味した事故前の価格(2013年時点で1億6000万ドル)と比べて約500万ドル下落した[9][10]

2006年、ケンブリッジフィッツウィリアム美術館を訪れていた男性が、緩んだ靴ひもを踏んで転倒し、中国の清王朝(17世紀)の花瓶3点を割ってしまった。男性にけがはなく、弁償もせずに済んだが、美術館を出入禁止になった。その花瓶は特に価値のある展示品の一つであり、美術館がなんとか修復した。保護ケースに入れられた上で再び展示されている[11][12]

2010年1月22日、ニューヨークのメトロポリタン美術館を訪れていた女性が誤って転倒し、1904年にパブロ・ピカソが描いた作品「役者」に倒れかかった。これにより196cm×115cmの絵画の右下が、高さ約15センチメートルにわたって裂けてしまった。この絵画はピカソの主要な作品の一つとされており、価格は1億3千万ドルといわれている[13]。損害は3か月の作業を経て、2010年4月に修復された。修復作業では6週間にわたり絵画を平らに寝かせて、まず落下によってかかった力を相殺するために、小さな絹製サンドバッグの重りを載せた。その後、キャンバスの裏に二軸延伸ポリエステルを当てて、表面を慎重に修正した。二軸延伸ポリエステルが選ばれた理由は、その透明度の高さにあった。キャンバスの裏には第二の絵が存在するため、それを隠したくなかったのだ。事故後、絵画にはアクリル樹脂で覆いがされている[14]

現代美術家のトレイシー・エミンの作品は、複数が不慮の事故で損害を受けている。「自画像 Bath(有刺鉄線に絡まったネオン灯)は、スコットランド国立近代美術館での展示中、鑑賞者の服がワイヤーに引っかかり、約2000ドル相当の損害を受けた。同じギャラリーでは、別の来館者が後ずさりして彼女の作品"Feeling Pregnant III"に接触してしまった。「私の叔父コリン」はスコットランド国立美術館のスタッフが誤って破損してしまったが、後に修理された。2004年5月には倉庫で火災が発生し、刺繍したテントの作品「私が今までに一緒に寝たすべての人 1963–95を含む複数の作品が損害を受けた[15]

2015年、12歳の男の子が台北市の華山1914文創園区で開かれた展覧会を訪れ、つまずいた拍子にパオロ・ポルポラの作品「花」に穴を開けてしまった[16]。絵画の価格は150万ドル(95万ポンド)だった。男の子とその保護者はともに、罪に問われたり修復費用を請求されることはなく、保険によってカバーされた[16][17]

過失と不注意

2000年、ロンドンにあるサザビーズのオークションハウスで働く荷物運搬人が、粉砕機を使って箱を処分した。その箱が空ではなく、約15万7千ドルの価値があるルシアン・フロイドの絵画が入っていたことには、明らかに気づいていなかった[18][19]

同じ時代の展示品の中には、場に相容れないものや、汚いものを片付けようとした美術館スタッフの努力の結果として、損害を受けたものもある。2004年、テート・ブリテンの従業員が、作品の隣にあったビニール製のごみ袋を処分した。その袋は、グスタフ・メッツガーが制作した「初公開の自動破壊芸術の再現」の展示の一部であった[20]

2012年、グレン・ベックの使用人が、オーソン・ウェルズが1940年に絵付けとサインをした金魚鉢を、ごしごしとこすって綺麗にしてしまった。鉢は、その日にオークションで入手され、鍵のかかったベックの職場の机に放置されていたものだった[21]

2014年、イタリアの都市バーリの家政婦が、フリッププロジェクトスペースで企画された美術展において、展示されていた芸術作品のいくつかを捨ててしまった[22]

火災

1654年、デルフトの火薬庫爆発事故では、オランダ人の画家カレル・ファブリティウスの工房が巻き込まれた。ほとんどの作品が失われ、自身もこの爆発によって死亡した[23]

1734年12月24日、マドリードのアルカサルで発生した火災では、400点以上の絵画や大量の彫刻作品、王室礼拝堂の音楽コレクションを含む何千枚もの書類が損害を受けた。被害を被った絵画には、ルカ・ジョルダーノエル・グレコ、ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ、ホセ・デ・リベーラピーテル・パウル・ルーベンスフランス・スナイデルス、マッシモ・スタンツィオーネ、ティントレットティツィアーノベラスケスパオロ・ヴェロネーゼの作品が含まれる[24][25][26]

1992年のウィンザー城火災では、絵画「軍隊を視察するジョージ3世とプリンス・オブ・ウェールズ」を含む数点の美術品が損害を受けた[27][28]

2004年5月、ロンドン東部で起きたモマート社倉庫火災では、抽象派の画家パトリック・ヘロンの作品50点以上をはじめ、その他19人の画家の作品が損害を受けた[29]。この時に前述したトレイシー・エミンの作品も損傷した[30]

参考文献

  1. ^ Joachim von Sandrart. "Teutsche Academie, TA 1675, II, Buch 3 (niederl. u. dt. Künstler), S. 231". Sandrart.net. Retrieved 28 November 2012
  2. ^ “Picasso Painting Lost in Crash”. CBS News (Halifax, Nova Scotia). (14 September 1998). http://www.cbsnews.com/stories/1998/09/14/world/main17411.shtml 16 March 2008閲覧。 
  3. ^ Depalma, Anthony (September 15, 1998). “Swissair Jet's Cargo Had Painting By Picasso and Other Valuables”. The New York Times. https://www.nytimes.com/1998/09/15/nyregion/swissair-jet-s-cargo-had-painting-by-picasso-and-other-valuables.html June 10, 2018閲覧。 
  4. ^ Nora Ephron. My Weekend in Vegas, The Huffington Post, 16 October 2006.
  5. ^ Nick Paumgarten. The $40-million elbow, The New Yorker, 23 October 2006
  6. ^ Complaint of Wynn against Lloyd's, The Smoking Gun
  7. ^ Marc Spiegler (17 January 2007). Vom Traum zum Alptraum, Artnet.de.
  8. ^ Steve Wynn settles Picasso suit” (英語). Los Angeles Times (2007年3月24日). 2020年6月16日閲覧。
  9. ^ US Inflation Calculator” (英語). US Inflation Calculator. 2020年6月16日閲覧。
  10. ^ Eyder Peralta. Years After The Elbow Incident, Steve Wynn Sells Picasso's 'Le Rêve' For $155 Million, NPR, 26 March 2013
  11. ^ Friedman, Megan (2010年1月26日). “Top 10 Art Accidents - TIME” (英語). Time. ISSN 0040-781X. http://content.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,1956922_1956921_1956908,00.html 2020年6月16日閲覧。 
  12. ^ Vase Breaker Banned From Museum CBS News, 6 February 2006
  13. ^ Suddath, Claire (2010年1月26日). “Top 10 Art Accidents - TIME” (英語). Time. ISSN 0040-781X. http://content.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,1956922_1956921_1956906,00.html 2020年6月16日閲覧。 
  14. ^ After Repairs, a Picasso Returns, New York Times, 20 April 2010
  15. ^ Webley, Kayla (2010年1月26日). “Top 10 Art Accidents - TIME” (英語). Time. ISSN 0040-781X. http://content.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,1956922_1956921_1956912,00.html 2020年6月16日閲覧。 
  16. ^ a b “Boy trips in museum and punches hole through painting”. The Guardian. (25 August 2015). https://www.theguardian.com/world/2015/aug/25/boy-trips-in-museum-and-punches-hole-through-million-dollar-painting 15 August 2018閲覧。 
  17. ^ “Taiwanese boy trips and punches hole in £1m Paolo Porpora painting”. The Daily Telegraph. (25 August 2015). https://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/asia/taiwan/11822401/Taiwanese-boy-trips-and-punches-hole-in-1m-Paolo-Porpora-painting.html 15 August 2018閲覧。 
  18. ^ Kate Watson-Smyth (28 April 2000) £100,000 Freud painting put in crusher by Sotheby's man The Independent.
  19. ^ Top 10 Art Accidents, An Accident? Really? Time, 26 January 2010
  20. ^ Suddath, Claire (2010年1月26日). “Top 10 Art Accidents - TIME” (英語). Time. ISSN 0040-781X. http://content.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,1956922_1956921_1956916,00.html 2020年6月16日閲覧。 
  21. ^ Glenn’s staff ruins irreplaceable fishbowl hand painted and autographed by Orson Welles Glenn Beck Radio
  22. ^ “Cleaner throws out 'rubbish' artwork” (英語). BBC News. (2014年2月20日). https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-26270260 2020年6月16日閲覧。 
  23. ^ Karel Fabricius biography in De groote schouburgh der Nederlantsche konstschilders en schilderessen (1718) by Arnold Houbraken, courtesy of the Digital library for Dutch literature
  24. ^ The Art-Filled Spanish Palace That Went Up In Flames On Christmas Eve”. Daily Beast. 6 July 2019閲覧。
  25. ^ Morán Turina, Miguel. Enciclopedia: Alcázar de Madrid, Real. Fundación de Amigos del Museo del Prado. Retrieved 6 July 2019.
  26. ^ Cervera, César. «Así fue el misterioso incendio que destruyó el Alcázar de Madrid y cientos de cuadros.» 14th November 2014. ABC. Retrieved 6 July 2019.
  27. ^ Painting Lost in Castle Fire Angered King George III With AM-Britain-Windsor”. AP NEWS. 2020年5月28日閲覧。
  28. ^ Stevenson, Richard W. (1992年11月22日). “Most Art Safe in Windsor Castle Fire” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/1992/11/22/world/most-art-safe-in-windsor-castle-fire.html 2020年5月28日閲覧。 
  29. ^ Art world reels as losses mount, 28 May 2004
  30. ^ 50 years of British art lies in ashes” (英語). the Guardian (2004年5月27日). 2020年6月16日閲覧。

関連項目

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